45 / 101
43.一歩前進、のはずなのに
しおりを挟む昨夜と同じく、まずはヴィクターのベッドの上に移動する。
座り込む私をじっと眺め、ヴィクターは唇を真一文字に引き結んだ。振り切るように私から顔を背け、大股で扉の方へと去っていく。
「……俺は屋敷から出ておく。シーナを頼んだ」
振り向かないまま低い声で告げられ、即座にカイルさんとキースさんが頷いた。
「ああ。任せて、ヴィクター」
「なるべくシーナ・ルー様のお体に負担をかけたくありません。会合は長くとも一時間以内で切り上げますので、ヴィクター殿下もそのぐらいを目処にお戻りくださいませ」
ヴィクターは小さく首肯すると、足早に部屋から出ていった。
こわばるその背中を見送って、私は申し訳なさに胸が締めつけられる。
(ヴィクター……)
「ほらほら、シーナちゃん。そんなに耳を垂らして落ち込まないで。大丈夫、きっと解決策はどこかにあるはずだよ」
「そうですね。それを見つけるためにも、まずはできることから始めましょう」
二人から口々に慰められ、私は力なくしっぽを振り返した。
ヴィクターが屋敷から離れられる程度に時間を置いてから、今夜もまた呪いを解くため頭の中で強く念じる。
途端に体中がやわらかな光に包まれて、手足がぐんと伸びていく感覚がした。
溺れる者が藁をつかむみたいに、シーツをきつく握り締める。
「ふ、ぁ……っ。お待たせ、しました。カイルさん、キースさん……っ」
目尻に浮かんだ涙をぬぐい、二人に笑いかけた。
カイルさんとキースさんが、なぜか今日もまた顔を赤くする。耳まで赤く染めたキースさんが、私の肩にふわりと毛布を掛けてくれた。
「ひ、冷えるといけませんからね。息苦しくはありませんか、シーナ・ルー様?」
早口で尋ねられ、私は小さく首を傾げる。
胸に手を置き呼吸に集中するけれど、今のところこれといって異変はなさそうだ。
「大丈夫、みたいです」
しっかりと体を起こし、ベッドの上から二人に深々と頭を下げた。
「改めて、私を助けてくれて本当にありがとうございました。カイルさん、キースさん。……えぇと、それから」
よかったら、ヴィクターにも「ありがとう」って伝えてもらえると嬉しいです……。
消え入るような声でそう付け足すと、二人は頬をゆるめた。照れくさくなって、私は視線を泳がせる。
「そ、その。今のところは問題はないんですけど、この世界には魔素が満ちているらしくって。ヴィクターが近くにいなくても、私、そう長くは人間でいられないんです」
「魔素……。シーナ・ルー様。実は我らは、魔素という言葉すら知らなかったのですよ」
神妙な顔で告白するキースさんに、私も真剣に頷いた。
「はい、私も後からルーナさんにそう聞いて。魔素のこと、本当はしゃべっちゃいけなかったみたいなんです。だから申し訳ないんですけど、このことは……」
「うん、了解。シーナちゃんとオレとキース、それからヴィクターの四人だけの間にとどめておこう」
打てば響くようにしてカイルさんが請け合ってくれる。ほっとして私は体から力を抜いた。
「さて、時間がありません。――早速聞き取りを開始してもよろしいですか?」
書きつけるための帳面とペンを手に、キースさんがずいっと顔を近づける。いや近。
「キース。人間シーナちゃんに接近するのはオレが許さないよ?」
満面の笑みを浮かべたカイルさんが、キースさんの首根っこをつかんで引きずっていった。
ドンと背中を押してヴィクターの机に強制的に座らせ、自身はベッドから離れたソファに腰掛ける。
「さ、シーナちゃんも楽な姿勢を取って。きつくなったら話の途中でもすぐに言ってね? 続きはまた日を改めればいいんだから」
「カイルさん……。は、はいっ」
お言葉に甘えて足を崩し、手をうろうろと泳がせた。しっぽはないから代わりに、と。枕を抱き締めてベッドに横座り。
これで準備が整い、私は深呼吸してこれまでのことを語り出す。
元の世界で死にかけたこと、ルーナさんが私を助けてくれたこと。
もう二度と元の世界には戻れず、この世界で生きていかなければならないこと。
魔素への耐性がゼロで、呪いによってシーナちゃんへと姿が変わってしまったこと。
呪いを解くためには、魔素への耐性をつける必要があること――……
息が長く続かないので、なるべく要点だけをまとめて説明していく。二人は私を気遣いながら、黙って耳を傾けてくれた。
ようやく私が口をつぐんだところで、キースさんがペンを置いて厳しい顔を上げる。
「ありがとうございます、シーナ・ルー様。これでおおよそのところは理解できたかと思います。……さて、それでは今後の方針をまとめていきましょう」
机から離れ、コツコツと神経質そうに額を叩いた。
「まず、魔素への耐性を身につけるために何をすべきなのか? 我らにこれに関しての知識はなく、さしあたっては月の女神ルーナ様のおっしゃる通りに動くべきでしょう。――つまり、魔素が自在に見えるよう訓練をするのです」
「は、はいっ」
姿勢を正して返事をすると、ソファのカイルさんが低くうなり声を上げた。
「でもさ、キース。訓練って言ったって、一体どうやって? いくら見た目はシーナ・ルーでも、彼女は本当は人間なんだよ?」
「そうですね……。シーナ・ルー様。先程、前に一度だけ魔素が見えたとおっしゃいましたね? それはどのような状況下でですか? もし同じ状況を繰り返し再現できるなら、訓練にはうってつけかと存じますが」
「あ、それは……っ」
キースさんの問いかけに、私は言葉を濁してうつむいた。
同じ状況を再現。
……それは正直、嫌だと思った。
私が一度だけ魔素を目にしたのは、ヴィクターが狼型魔獣と戦った時のこと。あかあかと燃える炎がはっきりと見えた。
けれど私はヴィクターに、私のために魔獣と戦ってほしいだなんて口が裂けても言いたくない。危険な目になんて合ってほしくない。
魔獣を倒すのがヴィクターの仕事だと頭ではわかっていても、私にはどうしても飲み込むことができなかった。
20
お気に入りに追加
672
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
猫不足の王子様にご指名されました
白峰暁
恋愛
元日本人のミーシャが転生した先は、災厄が断続的に人を襲う国だった。
災厄に襲われたミーシャは、王子のアーサーに命を救われる。
後日、ミーシャはアーサーに王宮に呼び出され、とある依頼をされた。
『自分の猫になってほしい』と――
※ヒーロー・ヒロインどちらも鈍いです。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる