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1章 謎の聖女は最強です!
聖女、慌てる!
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ディルがようやくその行為をやめたのは、夜半過ぎ。体力が尽きた二人は、再び抱き合って泥のように眠った。
そして翌朝――。
「う、うわーっ、ヤバいよヤバいよっ! 身体中、キスマークだらけ!」
朝日の差し込む部屋の中、ふとベッドの横にあったシュバルミラーを見たエミが悲鳴を上げた。
「どっ、どうしよう! これどうやってメアちんたちに隠そう……っ!」
「別に隠さずとも良いではないか」
当のディルは部屋に置いてあった水差しで喉の渇きを潤しながら、満足げにエミを見つめている。婚約者の身体中につけた数多のキスマークは、彼の独占欲を十分に満たすものだった。
「ハクシャクはいいかもしれないけど、あたしが恥ずかしいの! うわっ太ももにも、二の腕にもある~!! コンシーラーで隠れるかなぁ……」
「ここにもあるぞ」
からかうように首筋のキスマークをなぞってやると、エミは「ひゃあんっ」と情けない声を上げてへにゃりと倒れる。
「は、ハクシャク~」
涙目で訴えるエミに、ディルは目を細め、唇に触るか触らないかのキスをした。エミは驚いて「ぴゃ」とも「ぼぁ」ともつかない奇声を上げ、指の先まで真っ赤になる。先ほどまで数えられないほど唇を重ねたのにもかかわらず、エミの反応は初々しい。
ディルの頭の中に(もう一度抱きつぶしてやろうか……)と、一瞬不埒な考えが浮かんだものの、すぐにその考えを打ち消した。さすがに昨夜はやりすぎた感は否めない。
「それより、お前は何ゆえにあれほどまでの魔力を持っているのだ」
頭の隅に煩悩を追い払うべく、ディルはかねてより疑問だったことを口にした。エミは困った顔をしてうーん、と唸った。
「あたしもよく分かってないんだけど、こっちの世界に来るときに、聖女たちは神様から願い事を一つ叶えてもらえるのは知ってるよね? あたし、神様にコスメが無限に出てくるコスメボックスをお願いしたわけなんだけど、あんまりにもしょーもない願いすぎて、代わりに魔力がカンスト起こしたらしいっぽい?」
「ど、どういうことだ。最初から説明してくれ」
「えーっとね……」
エミの説明を要約するとこうだ。
聖女たちに、神は2つのギフトを与える。一つだけ叶えられる願いと、人並みならぬ魔力だ。そして、願いと魔力はトレードオフの関係になるらしい。
つまり、願いが難しいものであればあるほど、与えられる魔力は少なくなる。逆に、願いが簡単であればあるほど、与えられる魔力は多くなる。
そして、聖女エミの願い「ド〇キで売ってる化粧品が好きなだけ出てくるコスメボックスがほしい」という願いは、あまりに神にとって造作のないことだった。そのため、与えられる魔力がとんでもないことになったらしい。
「なんかさぁ、そのせいで頼んでもいないのにハンパない魔力もらっちゃってさぁ、こちとら大迷惑よ? めっちゃ持て余したわ~~!」
「なるほど、興味深い……。神もまさかそんな突拍子のない願いをされるとは思っていなかっただろう」
「『そんな願いで大丈夫か? これから異世界を生きることになるんだぞ?』って三回くらい聞き返された☆」
「お前は神すら困惑させたのか……」
ディルは眉間の皺を揉む。さすが規格外の聖女と言ったところか。
「あたしさぁ、こんなに魔力があっても魔法は全然使えないんだ~。使えるのは『火球』だけ♡ 最初は指導係の魔導士さんたちが魔法を教えてくれたけど、あたしの魔力がヤバいって分かった瞬間、何も教えてくれなくなっちゃって!」
「……あれほどの魔力があれば、簡単に国家を転覆させることも可能だ。魔導士たちの反応も当然の気もしないでもない」
「ええー。テンプクだかマンプクだか何だか知らないけど、ラブ&ピースじゃないからそんな危ないことはしないよぉ。あたし、みんなと仲良くしたいもん!」
実にあっさりとエミは言う。
「それに、火球だけでも威力絶大だったよ~! たいてい相手のところにいって、火球ぶっぱなして手っ取り早く近くの山に穴あけちゃうのね? そしたら皆大人しくなるから、『降参して?』って頼んだら大抵みんな言うこときいてくれるの♡ やっぱり危ないことはしたくなかったし、動きすぎるとつけま取れるし」
「山に、穴を……」
さすがのディルも頬のあたりが引きつった。どれほどの威力があれば山に穴を開けられるというのであろう。
それほどの魔法を見せつけられれば、相手も戦意喪失するに決まっている。ハド共和国はとんでもない相手を敵に回してしまったようだ。
そういえば、先の戦いについては一切関知しないと決めていたディルも、一つだけ気になっていた点がある。隣国との戦争にしては、戦死者が異常に少なかったのだ。
後学のためにと理由を聞けば、「第一王子の手柄だ」「優れた騎士たちがハド王国と勇敢に戦った」だの人々は答えたものだが、実のところエミの強すぎる魔力が大いに役に立っていたようだ。
ディルはなかば呆れ顔で頷いた。
「お前は、先の戦争の話をまったくしなかった。きっと悲惨な状況を見て心の傷を負ったのだろうと勝手に思って黙っていたが……」
「黙ってたのは、あたしの激ヤバ魔法のことを聞いたら、ハクシャクがあたしのこと嫌いになるかもって勝手に怖がってたからだよ。でも、ぜーんぜん隠す必要もなかったよね~♡ あたし、勝手に怯えたり泣いたり、ホント馬鹿だったなぁ」
てへへ、とエミは頭をかきながらへにゃりと笑う。ディルの胸がトクン、と音を立てた。この奇妙な感覚に、彼はいい加減慣れ始めていた。――否、それどころか、胸の中を支配するどうしようもない切なさが、「愛おしい」という感情なのだとディルは気づき始めていた。
そして翌朝――。
「う、うわーっ、ヤバいよヤバいよっ! 身体中、キスマークだらけ!」
朝日の差し込む部屋の中、ふとベッドの横にあったシュバルミラーを見たエミが悲鳴を上げた。
「どっ、どうしよう! これどうやってメアちんたちに隠そう……っ!」
「別に隠さずとも良いではないか」
当のディルは部屋に置いてあった水差しで喉の渇きを潤しながら、満足げにエミを見つめている。婚約者の身体中につけた数多のキスマークは、彼の独占欲を十分に満たすものだった。
「ハクシャクはいいかもしれないけど、あたしが恥ずかしいの! うわっ太ももにも、二の腕にもある~!! コンシーラーで隠れるかなぁ……」
「ここにもあるぞ」
からかうように首筋のキスマークをなぞってやると、エミは「ひゃあんっ」と情けない声を上げてへにゃりと倒れる。
「は、ハクシャク~」
涙目で訴えるエミに、ディルは目を細め、唇に触るか触らないかのキスをした。エミは驚いて「ぴゃ」とも「ぼぁ」ともつかない奇声を上げ、指の先まで真っ赤になる。先ほどまで数えられないほど唇を重ねたのにもかかわらず、エミの反応は初々しい。
ディルの頭の中に(もう一度抱きつぶしてやろうか……)と、一瞬不埒な考えが浮かんだものの、すぐにその考えを打ち消した。さすがに昨夜はやりすぎた感は否めない。
「それより、お前は何ゆえにあれほどまでの魔力を持っているのだ」
頭の隅に煩悩を追い払うべく、ディルはかねてより疑問だったことを口にした。エミは困った顔をしてうーん、と唸った。
「あたしもよく分かってないんだけど、こっちの世界に来るときに、聖女たちは神様から願い事を一つ叶えてもらえるのは知ってるよね? あたし、神様にコスメが無限に出てくるコスメボックスをお願いしたわけなんだけど、あんまりにもしょーもない願いすぎて、代わりに魔力がカンスト起こしたらしいっぽい?」
「ど、どういうことだ。最初から説明してくれ」
「えーっとね……」
エミの説明を要約するとこうだ。
聖女たちに、神は2つのギフトを与える。一つだけ叶えられる願いと、人並みならぬ魔力だ。そして、願いと魔力はトレードオフの関係になるらしい。
つまり、願いが難しいものであればあるほど、与えられる魔力は少なくなる。逆に、願いが簡単であればあるほど、与えられる魔力は多くなる。
そして、聖女エミの願い「ド〇キで売ってる化粧品が好きなだけ出てくるコスメボックスがほしい」という願いは、あまりに神にとって造作のないことだった。そのため、与えられる魔力がとんでもないことになったらしい。
「なんかさぁ、そのせいで頼んでもいないのにハンパない魔力もらっちゃってさぁ、こちとら大迷惑よ? めっちゃ持て余したわ~~!」
「なるほど、興味深い……。神もまさかそんな突拍子のない願いをされるとは思っていなかっただろう」
「『そんな願いで大丈夫か? これから異世界を生きることになるんだぞ?』って三回くらい聞き返された☆」
「お前は神すら困惑させたのか……」
ディルは眉間の皺を揉む。さすが規格外の聖女と言ったところか。
「あたしさぁ、こんなに魔力があっても魔法は全然使えないんだ~。使えるのは『火球』だけ♡ 最初は指導係の魔導士さんたちが魔法を教えてくれたけど、あたしの魔力がヤバいって分かった瞬間、何も教えてくれなくなっちゃって!」
「……あれほどの魔力があれば、簡単に国家を転覆させることも可能だ。魔導士たちの反応も当然の気もしないでもない」
「ええー。テンプクだかマンプクだか何だか知らないけど、ラブ&ピースじゃないからそんな危ないことはしないよぉ。あたし、みんなと仲良くしたいもん!」
実にあっさりとエミは言う。
「それに、火球だけでも威力絶大だったよ~! たいてい相手のところにいって、火球ぶっぱなして手っ取り早く近くの山に穴あけちゃうのね? そしたら皆大人しくなるから、『降参して?』って頼んだら大抵みんな言うこときいてくれるの♡ やっぱり危ないことはしたくなかったし、動きすぎるとつけま取れるし」
「山に、穴を……」
さすがのディルも頬のあたりが引きつった。どれほどの威力があれば山に穴を開けられるというのであろう。
それほどの魔法を見せつけられれば、相手も戦意喪失するに決まっている。ハド共和国はとんでもない相手を敵に回してしまったようだ。
そういえば、先の戦いについては一切関知しないと決めていたディルも、一つだけ気になっていた点がある。隣国との戦争にしては、戦死者が異常に少なかったのだ。
後学のためにと理由を聞けば、「第一王子の手柄だ」「優れた騎士たちがハド王国と勇敢に戦った」だの人々は答えたものだが、実のところエミの強すぎる魔力が大いに役に立っていたようだ。
ディルはなかば呆れ顔で頷いた。
「お前は、先の戦争の話をまったくしなかった。きっと悲惨な状況を見て心の傷を負ったのだろうと勝手に思って黙っていたが……」
「黙ってたのは、あたしの激ヤバ魔法のことを聞いたら、ハクシャクがあたしのこと嫌いになるかもって勝手に怖がってたからだよ。でも、ぜーんぜん隠す必要もなかったよね~♡ あたし、勝手に怯えたり泣いたり、ホント馬鹿だったなぁ」
てへへ、とエミは頭をかきながらへにゃりと笑う。ディルの胸がトクン、と音を立てた。この奇妙な感覚に、彼はいい加減慣れ始めていた。――否、それどころか、胸の中を支配するどうしようもない切なさが、「愛おしい」という感情なのだとディルは気づき始めていた。
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