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2章 二人の前途は多難です!
聖女、飲む!
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旅商人が帰っていったその夜、手になにやら青い袋を持ったディルが珍しくエミの寝室を訪れた。
「……入ってもいいだろうか?」
「えっ、マジで!? ハクシャクからあたしの部屋に来るなんて珍しいね! 早く入って入って♡ 廊下だと寒いっしょ?」
エミはディルを招き入れる。
部屋に入ってきたディルは、くつろいだ格好をしていた。湯浴みした後なのだろう。エミもまた、薄手のネグリジェにカーディガンというくつろいだ格好で、いつもの派手な化粧もしていない。あとは寝るだけ、という状態だった。
エミは恥ずかしそうに頬に手をあてる。
「や~~ん、何度見せてもスッピン恥ずかしめ♡ ハクシャク来るってわかってたら、ばっちしメイクしてたのに~。あ、シーツとかにファンデ付いたら困るよねえ。あたしのファンデ、ウォータープルーフタイプだからなかなか洗っても落ちないんだ――、って、ハクシャク、その袋なぁに?」
ディルの手にあった青い袋を見て、エミは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、これは先ほどの旅商人から、ふたりで夜に見ろと言われたものだ。サービスだとか何とか言ってたが……」
「え~~~、サービス!? ヤバい、めっちゃ気になるんですけど!」
エミは目を輝かせる。ディルは青い袋をエミに手渡した。
「ふたりで見るように言われたから、中身はまだ見ていない。しかし、どうせお前が喜ぶようなものだろう。開けてみろ」
「やりらふぃ~~!」
無邪気に歓声をあげたエミは、青い袋から中身を取り出す。出てきたのは、布なのか紐なのかよくわからない衣服と、小さなガラスの瓶だった。
「え~っと、んー……。なにかなぁ、これ……。かわいい小瓶と、これはパンツとブラ? ……ブラにしては、なんか大事なところが隠れるかビミョいよーな……」
不思議そうに首を傾げるエミの横で、ディルがすぐにハッとした顔をした。
「これは、もしや……ッ!」
「えっ?」
「……あの商人め、なんと下世話なッ!! なにが『幸運を祈りますぞ』だ!」
怒りと動揺でディルの声がひっくり返る。
旅商人がディルに渡したものは、煽情的なランジェリーと媚薬。つまり、夫婦の夜の営みに刺激を加えるための、アダルティな品々であった。
エミもディルの反応を見て、ようやくピンと来たらしい。
「あっ、把握~! そういうことかぁ……」
広げていたセクシーなランジェリーをしげしげと見つめたエミは、そっとディルを上目遣いで見た。
「ねえ、コレって着たほうがいい感じかな?」
「着なくていい感じだ!」
ディルはエミの手からランジェリーをひったくった。
(確かに、このランジェリーを着た聖女はさぞ素晴らしいに違いない。しかし、清らかで純粋な聖女エミに低俗な服は着せるわけには……。いやしかし、ちょっとくらいは……)
額に手をあてたディルがグルグルとやましいことを考えているあいだに、エミはしげしげとピンク色の小瓶を眺めていた。
「じゃあ、こっちはなぁに? 香水とかじゃないよね?」
「ああ、それはどうせ媚薬の類だろう。ラミーニ地方に生える媚薬草の根を原料にした、性的な興奮を促すための薬品だ」
ラミーニ地方の特産品である媚薬は、サンクトハノーシュ王国に一般的に流通するものだ。王族や貴族たちもこっそり愛用しているとかなんとか。恋愛ごとに疎いディルでも、何回か目にしたことくらいはあった。
「まあ、くだらないモノだ。そんなものに頼らなくても――」
「ふぅん……。じゃ、とりま飲んでみよー!」
エミが瓶のふたを開けた。キュポン、という小気味いい音とともに、嗅ぐだけでくらくらするほどの、官能的な香りが部屋いっぱいに広がる。
ディルは慌てた。
「なんでそうなる! やめろ!」
「え~~、だってせっかく商人さんがあたしたちのために選んでくれたんだよ? 使わなかったって知ったら、商人さんが悲しむと思うんだぁ」
「お前は相変わらず、人がいいにもほどがある!」
ディルは慌てて小瓶をエミの手から奪おうとしたものの、エミはするりとその手をよける。そして、瓶に口につけ、一気に小瓶の中身をあおった。エミの白い喉がコクリと小さく上下する。
「飲んだのか!?」
「飲んだよ~♡ なんか、甘ったるいのにほのかにエグい……? それでいて舌が痺れるような辛さがあるような……」
「味の解説はいらん! そんなことより、毒でも入っていたらどうするんだ! 粗悪なものは身体に悪影響を及ぼすと聞くぞ!」
「え~~、大丈夫だってぇ……。あの商人さん、良い人ポイント超高めだよ? だってあのピンクの羽ペンは直でサクぴに送ってくれるって……、ふぁ……、んぁっ!?」
笑いながら手をヒラヒラしていたエミが、急に胃の当たりを抑えて身体をくの字に折り曲げた。
「あるぇ、なんか……、めっちゃアツい……。ドキドキ、する……」
息を荒くしながら、耐えられなくなった様子でエミは床に膝をつく。肩で息をしている。呼吸が乱れて苦しそうだ。
ディルは慌ててエミを抱き上げ、ベッドへ運んだ。
「言わんこっちゃない! 飲んだものを全部ペッしなさい、ペッ!!」
飲んだばかりの媚薬を吐き出させようと、ディルはエミの唇にさしこむ。えずかせて、無理やり胃の中の媚薬を吐かせる気だ。
しかし、エミは咥内に含まされた指を、甘噛みした。
予想外の行動に驚いたディルが、手を引っ込めようとした。しかし、エミがその手を両手で抱くようにしてそれを阻止する。
エミは咥えた指に舌を這わせ、じゅるり、と卑猥な音をたてて舐めあげた。
「なっ……!?」
エミの色づいた唇が、ディルのゴツゴツした指を丁寧に愛撫する。そのたびに柔らかな胸にディルの腕が押しあてられた。(ああ、柔らかいな……)と、一瞬うっとりしたディルだったものの、そんなことを考えている場合ではない。
指の先や手のひらを、小さな舌がちろちろと這うたびに、くすぐったさと官能とがないまぜになったような感覚が、ディルを襲った。
「お、おい、からかうのもいい加減に……」
エミが甘えるように抱きついてきた。不意を突かれたディルは体勢を崩されてベッドに倒れこむ。エミがディルに馬乗りするような姿勢になった。
「ハクシャク、あたし、おかしくなっちゃったかも……」
今にも泣きそうなほどに潤んだ瞳が、ディルを見つめる。呂律の回らない甘ったるい口調が、ひどくなまめかしい。
「……お前、もしかしなくても媚薬が効きやすいタイプだな!?」
ディルは眩暈を覚えた。
「……入ってもいいだろうか?」
「えっ、マジで!? ハクシャクからあたしの部屋に来るなんて珍しいね! 早く入って入って♡ 廊下だと寒いっしょ?」
エミはディルを招き入れる。
部屋に入ってきたディルは、くつろいだ格好をしていた。湯浴みした後なのだろう。エミもまた、薄手のネグリジェにカーディガンというくつろいだ格好で、いつもの派手な化粧もしていない。あとは寝るだけ、という状態だった。
エミは恥ずかしそうに頬に手をあてる。
「や~~ん、何度見せてもスッピン恥ずかしめ♡ ハクシャク来るってわかってたら、ばっちしメイクしてたのに~。あ、シーツとかにファンデ付いたら困るよねえ。あたしのファンデ、ウォータープルーフタイプだからなかなか洗っても落ちないんだ――、って、ハクシャク、その袋なぁに?」
ディルの手にあった青い袋を見て、エミは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、これは先ほどの旅商人から、ふたりで夜に見ろと言われたものだ。サービスだとか何とか言ってたが……」
「え~~~、サービス!? ヤバい、めっちゃ気になるんですけど!」
エミは目を輝かせる。ディルは青い袋をエミに手渡した。
「ふたりで見るように言われたから、中身はまだ見ていない。しかし、どうせお前が喜ぶようなものだろう。開けてみろ」
「やりらふぃ~~!」
無邪気に歓声をあげたエミは、青い袋から中身を取り出す。出てきたのは、布なのか紐なのかよくわからない衣服と、小さなガラスの瓶だった。
「え~っと、んー……。なにかなぁ、これ……。かわいい小瓶と、これはパンツとブラ? ……ブラにしては、なんか大事なところが隠れるかビミョいよーな……」
不思議そうに首を傾げるエミの横で、ディルがすぐにハッとした顔をした。
「これは、もしや……ッ!」
「えっ?」
「……あの商人め、なんと下世話なッ!! なにが『幸運を祈りますぞ』だ!」
怒りと動揺でディルの声がひっくり返る。
旅商人がディルに渡したものは、煽情的なランジェリーと媚薬。つまり、夫婦の夜の営みに刺激を加えるための、アダルティな品々であった。
エミもディルの反応を見て、ようやくピンと来たらしい。
「あっ、把握~! そういうことかぁ……」
広げていたセクシーなランジェリーをしげしげと見つめたエミは、そっとディルを上目遣いで見た。
「ねえ、コレって着たほうがいい感じかな?」
「着なくていい感じだ!」
ディルはエミの手からランジェリーをひったくった。
(確かに、このランジェリーを着た聖女はさぞ素晴らしいに違いない。しかし、清らかで純粋な聖女エミに低俗な服は着せるわけには……。いやしかし、ちょっとくらいは……)
額に手をあてたディルがグルグルとやましいことを考えているあいだに、エミはしげしげとピンク色の小瓶を眺めていた。
「じゃあ、こっちはなぁに? 香水とかじゃないよね?」
「ああ、それはどうせ媚薬の類だろう。ラミーニ地方に生える媚薬草の根を原料にした、性的な興奮を促すための薬品だ」
ラミーニ地方の特産品である媚薬は、サンクトハノーシュ王国に一般的に流通するものだ。王族や貴族たちもこっそり愛用しているとかなんとか。恋愛ごとに疎いディルでも、何回か目にしたことくらいはあった。
「まあ、くだらないモノだ。そんなものに頼らなくても――」
「ふぅん……。じゃ、とりま飲んでみよー!」
エミが瓶のふたを開けた。キュポン、という小気味いい音とともに、嗅ぐだけでくらくらするほどの、官能的な香りが部屋いっぱいに広がる。
ディルは慌てた。
「なんでそうなる! やめろ!」
「え~~、だってせっかく商人さんがあたしたちのために選んでくれたんだよ? 使わなかったって知ったら、商人さんが悲しむと思うんだぁ」
「お前は相変わらず、人がいいにもほどがある!」
ディルは慌てて小瓶をエミの手から奪おうとしたものの、エミはするりとその手をよける。そして、瓶に口につけ、一気に小瓶の中身をあおった。エミの白い喉がコクリと小さく上下する。
「飲んだのか!?」
「飲んだよ~♡ なんか、甘ったるいのにほのかにエグい……? それでいて舌が痺れるような辛さがあるような……」
「味の解説はいらん! そんなことより、毒でも入っていたらどうするんだ! 粗悪なものは身体に悪影響を及ぼすと聞くぞ!」
「え~~、大丈夫だってぇ……。あの商人さん、良い人ポイント超高めだよ? だってあのピンクの羽ペンは直でサクぴに送ってくれるって……、ふぁ……、んぁっ!?」
笑いながら手をヒラヒラしていたエミが、急に胃の当たりを抑えて身体をくの字に折り曲げた。
「あるぇ、なんか……、めっちゃアツい……。ドキドキ、する……」
息を荒くしながら、耐えられなくなった様子でエミは床に膝をつく。肩で息をしている。呼吸が乱れて苦しそうだ。
ディルは慌ててエミを抱き上げ、ベッドへ運んだ。
「言わんこっちゃない! 飲んだものを全部ペッしなさい、ペッ!!」
飲んだばかりの媚薬を吐き出させようと、ディルはエミの唇にさしこむ。えずかせて、無理やり胃の中の媚薬を吐かせる気だ。
しかし、エミは咥内に含まされた指を、甘噛みした。
予想外の行動に驚いたディルが、手を引っ込めようとした。しかし、エミがその手を両手で抱くようにしてそれを阻止する。
エミは咥えた指に舌を這わせ、じゅるり、と卑猥な音をたてて舐めあげた。
「なっ……!?」
エミの色づいた唇が、ディルのゴツゴツした指を丁寧に愛撫する。そのたびに柔らかな胸にディルの腕が押しあてられた。(ああ、柔らかいな……)と、一瞬うっとりしたディルだったものの、そんなことを考えている場合ではない。
指の先や手のひらを、小さな舌がちろちろと這うたびに、くすぐったさと官能とがないまぜになったような感覚が、ディルを襲った。
「お、おい、からかうのもいい加減に……」
エミが甘えるように抱きついてきた。不意を突かれたディルは体勢を崩されてベッドに倒れこむ。エミがディルに馬乗りするような姿勢になった。
「ハクシャク、あたし、おかしくなっちゃったかも……」
今にも泣きそうなほどに潤んだ瞳が、ディルを見つめる。呂律の回らない甘ったるい口調が、ひどくなまめかしい。
「……お前、もしかしなくても媚薬が効きやすいタイプだな!?」
ディルは眩暈を覚えた。
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