上 下
18 / 101

18.三度目の正直!……からの

しおりを挟む
 チュンッ。

 鳥が一声鳴いたその瞬間、私はカッと目を見開いた。

(――ようし、朝だ。朝が来たっ!)

 ロッテンマイヤーさん渾身の作の巣箱から、勢いをつけて起き上がる。途端にやわらかなクッションに足を取られ、ぽふっと頭から転んでしまった。

「ぽぇ~」

(うう、足場悪いなぁ)

 ため息をつき、再チャレンジ。今度はなんとか脱出に成功する。

 木箱の中には肌触り最高な毛布が幾重にも敷き詰められ、その上には小さなハートクッションが大量に。色は赤にピンクに白と、なかなかに可愛らしい寝床だった。

(寝心地はヴィクターのベッドにも負けないぐらい良かったけどね……)

 それにしたって、ちょっと乙女チックすぎやしませんか?

 こんなファンシーなミニミニクッション、ロッテンマイヤーさんもどこで入手してきたのやら。人間用としては明らかに小さすぎるし、もしかしたら人形用かな?

 ヴィクターもちょうど起きたところだった。「おはよう」も言わずにさっさと着替え始めたので、私は速やかに下を向いて目を逸らす。
 覗きは犯罪です。今は人間じゃないとはいえ、節度を守った行動を。


 ――パタンッ


「ぱええっ!?」

 ドアの閉まる音に驚き、私は大慌てで顔を上げる。
 が、時すでに遅かった。ヴィクターの姿はどこにもない。

(嘘でしょ!? せっかく早起きできたのにっ)

 ドアに突進してドアノブに飛びつこうとするけれど、もちろん全く届かなかった。爪でかしかしとドアを引っ掻く。

「ぱぇぱぁ、ぱぇぱぁー」

 かしかし。かしかし。

「ぱぇぱぁー、ぱぇぱぁぁぁぁ」

 かしかしかし、かしかしかしっ。

「ぱ……ぱぇっ、ぱぇ、ぱぇぱぁぁぁぁぁぁっ」

「――えぇいしつこいっ!」

 バァンッと高らかにドアが開け放たれた。うおおお、ぱぇぱぁ! じゃなくてヴィクターーー!!

 ひっしと足に抱きつく私を邪険につかみ上げ、ヴィクターは荒々しく歩き出す。どうやら朝食に向かうらしい。

 いつもは肩に載せてくれるのに、今日の彼は苛ついた様子で私を胸ポケットに突っ込んだ。あらラッキー。

(このままじっとしていようっと)

 朝食を食べている間死んだように動かなければ、ヴィクターも私の存在を忘れてくれるかもしれない。そしてそのまま私を職場に連れていってくれるはず!

 幸い、朝から不機嫌なヴィクターにあてられて意識が遠くなりかけている。
 本能に身をゆだね、私はゆっくりと目をつぶった。いや死なないよ? 眠るだけだよ。永遠の眠りじゃなくって、本当にちょっとだけ――……

「おはようございます、旦那様」

 ああ、遠くからロッテンマイヤーさんの声が……。

「あ、おはよーヴィクター」

「おはようございます、ヴィクター殿下」

 ……んん?

 聞き覚えのある声に、私は必死で目をこじ開ける。
 よろよろとポケットから顔を出した瞬間、ヴィクターに首根っこを引っつかまれた。

「ぽええっ?」

「……お前達。朝から一体何の用だ」

 苦々しく問い掛けながら、私をぽいと放る。おいいいっ!?

 衝撃を覚悟して目をつぶったが、誰かが私の体をやわらかく受け止めてくれた。ぽかんと見上げると、カイルさんが優しく私を覗き込んでいる。

「ぱえ……っ」

「おはよう、シーナちゃん。……こら、ヴィクター。扱い荒すぎるぞ」

 しかめっ面でたしなめてくれる横から、「まったくですっ」と憤った声が聞こえた。

「シーナ・ルー様になんたる無礼な! その上、なぜカイルに託すのですかっ。ここはどう考えても、シーナ・ルー様の下僕たるわたしを選ぶ場面でしょう!」

「キース。論点ずれてるよ」

「おや、失敬」

 コホンと空咳して席に座る。

 私はまじまじと二人を見比べた。ほんの数日ぶりのはずなのに、なぜだかひどく懐かしい。
 嬉しくなって、しっぽが勝手にぱたぱたと揺れた。

「シーナ様、本日はお早いのですね。すぐに朝食をご用意いたしますわ」

 ロッテンマイヤーさんが一礼して下がり、給仕さんが先にヴィクターたちの朝食を並べていく。

「ごめん、シーナちゃん。出勤時間が迫ってるから、オレたちは先に食べさせてもらうね」

 カイルさんがすまなそうに手を合わせる隣で、キースさんは手を組んでぶつぶつと何事か呟いている。おお、これって食前のお祈りってやつですか?

 対してヴィクターは「いただきます」も言わず、不機嫌そうにナイフとフォークを取った。無言で食べ始めるのに、カイルさんが困ったように肩をすくめる。

「朝っぱらから押しかけて悪かったって。でもさ、仕事帰りに付いていこうとしても速攻で拒否されるから、仕方ないだろ」

 オレだってシーナちゃんに会いたいし、とにっこり付け足した。いや照れるね!

「僭越ながらシーナ・ルー様、もちろんこのわたしもですっ。神官長様よりこちらの屋敷に日参する許可をいただきましたので、これから毎日お会いできますよ!」

 キースさんが身を乗り出して主張する。いや先に家主の許可を取ろうぜ……。

 あきれつつカイルさんの手からテーブルに飛び降りて、向かいに座るヴィクターを窺った。
 さて今日の朝食は……パンにカリカリベーコンとポーチドエッグが載っていて、つややかな黄色いソースがかかってる。おお、これぞ異世界版エッグベネディクト!

 今日もヴィクターから一口もらおう、とうきうき駆け出した瞬間、ヴィクターがすうっとこちらを見た。殺気立った一瞥に、つんのめるように足が止まる。

「ぴ、ぴぇ……っ」

 途端に体が震え出し、心まで急激に冷えていく。

「ちょ、ちょっとヴィクター。いきなりどうしたんだよ?」

「…………」

 驚くカイルさんに何も答えず、ヴィクターは黙々と朝食を平らげる。あっという間にお皿を空にすると、無言で立ち上がった。

「ヴィクター殿下!?」

「……そいつはさっき、また死にかけた」

 地を這うような低い声でうなる。

 絶句するカイルさんとキースさんを睨み据え、ヴィクターはさっさとテーブルから離れた。

「だから俺に近付くなと言ったんだ。――ロッテンマイヤー。今日中にその毛玉を、俺の視界に入らん別の部屋へ移しておけ」

 舌打ちとともに吐き捨てて、そのまま振り返りもせずに行ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

異世界のんびり料理屋経営

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
主人公は日本で料理屋を経営している35歳の新垣拓哉(あらかき たくや)。 ある日、体が思うように動かず今にも倒れそうになり、病院で検査した結果末期癌と診断される。 それなら最後の最後まで料理をお客様に提供しようと厨房に立つ。しかし体は限界を迎え死が訪れる・・・ 次の瞬間目の前には神様がおり「異世界に赴いてこちらの住人に地球の料理を食べさせてほしいのじゃよ」と言われる。 人間・エルフ・ドワーフ・竜人・獣人・妖精・精霊などなどあらゆる種族が訪れ食でみんなが幸せな顔になる物語です。 「面白ければ、お気に入り登録お願いします」

外れスキルをもらって異世界トリップしたら、チートなイケメンたちに溺愛された件

九重
恋愛
(お知らせ) 現在アルファポリス様より書籍化のお話が進んでおります。 このため5月28日(木)に、このお話を非公開としました。 これも応援してくださった皆さまのおかげです。 ありがとうございます! これからも頑張ります!! (内容紹介) 神さまのミスで異世界トリップすることになった優愛は、異世界で力の弱った聖霊たちの話し相手になってほしいとお願いされる。 その際、聖霊と話すためのスキル【聖霊の加護】をもらったのだが、なんとこのスキルは、みんなにバカにされる”外れスキル”だった。 聖霊の言葉はわかっても、人の言葉はわからず、しかも”外れスキル”をもらって、前途多難な異世界生活のスタートかと思いきや――――優愛を待っていたのは、名だたる騎士たちや王子からの溺愛だった!? これは、”外れスキル”も何のその! 可愛い聖霊とイケメンたちに囲まれて幸せを掴む優愛のお話。

異世界で神様に農園を任されました! 野菜に果物を育てて動物飼って気ままにスローライフで世界を救います。

彩世幻夜
恋愛
 エルフの様な超絶美形の神様アグリが管理する異世界、その神界に迷い人として異世界転移してしまった、OLユリ。  壊れかけの世界で、何も無い神界で農園を作って欲しいとお願いされ、野菜に果物を育てて料理に励む。  もふもふ達を飼い、ノアの箱舟の様に神様に保護されたアグリの世界の住人たちと恋愛したり友情を育みながら、スローライフを楽しむ。  これはそんな平穏(……?)な日常の物語。  2021/02/27 完結

処理中です...