44 / 61
2章 二人の前途は多難です!
伯爵、企む!
しおりを挟む
エミは四苦八苦しながらなんとかディルの身体の下から脱出すると、ほっと安堵の息をついた。
改めて見てみると、久しぶりのディルは、ひどく疲れた顔をしていた。いつもの覇気はなく、なんとなくやつれた気がする。エミは心配そうな顔をした。
「目の下のクマ、ヤバたんだねー。あたしのコンシーラー使う? チーク上にハイライトしこめば、顔色もいい感じになると思う! あと、ちょっとだけ眉をいじらせてもろてぇ……」
「……好きにしろ……」
「ええー、いいの!? あたしいつかハクシャクにメイクしてみたかったんだよねえ! 間違いなく化粧映えするお顔だもん♡」
エミはうれしそうにそう言って、化粧台の上に置いてあるコスメボックスを取りにいくべく、腰を浮かせた。しかし、ディルの腕がのびてきてエミの手をがっしりつかんでそれを阻止する。
「離れるな……」
「ええー、なにそれ! そしたらお化粧できないじゃん!」
「そばに、……いてほしいんだ……」
そういうと、ディルはエミの手首をがっしりつかんだまま、安らかな寝息を立て始めた。限界だったらしい。
何度かぶんぶんと手を振ってみたものの、相変わらずディルの手はがっしりエミをつかんでいる。よほど、そばにいてほしいのだろう。
「えーん、お化粧したかったぁ……。でも、疲れてるんなら仕方ないよね」
あいているほうの手でディルにブランケットをかけて、ディルの隣にエミはころんと横たわった。
エミはこっそりディルの額にキスをした。
「……ホントはいろいろ話したいことあったけど、さすがに疲れてるっぽいし、また今度だね」
エミは頬杖をついて、眠っているディルにぽつりとつぶやく。
いろいろ話を聞いてほしいことがあった。サクラとのショッピングや、宮廷で食べたサクラ考案の牛丼もどき、これから魔法のレッスンを受けること――そして、エリックが言っていたディルが夜な夜な出かけていう理由も。
エリックの話を思い出して、エミは一人顔をしかめた。
エリックの言うとおり、ディルは首都にいる馴染みの女のところに顔を出しているのだろうか。それとも、夜な夜な花街にでかけ、両手に夜の蝶たちを侍らして――
「やーん、知りたくなかったよぉ! 本当は、会いに来てくれるだけでも、うれしいはずなのに、なんかめっちゃモヤモヤする……。いや、別に男の人だから仕方ないのかもだけど、だけどイヤなんだもん!」
エミはぐるぐると悩む。心の中のモヤモヤは「独占欲」という名前の感情だとエミが知るのは、残念ながらずっとあとのことだ。
相変わらず、エミの悩みなど知るよしもないディルはエミの手を握ったままのんきに深い寝息をたてていた。エミは「えいえい」と言いながら、ディルの頬をつつく。
「あたし、ハクシャクにはどんどんワガママになっちゃう……」
盛大にため息をついて横になったエミは、大きなあくびをする。今日はいろいろあったのだ。さすがのエミも疲れている。
「それにしても、エリックが言ってた秘策ってなんなんだろ……?」
眠りに落ちる寸前にエミの頭にふとその疑問がよぎる。しかし、その疑問を深く考える体力がエミにはもう残っていなかった。
間もなくして、静かな部屋にふたり分の寝息が聞こえ始めた。
*
明朝のこと。
「……ハッ、いかん!」
エミの部屋で痛恨の寝落ちをしてしまったディルが、がばっと身体を起こした。隣を見ると、エミが手を握ってすやすやと寝ている。婚約者の寝顔を網膜に焼き付けるほど凝視すると、ディルは小さくため息を漏らした。
五分だけ寝るつもりだったのだが、気がついたら朝になっていた。窓の外をみれば、開け始めた空にかろうじて一番星だけが残っている。
ロイの使者から「エリックが聖女エミの元へ向かったようだ」と告げられたのは昨晩のこと。国王に大量に押しつけられた仕事を残して、ディルは走ってエミの部屋に向かい、エリックに言い寄られるエミを救出した。まったく、第一王子はいまだにしつこくエミに言い寄ろうとしているらしい。
とにかく、エリックからエミを救出し、なんとかエミの部屋に待避したところまで記憶はある。が、その後はあやふやだ。なにやら情熱的なキスをした気もするのだが、願望が夢になって出てきただけの気もしていた。
(今ならまあ、その願望を実現させることも可能だろうが……)
ガウンの隙間から伸びるすらりとした足に、ディルの目が釘づけになったものの、理性を総動員してなんとか視線をそらした。
眠っている婚約者を欲求のままに無理矢理抱きつぶして、傷つけるようなことはしたくない。自分の生理的欲求をコントロールできない野蛮人と嫌われるようなことがあったら、最悪だ。それだけは避けねばならない。
ディルの葛藤はつゆ知らず、エミはうーんと寝返りを打った。はずみでエミの白い胸元がはだける。ディルはあさっての方向を見ながら、エミにそっとブランケットをかけてやった。今すぐ暴走しそうな欲求は、鉄壁の理性でなんとか抑えつける。
「当初の目的を果たさねばなるまい……」
ディルは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、かねてから用意していた細い糸をポケットからごそごそと取り出し、エミの左手の薬指に巻き付け、サイズを測った。ミッション完了だ。
「よし、この大きさで、指輪を頼めばいいんだな……。月給の2.5ケ月分の婚約指輪を……」
満足げにそうつぶやいて、ディルは抜き足差し足でエミの部屋を去って行く。今日も仕事は山ほどあるが、不思議と足取りは軽い。
何も知らないエミは、いまだにすやすやとのんきな寝息をたてていた。
改めて見てみると、久しぶりのディルは、ひどく疲れた顔をしていた。いつもの覇気はなく、なんとなくやつれた気がする。エミは心配そうな顔をした。
「目の下のクマ、ヤバたんだねー。あたしのコンシーラー使う? チーク上にハイライトしこめば、顔色もいい感じになると思う! あと、ちょっとだけ眉をいじらせてもろてぇ……」
「……好きにしろ……」
「ええー、いいの!? あたしいつかハクシャクにメイクしてみたかったんだよねえ! 間違いなく化粧映えするお顔だもん♡」
エミはうれしそうにそう言って、化粧台の上に置いてあるコスメボックスを取りにいくべく、腰を浮かせた。しかし、ディルの腕がのびてきてエミの手をがっしりつかんでそれを阻止する。
「離れるな……」
「ええー、なにそれ! そしたらお化粧できないじゃん!」
「そばに、……いてほしいんだ……」
そういうと、ディルはエミの手首をがっしりつかんだまま、安らかな寝息を立て始めた。限界だったらしい。
何度かぶんぶんと手を振ってみたものの、相変わらずディルの手はがっしりエミをつかんでいる。よほど、そばにいてほしいのだろう。
「えーん、お化粧したかったぁ……。でも、疲れてるんなら仕方ないよね」
あいているほうの手でディルにブランケットをかけて、ディルの隣にエミはころんと横たわった。
エミはこっそりディルの額にキスをした。
「……ホントはいろいろ話したいことあったけど、さすがに疲れてるっぽいし、また今度だね」
エミは頬杖をついて、眠っているディルにぽつりとつぶやく。
いろいろ話を聞いてほしいことがあった。サクラとのショッピングや、宮廷で食べたサクラ考案の牛丼もどき、これから魔法のレッスンを受けること――そして、エリックが言っていたディルが夜な夜な出かけていう理由も。
エリックの話を思い出して、エミは一人顔をしかめた。
エリックの言うとおり、ディルは首都にいる馴染みの女のところに顔を出しているのだろうか。それとも、夜な夜な花街にでかけ、両手に夜の蝶たちを侍らして――
「やーん、知りたくなかったよぉ! 本当は、会いに来てくれるだけでも、うれしいはずなのに、なんかめっちゃモヤモヤする……。いや、別に男の人だから仕方ないのかもだけど、だけどイヤなんだもん!」
エミはぐるぐると悩む。心の中のモヤモヤは「独占欲」という名前の感情だとエミが知るのは、残念ながらずっとあとのことだ。
相変わらず、エミの悩みなど知るよしもないディルはエミの手を握ったままのんきに深い寝息をたてていた。エミは「えいえい」と言いながら、ディルの頬をつつく。
「あたし、ハクシャクにはどんどんワガママになっちゃう……」
盛大にため息をついて横になったエミは、大きなあくびをする。今日はいろいろあったのだ。さすがのエミも疲れている。
「それにしても、エリックが言ってた秘策ってなんなんだろ……?」
眠りに落ちる寸前にエミの頭にふとその疑問がよぎる。しかし、その疑問を深く考える体力がエミにはもう残っていなかった。
間もなくして、静かな部屋にふたり分の寝息が聞こえ始めた。
*
明朝のこと。
「……ハッ、いかん!」
エミの部屋で痛恨の寝落ちをしてしまったディルが、がばっと身体を起こした。隣を見ると、エミが手を握ってすやすやと寝ている。婚約者の寝顔を網膜に焼き付けるほど凝視すると、ディルは小さくため息を漏らした。
五分だけ寝るつもりだったのだが、気がついたら朝になっていた。窓の外をみれば、開け始めた空にかろうじて一番星だけが残っている。
ロイの使者から「エリックが聖女エミの元へ向かったようだ」と告げられたのは昨晩のこと。国王に大量に押しつけられた仕事を残して、ディルは走ってエミの部屋に向かい、エリックに言い寄られるエミを救出した。まったく、第一王子はいまだにしつこくエミに言い寄ろうとしているらしい。
とにかく、エリックからエミを救出し、なんとかエミの部屋に待避したところまで記憶はある。が、その後はあやふやだ。なにやら情熱的なキスをした気もするのだが、願望が夢になって出てきただけの気もしていた。
(今ならまあ、その願望を実現させることも可能だろうが……)
ガウンの隙間から伸びるすらりとした足に、ディルの目が釘づけになったものの、理性を総動員してなんとか視線をそらした。
眠っている婚約者を欲求のままに無理矢理抱きつぶして、傷つけるようなことはしたくない。自分の生理的欲求をコントロールできない野蛮人と嫌われるようなことがあったら、最悪だ。それだけは避けねばならない。
ディルの葛藤はつゆ知らず、エミはうーんと寝返りを打った。はずみでエミの白い胸元がはだける。ディルはあさっての方向を見ながら、エミにそっとブランケットをかけてやった。今すぐ暴走しそうな欲求は、鉄壁の理性でなんとか抑えつける。
「当初の目的を果たさねばなるまい……」
ディルは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、かねてから用意していた細い糸をポケットからごそごそと取り出し、エミの左手の薬指に巻き付け、サイズを測った。ミッション完了だ。
「よし、この大きさで、指輪を頼めばいいんだな……。月給の2.5ケ月分の婚約指輪を……」
満足げにそうつぶやいて、ディルは抜き足差し足でエミの部屋を去って行く。今日も仕事は山ほどあるが、不思議と足取りは軽い。
何も知らないエミは、いまだにすやすやとのんきな寝息をたてていた。
11
お気に入りに追加
266
あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる
西野歌夏
恋愛
ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー
私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

猫被り令嬢の恋愛結婚
玉響
恋愛
侯爵家の令嬢であるリリアーナ・グロッシは、婚約者であるブラマーニ公爵家の嫡男ジュストが大嫌いで仕方がなかった。
紳士的で穏やかな仮面を被りながら、陰でリリアーナを貶め、罵倒し、支配しようとする最低な男。
ジュストと婚約してからというもの、リリアーナは婚約解消を目標に、何とかジュストの仕打ちに耐えていた。
そんなリリアーナの密かな楽しみは、巷で人気の恋物語を読む事。
現実とは違う、心がときめくような恋物語はリリアーナの心を慰めてくれる癒やしだった。
特にお気に入りの物語のヒロインによく似た国王の婚約者である女侯爵と、とあるきっかけから仲良くなるが、その出会いがリリアーナの運命を大きく変えていくことになり………。
※『冷遇側妃の幸せな結婚』のスピンオフ作品となっていますが、本作単品でもお楽しみ頂けると思います。
※サイコパスが登場しますので、苦手な方はご注意下さい。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる