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2章 二人の前途は多難です!
王子、暴かれる! (2)
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急な闖入者に、王の間は騒然とした。今しがた現れたアレキセーヌといえば、第一王子エリックの婚約者であり、政治的な場所には一度も現れたことがない。
そんなアレキセーヌが急に高笑いとともに王の間に現れたのだから、人々が訝しがるのも当然だ。しかも、アレキセーヌが引き連れてきた騎士たちは皆、名家ボリタリア家の生え抜きの私兵らしく、屈強そうな体躯をしていた。
しかし、もはや四面楚歌状態になってしまったエリックにとってそんなことはどうでもいい。エリックはほとんどすがりつくような勢いで、アレキセーヌに訴えた。
「アレキセーヌ、ちょうどいいところにきた! この状況をどうにかしろ! こいつら、寄ってたかって俺を悪者にしようとするんだ!」
「まあ、エリック様! なんて情けないお顔をしているのかしら? 貴方様の取り柄は、せいぜいちょっと整ったお顔くらいなのに、それも台無しですわ」
「へ……?」
エリックは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
これまでのアレキセーヌは、エリックのことを否定せず、どんな命令にでも笑顔で従う女だった。それなのに、いまやアレキセーヌの顔からは、いつもの媚びた笑顔が消え失せ、その代わり、あざけるような冷ややかな笑みが浮かんでいる。
「エリック様は、この期に及んでわたくしが助けにきたと思っていらっしゃるのね? はあ、なんておマヌケさんなのかしら」
「お、おマヌケ、さん……? 俺のことをそう言っているのか、アレキセーヌ!?」
呆然とするエリックを無視して、アレキセーヌは手に持ったセンスをパチン、と小気味よい音を立てて閉じた。自然な流れで、アレキセーヌに貴族たちの視線が集まる。
アレキセーヌはにっこり微笑んだ。
「みなさま、よく聞いてくださいまし。今回の爆発騒ぎの首謀者は、第一王子であるエリック様ですわ」
突然の一言に貴族たちがどよめく。
人々の困惑をよそに、アレキセーヌは堂々と証言した。
曰く、国民に人気がある第二王子のロイとその婚約者のサクラに嫉妬したエリックは、二ヶ月ほど前から爆発騒ぎの計画を練っていたらしい。
サクラのお茶会の日に事件を起こしたのは、『街が燃えているのにのんきにお茶会をひらいて贅沢三昧をしている聖女』という噂を流すため。エリックはあらゆる悪知恵を働かせて、徹底的にロイとサクラを貶めようとしていたのだ。
シナリオ通りにいけば、首都の中心たる城下町をことごとく破壊したあと、エリックは莫大な予算を投じて街を復興させ、自分の支持勢力を拡大させるはずだった。街の復興には、アレキセーヌの生家であるボリタリア家の財力を大いに活用する予定だったという。
もちろん、エリックにとってはたまったものではない。エリックは何度もアレキセーヌに反論しようと声をあげたものの、誰もエリックの言葉に耳を傾ける者はいなかった。
手帳という動かぬ証拠に加え、婚約者であるアレキセーヌの証言により、エリックの勝算は潰えた。
エリックの取り巻きたちの顔色は、白を通り越して土気色に変わっている。自分たちが絶望的な状況に置かれていることに気づきはじめたのだろう。
あらかた話し終わったらしいアレキセーヌは、こくりと可愛らしく首をかしげた。
「――とまあ、わたくしがお話しできるのは、こんなところですわね。ご質問がある方はいらっしゃるかしら?」
「アレキセーヌ、貴様! 裏切ったな!」
エリックは顔を真っ赤にして吠えた。アレキセーヌは心外だと言いたげに、大げさに眉を寄せてみせる。
「まあ、裏切りですって? ボルタリア家は、サンクトハノーシュ王国に忠実な家門。正義に背く方々に加担するなどできなくってよ」
「よくもぬけぬけと! お前だって、俺の婚約者として最初からこの計画に協力していたじゃないか。お前ごときがこの俺にこんなまねをして、ただですむと思うなよ!」
「やだ、レディを怒鳴りつけるなんて……。第一王子様のおっしゃることに、わたくしはずっと反論できなかったんだもの。アレキセーヌ、本当はとっても怖かった……」
アレキセーヌが白々しく目を潤ませると、屈強な騎士たちがアレキセーヌを守るように立ち塞がった。エリックとその一派が束になって突っこんでいったところで、屈強な騎士たちの鉄壁の守りでアレキセーヌには指一本触れられないだろう。
なにもできないエリックは、地団駄を踏んでアレキセーヌを精一杯睨みつけた。
「アレキセーヌ、お前は俺の婚約者だ! 俺が破滅すれば、婚約者のお前も、お前の生家であるボリタリア家だって、今後社交界で後ろ指を指されることになるぞ! それを知っていて……」
「あら、昨晩の使者の件はもうお忘れですか?」
「は? 確かに夜遅くにお前の使者がきて、大量のサインを求めてきたが、それがいったい……」
エリックはうろたえる。
実は、昨晩エリックのもとにアレキセーヌの使者が来訪し、「至急ご了承いただきたく」と、大量の資料にサインを求めてきた。城下町の火事騒ぎの首謀者として、なにかと裏工作に忙しかったエリックは、使者の言うことにほとんど耳を貸さず、適当にサインをして使者を追い返したのだ。差し出された資料の内容までは把握していない。
アレキセーヌは、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「やっぱりエリック様は昨日の資料の内容を読んでいなかったんですのね。昨日の資料の内容は、私たちの離縁についての合意書ですわ。まあ、カモフラージュに小難しい内容の申請書を一気に二十枚くらい一緒にお渡しした気もしますが……」
「な、なにぃ!? 離縁!? そ、そんなもの、俺は合意した覚えはない!」
「あら、エリック様からはすでにサインいただいておりますわよ。ほら」
アレキセーヌは隠し持っていた一枚の紙を取り出した。その紙は「アレキセーヌとエリックの離縁を認める」という、教会が発行する正式な離縁状だった。エリックの署名もばっちりある。
エリックはガタガタと震えだした。
「う、嘘だ、そんな……!」
「殿下、私たちの関係はもうおしまいなんです。ということで、これからはわたくしたちは晴れて赤の他人! わたくしはもう、子供っぽい荒唐無稽なわがままにつきあったり、さして面白くもない話に大げさに相づちを打たなくてもいいんですのよ!」
アレキセーヌは晴れやかに呵々大笑した。よほど鬱憤がたまっていたらしい。
一方エリックはといえば、へなへなとその場に座り込んだ。これまで頼りにしてきたアレキセーヌから、あっさり見捨てられたのだ。無理もない。
「アレキセーヌ……。お前は、ずっと俺に従順だった。それなのに、なぜだ? お前に何があったんだ……」
エリックは魂が抜けたような声で言う。アレキセーヌはちょっとだけ考えて、答える。
「とあるお方が、わたくしに素敵なアドバイスをくださいましたの」
アレキセーヌはちらりとエミをみる。当のエミは、急にアレキセーヌと目が合って、「えっ、なーに?」と不思議そうな顔をする。
アレキセーヌは自嘲気味にふっと笑って目を伏せた。
「もちろん、今回の件に関してわたくしに非がないとは言えませんわ。エリック様が間違った方向に進んでいることに唯々諾々と従うばかりで、この事件を止められなかった私にも、責任の一端はありますから……」
それまで黙っていたロイが、口を開いた。
「アレキセーヌ嬢、顔をあげてほしい。君が今までしたことは確かに間違ったことだったかもしれないが、君が事前にエリック兄さんのくわだてを告発してくれたおかげで、すぐに街に衛兵たちを配備できた。そのおかげで、被害は最小限で済んだ。情状酌量の余地はある」
「……! その寛大なお心に感謝いたします」
「それで父上、今回の一件はどうしましょうか?」
ロイの視線を受けて、国王は豪奢な椅子の上で居心地悪そうに身じろぎをした。まさか息子を断罪することになるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
国王は熟考のすえ、重いため息をつく。
「第一王子派閥の貴族たちは、いますぐ取り調べを行い、その罪を明らかにせよ。……そして、取り返しのつかない過ちを犯した、我が息子 エリックよ。お前は視野が狭くなっているようじゃ。しばらく世界を見てくるがいい」
それは、実質的な国外追放宣言だった。王子に対する処罰としては極刑の次に重いものだ。王の間にどよめきが起こる。国王が控えていた衛兵たちに合図すると、第一王子派の貴族たちは衛兵に続々と捕らえられ、地下牢に連れて行かれた。
諦めの悪いエリックは、激しく抵抗した。
「イヤだ、父上! 俺は第一王子で、俺こそが次期国王なんだ! 俺より劣っているロイなんかに、王位はわたさない! 先のハド王国との戦争だって、俺の手柄で……、そうだ、聖女エミ!」
「えっ、あたし!?」
急に名指しされたエミが目を丸くする。エリックは片頬をつりあげてニヤリと笑った。
「そうだ、お前だ! お前に提案がある!」
エリックにとって、聖女エミはどんな窮地でも手を差し伸べてくれる存在だった。事実、戦いの最前線でいつも助けてくれたのは、他でもない聖女エミだ。――だからこそ、今回のピンチも必ず助けてくれるだろうと、エリックは確信していた。
(そうだ、お人好しのあの女を利用すれば、もう一度俺はのし上がれる!)
どうせ、ディル・K・ソーオンという男も、風変わりなエミに愛想をつかして婚約破棄したがっているに違いない。その証拠に、前回会った時には、エミはまだプロポーズもされていなかったと言っていた。
エリックは衛兵に両腕を掴まれながら、必死でエミに訴える。
「お前のバケモノみたいな力でも受け入れてやる。俺と結婚しろ! それで、この部屋ごと吹き飛ばしてしまえ! そうすれば、俺がやったことは闇に葬られ、俺は唯一の王位継承者となる! どうだ? 卑しい血のお前が王族として名を連ねられる最後のチャンスだ! お前、どうせソーオン伯にまだプロポーズされていないんだろう?」
あまりに醜悪なプロポーズに、その場にいた全員が「うわぁ」という顔になった。エミを溺愛するサクラに至っては、テーブルを乗り越えて殴りかかってやろうと無言で机の縁に片足をのせている。
そんな居たたまれない雰囲気の中、エミは両頬に手をあてて恥ずかしそうに微笑んだ。
「あっ、えっとね、実は昨日好きピからプロポーズされちゃいました~♡ みてみて、超きゃわたんな婚約指輪もらったの♡ ハクシャクが選んでくれたんだよ~!」
そう言って、エミは嬉しそうに左手をかざした。薬指にはめられた婚約の証が、控えめにキラキラと光る。サクラが甲高い悲鳴を上げて卒倒したが、突然の婚約発表にいあわせた貴族たちからは、どよめきながらも祝福の声と暖かい拍手が送られた。
エミは幸せそうに微笑みながら、ディルに寄り添う。いつもはポーカーフェイスのディルも、さすがに照れた顔をしている。そこに、エリックの入り込む隙は寸分もなかった。
「ってことで、好きピと一生ラブラブでハッピーライフ送る予定だから、ごめんなさいっ!」
エミはそう言って、ブン、と音がしそうなほど勢いよく、深々と頭を下げた。
最後の切り札であるエミにも見捨てられたエリックは、「そんな……」と呟く。ほとんど茫然自失の状態だ。
「聖女エミ、お前はいつだって俺を助けてくれたじゃないか……。それは、俺のことが好きだったからじゃないのか……? 一度くらい捨てた程度で、こんなにもあっさり俺を見捨てるなんて……」
エリックは呟くようにそう言ったが、もはや誰の耳にも彼の言葉は届かない。
こうして、野望が粉々に砕け散ったエリックは、衛兵たちに引きずられるように王の間から去っていった。
そんなアレキセーヌが急に高笑いとともに王の間に現れたのだから、人々が訝しがるのも当然だ。しかも、アレキセーヌが引き連れてきた騎士たちは皆、名家ボリタリア家の生え抜きの私兵らしく、屈強そうな体躯をしていた。
しかし、もはや四面楚歌状態になってしまったエリックにとってそんなことはどうでもいい。エリックはほとんどすがりつくような勢いで、アレキセーヌに訴えた。
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「まあ、エリック様! なんて情けないお顔をしているのかしら? 貴方様の取り柄は、せいぜいちょっと整ったお顔くらいなのに、それも台無しですわ」
「へ……?」
エリックは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
これまでのアレキセーヌは、エリックのことを否定せず、どんな命令にでも笑顔で従う女だった。それなのに、いまやアレキセーヌの顔からは、いつもの媚びた笑顔が消え失せ、その代わり、あざけるような冷ややかな笑みが浮かんでいる。
「エリック様は、この期に及んでわたくしが助けにきたと思っていらっしゃるのね? はあ、なんておマヌケさんなのかしら」
「お、おマヌケ、さん……? 俺のことをそう言っているのか、アレキセーヌ!?」
呆然とするエリックを無視して、アレキセーヌは手に持ったセンスをパチン、と小気味よい音を立てて閉じた。自然な流れで、アレキセーヌに貴族たちの視線が集まる。
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「みなさま、よく聞いてくださいまし。今回の爆発騒ぎの首謀者は、第一王子であるエリック様ですわ」
突然の一言に貴族たちがどよめく。
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曰く、国民に人気がある第二王子のロイとその婚約者のサクラに嫉妬したエリックは、二ヶ月ほど前から爆発騒ぎの計画を練っていたらしい。
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もちろん、エリックにとってはたまったものではない。エリックは何度もアレキセーヌに反論しようと声をあげたものの、誰もエリックの言葉に耳を傾ける者はいなかった。
手帳という動かぬ証拠に加え、婚約者であるアレキセーヌの証言により、エリックの勝算は潰えた。
エリックの取り巻きたちの顔色は、白を通り越して土気色に変わっている。自分たちが絶望的な状況に置かれていることに気づきはじめたのだろう。
あらかた話し終わったらしいアレキセーヌは、こくりと可愛らしく首をかしげた。
「――とまあ、わたくしがお話しできるのは、こんなところですわね。ご質問がある方はいらっしゃるかしら?」
「アレキセーヌ、貴様! 裏切ったな!」
エリックは顔を真っ赤にして吠えた。アレキセーヌは心外だと言いたげに、大げさに眉を寄せてみせる。
「まあ、裏切りですって? ボルタリア家は、サンクトハノーシュ王国に忠実な家門。正義に背く方々に加担するなどできなくってよ」
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なにもできないエリックは、地団駄を踏んでアレキセーヌを精一杯睨みつけた。
「アレキセーヌ、お前は俺の婚約者だ! 俺が破滅すれば、婚約者のお前も、お前の生家であるボリタリア家だって、今後社交界で後ろ指を指されることになるぞ! それを知っていて……」
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「は? 確かに夜遅くにお前の使者がきて、大量のサインを求めてきたが、それがいったい……」
エリックはうろたえる。
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アレキセーヌは、やれやれとばかりに肩をすくめた。
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「な、なにぃ!? 離縁!? そ、そんなもの、俺は合意した覚えはない!」
「あら、エリック様からはすでにサインいただいておりますわよ。ほら」
アレキセーヌは隠し持っていた一枚の紙を取り出した。その紙は「アレキセーヌとエリックの離縁を認める」という、教会が発行する正式な離縁状だった。エリックの署名もばっちりある。
エリックはガタガタと震えだした。
「う、嘘だ、そんな……!」
「殿下、私たちの関係はもうおしまいなんです。ということで、これからはわたくしたちは晴れて赤の他人! わたくしはもう、子供っぽい荒唐無稽なわがままにつきあったり、さして面白くもない話に大げさに相づちを打たなくてもいいんですのよ!」
アレキセーヌは晴れやかに呵々大笑した。よほど鬱憤がたまっていたらしい。
一方エリックはといえば、へなへなとその場に座り込んだ。これまで頼りにしてきたアレキセーヌから、あっさり見捨てられたのだ。無理もない。
「アレキセーヌ……。お前は、ずっと俺に従順だった。それなのに、なぜだ? お前に何があったんだ……」
エリックは魂が抜けたような声で言う。アレキセーヌはちょっとだけ考えて、答える。
「とあるお方が、わたくしに素敵なアドバイスをくださいましたの」
アレキセーヌはちらりとエミをみる。当のエミは、急にアレキセーヌと目が合って、「えっ、なーに?」と不思議そうな顔をする。
アレキセーヌは自嘲気味にふっと笑って目を伏せた。
「もちろん、今回の件に関してわたくしに非がないとは言えませんわ。エリック様が間違った方向に進んでいることに唯々諾々と従うばかりで、この事件を止められなかった私にも、責任の一端はありますから……」
それまで黙っていたロイが、口を開いた。
「アレキセーヌ嬢、顔をあげてほしい。君が今までしたことは確かに間違ったことだったかもしれないが、君が事前にエリック兄さんのくわだてを告発してくれたおかげで、すぐに街に衛兵たちを配備できた。そのおかげで、被害は最小限で済んだ。情状酌量の余地はある」
「……! その寛大なお心に感謝いたします」
「それで父上、今回の一件はどうしましょうか?」
ロイの視線を受けて、国王は豪奢な椅子の上で居心地悪そうに身じろぎをした。まさか息子を断罪することになるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
国王は熟考のすえ、重いため息をつく。
「第一王子派閥の貴族たちは、いますぐ取り調べを行い、その罪を明らかにせよ。……そして、取り返しのつかない過ちを犯した、我が息子 エリックよ。お前は視野が狭くなっているようじゃ。しばらく世界を見てくるがいい」
それは、実質的な国外追放宣言だった。王子に対する処罰としては極刑の次に重いものだ。王の間にどよめきが起こる。国王が控えていた衛兵たちに合図すると、第一王子派の貴族たちは衛兵に続々と捕らえられ、地下牢に連れて行かれた。
諦めの悪いエリックは、激しく抵抗した。
「イヤだ、父上! 俺は第一王子で、俺こそが次期国王なんだ! 俺より劣っているロイなんかに、王位はわたさない! 先のハド王国との戦争だって、俺の手柄で……、そうだ、聖女エミ!」
「えっ、あたし!?」
急に名指しされたエミが目を丸くする。エリックは片頬をつりあげてニヤリと笑った。
「そうだ、お前だ! お前に提案がある!」
エリックにとって、聖女エミはどんな窮地でも手を差し伸べてくれる存在だった。事実、戦いの最前線でいつも助けてくれたのは、他でもない聖女エミだ。――だからこそ、今回のピンチも必ず助けてくれるだろうと、エリックは確信していた。
(そうだ、お人好しのあの女を利用すれば、もう一度俺はのし上がれる!)
どうせ、ディル・K・ソーオンという男も、風変わりなエミに愛想をつかして婚約破棄したがっているに違いない。その証拠に、前回会った時には、エミはまだプロポーズもされていなかったと言っていた。
エリックは衛兵に両腕を掴まれながら、必死でエミに訴える。
「お前のバケモノみたいな力でも受け入れてやる。俺と結婚しろ! それで、この部屋ごと吹き飛ばしてしまえ! そうすれば、俺がやったことは闇に葬られ、俺は唯一の王位継承者となる! どうだ? 卑しい血のお前が王族として名を連ねられる最後のチャンスだ! お前、どうせソーオン伯にまだプロポーズされていないんだろう?」
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「あっ、えっとね、実は昨日好きピからプロポーズされちゃいました~♡ みてみて、超きゃわたんな婚約指輪もらったの♡ ハクシャクが選んでくれたんだよ~!」
そう言って、エミは嬉しそうに左手をかざした。薬指にはめられた婚約の証が、控えめにキラキラと光る。サクラが甲高い悲鳴を上げて卒倒したが、突然の婚約発表にいあわせた貴族たちからは、どよめきながらも祝福の声と暖かい拍手が送られた。
エミは幸せそうに微笑みながら、ディルに寄り添う。いつもはポーカーフェイスのディルも、さすがに照れた顔をしている。そこに、エリックの入り込む隙は寸分もなかった。
「ってことで、好きピと一生ラブラブでハッピーライフ送る予定だから、ごめんなさいっ!」
エミはそう言って、ブン、と音がしそうなほど勢いよく、深々と頭を下げた。
最後の切り札であるエミにも見捨てられたエリックは、「そんな……」と呟く。ほとんど茫然自失の状態だ。
「聖女エミ、お前はいつだって俺を助けてくれたじゃないか……。それは、俺のことが好きだったからじゃないのか……? 一度くらい捨てた程度で、こんなにもあっさり俺を見捨てるなんて……」
エリックは呟くようにそう言ったが、もはや誰の耳にも彼の言葉は届かない。
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