上 下
56 / 101

53.真実はどこに

しおりを挟む
「なん……ですって?」

 キースさんの表情が凍りついた。

 得々とベルガ村での出来事を説明していたカイルさんは、戸惑ったように口をつぐむ。ヴィクターも瞬きしてキースさんを見つめた。

 キースさんは美しい銀髪を揺らし、唇を噛んで深くうつむいた。床を睨む眼差しは真剣で、何やら必死に考え込んでいるらしい。

「え、な、何その反応? きっとキースなら大喜びするか、『自分も見たかった!』って悔しがるかと思ったのに……」

「キース。何か問題でもあるのか」

 ヴィクターは静かに尋ねると、ちらりと私を見下ろした。ヴィクターの膝の上、私も困り果てて彼を見上げる。

(うぅん、これってもしかして……?)

「……おかしい、です」

 ややあって、キースさんがうめくように声を上げた。

「……奇跡キセキで炎を出現させた、ですって? しかもその炎で、ヴィクター殿下が魔獣を倒した、と?」

「それの何がおかしい?」

 キースさんは探るように私を見て、それからヴィクターへと視線を移す。
 固唾を呑んで続きを待つ私たちに、きっぱりとかぶりを振った。

「変なのです。明らかに、おかしい。――奇跡キセキには、魔獣を倒す力などないのですから」

(……あ、やっぱし)

 ルーナさんの忠告していた通りだ。
 私は詰めていた息を吐き、きゅうと長い耳を垂らす。こっそりヴィクターとカイルさんの様子を窺えば、二人とも驚いたように目を見開いていた。

奇跡キセキに、魔獣を倒す力がない……?」

「で、でも。月の女神の聖なる奇跡キセキに不可能なんてないんだろ? 月の女神ルーナ様の加護の下では、どんな魔獣も脅威になりはしないって、いつも神官たちが偉そうに説いて回ってるじゃないか。腹は立つけど、だからこそ第三騎士団オレたちだって安心して後ろを任せられるのに」

 声を荒げるカイルさんを、キースさんはひたと見据える。

「その通りです。聖堂が結界で人里を護り、騎士団が結界外の魔獣を駆除する。神官が外に出て魔獣と交戦しないのは、結界の維持に集中するため。そして、万が一人里に魔獣が侵入してきた場合に備えるため。……確かに表向き、我々はそう主張しております。なぜなら――」

 キースさんは一度、ためらうように言葉を切った。その唇がかすかに震える。

「なぜなら……、奇跡キセキは万能の力ではないなどと、一般の国民が知る必要はないからです……」

「……っ」

 息を呑む私たちを見て、キースさんは苦しげに眉根を寄せた。

「わたしもそれが、決して正しいことだとは思っておりません。ですが聖堂は――月の女神ルーナ様は、弱き人々の救いたらねばならない。恐ろしき魔獣がはびこるこの世界で、国の希望であり続けなければならないのです」

「……くだらん」

 それまで黙っていたヴィクターが、忌々しげに舌打ちする。
 私がびくりと体を跳ねさせると、ヴィクターはすぐに両手で私を包み込んだ。なだめるように背中を撫で、伏せた眼差しをやわらげる。

 私の震えが止まったところで、皮肉げな笑みをキースさんに向けた。

「どれだけ耳触りの良い言葉を述べたとて、要は聖堂の権威を維持したいだけだろう。祀るべき女神すらもダシにして、な」

「ヴィクター殿下! それは……っ」

「まあまあ二人とも、喧嘩しないで。どっちの言い分も正しいって、お互いちゃんとわかってるだろ? 確かに希望は必要だし、聖堂のバカ神官どもは権威主義の権化だよ。うん」

 気を取り直したみたいに仲裁するカイルさんに、キースさんは「うっ」とうなったきり黙り込む。
 しょんぼりと肩を落としてしまったので、私は慌ててぱたぱたとしっぽを振った。

「ぱうぅ~、ぽぇぇ?」

(元気出してキースさん。シーナちゃんの毛並みでよかったら、もふる?)

 通じたわけでもないだろうに、キースさんはこわばった顔をほころばせる。揺れるしっぽにそうっと手を伸ばしかけたところで、ヴィクターがすばやく私を自分の肩に移動させた。

「…………」

「ヴィクター、それはちょっと心狭すぎない?」

 カイルさんが思いっきり苦笑する。

「うるさい。……それで、どうする。炎の奇跡キセキについて、神官どもに報告するのか」

「そ、そう……、ですね」

 キースさんはためらうように視線を泳がせた。じっと私を見つめ、ややあって力なくかぶりを振る。

「今はまだ、隠しておくべきでしょう。次にシーナ・ルー様が人間に戻られて、詳細をお聞きしてからでも遅くはありません」

「わかった」

 ヴィクターはあっさりと頷いた。
 カイルさんにも異論はないようで、とりあえず私は安堵する。

(よかったぁ。猶予ができた間に、うまい言い訳を考えておかないと)

 ヴィクターの肩の上、そっと彼にもたれかかった。
 ぷああ、と大あくびすれば、ヴィクターがすぐに察して立ち上がった。大股で扉に歩み寄り、大きく開け放ってカイルさんとキースさんを振り返る。

「……ヴィクター殿下」

「それはもしや、遠まわしに『帰れ』って言ってる?」

 嫌そうな声を上げる二人に、ヴィクターは大真面目に首肯した。

「ああ。今すぐ帰れ」

「ひどっ!!」

「くうぅッ、いつもいっつもシーナ・ルー様を独り占めしてるくせにぃぃッ!!」

 ぎゃんぎゃん文句を言いながらも、二人は割合素直に腰を上げる。私にお休みの挨拶をして、名残惜しそうに部屋から出ていった。

「……入浴してくる。お前は先に寝ていろ」

 しんと静まり返った部屋で、ヴィクターがそっと私をベッドの枕元に置いてくれる。そのまま傍らに腰掛けて、優しい手付きで私を撫でた。

 お風呂に行くんじゃなかったの?と、私は目を丸くしてしまう。

「ぷうぅ、ぽぇあ~」

(赤ちゃんじゃないんだから、寝かしつけは必要ないってば)

 遠慮しながらも、大きな手が心地良い。すぐに睡魔が襲ってきた。

(――明日に、なったら……)

 ちゃんと、考えなくっちゃ。

 でもでも、今日はいいよね? 疲れちゃったし、ヴィクターの手があったかいし……。

 明日まで問題を先送りしたって、きっと大丈夫――……

 なぁんて。
 この時の私は、のんびり構えていたのだけれど。

 ――事態が動いたのは、その翌朝のことだった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

波間柏
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...