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63.巫女のお仕事
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「――と、いうわけなの。ごめんなさいねぇ、シーナぁ」
「や、もう言っちゃったものは仕方ないですけど……」
落ち込むルーナさんを慰めつつ、どうしたものかと肩を落とす。
すでに下した神託を、取り消すことなどできないだろう。ほいほい言うことを変えてしまったら、神さまの信用問題に発展してしまう。
とはいえヴィクターと離れ離れになって、聖堂に閉じ込められるのは絶対にごめんだった。
(となると、次に取れる手は……)
唇を噛み、私はキッとルーナさんを見上げる。
「ルーナさん。神託を追加することはできますか?」
「え、ええ。もちろんできるわ」
瞬きしながらも、ルーナさんは深く頷いた。
ほっと安堵して、強ばっていた体から力が抜けていく。
よかった。それならこちらの要望を、全部まとめて神官たちに伝えてもらえばいい。
私は勢い込んでルーナさんに詰め寄った。
「なら、ヴィクターと聖獣を決して引き離してはいけないって言ってくれますか?……あ、でもそれだけじゃ駄目か。ヴィクターごとまとめて聖堂に連れて行く、って結論になられても困るし……」
ヴィクターと犬猿の仲である聖堂に、きっと不機嫌大爆発であろうヴィクターと二人で滞在。
想像しただけで胃が悪くなる上、居心地抜群のお屋敷だって離れたくない。そう、そして何より聖堂には、シェフの美味しいごはんもロッテンマイヤーさんのおやつもないじゃない!
それは一大事だと騒ぐ私に、ルーナさんが不思議そうに首を傾げた。
「ねえシーナ、どうしてあなたや緋の王子が聖堂に行く必要があるの? 別にわざわざ引っ越さなくたって、儀式の日までこれまで通り緋の王子の家で過ごせばいいじゃない」
「え? いや、でも」
確か意地悪神官長が言っていたはずだ。
月の巫女に選ばれた娘は、神託の下されたその日から聖堂で過ごす決まりになっている。『月の舞』を神官から習い覚えて、儀式の日に備えるんだ、って。
しどろもどろにそう説明すると、ルーナさんはおかしそうに頬をゆるめた。
「ああ、そういえばそうだったわね。ふふっ、変なの。巫女が舞を覚えたところで、どうせ無駄になってしまうのにね」
「はいぃ!?」
驚く私に、ルーナさんは事もなげに告げる。
「もうシーナったら、最初に教えてあげたじゃない。あくまで月の巫女はわたくしが力を行使するための器であり、駒であり、依代に過ぎないのよ。つまりは月の巫女の体を借りて、舞を舞うのはこのわたくしってこと」
巫女自身の意識は儀式の間は深く眠りにつくのよ、と胸を張る。マジで!?
「えっ、じゃあ当日の私の仕事は寝てるだけ!?」
「そそ。シーナ、だらけるの得意でしょう?」
「はいもちろん!……って、そうじゃなくっ」
私は脱力して花畑にへたり込んだ。
ってことは、何? 歴代の月の巫女さんたちは無駄に聖堂に缶詰にされて、無駄に舞の練習をさせられてたってこと? 可哀想だよ!
「ルーナさんってば、それならちゃんと神官たちに教えてあげなきゃ駄目じゃないですか!」
「え~、だってわたくしには関係ないしぃ」
なんてはた迷惑な!
非難を込めて睨み、そっぽを向いてやる。ルーナさんは途端に慌て出し、前に回っておろおろと私にすがりついた。
「やだぁ、怒らないでよシーナぁ。えっと、それなら……うん、そうだわ!」
一転してパッと顔を明るくする。
「そう、そうよね。要はわたくしの神力を舞に乗せればいいんだもの。――ねぇシーナ、大丈夫よ。次の儀式では、ちゃんとあなたに踊らせてあげるからっ」
「え?」
戸惑う私の手を取って、ルーナさんは熱心に揺さぶった。
「だからね、儀式の時シーナの意識のほんの片隅に置いてもらえれば、舞を舞うのはシーナで構わないって言ってるの。神力で光の粒を巻き込みながら、壇上で美しく舞い踊るのよっ。どおどお、嬉しいでしょ? 機嫌直してくれた?」
「え、いや別に、私は自分が踊りたくて怒ってたわけじゃ」
「ああ、楽しみだわ! シーナにどんな服を着せようかしら。神官たちは聖獣シーナ・ルーが舞うと勘違いしているから、きっと衣装は用意しないと思うの。美しく変身したシーナに、きっと緋の王子も大いにときめいて――……って、たいへん。それって責任重大だわ! わたくしの腕の見せ所ねっ」
「いや、だから」
「ぱぇっぽぉ~」
「ぱぇっぱぇえ~!」
「うふふふふ、大仕事よあなたたち~!」
聞いちゃいねぇ。
しかもシーナちゃん軍団まで、一緒になってはやし立ててるし。
頭痛をこらえる私をよそに、ルーナさんは頬を上気させて手を打って大興奮。シーナちゃん軍団も縦横無尽に花畑を駆け回る。
……うん。盛り上がってるところ水を差すみたいで悪いんだけど、これだけは言っておかないと。
「ルーナさん、あのですね。言いにくいんですけど、私は小学校から高校に至るまで、体育は清々しいほどのオール3でして」
「百点満点中の?」
5点満点中の、だけど。
でも真面目に出席しさえすれば、多少運動音痴でも3はもらえてしまうのだ。
「大体、私が運動センス皆無なのは最初からわかってたでしょう? 山登りで盛大に転んじゃうくらいだし」
「あら、でもまだ時間はあるもの。大丈夫よ、これからまめに天上世界に呼んで、わたくしがちゃんと教えてあげるから。その代わり、下界に戻ったら一人できちんと復習するのよ? 日々の積み重ねが大切なんですからね」
シーナちゃんの体で?
それこそまたヴィクターたちを爆笑の渦に巻き込んでしまう。
どうしたものかと困り果てていたら、つとルーナさんが空を見上げた。
「まあ、そろそろ時間だわ」
うそっ!?
顔をひきつらせる私に苦笑して、ルーナさんはいつも通り私の肩を軽く押す。
「安心なさいな、シーナ。ちゃんと神託で伝えておきますからね。シーナはこれまで通り緋の王子の元で過ごして構わない、月の舞はわたくし自らが指導するから聖堂に来る必要もない、って」
「お、お願いしますっ」
最後に一瞬だけ手を握り合い、慌ただしく天上世界を後にした。
「や、もう言っちゃったものは仕方ないですけど……」
落ち込むルーナさんを慰めつつ、どうしたものかと肩を落とす。
すでに下した神託を、取り消すことなどできないだろう。ほいほい言うことを変えてしまったら、神さまの信用問題に発展してしまう。
とはいえヴィクターと離れ離れになって、聖堂に閉じ込められるのは絶対にごめんだった。
(となると、次に取れる手は……)
唇を噛み、私はキッとルーナさんを見上げる。
「ルーナさん。神託を追加することはできますか?」
「え、ええ。もちろんできるわ」
瞬きしながらも、ルーナさんは深く頷いた。
ほっと安堵して、強ばっていた体から力が抜けていく。
よかった。それならこちらの要望を、全部まとめて神官たちに伝えてもらえばいい。
私は勢い込んでルーナさんに詰め寄った。
「なら、ヴィクターと聖獣を決して引き離してはいけないって言ってくれますか?……あ、でもそれだけじゃ駄目か。ヴィクターごとまとめて聖堂に連れて行く、って結論になられても困るし……」
ヴィクターと犬猿の仲である聖堂に、きっと不機嫌大爆発であろうヴィクターと二人で滞在。
想像しただけで胃が悪くなる上、居心地抜群のお屋敷だって離れたくない。そう、そして何より聖堂には、シェフの美味しいごはんもロッテンマイヤーさんのおやつもないじゃない!
それは一大事だと騒ぐ私に、ルーナさんが不思議そうに首を傾げた。
「ねえシーナ、どうしてあなたや緋の王子が聖堂に行く必要があるの? 別にわざわざ引っ越さなくたって、儀式の日までこれまで通り緋の王子の家で過ごせばいいじゃない」
「え? いや、でも」
確か意地悪神官長が言っていたはずだ。
月の巫女に選ばれた娘は、神託の下されたその日から聖堂で過ごす決まりになっている。『月の舞』を神官から習い覚えて、儀式の日に備えるんだ、って。
しどろもどろにそう説明すると、ルーナさんはおかしそうに頬をゆるめた。
「ああ、そういえばそうだったわね。ふふっ、変なの。巫女が舞を覚えたところで、どうせ無駄になってしまうのにね」
「はいぃ!?」
驚く私に、ルーナさんは事もなげに告げる。
「もうシーナったら、最初に教えてあげたじゃない。あくまで月の巫女はわたくしが力を行使するための器であり、駒であり、依代に過ぎないのよ。つまりは月の巫女の体を借りて、舞を舞うのはこのわたくしってこと」
巫女自身の意識は儀式の間は深く眠りにつくのよ、と胸を張る。マジで!?
「えっ、じゃあ当日の私の仕事は寝てるだけ!?」
「そそ。シーナ、だらけるの得意でしょう?」
「はいもちろん!……って、そうじゃなくっ」
私は脱力して花畑にへたり込んだ。
ってことは、何? 歴代の月の巫女さんたちは無駄に聖堂に缶詰にされて、無駄に舞の練習をさせられてたってこと? 可哀想だよ!
「ルーナさんってば、それならちゃんと神官たちに教えてあげなきゃ駄目じゃないですか!」
「え~、だってわたくしには関係ないしぃ」
なんてはた迷惑な!
非難を込めて睨み、そっぽを向いてやる。ルーナさんは途端に慌て出し、前に回っておろおろと私にすがりついた。
「やだぁ、怒らないでよシーナぁ。えっと、それなら……うん、そうだわ!」
一転してパッと顔を明るくする。
「そう、そうよね。要はわたくしの神力を舞に乗せればいいんだもの。――ねぇシーナ、大丈夫よ。次の儀式では、ちゃんとあなたに踊らせてあげるからっ」
「え?」
戸惑う私の手を取って、ルーナさんは熱心に揺さぶった。
「だからね、儀式の時シーナの意識のほんの片隅に置いてもらえれば、舞を舞うのはシーナで構わないって言ってるの。神力で光の粒を巻き込みながら、壇上で美しく舞い踊るのよっ。どおどお、嬉しいでしょ? 機嫌直してくれた?」
「え、いや別に、私は自分が踊りたくて怒ってたわけじゃ」
「ああ、楽しみだわ! シーナにどんな服を着せようかしら。神官たちは聖獣シーナ・ルーが舞うと勘違いしているから、きっと衣装は用意しないと思うの。美しく変身したシーナに、きっと緋の王子も大いにときめいて――……って、たいへん。それって責任重大だわ! わたくしの腕の見せ所ねっ」
「いや、だから」
「ぱぇっぽぉ~」
「ぱぇっぱぇえ~!」
「うふふふふ、大仕事よあなたたち~!」
聞いちゃいねぇ。
しかもシーナちゃん軍団まで、一緒になってはやし立ててるし。
頭痛をこらえる私をよそに、ルーナさんは頬を上気させて手を打って大興奮。シーナちゃん軍団も縦横無尽に花畑を駆け回る。
……うん。盛り上がってるところ水を差すみたいで悪いんだけど、これだけは言っておかないと。
「ルーナさん、あのですね。言いにくいんですけど、私は小学校から高校に至るまで、体育は清々しいほどのオール3でして」
「百点満点中の?」
5点満点中の、だけど。
でも真面目に出席しさえすれば、多少運動音痴でも3はもらえてしまうのだ。
「大体、私が運動センス皆無なのは最初からわかってたでしょう? 山登りで盛大に転んじゃうくらいだし」
「あら、でもまだ時間はあるもの。大丈夫よ、これからまめに天上世界に呼んで、わたくしがちゃんと教えてあげるから。その代わり、下界に戻ったら一人できちんと復習するのよ? 日々の積み重ねが大切なんですからね」
シーナちゃんの体で?
それこそまたヴィクターたちを爆笑の渦に巻き込んでしまう。
どうしたものかと困り果てていたら、つとルーナさんが空を見上げた。
「まあ、そろそろ時間だわ」
うそっ!?
顔をひきつらせる私に苦笑して、ルーナさんはいつも通り私の肩を軽く押す。
「安心なさいな、シーナ。ちゃんと神託で伝えておきますからね。シーナはこれまで通り緋の王子の元で過ごして構わない、月の舞はわたくし自らが指導するから聖堂に来る必要もない、って」
「お、お願いしますっ」
最後に一瞬だけ手を握り合い、慌ただしく天上世界を後にした。
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