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1章 謎の聖女は最強です!
伯爵、怒る!
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「……って感じだったんだけどぉ、まー大変だったわけ。……あ、ヤバ、マニュキュア剥げてる」
あらかたの話を終えてしまったエミは、2秒後には小指の先のマニュキュアが取れかかっていることを気にし始めた。しかし、その切り替えの早さにディルはもちろんついていけるはずがない。
ディルは、握りしめた拳をわなわなと震わせた。
「……なにが、『寛容にして清廉、聖女はかくあるべし』だ! 事なかれ主義もここまでくると病気だな。良い話にして話を丸く収めようとしているが、要は権力者の命令には、大人しく従えと言いたいのだろう。そんな道理に合わないことをよくも口に出せたものだな! 王子も馬鹿だが、あの国王も大馬鹿だ! 今すぐ抗議する!」
「おっ、ハクシャクおこぷんだ」
「おこぷんにもなるわ! だいたい、当事者であるお前がなぜそんなにケロっとしているのだ! もっと怒っても良いんだぞ!」
「それサクぴとロイっぺにも言われたんだけど~~! マジでウケる~~」
「ウケるな! それにしても第一王子には数度会っただけだが、ここまで愚かだとは思わなかった。あのガキ、よりにもよってボリタリアと手を組んだというのか! 権力とカネに頼ろうという浅はかな魂胆が透けて見えるな。実に不快だ!」
ディルは吐き捨てるように言う。
王宮から距離を置いているディルでも簡単にわかった。エリックとアレキセーヌは心から愛し合って婚約したわけではない。
そもそもアレキセーヌの生家であるボリタリア家は、この国で指折りの有力貴族である。ボリタリア家当主は政治的発言力も強い。その上、ボリタリア家の領土は豊富な作物量を誇るため、税収も多い。
アレキセーヌと結婚することで、エリックは有力貴族の後ろ盾と財力を手に入れることができるのだ。
これは、どこからどう見ても政略結婚の類だった。
「異世界から来たか弱い乙女を勝手な理由で戦争の最前線で戦わせ、その上全てが終われば用済みとばかりに切り捨てるとは……。ゲス野郎が……」
舌打ちをしたい気分になったものの、目の前にエミがいるため、ディルは何とかそれをこらえた。ここまで忌々しい気分になったのは久しぶりだ。
「そもそも私は聖女の召喚に反対していたが、こういう事態になるのであればもっと強固に反対しておくべきだったな」
「ハクシャクは、私たちがこっちの世界に来るのに反対してたんだ」
「当たり前だ。異世界から無理やり乙女たちを連れてきて、聖女という役割を与え、国のために問答無用で戦わせる、などというやり方自体がおかしい。非人道的かつ非合理的だ。だから先の戦争に、私は一切関知しないと言って身を退いていたんだ」
「……だから、ハクシャクってばあたしと会っても、平然としてたんだ」
「先の戦争の情報は全て無視していたからな。それに、聖女召喚のタイミングもズレているのも気になった。調べてみれば、100年に一度の周期のはずなのに、前回聖女を召喚してから99年しか経っていない。明らかに、聖女の召喚は早すぎた。ハド共和国との戦争は、100年に一度の災いではない。本当の災禍は、おそらくこれからだ」
ディルは神経質そうにこめかみをトントンと叩いた。
彼の頭の中には完璧にサンクトハノーシュ王国の歴史の年表が入っている。彼はそれまでの災禍の法則性を見事に解き明かし、災禍はぴったり百年周期で起こっていると国王に力説した。
しかし、ハド共和国の猛攻に怖気づいてしまった国王は、ディルの言葉に耳を貸そうともしなかった。
「結局、国王は聖女召喚を強行し、サンクトハノーシュ王国は予想通り勝利を収めはした。……しかし、命を賭して戦った聖女に対して、この仕打ち。ふざけているのか!」
思いっきり顔をしかめて不機嫌になるディルに、エミは首を傾げて笑ってみせた。
「……そうやって、自分のことみたいに怒ってくれてありがと♡ でも、全然あたしは気にしてないよぉ。第一王子が婚約破棄してくれたから、こうやってハクシャクに会えたんだもん」
「そ、それはそうかもしれないが……」
「みんなが幸せなのが結局一番だって! これで良かったのかなって、あたしは思ってるよ」
エミがはにかむように笑うと、薄いベージュの口紅をひいた唇から少しだけ八重歯がのぞいた。幼く純真な笑みに、ディルの胸の奥がどうしようもなくざわつく。
第一王子が婚約破棄をしたからこそ、聖女エミがガシュバイフェンに来たのは確かだ。しかし、だからと言って、エミをこっぴどい目に遭わせた第一王子を許すことはできない。――しかしまあ、婚約破棄後の聖女エミを下賜する先として、このディル・K・ソーオンを選んだことに関しては感謝してやらないこともないが。
ディルは軽く咳払いをした。
「……お前は優しすぎて心配になる。もう少し、利己的になってくれ」
「はにゃ? リコテキってなーに?」
「わがままを言ってもいいということだ」
「やだぁ、もうこれ以上わがままは言えないよぉ~。今でもハクシャクにはすごく良くしてもらってるんだから」
「しかし、何かあるだろう。その、欲しいものとか、私にやってほしいこととか……」
「うーん、もっとこうやって一緒にデートしてほしいなあ、とか……? こういうのじゃだめ?」
「ヴッ……」
エミに急に上目遣いでねだられ、ディルは自分の胸をおさえた。不意打ちである。
急に胸をおさえてうずくまったディルに、エミは驚いてオロオロと手を伸ばし、ディルの背中をなでた。
「えっ、ハクシャク大丈夫!?」
「……婚約者が尊すぎて心臓がもたない」
「えっ、なに? 声が小さすぎて聞こえないよ! ……あっ、もしかして酔っちゃった? 御者さんに言って馬車止めてもらおうか?」
「……今日はお前が望むのなら、なんだって買ってやろう。今から会う行商人は貴金属の類にも詳しかったはずだ。国じゅうから選りすぐって最高級のものを取り寄せてもいい。手始めに、ドレスは何着ほしい?」
「なになに、急にどうしたの! 唐突過ぎて話についていけないんだけど! ドレスなんてそういっぱいいらないよぉ!」
そうこうしているうちに、二人をのせた馬車は街に到着した。
あらかたの話を終えてしまったエミは、2秒後には小指の先のマニュキュアが取れかかっていることを気にし始めた。しかし、その切り替えの早さにディルはもちろんついていけるはずがない。
ディルは、握りしめた拳をわなわなと震わせた。
「……なにが、『寛容にして清廉、聖女はかくあるべし』だ! 事なかれ主義もここまでくると病気だな。良い話にして話を丸く収めようとしているが、要は権力者の命令には、大人しく従えと言いたいのだろう。そんな道理に合わないことをよくも口に出せたものだな! 王子も馬鹿だが、あの国王も大馬鹿だ! 今すぐ抗議する!」
「おっ、ハクシャクおこぷんだ」
「おこぷんにもなるわ! だいたい、当事者であるお前がなぜそんなにケロっとしているのだ! もっと怒っても良いんだぞ!」
「それサクぴとロイっぺにも言われたんだけど~~! マジでウケる~~」
「ウケるな! それにしても第一王子には数度会っただけだが、ここまで愚かだとは思わなかった。あのガキ、よりにもよってボリタリアと手を組んだというのか! 権力とカネに頼ろうという浅はかな魂胆が透けて見えるな。実に不快だ!」
ディルは吐き捨てるように言う。
王宮から距離を置いているディルでも簡単にわかった。エリックとアレキセーヌは心から愛し合って婚約したわけではない。
そもそもアレキセーヌの生家であるボリタリア家は、この国で指折りの有力貴族である。ボリタリア家当主は政治的発言力も強い。その上、ボリタリア家の領土は豊富な作物量を誇るため、税収も多い。
アレキセーヌと結婚することで、エリックは有力貴族の後ろ盾と財力を手に入れることができるのだ。
これは、どこからどう見ても政略結婚の類だった。
「異世界から来たか弱い乙女を勝手な理由で戦争の最前線で戦わせ、その上全てが終われば用済みとばかりに切り捨てるとは……。ゲス野郎が……」
舌打ちをしたい気分になったものの、目の前にエミがいるため、ディルは何とかそれをこらえた。ここまで忌々しい気分になったのは久しぶりだ。
「そもそも私は聖女の召喚に反対していたが、こういう事態になるのであればもっと強固に反対しておくべきだったな」
「ハクシャクは、私たちがこっちの世界に来るのに反対してたんだ」
「当たり前だ。異世界から無理やり乙女たちを連れてきて、聖女という役割を与え、国のために問答無用で戦わせる、などというやり方自体がおかしい。非人道的かつ非合理的だ。だから先の戦争に、私は一切関知しないと言って身を退いていたんだ」
「……だから、ハクシャクってばあたしと会っても、平然としてたんだ」
「先の戦争の情報は全て無視していたからな。それに、聖女召喚のタイミングもズレているのも気になった。調べてみれば、100年に一度の周期のはずなのに、前回聖女を召喚してから99年しか経っていない。明らかに、聖女の召喚は早すぎた。ハド共和国との戦争は、100年に一度の災いではない。本当の災禍は、おそらくこれからだ」
ディルは神経質そうにこめかみをトントンと叩いた。
彼の頭の中には完璧にサンクトハノーシュ王国の歴史の年表が入っている。彼はそれまでの災禍の法則性を見事に解き明かし、災禍はぴったり百年周期で起こっていると国王に力説した。
しかし、ハド共和国の猛攻に怖気づいてしまった国王は、ディルの言葉に耳を貸そうともしなかった。
「結局、国王は聖女召喚を強行し、サンクトハノーシュ王国は予想通り勝利を収めはした。……しかし、命を賭して戦った聖女に対して、この仕打ち。ふざけているのか!」
思いっきり顔をしかめて不機嫌になるディルに、エミは首を傾げて笑ってみせた。
「……そうやって、自分のことみたいに怒ってくれてありがと♡ でも、全然あたしは気にしてないよぉ。第一王子が婚約破棄してくれたから、こうやってハクシャクに会えたんだもん」
「そ、それはそうかもしれないが……」
「みんなが幸せなのが結局一番だって! これで良かったのかなって、あたしは思ってるよ」
エミがはにかむように笑うと、薄いベージュの口紅をひいた唇から少しだけ八重歯がのぞいた。幼く純真な笑みに、ディルの胸の奥がどうしようもなくざわつく。
第一王子が婚約破棄をしたからこそ、聖女エミがガシュバイフェンに来たのは確かだ。しかし、だからと言って、エミをこっぴどい目に遭わせた第一王子を許すことはできない。――しかしまあ、婚約破棄後の聖女エミを下賜する先として、このディル・K・ソーオンを選んだことに関しては感謝してやらないこともないが。
ディルは軽く咳払いをした。
「……お前は優しすぎて心配になる。もう少し、利己的になってくれ」
「はにゃ? リコテキってなーに?」
「わがままを言ってもいいということだ」
「やだぁ、もうこれ以上わがままは言えないよぉ~。今でもハクシャクにはすごく良くしてもらってるんだから」
「しかし、何かあるだろう。その、欲しいものとか、私にやってほしいこととか……」
「うーん、もっとこうやって一緒にデートしてほしいなあ、とか……? こういうのじゃだめ?」
「ヴッ……」
エミに急に上目遣いでねだられ、ディルは自分の胸をおさえた。不意打ちである。
急に胸をおさえてうずくまったディルに、エミは驚いてオロオロと手を伸ばし、ディルの背中をなでた。
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