上 下
66 / 101

63.巫女のお仕事

しおりを挟む
「――と、いうわけなの。ごめんなさいねぇ、シーナぁ」

「や、もう言っちゃったものは仕方ないですけど……」

 落ち込むルーナさんを慰めつつ、どうしたものかと肩を落とす。

 すでに下した神託を、取り消すことなどできないだろう。ほいほい言うことを変えてしまったら、神さまの信用問題に発展してしまう。

 とはいえヴィクターと離れ離れになって、聖堂に閉じ込められるのは絶対にごめんだった。

(となると、次に取れる手は……)

 唇を噛み、私はキッとルーナさんを見上げる。

「ルーナさん。神託を追加することはできますか?」

「え、ええ。もちろんできるわ」

 瞬きしながらも、ルーナさんは深く頷いた。
 ほっと安堵して、強ばっていた体から力が抜けていく。
 よかった。それならこちらの要望を、全部まとめて神官たちに伝えてもらえばいい。

 私は勢い込んでルーナさんに詰め寄った。

「なら、ヴィクターと聖獣わたしを決して引き離してはいけないって言ってくれますか?……あ、でもそれだけじゃ駄目か。ヴィクターごとまとめて聖堂に連れて行く、って結論になられても困るし……」

 ヴィクターと犬猿の仲である聖堂に、きっと不機嫌大爆発であろうヴィクターと二人で滞在。
 想像しただけで胃が悪くなる上、居心地抜群のお屋敷だって離れたくない。そう、そして何より聖堂には、シェフの美味しいごはんもロッテンマイヤーさんのおやつもないじゃない!

 それは一大事だと騒ぐ私に、ルーナさんが不思議そうに首を傾げた。

「ねえシーナ、どうしてあなたや緋の王子が聖堂に行く必要があるの? 別にわざわざ引っ越さなくたって、儀式の日までこれまで通り緋の王子の家で過ごせばいいじゃない」

「え? いや、でも」

 確か意地悪神官長が言っていたはずだ。

 月の巫女に選ばれた娘は、神託の下されたその日から聖堂で過ごす決まりになっている。『月の舞』を神官から習い覚えて、儀式の日に備えるんだ、って。

 しどろもどろにそう説明すると、ルーナさんはおかしそうに頬をゆるめた。

「ああ、そういえばそうだったわね。ふふっ、変なの。巫女が舞を覚えたところで、どうせ無駄になってしまうのにね」

「はいぃ!?」

 驚く私に、ルーナさんは事もなげに告げる。

「もうシーナったら、最初に教えてあげたじゃない。あくまで月の巫女はわたくしが力を行使するためのうつわであり、こまであり、依代よりしろに過ぎないのよ。つまりは月の巫女の体を借りて、舞を舞うのはこのわたくしってこと」

 巫女自身の意識は儀式の間は深く眠りにつくのよ、と胸を張る。マジで!?

「えっ、じゃあ当日の私の仕事は寝てるだけ!?」

「そそ。シーナ、だらけるの得意でしょう?」

「はいもちろん!……って、そうじゃなくっ」

 私は脱力して花畑にへたり込んだ。
 ってことは、何? 歴代の月の巫女さんたちは無駄に聖堂に缶詰にされて、無駄に舞の練習をさせられてたってこと? 可哀想だよ!

「ルーナさんってば、それならちゃんと神官たちに教えてあげなきゃ駄目じゃないですか!」

「え~、だってわたくしには関係ないしぃ」

 なんてはた迷惑な!

 非難を込めて睨み、そっぽを向いてやる。ルーナさんは途端に慌て出し、前に回っておろおろと私にすがりついた。

「やだぁ、怒らないでよシーナぁ。えっと、それなら……うん、そうだわ!」

 一転してパッと顔を明るくする。

「そう、そうよね。要はわたくしの神力を舞に乗せればいいんだもの。――ねぇシーナ、大丈夫よ。次の儀式では、ちゃんとあなたに踊らせてあげるからっ」

「え?」

 戸惑う私の手を取って、ルーナさんは熱心に揺さぶった。

「だからね、儀式の時シーナの意識のほんの片隅に置いてもらえれば、舞を舞うのはシーナで構わないって言ってるの。神力で光の粒を巻き込みながら、壇上で美しく舞い踊るのよっ。どおどお、嬉しいでしょ? 機嫌直してくれた?」

「え、いや別に、私は自分が踊りたくて怒ってたわけじゃ」

「ああ、楽しみだわ! シーナにどんな服を着せようかしら。神官たちは聖獣シーナ・ルーが舞うと勘違いしているから、きっと衣装は用意しないと思うの。美しく変身したシーナに、きっと緋の王子も大いにときめいて――……って、たいへん。それって責任重大だわ! わたくしの腕の見せ所ねっ」

「いや、だから」

「ぱぇっぽぉ~」
「ぱぇっぱぇえ~!」

「うふふふふ、大仕事よあなたたち~!」

 聞いちゃいねぇ。
 しかもシーナちゃん軍団まで、一緒になってはやし立ててるし。

 頭痛をこらえる私をよそに、ルーナさんは頬を上気させて手を打って大興奮。シーナちゃん軍団も縦横無尽に花畑を駆け回る。

 ……うん。盛り上がってるところ水を差すみたいで悪いんだけど、これだけは言っておかないと。

「ルーナさん、あのですね。言いにくいんですけど、私は小学校から高校に至るまで、体育は清々しいほどのオール3でして」

「百点満点中の?」

 5点満点中の、だけど。
 でも真面目に出席しさえすれば、多少運動音痴でも3はもらえてしまうのだ。

「大体、私が運動センス皆無なのは最初からわかってたでしょう? 山登りで盛大に転んじゃうくらいだし」

「あら、でもまだ時間はあるもの。大丈夫よ、これからまめに天上世界に呼んで、わたくしがちゃんと教えてあげるから。その代わり、下界に戻ったら一人できちんと復習するのよ? 日々の積み重ねが大切なんですからね」

 シーナちゃんの体で?

 それこそまたヴィクターたちを爆笑の渦に巻き込んでしまう。
 どうしたものかと困り果てていたら、つとルーナさんが空を見上げた。

「まあ、そろそろ時間だわ」

 うそっ!?

 顔をひきつらせる私に苦笑して、ルーナさんはいつも通り私の肩を軽く押す。

「安心なさいな、シーナ。ちゃんと神託で伝えておきますからね。シーナはこれまで通り緋の王子の元で過ごして構わない、月の舞はわたくし自らが指導するから聖堂に来る必要もない、って」

「お、お願いしますっ」

 最後に一瞬だけ手を握り合い、慌ただしく天上世界を後にした。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

契約妹、はじめました!

和島逆
恋愛
「契約結婚、ですか?」 「いいえ。『契約妹』です」 そんな会話から始まった、平民の私と伯爵子息様とのおかしな雇用関係。 エリート魔導技士でもある彼の目的は、重度のシスコン兄を演じて自身の縁談を遠ざけること。報酬は魅力的で、孤児である私にとっては願ってもないオイシイ話! そうして始まった伯爵家での『契約妹』生活は、思った以上に快適で。義父と義母にも気に入られ、雇用主である偽のお兄様までだんだん優しくなってきたような……? このお仕事、どうやら悪くないようです。

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...