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1章 謎の聖女は最強です!
聖女、魅了する!
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不穏な沈黙がしばらく続いたものの、その沈黙は軽やかな足音によって破られた。エミがようやくディルの書斎に来たのだ。とんとん、とノックする音のあとに、エミが書斎に入ってくる。
「ちーっす! ハクシャクがあたしを呼んだって聞いて参上したよ~♡ どうかしたの?」
「ああっ、聖女様! いつもながらさすがのタイミングのご登場です! それではこのセバスチャンめはお茶でもいれて参りますので失敬!」
セバスチャンはエミが部屋に来たのをいいことに、逃げるように書斎から去っていく。
部屋にはディルとエミ、二人きり。
先ほどまでのセバスチャンへの態度と打って変わって、ディルは口ごもり始める。心拍数があがり、動悸もひどい。
エミは、ふかふかのソファに腰かけて足をぶらぶらさせた。
「ハクシャクが呼んでくれたのって、けっこー珍しいから秒で来ちゃったよ♡」
「……それにしては、ずいぶん遅かった」
「マジ!? かなり待たせちゃった? ごめん!」
「い、いや、謝ってほしいわけではない。むしろ、お前は未来の伯爵夫人なのだから、そうやって簡単に謝るな。品位が下がるだろう」
「ヤダ、未来の伯爵夫人とか……。そうやってストレートに言われると照れぴ~~」
エミが両手で顔を挟んでとろけるような笑みを浮かべる。ディルはその笑みを、ただただ呆けたような顔で見つめた。
「……お、お前、なんか最近ますます可愛くなっている気がするのだが、私に魅了の魔法でもかけたのか? 異世界から来た聖女たちは、並外れた魔力を持つと聞くが……」
「えっ、そんな魔法あるの? むしろ教えてほしいくらいなんだけど~」
「絶対教えるものか。これ以上は耐えられる気がしないからな!」
傍から聞けば真正の馬鹿ップルの会話であるものの、本人たちにはまるでその自覚はない。
気を取り直すように、ディルは軽く咳払いをする。彼は今日、とっておきの秘策があるのだ。ディルはあらかじめ頭のなかで用意しておいた台詞をそのまま口に出した。
「……ええっとだな、本日はお日柄もよく……じゃなかった、オッホン。……私が呼び出した理由は、一つ。お前が飲みたいと言っていたタピオカとやらを見つけたと、旅商人から連絡が入ったのだ」
「うそぉ!? タピオカってこの世界にあるの!? しかも、探してくれてたんだ!」
つけまつ毛で囲まれた大きな眼が一瞬で輝いた。ディルは重々しく頷く。
「ああ。それで、……今から街へ出ないか? その商人が、ガシュバイフェンにいるらしい」
「えっ」
突然の一言に、エミは驚いたように身体を硬直させた。とっておきの秘策がダメだったのかと勘違いしたディルの顔に、緊張が走る。
「ッ!! いや、急な誘いだから、別にお前が行きたくなかったら行かなくても差し支えない。さっき商人から連絡が入ったから、早くお前に伝えたくて呼んだんだ。喜ぶと思って。……でも、お前がもし気が乗らないなら別に……」
「ううん。別に気乗りしないってことじゃないんだけど、それって、そのぉ……デートってことかなって」
「デデデデデデデデデデデデデデデデデ」
「えっ、ハクシャク大丈夫!? なんか今、バグったよね!?」
「……いや、大丈夫だ。すまない。それで、返事は?」
「えっ、もちろん行く! 行くに決まってるよ! 久しぶりにタピれるのテンアゲ~♡ もう一生飲めないかと思ってた」
「……喜んでもらえたようで何よりだ。それでは、馬車の準備をさせてくる。ここで待っていてくれ」
胸の鼓動がバクバクいうのをなんとかなだめつつ、ディルは努めて冷静さを保ちながら書斎を出て、小さくガッツポーズをした。ディルにとって人生初の「女の子をデートに誘う」というミッションは成功したのだ。
忙しい中、『タピオカ』なる異世界の食べ物を探すのには大変苦労したものの、エミがここまで喜ぶのであればその甲斐もあったというものだ。むしろ、あの笑顔のためならディルはなんだってやる覚悟でいた。
部屋の外でエミを待って待機していたメアリーに、「聖女と街へ出る。馬車の準備を」と伝えた時に、
「どうしてそんな大事なことを早く言わないのですか! 思い立ったらすぐ行動に移せる男性とは違って、女性は外出する際に準備することが山ほどあるんですよ!」
と、盛大に説教を食らうトラブルはあったものの、二人はすぐに屋敷を発った。
馬車の中で、はしゃいだエミが車窓のドアを開けて歓声をあげる。秋の涼しい風がエミの金髪を揺らした
「街に行くのって超久しぶりなんですけど! バイブス上がりすぎてヤバい! 外の空気サイコー!」
「聖女、危ないから窓から顔を出すな。……っておい、太ももが見えているぞ! 足を冷やしたらどうするんだ!」
「ハクシャクってばめっちゃ過保護~♡」
はしゃぐエミに、ディルはあきれたようなため息をついて応酬する。
「フン。そんな短いスカートでは、ガシュバイフェンの冬は越せないぞ。川は凍り付き、雪は少なくとも私の腰まで積もる。サンクトハノーシュ王国の中でも、ここは冬が厳しい地域なのだ」
「ギャルは根性だから、寒さには負けませ~ん♡」
「どんな屁理屈だ、それは!」
ディルはついに車窓から身を乗り出そうとしたエミの首根っこを掴んで座らせると、着ていたコートを脱いでエミに渡す。
エミはまだ温もりの残るディルのコートを大事そうに胸に抱いてはにかんだ。
「えへへ、なんかめっちゃデートっぽいことしてるねえ♡」
「……そうなのか?」
「うーん、そうなんじゃない? あたしもよくわかんない! 実はデートするの、初めてなんだ♡ あたし、すごいはしゃいじゃってる」
「……なんだ、第一王子と外に出かけることはなかったのか?」
「うーん、なんかねえ、あたしってこういう恰好でしょ? 一緒にいると恥ずかしいからって、エリック王子はどこかに連れて行ったりとかしてくれなかったんだよね。ギャルdis激しめでメンブレだったんだけど、あれってよくよく考えたら、あたし以外に好きな人がいたからだったんだなあって、あとで気づいてぇ」
「……待て。それはどういうことだ?」
「あれ、まだ発表されてない感じ? ここだけのハナシ、エリック王子にはアレキセーヌちゃんっていう好きピがいたらしいのね。それで、その子と結婚したいからあたしの婚約を破棄してほしいって、ある日急に言われてさぁ~。まあビックリぽんだったわ~」
「なっ」
思わぬ一言に、ディルは絶句した。どうせ第一王子と聖女エミの婚約破棄の一件は馬鹿らしい理由だろうと高を括っていたものの、まさかここまで馬鹿げた理由だったとは。
ディルは腹の底から湧き上がるような怒りを抑えつつ、エミの手を取った。
「もう少し、詳しく話してくれないか」
「はにゃ? そんな面白い話じゃないよぉ」
「私は面白さを求めてはいない」
「じゃあ良いけど、ホントに面白くないからね?」
ディルに促され、エミは少し戸惑った表情で、ぽつりぽつりと過去のことを話し始めた。
「ちーっす! ハクシャクがあたしを呼んだって聞いて参上したよ~♡ どうかしたの?」
「ああっ、聖女様! いつもながらさすがのタイミングのご登場です! それではこのセバスチャンめはお茶でもいれて参りますので失敬!」
セバスチャンはエミが部屋に来たのをいいことに、逃げるように書斎から去っていく。
部屋にはディルとエミ、二人きり。
先ほどまでのセバスチャンへの態度と打って変わって、ディルは口ごもり始める。心拍数があがり、動悸もひどい。
エミは、ふかふかのソファに腰かけて足をぶらぶらさせた。
「ハクシャクが呼んでくれたのって、けっこー珍しいから秒で来ちゃったよ♡」
「……それにしては、ずいぶん遅かった」
「マジ!? かなり待たせちゃった? ごめん!」
「い、いや、謝ってほしいわけではない。むしろ、お前は未来の伯爵夫人なのだから、そうやって簡単に謝るな。品位が下がるだろう」
「ヤダ、未来の伯爵夫人とか……。そうやってストレートに言われると照れぴ~~」
エミが両手で顔を挟んでとろけるような笑みを浮かべる。ディルはその笑みを、ただただ呆けたような顔で見つめた。
「……お、お前、なんか最近ますます可愛くなっている気がするのだが、私に魅了の魔法でもかけたのか? 異世界から来た聖女たちは、並外れた魔力を持つと聞くが……」
「えっ、そんな魔法あるの? むしろ教えてほしいくらいなんだけど~」
「絶対教えるものか。これ以上は耐えられる気がしないからな!」
傍から聞けば真正の馬鹿ップルの会話であるものの、本人たちにはまるでその自覚はない。
気を取り直すように、ディルは軽く咳払いをする。彼は今日、とっておきの秘策があるのだ。ディルはあらかじめ頭のなかで用意しておいた台詞をそのまま口に出した。
「……ええっとだな、本日はお日柄もよく……じゃなかった、オッホン。……私が呼び出した理由は、一つ。お前が飲みたいと言っていたタピオカとやらを見つけたと、旅商人から連絡が入ったのだ」
「うそぉ!? タピオカってこの世界にあるの!? しかも、探してくれてたんだ!」
つけまつ毛で囲まれた大きな眼が一瞬で輝いた。ディルは重々しく頷く。
「ああ。それで、……今から街へ出ないか? その商人が、ガシュバイフェンにいるらしい」
「えっ」
突然の一言に、エミは驚いたように身体を硬直させた。とっておきの秘策がダメだったのかと勘違いしたディルの顔に、緊張が走る。
「ッ!! いや、急な誘いだから、別にお前が行きたくなかったら行かなくても差し支えない。さっき商人から連絡が入ったから、早くお前に伝えたくて呼んだんだ。喜ぶと思って。……でも、お前がもし気が乗らないなら別に……」
「ううん。別に気乗りしないってことじゃないんだけど、それって、そのぉ……デートってことかなって」
「デデデデデデデデデデデデデデデデデ」
「えっ、ハクシャク大丈夫!? なんか今、バグったよね!?」
「……いや、大丈夫だ。すまない。それで、返事は?」
「えっ、もちろん行く! 行くに決まってるよ! 久しぶりにタピれるのテンアゲ~♡ もう一生飲めないかと思ってた」
「……喜んでもらえたようで何よりだ。それでは、馬車の準備をさせてくる。ここで待っていてくれ」
胸の鼓動がバクバクいうのをなんとかなだめつつ、ディルは努めて冷静さを保ちながら書斎を出て、小さくガッツポーズをした。ディルにとって人生初の「女の子をデートに誘う」というミッションは成功したのだ。
忙しい中、『タピオカ』なる異世界の食べ物を探すのには大変苦労したものの、エミがここまで喜ぶのであればその甲斐もあったというものだ。むしろ、あの笑顔のためならディルはなんだってやる覚悟でいた。
部屋の外でエミを待って待機していたメアリーに、「聖女と街へ出る。馬車の準備を」と伝えた時に、
「どうしてそんな大事なことを早く言わないのですか! 思い立ったらすぐ行動に移せる男性とは違って、女性は外出する際に準備することが山ほどあるんですよ!」
と、盛大に説教を食らうトラブルはあったものの、二人はすぐに屋敷を発った。
馬車の中で、はしゃいだエミが車窓のドアを開けて歓声をあげる。秋の涼しい風がエミの金髪を揺らした
「街に行くのって超久しぶりなんですけど! バイブス上がりすぎてヤバい! 外の空気サイコー!」
「聖女、危ないから窓から顔を出すな。……っておい、太ももが見えているぞ! 足を冷やしたらどうするんだ!」
「ハクシャクってばめっちゃ過保護~♡」
はしゃぐエミに、ディルはあきれたようなため息をついて応酬する。
「フン。そんな短いスカートでは、ガシュバイフェンの冬は越せないぞ。川は凍り付き、雪は少なくとも私の腰まで積もる。サンクトハノーシュ王国の中でも、ここは冬が厳しい地域なのだ」
「ギャルは根性だから、寒さには負けませ~ん♡」
「どんな屁理屈だ、それは!」
ディルはついに車窓から身を乗り出そうとしたエミの首根っこを掴んで座らせると、着ていたコートを脱いでエミに渡す。
エミはまだ温もりの残るディルのコートを大事そうに胸に抱いてはにかんだ。
「えへへ、なんかめっちゃデートっぽいことしてるねえ♡」
「……そうなのか?」
「うーん、そうなんじゃない? あたしもよくわかんない! 実はデートするの、初めてなんだ♡ あたし、すごいはしゃいじゃってる」
「……なんだ、第一王子と外に出かけることはなかったのか?」
「うーん、なんかねえ、あたしってこういう恰好でしょ? 一緒にいると恥ずかしいからって、エリック王子はどこかに連れて行ったりとかしてくれなかったんだよね。ギャルdis激しめでメンブレだったんだけど、あれってよくよく考えたら、あたし以外に好きな人がいたからだったんだなあって、あとで気づいてぇ」
「……待て。それはどういうことだ?」
「あれ、まだ発表されてない感じ? ここだけのハナシ、エリック王子にはアレキセーヌちゃんっていう好きピがいたらしいのね。それで、その子と結婚したいからあたしの婚約を破棄してほしいって、ある日急に言われてさぁ~。まあビックリぽんだったわ~」
「なっ」
思わぬ一言に、ディルは絶句した。どうせ第一王子と聖女エミの婚約破棄の一件は馬鹿らしい理由だろうと高を括っていたものの、まさかここまで馬鹿げた理由だったとは。
ディルは腹の底から湧き上がるような怒りを抑えつつ、エミの手を取った。
「もう少し、詳しく話してくれないか」
「はにゃ? そんな面白い話じゃないよぉ」
「私は面白さを求めてはいない」
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