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1章 謎の聖女は最強です!
執事、泣く!
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聖女エミがガシュバイフェンにきて2週間――。
「おお、エミ様! 今日は美しいバラの花が咲きましたぞ。お庭に是非遊びに来てください」
「エミ様~! とっておきのお菓子が焼けましたよ! 今日のおやつに出しますんで、楽しみにしてくださいね」
「エミ様、今日も御髪を整えさせてくださいな! またおニューのヘアアレンジとやらを試しましょう」
屋敷を訪れた当初は全く歓迎されていなかったはずの聖女エミは、今やすっかりソーオン家の屋敷になじんでいた。それはもう、なじみすぎるほどになじんでいた。
どれくらいなじんだかと言えば、エミが廊下を歩けば、すれ違う従者やメイド全員が目を輝かせて話しかけるほどだ。ありていに言えば、エミはすっかり屋敷の人気者になっていた。
「いやはや、聖女エミ様もすっかりこの屋敷の一員ですなあ」
ぶ厚い本を両手に抱えるセバスチャンは、おっとりと微笑んだ。横を歩いていたエミも、そろって分厚い本を数冊持っている。
二人が運んでいるのは、セバスチャンがディルに急遽書庫から持ってくるよう頼まれた専門書たちだ。あまりに量が多く、たまたま近くを通りかかったエミが手伝いを申し出た。
エミは重い本を「よいしょ」と持ち直しながら、ニコニコと笑う。
「この屋敷の人、マジでいい人ばっかりだよねえ~~」
「いえいえ、これも聖女エミ様のお人柄があってこそですよ。聖女という尊いご身分であるのにもかかわらず、こうやって屋敷の仕事を助けていただけるのが、どんなにありがたいことか……」
「やだぁ! 大したことしてないってぇ!」
セバスチャンがしみじみと呟いたのを、エミは笑って否定した。しかし、セバスチャンは小さく頭を振ってエミの言葉をしりぞける。
「ご謙遜なさらないでください。屋敷の者たちは皆、エミ様に感謝しております。実は、エミ様がこちらに来られると分かった時は、従者たちやメイドたちから不満が出たのですよ。聖女様のお世話までやっていては、負担が増えて屋敷の仕事が回せないとかなんとか……」
「えっ、そーなの?」
「はい。それはもう従者やメイドたちは不満ばかりで。なんせこれまでいらっしゃったディル様の歴代の婚約者様のお世話は、それはそれは大変でしたから」
サンクトハノーシュ王国の貴族の娘たちは、身の回りの世話を全てメイドたちに任せるのが一般的だ。一人でドレスすら身に着けられないご令嬢がざらにいる世界である。だからこそ、聖女エミがこの屋敷に来たときも、世話をする人間が増えたと屋敷の人々はため息をついた。
しかし、聖女エミは貴族令嬢たちとは一線を画していた。
エミは初っ端から専属のメイドは必要ないと断り、身の回りのことは全て自分でこなした。
その上、率先してメイドたちに混じって家事や洗濯を進んでこなし、手際もいい。従者にも「なにかやることない?」と気軽に話しかける。その上性格はとびぬけて明るく、人懐っこい。
エミはあっという間にこの屋敷の人気者になった。
「偉大なる聖女様にこのような雑事をお願いする状況は大変不甲斐ないとは思っておりますが、この屋敷は万年人手不足ですから、ありがたいことこの上ないのです。なんせ伯爵様は人嫌いで、新しい人材を雇おうとしないので……」
「ふ~ん。あたし、じっとしてるのがニガテだから、色々任せてくれた方がうれしいよ? みんなと話せるのも楽しいし♡ ま、ハクシャクは忙しそうでなかなか相手してくれないしねえ……」
「なんと! エミ様は、ディル様ともっとお話したいと考えていらっしゃるのですか?」
「うん! だって好きぴだも~ん。もっと色々教えてほしいなって思ってるよ♡ でも、ハクシャクはおやつの時間くらいしか一緒にいてくれないの悲しみ感じてる……。ぴえん」
「ああ、なんという……。あのディル様の冷たい態度を前にしてもなお、そのようなお優しい心で接してくださるなんて……。感服致しました。エミ様は真の聖女様にございます……」
セバスチャンはほろほろと涙を流した。年を取ると涙もろくなるのだ。
「本当に、エミ様がディル様の婚約者で、……良うっ、ございました……ッ……。ズビッ」
「えっ、ガチ泣きじゃん! セバスちってマジで泣き上戸だよね~」
「す、すみません……。情けないところをお見せしました……。しかし、エミ様がこちらに来てから、ディル様もこの屋敷も、大きく変わりました。貴女様のいないこの屋敷など、もう想像すらできないほどです。ですから、なにがなんでもエミ様はずっとこのお屋敷にいてくださいまし! ディル様がどんなに冷たくても、このセバスチャンはいつもエミ様の味方ですから――……」
「だれが冷たい、だと?」
急に、絶対零度の冷たい声が二人の頭上から降ってきた。セバスチャンが小さく悲鳴をあげ、ぎこちなく振り返る。
「あ、あ、あ……、ディル様……、これは、その……」
「あっ、ハクシャクだ~♡ ち~~~っす! 今日もイケメてるね♡」
嬉しそうにニコニコ笑うエミの手から、ディルはさっと重い本を取り上げる。
「セバスチャンに頼んだ本が届かないから様子を見に来てみれば、無駄話をしていたのか。まったく、聖女エミよ、お前はこの屋敷の女主人となるのだ。このような雑用など、全てセバスチャンに任せれば良い。大人しく部屋で静かにしておけ」
「おお、エミ様! 今日は美しいバラの花が咲きましたぞ。お庭に是非遊びに来てください」
「エミ様~! とっておきのお菓子が焼けましたよ! 今日のおやつに出しますんで、楽しみにしてくださいね」
「エミ様、今日も御髪を整えさせてくださいな! またおニューのヘアアレンジとやらを試しましょう」
屋敷を訪れた当初は全く歓迎されていなかったはずの聖女エミは、今やすっかりソーオン家の屋敷になじんでいた。それはもう、なじみすぎるほどになじんでいた。
どれくらいなじんだかと言えば、エミが廊下を歩けば、すれ違う従者やメイド全員が目を輝かせて話しかけるほどだ。ありていに言えば、エミはすっかり屋敷の人気者になっていた。
「いやはや、聖女エミ様もすっかりこの屋敷の一員ですなあ」
ぶ厚い本を両手に抱えるセバスチャンは、おっとりと微笑んだ。横を歩いていたエミも、そろって分厚い本を数冊持っている。
二人が運んでいるのは、セバスチャンがディルに急遽書庫から持ってくるよう頼まれた専門書たちだ。あまりに量が多く、たまたま近くを通りかかったエミが手伝いを申し出た。
エミは重い本を「よいしょ」と持ち直しながら、ニコニコと笑う。
「この屋敷の人、マジでいい人ばっかりだよねえ~~」
「いえいえ、これも聖女エミ様のお人柄があってこそですよ。聖女という尊いご身分であるのにもかかわらず、こうやって屋敷の仕事を助けていただけるのが、どんなにありがたいことか……」
「やだぁ! 大したことしてないってぇ!」
セバスチャンがしみじみと呟いたのを、エミは笑って否定した。しかし、セバスチャンは小さく頭を振ってエミの言葉をしりぞける。
「ご謙遜なさらないでください。屋敷の者たちは皆、エミ様に感謝しております。実は、エミ様がこちらに来られると分かった時は、従者たちやメイドたちから不満が出たのですよ。聖女様のお世話までやっていては、負担が増えて屋敷の仕事が回せないとかなんとか……」
「えっ、そーなの?」
「はい。それはもう従者やメイドたちは不満ばかりで。なんせこれまでいらっしゃったディル様の歴代の婚約者様のお世話は、それはそれは大変でしたから」
サンクトハノーシュ王国の貴族の娘たちは、身の回りの世話を全てメイドたちに任せるのが一般的だ。一人でドレスすら身に着けられないご令嬢がざらにいる世界である。だからこそ、聖女エミがこの屋敷に来たときも、世話をする人間が増えたと屋敷の人々はため息をついた。
しかし、聖女エミは貴族令嬢たちとは一線を画していた。
エミは初っ端から専属のメイドは必要ないと断り、身の回りのことは全て自分でこなした。
その上、率先してメイドたちに混じって家事や洗濯を進んでこなし、手際もいい。従者にも「なにかやることない?」と気軽に話しかける。その上性格はとびぬけて明るく、人懐っこい。
エミはあっという間にこの屋敷の人気者になった。
「偉大なる聖女様にこのような雑事をお願いする状況は大変不甲斐ないとは思っておりますが、この屋敷は万年人手不足ですから、ありがたいことこの上ないのです。なんせ伯爵様は人嫌いで、新しい人材を雇おうとしないので……」
「ふ~ん。あたし、じっとしてるのがニガテだから、色々任せてくれた方がうれしいよ? みんなと話せるのも楽しいし♡ ま、ハクシャクは忙しそうでなかなか相手してくれないしねえ……」
「なんと! エミ様は、ディル様ともっとお話したいと考えていらっしゃるのですか?」
「うん! だって好きぴだも~ん。もっと色々教えてほしいなって思ってるよ♡ でも、ハクシャクはおやつの時間くらいしか一緒にいてくれないの悲しみ感じてる……。ぴえん」
「ああ、なんという……。あのディル様の冷たい態度を前にしてもなお、そのようなお優しい心で接してくださるなんて……。感服致しました。エミ様は真の聖女様にございます……」
セバスチャンはほろほろと涙を流した。年を取ると涙もろくなるのだ。
「本当に、エミ様がディル様の婚約者で、……良うっ、ございました……ッ……。ズビッ」
「えっ、ガチ泣きじゃん! セバスちってマジで泣き上戸だよね~」
「す、すみません……。情けないところをお見せしました……。しかし、エミ様がこちらに来てから、ディル様もこの屋敷も、大きく変わりました。貴女様のいないこの屋敷など、もう想像すらできないほどです。ですから、なにがなんでもエミ様はずっとこのお屋敷にいてくださいまし! ディル様がどんなに冷たくても、このセバスチャンはいつもエミ様の味方ですから――……」
「だれが冷たい、だと?」
急に、絶対零度の冷たい声が二人の頭上から降ってきた。セバスチャンが小さく悲鳴をあげ、ぎこちなく振り返る。
「あ、あ、あ……、ディル様……、これは、その……」
「あっ、ハクシャクだ~♡ ち~~~っす! 今日もイケメてるね♡」
嬉しそうにニコニコ笑うエミの手から、ディルはさっと重い本を取り上げる。
「セバスチャンに頼んだ本が届かないから様子を見に来てみれば、無駄話をしていたのか。まったく、聖女エミよ、お前はこの屋敷の女主人となるのだ。このような雑用など、全てセバスチャンに任せれば良い。大人しく部屋で静かにしておけ」
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