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2章 二人の前途は多難です!

王子、暴かれる! (1)

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 翌朝、メイドが扉を叩く音で、エミとディルは目が覚めた。
 
「聖女エミ様、おはようございます。本日は、王の間にできるだけ早く来るようにとの命令が――……」

 扉を開けたメイドはいったん言葉を句切る。ベッドの上には、まだ眠そうに目をこする聖女エミと、彼女の婚約者のディル・K・ソーオンがいた。ふたりがまとう気だるい雰囲気は、明らかに事後である。その上ディルは全裸だ。疑う余地もない。
 しかし、事後の男女を見た程度で動揺していては王宮のメイドは務まらない。メイドは折り目正しく頭を下げた。

「ディル・K・ソーオン伯。国王陛下が昨晩から、閣下をお探しです。服をお召しになりましたら、聖女様と一緒に王の間へ向かっていただきますよう、よろしくお願いします」
「……気が進まないが、承知した。すまないが、服を一式私の部屋から持ってきてくれないか。訳あってボロボロになってしまったのだ」
「承知いたしました」

 メイドはお辞儀をしてエミの部屋を去る。誇り高き王宮のメイドプロフェッショナルとして、彼女は最初から最後まで顔色一つ買えることはなかった。
 しかし、彼女とて人間である。人並みに好奇心はあるわけで――

「服がボロボロになるなんて、昨晩はどういうプレイを楽しまれたのかしら……」
 
 西棟に歩を進めるメイドは、思わずぽつりと呟いた。

◇◆

 起き出してすぐに呼び出されたディルとエミは、朝食も食べずに王の間に向かった。
 国王が普段公務を執り行う王の間は、国王はもちろん、宰相たちとふたりの王子、そしてその一派まで勢揃いだった。

「ああ、息子たちよ……。兄弟げんかは止めてくれとあれほど言ったのに……」

 高座に座った国王は、第一王子派と第二王子派に挟まれて、今にも泣きだしそうな顔をしている。
 侍従や文官たちの出入りが激しい上に、第一王子派と第二王子派が机を隔てて激しい議論を交わしていたため、しばらくエミとディルが部屋に入ってきたことに誰も気づくものはいなかった。

「やばーい。なんかエラい人ばっかりが集まってるね……」
「肩書きばかり偉そうなだけだ。実際はたいしたことはしていない」

 緊迫した空気に思わずそわそわするエミに、ディルがこともなげに告げた。相変わらず不敬なディルに、エミは「チクチク言葉はダメだよぉ」と苦笑いする。
 その時、王の間にエミがいることにようやく気づいたサクラが、ガタンと音をたてて椅子から立ち上がった。

「エミたそ! やっと来てくれたのね! 朝から呼び出してごめんね。ちょっと気になることがあって……」
「お、おはよー、サクぴ……」

 手をひらひらと振ってみせたエミだったが、明らかに視線が泳いでいる。
 そんなエミに、サクラは駆け寄って問いただす。

「あ、あのね、念のため聞くけれど、昨日はどこにいたの? 街にいたっていう目撃者情報が多数寄せられているけど、みんな集団で幻覚をみてただけだよね?」
「あちゃー、街にいたこと即バレじゃんね。さすがサクぴ、情報通すぎて尊敬だわ~」
「そんなぁ……っ! 私、今回の事件にはエミたそはどうしても巻き込みたくなかったのに……!」
「巻き込まれたっていうか、自分で勝手に巻き込まれに行ったっていうか……」

 エミは口ごもる。当然のことながら、婚約者の浮気を疑って、わざわざ街まで出てきたと言えるはずがない。
 肩を落としたサクラがエミにさらに問い詰めようとしたものの、それより前に第二王子であるロイが口を開いた。

「エミ嬢とソーオン伯よ、今回のことは憲兵や国民たちからの聞き取りで、断片的に報告を受けている。突然降った豪雨、それから火のついた魔晶石の倉庫の鎮火。どちらも、エミ嬢がやったことで間違いないか」
「ふん。相変わらずあのトンチキ聖女の魔力はバケモノだなぁ! 誰かが首輪をつけておかないとダメなのではないか? まあ、俺であればあの女をうまく管理してやってもいいが」

 ひときわ威丈高な声でヤジを飛ばすのは、第一王子のエリックだ。取り巻きたちとニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。強い魔力のせいで冷遇されていた過去を思い出したのか、エミの肩が怯えたようにびくりと跳ねた。

「でも、あたし、みんなを助けたかっただけで……」
「その通り。聖女エミのやったことは、誰も責められることではありません。それ以上の侮辱は、即刻止めていただきたく」

 いまにも消えいりそうな声のエミの代弁をするように、ディルが口を開く。決して大きな声ではないものの、低くよく響く声が場の空気を支配する。無遠慮な視線から守るように、ディルはさりげなくエミの頼りない肩を引きよせ、エリックたちを睨みつけた。

「聖女エミと私は、昨晩行動を共にしていた。そして、魔法を使うよう指示したのは他ならぬ私。罰するなら、私を罰するべきかと。国を救った人間を罰する法律があるなら、ですが」

 ディルの冷ややかな視線に、小心者のエリックは震えあがった。

「しかし、そこの女の気が変われば、この国は一瞬で吹き飛んでもおかしくない! なあ、お前たちもそう思うよな?」

 そう言って、エリックは取り巻きたちに同意を求める。取り巻きたちもエリックに同調するように慌てて頷いたが、ディルの並々ならぬ雰囲気に気圧されたのか、先ほどまでの勢いはない。
 ディルとともにエミを守るように立っていたサクラは、腰に手を当てた。

「ちょっとエリック、まだそんなこと言ってるわけ!? いい加減エミたそにいちゃもんつけるのは止めなさいよ! それに、今回の放火事件は、アンタが黒幕だって疑いもあるんだからね! アンタの仲間たちが爆発騒ぎが起こる前に街中にいたっていう証言もあるのよ!」
「相変わらず、お前は女のくせにうるさいヤツだ! 疑うのはいいが、証拠はどこにあるんだ? まさか、証拠もなしに俺を牢屋にぶち込もうなんて考えているんじゃないだろうな?」

 唇をゆがませて笑うエリックに、サクラは唇を噛む。容疑者として疑わしいというところまでは調べがついているものの、まだハッキリとした証拠は掴んでいないらしい。

 しばらく緊迫した両者の睨みあいが続くなか、居心地悪そうな顔をしてディルの陰に隠れていたエミが、急にハッとした顔をした。

「あっ、あれ……。そこの人! さっき、ぶつかった時に手帳落とした人じゃん!」

 エミの視線の先には、エリックの護衛として控える痩せぎすの男がいた。エミの顔を凝視した男は、ややあって面食らった顔をする。

「……あの時のやたらの派手な女がなぜここに……。い、い、いや、人違いだ! そうに決まっている!」
「いやいや、たぶん間違いないって! こんなとこで会えるなんて超ラッキーじゃん! はい、これが落とした手帳返すねん♡」

 そう言って、エミはポケットから古びた手帳を取り出した。それは、ボヤ騒ぎの時に男がぶつかった際に落としたものだ。落とし物としてあとで憲兵に渡せるよう、エミはとりあえず持ち歩いていたのだ。
 ロイが呆れた顔をする。

「エミ嬢、君の親切なところは美徳だけど、今ここでする話では……」

 しかし、その手帳を見たとたん、エリックが真っ青になった。

「お、おい、どういうことだドワイト! なんであの手帳をあの女が持っているんだよ!?」
「第一王子様! それはその、ちょっとした手違いがあったようでして……」

 ドワイトと呼ばれた痩せぎすの男は、口ごもる。明らかに焦った様子だ。
 異変に気づいたロイが、エミの手元にある手帳を見て、ようやくハッとした顔をした。

「エミ嬢、その手帳についた紋章は、サンクトハノーシュ王国の王家だけが使用できるものだ。これをどこで拾ったのか、詳しく説明できるか?」
「えっと、ヴィンセント宝飾店のちかくの路地裏だったかな? あの人とぶつかっちゃって、うっかり落としちゃったみたいで……。手帳を拾って返そうとしたら、路地裏の奥で爆発があったから、あの人見失っちゃって、返せなかった的な……」
「ふむ、確かにあのあたりで爆発が起こったと報告が上がっていたな。ちょっと失敬するよ」

 ロイはそう言って手帳を手に取った。その途端、エリックが猛然と立ち上がった。

「お、おい! その手帳を読むのはやめろ! お前の兄としての命令だぞ! それをこっちによこせ!」
「ほう、これはこれは……」
「やめろーッ!!」

 エリックは絶叫したものの、もう遅い。
 ロイは手帳をペラペラとめくったあと、皆に見せるように手帳を広げてみせた。

「……このページには爆破物の調達ルート、次のページには爆破物の設置場所までびっしりと記されているね。それから、最後のページには、協力者リストまで。どうやら、この手帳には今回の爆発騒ぎの計画が書いてあるようだ」
「……っ!」
「協力者リストに書き連ねられているのは、エリック兄さんと、その取り巻きの貴族たちの名前だね。これは、いったいどういうこと?」
 
 ロイの一言を聞いたサクラが、目を大きく見開いた。

「それって、爆発騒ぎの計画の首謀者が第一王子だったっていう、動かぬ証拠じゃない! エミたそったら、すごい!」

 サクラは飛び上がってエミを抱きしめた。エミは未だに状況を把握できていないのか、不思議そうな顔をする。
 一方で、エリックとその取り巻きたちは情けなく震えあがっていた。数人の貴族たちは「自分は関係ありません!」と言い訳がましく釈明をしている。
 第一王子派の形勢が一気に悪くなったその時、王の間の扉が無遠慮にバーンと開く。そして、高笑いとともに、存在感抜群のグラマラスな美女が背の高い騎士たち数人に囲まれて入ってきた。

「あらまあ、皆さんおそろいで! ごきげんよう!」
「アレキセーヌ!」

 王の間に入ってきたのは、第一王子の婚約者、アレキセーヌ・フォン・ボリタリアだった。
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