【R18】ギャルは聖女で世界を救う! -王子に婚約破棄されたけど、天才伯爵に溺愛されて幸せなのでおけまるです!-

沖果南

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1章 謎の聖女は最強です!

聖女、泣く!

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 早朝、ガシュバイフェンの屋敷に衝撃が走った。しばらく帰ってこないと言ったはずの屋敷の主人とその婚約者が首都からあまりに早い帰還を遂げたからだ。
 完全に寝ていたセバスチャンは慌てて起き出し、ほとんど寝間着姿で彼の主のもとへ向かった。

「主様、それにエミ様! ずいぶんお早いご帰還でしたね!? ドラゴンの件はもうよろしいのですか? 次はいつ首都へ……」
「いや、もうしばらく首都には戻らぬ」
「へっ、ドラゴンは……?」
「討伐した」
「討伐した? こんなにも早くですか? さすがにジョークだとしてもあまり笑えないジョークのように思えるのですが、もしかして明日この国が滅ぶとかでは……」
「こんな状況で冗談を言うと思うか? とにかく、私と聖女は寝る。しばらく起こすな」

 セバスチャンは狐につままれたような顔をして、助けを求めるようにエミに視線を投げかけた。しかし、いつも騒がしいエミは、さきほどから一言もしゃべらず、憔悴した顔でずっと黙っている。いつもと違う様子に、たまたま居あわせたメイドたちも心配そうだ。
 セバスチャンは聞きたいことが山ほどあったものの、屋敷の廊下を歩いているあいだ、ディルとエミは口を閉ざした。
 結局、セバスチャンは寝室に入っていく二人をオロオロと見守ることしかできなかった。
 
**

 ディルの寝室の重厚な扉がバタン、と閉まると、ディルは重いため息をついた。一緒に寝室にはいったエミの肩がびくりと揺れる。
 ディルは無言でエミを広いベッドに座らせ、自らもどかっとベッドに座った。

「それで、聖女エミよ……」
「ごめんなさーいッ!」

 ディルがエミに話しかけたのと、エミがディルに向かって土下座せんばかりに頭を下げたのは同時だった。
 ディルはギョッとした顔をする。エミは頭を下げたまま、まくしたてた。

「ずっと、魔力のコトの黙っててごめんなさいッ! あたしにエグめの魔力があるって知られたら、きっとハクシャクはあたしを嫌いになるって思って言えなくて!」
「お、おい、顔を上げろ! 簡単に頭を下げるんじゃない!」
「ここにあたしを連れてきたのも、婚約破棄するって言うためだよね。でも、……ムシが良い話って分かってるけど、お掃除でもお皿洗いでもなんでもするから、婚約破棄してもどうかここに置いてください……。魔法も使わないって、約束するから! おねがいだよぉ、ハクシャク……」
「こら、暴走するな! 落ち着け!」

 ディルは頭を下げるエミの肩を掴み、無理やり頭を上げさせる。顔をあげたエミは震えていて、怯えたような顔をしていた。
 ディルは小さくため息をつく。

「……婚約破棄するつもりはない。私は言ったはずだが? どんなことが起ころうと、お前を嫌いにならないと。私はそう簡単に、約束を違える男ではない」
「ほ、ほんと……? 嘘じゃない?」
「ここで嘘をつくメリットがない。むしろ、お前から見た私は、あれしきのことでお前を見捨てるような薄情な男だったということか? 少々ショックなんだが」

 心なしかシュンとしたディルをみて、エミはブンブンと手を振る。

「待って待って、そんな顔しないで! そんなんじゃないんだって! でもさ、あんなバケモノみたいな力を見たら、誰だってドン引きしてあたしのこと嫌いになっちゃうよ。だって、伝説のドラゴンをワンパンで倒すとか、あたしが言うのもアレだけど、かなりヤバめってゆーか……」

 だんだん自信がなくなってきたのか、エミの言葉尻がどんどんすぼんでいく。

 しょんぼりと俯くエミを前に、ディルの胸がずきりと痛んだ。これほどまでに自分自身の力を恐れ、思い詰めてもなお、彼女はあえて自らの力でドラゴンを倒す決意をしたのだ。その決断が彼女にとって、どれほどに勇気がいる行為だっただろう。嫌われるかもしれないという葛藤を抱きながらも、彼女は多数の人命を優先した。

 眉をハの字にして黙り込んだエミの肩を、ディルはポンポンと叩く。

「なあ、聖女よ。私が思うに、お前は自分に自信がなさすぎる」

 不安に揺れるエミの瞳を、ディルはじっと見つめる。

「あれほどの力を持っているのなら、堂々とすれば良いではないか。自らの力を誇りに思え」
「誇りに思っていいの……?」
「当たり前だ。それに、他人がお前をなんと言おうと、だいたいお前の方が強い。お前がその気になれば、捻り潰すことも容易いのだぞ?」
「やーん、良いこと言ってると思ったら急に物騒ワード飛び出してくる~~~!! マジウケなんですけど~~!」
 
 少し引きつってはいるものの、ようやく戻ったエミの笑顔に、ディルの胸がきゅっとなる。やはり、聖女エミは笑顔が一番いい。
 ディルは軽く咳払いをした。仕切り直しだ。

「さて、次は私が話す番だ。先ほど私が言いかけていた言葉の続きを言わせてくれ」

 おもむろにディルはベッドから降り、エミの脚元に跪くと恭しく手を取ってそっと指先にキスをした。エミは驚きのあまり硬直する。王妃教育の際に、この礼はこの国の最上級の謝意を表すものだと学んだ記憶があった。

「はにゃ? 改まってなになに~」
「聖女エミよ。ガシュバイフェンの領主、ディル・K・ソーオンが申し上げる。サンクトハノーシュ王国を救ってくれて、心から感謝している。この国を代表して礼を言わせてくれ。婚約者としても誇りに思う。……礼を言うのが遅くなってすまない」

 ディルは心の底から礼を述べた。

「じきに国王にもお前の活躍を伝えよう。お前は第一王子にいわれない言葉を投げかけられたが、あんな小物の言うことなど、気にしなくてもいい。聖女サクラも言っていたが、お前が受け取るべきは本来は賛辞のみ。お前の行いは立派だった」

 しばらく呆然としていたエミの眼から、ポロリと大粒の涙が流れた。急に涙を流しはじめたエミを見て、ディルがぎょっとした顔をする。

「急にどうして泣いたんだ? もしかして私は、うっかりお前を傷つけることを言ったか!?」
「違う、違うの……! ごめっ、ごめんなさいっ……。すぐ、すぐ泣きやむ、……からっ。ヤバ、マスカラ落ちてるっ……」

 エミは必死で目元を拭うが、一度あふれ出した涙はなかなか止まらない。
 ディルはオロオロとエミを見つめた。

「大丈夫か? もしかして魔法を使った時にどこかを痛めたとかじゃ……」
「……身体は、大丈夫……っ。……あっ、あたしっ……。本当は、ずっとこうやって、……ありがとうって、……言われたくて……ッ」

 エミは涙ながらに唐突に語り出す。

 彼女は、異世界からこちらに召喚されてすぐに膨大な魔力があることが分かっていたらしい。聖女としても、エミはかなりイレギュラーな存在だった。
 だからこそ、先の戦争ではエミは最前線に駆り出された。根が優しい彼女は、早く戦争を終わらせるべく要求された通りに聖女としての仕事をこなしていく。
 最初のうちは多少感謝されていたエミだったが、やがて彼女のまわりの人々はそれに慣れてしまったのだという。

 その上、聖女エミをまるで自分の所有物であるかのように命令する第一王子のエミへの態度は、かなりひどいものだった。騎士たちも、戸惑いながら第一王子には逆らえず、エミにはつらく当たった。

『聖女だからこれくらいできて当然だ』
『強すぎる魔力を持ったバケモノめ』
『異世界から来たお前なんて、戦争が終われば役立たずだ』

 もう一人の聖女サクラや第二王子のロイはエミを庇ったが、エミの心はだんだん摩耗していった。
 ついに聖女エミの貢献で戦争が終わったが、戦争の勝利の功績は、全て第一王子とその騎士団の手柄として書き換えられたため、ますます彼女の影は薄くなっていく。

 こうして、先の戦争の功労者はだれにもその功績を知られることはなく、それゆえ感謝されることもほとんどなかった。

「……だから、ハクシャクがっ、キラいにならないでくれて、しかもっ……ありがとうって言ってくれて、……あたじ、マジで嬉しくてぇ……。なんかっ、いままでの頑張りが一気に報われたっていうかぁ……」

 エミは派手にしゃくりあげる。泣いてはいるものの、表情は晴れやかだった。彼女の胸の奥にあった冷たいわだかまりが、温かな涙になって溶けだしていく。
 気がつくと、ディルはエミを抱きしめていた。

「私の礼で良いのであれば、いくらでも言おう。望むときに、好きなだけ言ってやる」
「う、うれじいよぉ……。うぇえ、泣いたら化粧落ちてバケモノになるのに涙が止まんないぃ……」
「私の前では好きなだけ泣いていい。好きなだけ泣いていいから……」
「ふぇ……。うええぇえん」

 子供のように声を上げて泣く異世界から来た聖女を、かつて冷血漢と呼ばれた男が、不器用に、しかし限りなく優しく抱きしめた。
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