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2章 二人の前途は多難です!
聖女、帰る!
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「エミたそ、お願い! 行かないで!」
サンクトハノーシュ王国に舞い降りた聖女のうちの一人、サクラの悲痛な声が、白亜の城にこだました。
うららかな春の日差しが豪奢なステンドガラスから降り注ぐ。ディル・K・ソーオンと聖女エミが国王の命令で首都に来てから、すでに三ヶ月。ディルはついに国王の押しつけた仕事を終わらせて、自らの領土であるガシュバイフェンに戻ろうとしている。もちろん、正式に婚約者となったエミも一緒だ。
しかし転移魔法でガシュバイフェンに移動しようとするエミを、サクラががっちり掴んで離さないため、ディルとエミは足止めを食らっている状態だ。
「お願い、エミたそ。ガシュバイフェンって寒いんでしょ? もうちょっとこっちにいてくれたっていいじゃない。せめて夏まで……、ううん、一生ここにいてくれたって……」
「もーサクぴ、泣いたら化粧取れるよ~。 アイメイクに涙は大敵だからねぇ。あ、でもサクぴってアイライン使わない派だ! あたしってば、ギャルメイク基準にしちゃってるからさ、人が泣いてるとアイラインのことつい心配しちゃうんだよねえ。涙でにじんだアイラインって、なにげ超しみるからさぁ」
しがみついて懇願するサクラに、エミはマスカラで盛りに盛った睫毛をシパシパさせてみせる。相変わらず、聖女ふたりの温度差がひどい。サクラの婚約者であるロイは、すっかり慣れた顔だ。
しかし、予定の時刻より出発が遅れていることを気にしているディルは、迷惑そうな顔でサクラを見た。
「聖女サクラよ、そろそろ離れてくれないか。このままだと、一緒にガシュバイフェンに転移されてしまう。それはさすがに困るんだが」
「相変わらずうるさい男ね! アンタみたいな男がエミたその婚約者なんて、ありえないっ! いつかエミたそは絶対に返してもらうんだから!」
吠えるサクラに、ディルはさらに困惑した顔をする。
この数ヶ月の間、エミの小姑ポジションにいるサクラに好かれようと、ディルはあらゆる手を尽くしたが、二人の仲は悪化の一途をたどっている。エミはなんとかして二人の仲を取り持とうとはしているのだが、ディルとサクラの和解の日は遠そうだ。
サクラとディルの間に妙な緊張感が漂いはじめたのを見かねて、ようやくロイが口を挟んだ。
「サクラ、そろそろエミ嬢から離れよう。別れを惜しんでいるのは、君だけじゃないんだから。そうですよね、国王陛下?」
ロイが振り向くと、ロイの後ろで腕を組んでいた国王が、「そうじゃぞ」と、大きく頷いた。今日は大事な会議があったのだが、引き留める宰相たちを無視してここに来たのだ。
ディルが呆れた顔をして額に手を当てて首を振る。
「……陛下、あらかじめ見送りは結構だと申し上げたはずですが」
「別に見送りに来たのではない! 聖女エミと話すべきことがあったのじゃ。重要案件ゆえ、儂自らここに出向かねばならず……」
ごにょごにょと言い訳をする国王は、もの言いたげな顔をしているディルを無視して、エミに向き合った。
「と、とにかく、聖女エミがいなくなると、さみしくなるのじゃ! 明日から、儂の話し相手がいなくなってしまうではないか。ソーオン伯ばかりエミを独占して、ずるいぞ!」
「あーね。まあ、またあたし首都に遊びに来るからさ! ガシュバイフェンにも遊びに来てよ! そしたらまたいっぱい恋バナしようね♡」
「お前さんがずっと首都にいてくれれば万事解決なんじゃが……」
「えー、さすがにそれはダメっしょ。ガシュバイフェンに戻らせてもらいまぁす♡」
「そんなぁ……」
この数ヶ月ですっかりエミのお茶友達になってしまった国王はがっくりと肩を落とす。どうやら、国王の言う「重要案件」とは、エミを首都に引き留めることだったらしい。
初めのうちはエミのことを危険人物とみなしていた国王だったが、今ではすっかり考えを改め、エミを気に入っている。
そもそも、仕事ができても浮ついた話が一切なかったディルに婚約者ができたのだ。ゴシップ好きな国王が、その婚約者放っておく訳がなかった。エミから根掘り葉掘り色々なことを聞こうと、国王は何度かお茶会に彼女を呼び、そのうちにすっかり意気投合。国王はほぼ毎日エミを呼ぶようになった。
そんな彼女がガシュバイフェンに帰るというのだから、国王はしごく残念に思っているらしい。
「何度も話しておるが、エリックの話に惑わされず、もっと早くお前と話しておくべきじゃった。……そうじゃ! いっそガシュバイフェンを首都にするかの! さすればエミとも毎日会えるうえ、ソーオン伯もこき使えるしことじゃし、名案……」
「却下です」
国王の言葉を遮って、エミの隣に立つディルは真顔で答える。エミは隣で「即答じゃん」と手を叩いて爆笑した。
この数ヶ月で、エミを巡る環境は劇的に変化していた。
これまでは、エミの元婚約者である第一王子のエリックは、エミの活躍をあたかも自分の活躍のように喧伝していた。その上、アレキセーヌとの結婚を正当化するため、エリックはエミが危険な人物だと言いふらしていた。
そのエリックがついに国外追放され、聖女サクラの尽力でこれまでのエミの功績がようやく公になったのだ。エミへの評価が「危険な聖女」から「この国の救世主」に変わるまで、そう時間はかからなかった。人々はようやく誤解を解き、エミに感謝した。
城を去ろうとするエミを見送ろうと、エントランスには人がごった返している。
「エミ様、お元気で!」
「またなにかありましたら、首都にいらっしゃってくださいね!」
「聖女様、またタピオカなるものを探しておきますので!」
見送りに来た人々は、口々に別れを惜しむ。
未だにぐずぐず言うサクラを、ついに婚約者のロイが引き剥がす。国王も名残惜しそうにエミに手を振って、魔術師たちに声をかけた。すぐに魔法の詠唱が始まり、魔法陣が輝き出す。
蜃気楼のように空気が揺らめくなか、エミはふいに鼻をスン、とならす。ディルは、エミの顔を覗き込んだ。
「やはり首都を去るのはさみしいのか? 私がお前を独占したいばかりに、ガシュバイフェンに早く帰ろうと急いでしまった自覚はあるのだ。しかし、お前が嫌だったら……」
「やーん、ガシュバイフェンに帰れるのはめっちゃ嬉しいよ! ただね、ちょっと色々考えちゃった」
エミは一瞬言葉を句切る。それから、呟くような小さな声で言った。
「私がガシュバイフェンに初めて行ったときのこと思い出したら、なんか夢みたいだなって思ったの」
エミが婚約破棄されてガシュバイフェンに飛ばされた時、見送ったのはサクラとロイ、それから最低限の召使いたちだけだった。持っていたのも、トランク一つとメイクボックスのみ。
そんな聖女エミは、いまやたくさんの人に見送られ、ガシュバイフェンに発とうとしているのだ。足下には、大量の荷物と贈り物、それから召使いたちへの土産の山。
「……あたし、初めてガシュバイフェンに行ったとき、本当は不安だった。でもね、ハクシャクに会えてから、本当に幸せなの。それがすっごい嬉しいんだ! これも全部、ハクシャクのおかげだよぉ♡」
「お前はまた、私を喜ばすようなことを……」
「えへへ、喜んじゃった? ハクシャクのそーゆー素直なとこ、マジできゃわたんですこすこのすこ~♡」
相変わらず馬鹿ップルっぷりは絶好調だ。
魔術師たちの詠唱も終盤にさしかかっていた。そろそろ転移魔法が発動する頃だ。エミは軽く咳払いするとまっすぐ前を見て、見送りに来た人々に大きく手を振った。
「じゃあ、みんなまたね~! なにかあったら連絡よろぴ♡」
じゃ、と言いつつピースサインをバシッと決めると、聖女エミの足元にある魔法陣が強く光り輝いた。
「あたし、いっちょ田舎でバイブスあげあげしてくるね~!」
「おい、バイブスあげあげとは、具体的になにをする気だ?」
生真面目な質問を最後に、ふたりは転移魔法でサンクトハノーシュ王国の辺境の地、ガシュバイフェンに飛んでいった。
サンクトハノーシュ王国に舞い降りた聖女のうちの一人、サクラの悲痛な声が、白亜の城にこだました。
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しかし転移魔法でガシュバイフェンに移動しようとするエミを、サクラががっちり掴んで離さないため、ディルとエミは足止めを食らっている状態だ。
「お願い、エミたそ。ガシュバイフェンって寒いんでしょ? もうちょっとこっちにいてくれたっていいじゃない。せめて夏まで……、ううん、一生ここにいてくれたって……」
「もーサクぴ、泣いたら化粧取れるよ~。 アイメイクに涙は大敵だからねぇ。あ、でもサクぴってアイライン使わない派だ! あたしってば、ギャルメイク基準にしちゃってるからさ、人が泣いてるとアイラインのことつい心配しちゃうんだよねえ。涙でにじんだアイラインって、なにげ超しみるからさぁ」
しがみついて懇願するサクラに、エミはマスカラで盛りに盛った睫毛をシパシパさせてみせる。相変わらず、聖女ふたりの温度差がひどい。サクラの婚約者であるロイは、すっかり慣れた顔だ。
しかし、予定の時刻より出発が遅れていることを気にしているディルは、迷惑そうな顔でサクラを見た。
「聖女サクラよ、そろそろ離れてくれないか。このままだと、一緒にガシュバイフェンに転移されてしまう。それはさすがに困るんだが」
「相変わらずうるさい男ね! アンタみたいな男がエミたその婚約者なんて、ありえないっ! いつかエミたそは絶対に返してもらうんだから!」
吠えるサクラに、ディルはさらに困惑した顔をする。
この数ヶ月の間、エミの小姑ポジションにいるサクラに好かれようと、ディルはあらゆる手を尽くしたが、二人の仲は悪化の一途をたどっている。エミはなんとかして二人の仲を取り持とうとはしているのだが、ディルとサクラの和解の日は遠そうだ。
サクラとディルの間に妙な緊張感が漂いはじめたのを見かねて、ようやくロイが口を挟んだ。
「サクラ、そろそろエミ嬢から離れよう。別れを惜しんでいるのは、君だけじゃないんだから。そうですよね、国王陛下?」
ロイが振り向くと、ロイの後ろで腕を組んでいた国王が、「そうじゃぞ」と、大きく頷いた。今日は大事な会議があったのだが、引き留める宰相たちを無視してここに来たのだ。
ディルが呆れた顔をして額に手を当てて首を振る。
「……陛下、あらかじめ見送りは結構だと申し上げたはずですが」
「別に見送りに来たのではない! 聖女エミと話すべきことがあったのじゃ。重要案件ゆえ、儂自らここに出向かねばならず……」
ごにょごにょと言い訳をする国王は、もの言いたげな顔をしているディルを無視して、エミに向き合った。
「と、とにかく、聖女エミがいなくなると、さみしくなるのじゃ! 明日から、儂の話し相手がいなくなってしまうではないか。ソーオン伯ばかりエミを独占して、ずるいぞ!」
「あーね。まあ、またあたし首都に遊びに来るからさ! ガシュバイフェンにも遊びに来てよ! そしたらまたいっぱい恋バナしようね♡」
「お前さんがずっと首都にいてくれれば万事解決なんじゃが……」
「えー、さすがにそれはダメっしょ。ガシュバイフェンに戻らせてもらいまぁす♡」
「そんなぁ……」
この数ヶ月ですっかりエミのお茶友達になってしまった国王はがっくりと肩を落とす。どうやら、国王の言う「重要案件」とは、エミを首都に引き留めることだったらしい。
初めのうちはエミのことを危険人物とみなしていた国王だったが、今ではすっかり考えを改め、エミを気に入っている。
そもそも、仕事ができても浮ついた話が一切なかったディルに婚約者ができたのだ。ゴシップ好きな国王が、その婚約者放っておく訳がなかった。エミから根掘り葉掘り色々なことを聞こうと、国王は何度かお茶会に彼女を呼び、そのうちにすっかり意気投合。国王はほぼ毎日エミを呼ぶようになった。
そんな彼女がガシュバイフェンに帰るというのだから、国王はしごく残念に思っているらしい。
「何度も話しておるが、エリックの話に惑わされず、もっと早くお前と話しておくべきじゃった。……そうじゃ! いっそガシュバイフェンを首都にするかの! さすればエミとも毎日会えるうえ、ソーオン伯もこき使えるしことじゃし、名案……」
「却下です」
国王の言葉を遮って、エミの隣に立つディルは真顔で答える。エミは隣で「即答じゃん」と手を叩いて爆笑した。
この数ヶ月で、エミを巡る環境は劇的に変化していた。
これまでは、エミの元婚約者である第一王子のエリックは、エミの活躍をあたかも自分の活躍のように喧伝していた。その上、アレキセーヌとの結婚を正当化するため、エリックはエミが危険な人物だと言いふらしていた。
そのエリックがついに国外追放され、聖女サクラの尽力でこれまでのエミの功績がようやく公になったのだ。エミへの評価が「危険な聖女」から「この国の救世主」に変わるまで、そう時間はかからなかった。人々はようやく誤解を解き、エミに感謝した。
城を去ろうとするエミを見送ろうと、エントランスには人がごった返している。
「エミ様、お元気で!」
「またなにかありましたら、首都にいらっしゃってくださいね!」
「聖女様、またタピオカなるものを探しておきますので!」
見送りに来た人々は、口々に別れを惜しむ。
未だにぐずぐず言うサクラを、ついに婚約者のロイが引き剥がす。国王も名残惜しそうにエミに手を振って、魔術師たちに声をかけた。すぐに魔法の詠唱が始まり、魔法陣が輝き出す。
蜃気楼のように空気が揺らめくなか、エミはふいに鼻をスン、とならす。ディルは、エミの顔を覗き込んだ。
「やはり首都を去るのはさみしいのか? 私がお前を独占したいばかりに、ガシュバイフェンに早く帰ろうと急いでしまった自覚はあるのだ。しかし、お前が嫌だったら……」
「やーん、ガシュバイフェンに帰れるのはめっちゃ嬉しいよ! ただね、ちょっと色々考えちゃった」
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「私がガシュバイフェンに初めて行ったときのこと思い出したら、なんか夢みたいだなって思ったの」
エミが婚約破棄されてガシュバイフェンに飛ばされた時、見送ったのはサクラとロイ、それから最低限の召使いたちだけだった。持っていたのも、トランク一つとメイクボックスのみ。
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「……あたし、初めてガシュバイフェンに行ったとき、本当は不安だった。でもね、ハクシャクに会えてから、本当に幸せなの。それがすっごい嬉しいんだ! これも全部、ハクシャクのおかげだよぉ♡」
「お前はまた、私を喜ばすようなことを……」
「えへへ、喜んじゃった? ハクシャクのそーゆー素直なとこ、マジできゃわたんですこすこのすこ~♡」
相変わらず馬鹿ップルっぷりは絶好調だ。
魔術師たちの詠唱も終盤にさしかかっていた。そろそろ転移魔法が発動する頃だ。エミは軽く咳払いするとまっすぐ前を見て、見送りに来た人々に大きく手を振った。
「じゃあ、みんなまたね~! なにかあったら連絡よろぴ♡」
じゃ、と言いつつピースサインをバシッと決めると、聖女エミの足元にある魔法陣が強く光り輝いた。
「あたし、いっちょ田舎でバイブスあげあげしてくるね~!」
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