23 / 101
23.シーナ・ルーの眼
しおりを挟む
え?
それってどういう意味?
(私が……選んだ?)
わけがわからず、目を丸くしてルーナさんを見る。
ルーナさんは私の膝から一匹シーナちゃんをすくい上げると、意味ありげに微笑した。
「わたくしはね、あくまで『この世界の生き物となれ』とあなたに呪いをかけただけなのよ。それなのに、あなたは犬や猫といった当たり前の動物じゃなく、血に飢えた魔獣でもなく、わたくしの愛しの聖獣シーナ・ルーの姿に変身した。これはね、シーナ。あなた自身がその姿を選び取ったからに他ならないわ」
「え。で、でも……」
私はこちらの世界の人間じゃないから、聖獣シーナ・ルーなんて見たことも聞いたこともない。
だからもちろん、シーナちゃんに変身したのは私の意志じゃない。
目を白黒させつつそう訴える。
けれどルーナさんは楽しそうな様子を崩さず、手のひらのシーナちゃんに口づけを落とした。シーナちゃんが「ぱうぅ~」とくすぐったそうにふるふる揺れる。
「ならばきっと、本能があなたを突き動かしたのね。それか、あなた自身が月との縁が深いのか……」
「月との縁?」
ふわふわの毛を撫でながら、ルーナさんが事もなげに頷いた。
「ええ。何と言っても、名前が『シーナ』というぐらいですものね」
あっ!!
(そうだ、名前――……!)
「ルーナさんっ。実は私の名前、椎名深月っていうんです! シーナが苗字で、ミツキが名前っ」
飛びつくようにしてルーナさんに説明する。
そうだ、私の名前には『月』が付くじゃない。
小学生の夏休み、「自分の名前の由来を調べてみよう」という宿題が出たことがあった。意気揚々とお母さんにインタビューしてみると、なぜかお母さんはバツが悪そうに苦笑したんだっけ。
『それがねぇ、あんたが生まれた夜の月がとっても綺麗だったから、お父さんが勢いで付けちゃったのよ。まあ、お母さんもいいかなって。ミツキって響きが可愛いと思ったし』
『そっかぁ! すっごくキレーな満月だったんだね?』
夜空にくっきり輝く、大きなまんまる満月を想像してしまう。
けれども母は、無情にもきっぱりと首を横に振った。
『ううん、ぜんっぜん。綺麗は綺麗だったけど、満月にはかなり大分惜しい半月強』
『…………』
『しかもお父さんってば、最初は美月にしようって言ったのよ。お母さん必死で止めたわ。美しい、だなんて付けて、名前負けしたらどうするの?って。いやぁ、我ながらいい仕事したわぁ』
どーいう意味やねんっ!!
芸人さながらに突っ込む、幼き日の私であった。
思い出して笑いつつ怒りつつルーナさんに説明すると、ルーナさんは微笑んで耳を傾けてくれた。つと手を伸ばし、私の頭を優しく撫でる。
「そう、月を意味する名前をもらったのね。……ご両親に感謝なさいな、シーナ。名付けというのはその者に強い力を与える祝福なのよ。ミツキという名があったからこそ、あなたはシーナ・ルーになれたのね」
「あ……っ」
途端に唇がわなないて、目頭がカッと熱くなる。
慌てて下を向くが、間に合わずに涙がこぼれ落ちた。膝に座るシーナちゃんたちが不思議そうに顔を上げる。
「ぱえ?」
「ぽええ~?」
(お父さん、お母さん……!)
嗚咽が漏れないよう、きつく唇を噛み締めた。膝を握る手が震える。
椎名という苗字のお陰で、私はルーナさんに助けてもらえた。
深月という名前のお陰で、私はシーナちゃんに変身して生き延びることができた。私、ずっと守られてたんだ。
「ぱぇあっ!」
「ぽえ、ぽえぇ~っ!」
頭上から突然降り出した雨への抗議だろうか、シーナちゃんたちが大騒ぎする。短い足で懸命に背伸びする彼らに噴き出して、私はしゃんと顔を上げた。
じっと私を見守るルーナさんに、涙をはらって笑顔を向ける。
「ということは、私が今生きてるのは両親とルーナさんのお陰ってことですね。……これは、ますます死ねなくなっちゃった!」
「その意気よ、シーナ」
ルーナさんもくすりと笑った。
身を乗り出して、手のひらのシーナちゃんを私の肩にそうっと載せてくれる。涙の跡が残る頬に、シーナちゃんがすりすりと身を寄せた。
(くすぐったい……)
うん、大丈夫。
私はまだまだ頑張れる。
「ルーナさん。魔素への耐性のつけ方を、私に教えてください」
改めてルーナさんに向き合えば、ルーナさんも姿勢を正して頷いた。いつになく真剣なその様子に、私は固唾を呑んで答えを待つ。
「緋の王子に四六時中張り付きなさい」
「…………」
それ、もう聞いた。
ガクッと肩を落とす私に、ルーナさんはころころと笑う。
「ごめんね、シーナ。でも本当に、今はそれしかできることがないの。――だって今のあなたには、まだ何も見えていないのでしょう?」
「へ……?」
ルーナさんは軽やかに立ち上がると、座ったままの私に手を差し伸べた。
何事か察したのか、私の膝のシーナちゃんたちが、ぽふんぽふんと花畑に飛び降りていく。
「見えるようになれば次の段階に進めるわ。いいこと、シーナ? 元が人間であれ、今のあなたは紛れもなく聖獣シーナ・ルーなの。人としての目で見るのではなく、シーナ・ルーの眼を見開きなさいな」
「え? え?」
「緋の王子を見るのよ。そして決して離れないで」
ぐいっと腕を引かれ、突然肩を突き飛ばされた。以前と同じように、私の体が宙に浮く。
「ル、ルーナさっ」
「頑張ってねぇ、シーナぁ~」
ルーナさんの声が小さくなっていく。
ぐんぐん、ぐんぐん。私は闇の底へと落ちていった。
それってどういう意味?
(私が……選んだ?)
わけがわからず、目を丸くしてルーナさんを見る。
ルーナさんは私の膝から一匹シーナちゃんをすくい上げると、意味ありげに微笑した。
「わたくしはね、あくまで『この世界の生き物となれ』とあなたに呪いをかけただけなのよ。それなのに、あなたは犬や猫といった当たり前の動物じゃなく、血に飢えた魔獣でもなく、わたくしの愛しの聖獣シーナ・ルーの姿に変身した。これはね、シーナ。あなた自身がその姿を選び取ったからに他ならないわ」
「え。で、でも……」
私はこちらの世界の人間じゃないから、聖獣シーナ・ルーなんて見たことも聞いたこともない。
だからもちろん、シーナちゃんに変身したのは私の意志じゃない。
目を白黒させつつそう訴える。
けれどルーナさんは楽しそうな様子を崩さず、手のひらのシーナちゃんに口づけを落とした。シーナちゃんが「ぱうぅ~」とくすぐったそうにふるふる揺れる。
「ならばきっと、本能があなたを突き動かしたのね。それか、あなた自身が月との縁が深いのか……」
「月との縁?」
ふわふわの毛を撫でながら、ルーナさんが事もなげに頷いた。
「ええ。何と言っても、名前が『シーナ』というぐらいですものね」
あっ!!
(そうだ、名前――……!)
「ルーナさんっ。実は私の名前、椎名深月っていうんです! シーナが苗字で、ミツキが名前っ」
飛びつくようにしてルーナさんに説明する。
そうだ、私の名前には『月』が付くじゃない。
小学生の夏休み、「自分の名前の由来を調べてみよう」という宿題が出たことがあった。意気揚々とお母さんにインタビューしてみると、なぜかお母さんはバツが悪そうに苦笑したんだっけ。
『それがねぇ、あんたが生まれた夜の月がとっても綺麗だったから、お父さんが勢いで付けちゃったのよ。まあ、お母さんもいいかなって。ミツキって響きが可愛いと思ったし』
『そっかぁ! すっごくキレーな満月だったんだね?』
夜空にくっきり輝く、大きなまんまる満月を想像してしまう。
けれども母は、無情にもきっぱりと首を横に振った。
『ううん、ぜんっぜん。綺麗は綺麗だったけど、満月にはかなり大分惜しい半月強』
『…………』
『しかもお父さんってば、最初は美月にしようって言ったのよ。お母さん必死で止めたわ。美しい、だなんて付けて、名前負けしたらどうするの?って。いやぁ、我ながらいい仕事したわぁ』
どーいう意味やねんっ!!
芸人さながらに突っ込む、幼き日の私であった。
思い出して笑いつつ怒りつつルーナさんに説明すると、ルーナさんは微笑んで耳を傾けてくれた。つと手を伸ばし、私の頭を優しく撫でる。
「そう、月を意味する名前をもらったのね。……ご両親に感謝なさいな、シーナ。名付けというのはその者に強い力を与える祝福なのよ。ミツキという名があったからこそ、あなたはシーナ・ルーになれたのね」
「あ……っ」
途端に唇がわなないて、目頭がカッと熱くなる。
慌てて下を向くが、間に合わずに涙がこぼれ落ちた。膝に座るシーナちゃんたちが不思議そうに顔を上げる。
「ぱえ?」
「ぽええ~?」
(お父さん、お母さん……!)
嗚咽が漏れないよう、きつく唇を噛み締めた。膝を握る手が震える。
椎名という苗字のお陰で、私はルーナさんに助けてもらえた。
深月という名前のお陰で、私はシーナちゃんに変身して生き延びることができた。私、ずっと守られてたんだ。
「ぱぇあっ!」
「ぽえ、ぽえぇ~っ!」
頭上から突然降り出した雨への抗議だろうか、シーナちゃんたちが大騒ぎする。短い足で懸命に背伸びする彼らに噴き出して、私はしゃんと顔を上げた。
じっと私を見守るルーナさんに、涙をはらって笑顔を向ける。
「ということは、私が今生きてるのは両親とルーナさんのお陰ってことですね。……これは、ますます死ねなくなっちゃった!」
「その意気よ、シーナ」
ルーナさんもくすりと笑った。
身を乗り出して、手のひらのシーナちゃんを私の肩にそうっと載せてくれる。涙の跡が残る頬に、シーナちゃんがすりすりと身を寄せた。
(くすぐったい……)
うん、大丈夫。
私はまだまだ頑張れる。
「ルーナさん。魔素への耐性のつけ方を、私に教えてください」
改めてルーナさんに向き合えば、ルーナさんも姿勢を正して頷いた。いつになく真剣なその様子に、私は固唾を呑んで答えを待つ。
「緋の王子に四六時中張り付きなさい」
「…………」
それ、もう聞いた。
ガクッと肩を落とす私に、ルーナさんはころころと笑う。
「ごめんね、シーナ。でも本当に、今はそれしかできることがないの。――だって今のあなたには、まだ何も見えていないのでしょう?」
「へ……?」
ルーナさんは軽やかに立ち上がると、座ったままの私に手を差し伸べた。
何事か察したのか、私の膝のシーナちゃんたちが、ぽふんぽふんと花畑に飛び降りていく。
「見えるようになれば次の段階に進めるわ。いいこと、シーナ? 元が人間であれ、今のあなたは紛れもなく聖獣シーナ・ルーなの。人としての目で見るのではなく、シーナ・ルーの眼を見開きなさいな」
「え? え?」
「緋の王子を見るのよ。そして決して離れないで」
ぐいっと腕を引かれ、突然肩を突き飛ばされた。以前と同じように、私の体が宙に浮く。
「ル、ルーナさっ」
「頑張ってねぇ、シーナぁ~」
ルーナさんの声が小さくなっていく。
ぐんぐん、ぐんぐん。私は闇の底へと落ちていった。
31
お気に入りに追加
671
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】マッチョ大好きマチョ村(松村)さん、異世界転生したらそこは筋肉パラダイスでした!
櫻野くるみ
恋愛
松村香蓮はマッチョが大好きな女子高校生。
しかし、学校には納得できるマッチョがいないことに不満を抱えていた。
細マッチョくらいでは満足できない香蓮は、友人にマッチョ好きを揶揄われ、『松村』をもじって『マチョ村』と呼ばれているのだが、ある日不注意による事故で死んでしまう。
転生した先は異世界だった。
頭をぶつけた衝撃で前世でマチョ村だった記憶を取り戻したカレンだったが、騎士団の寮で働いている彼女のまわりはマッチョだらけで……?
新人騎士の幼馴染みも加わって、マッチョ好きには堪らない筋肉パラダイスに悶絶するマチョ村さんのお話です。
小説家になろう様にも投稿しています。
『文官貴族令嬢は、マッチョな騎士に首ったけ。』がエンジェライト文庫様より電子書籍で配信されています。
こちらもマッチョに惹かれる女の子のハッピーエンドのお話なので、よろしかったら各配信サイトからお願いいたします。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる