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1章 謎の聖女は最強です!
聖女、去る!
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「こんなの、ひどいよ! あんまりだよぉ!」
サンクトハノーシュ王国に舞い降りた聖女のうちの一人、サクラの悲痛な声が、白亜の城にこだました。
サクラの婚約者であり、第二王子のロイが、気づかわしげにそっとサクラの細い肩を抱く。
泣き崩れるサクラの前には、ギャルがいた。
日に焼けた肌。付けまつげを盛りに盛って、アイメイクはぎらぎらと輝いている。長い爪は目に痛いほどの蛍光色だ。支給されたシスター服はミニスカに改造し、派手な金髪をツインテールにしている。
彼女の名前はエミ。サンクトハノーシュ王国に舞い降りた奇跡の聖女で、うっかりこの世界に異世界転移してしまった、ただのギャルである。
白亜の城の絢爛豪華なエントランスには、大きな魔法陣の上に、今からこの城を発たんとするもう一人の聖女、エミの荷物が置かれている。荷物といってもトランクが一つと小ぶりな白い箱が一つだけ。小ぶりな白い箱は、彼女のメイクボックスだ。
今から婚約者の城に向かおうとしている救国の聖女の荷物としては、あまりに少ない。
しかし、荷物があまりに少ないのには理由があった。第一王子の婚約者としてエミがこの城に住んだのは、たった2ヶ月だけ。しかも、ゴタゴタがあってほとんどモノを増やす暇がなかったのだ。
とにもかくにも、聖女エミは今日この城を出て行く。
しかし、サクラは未だに、エミがこの白亜の城を出て行くのに納得していない。サクラはエミにすがるような目を向けた。
「エミたそ、行かないで! あっさりあの馬鹿王子の命令に従うなんて、絶対間違ってる……ッ! エミたそはなんにも悪いことしてない! しかも、よりにもよってあの偏屈なソーオン伯に嫁がされるなんて、なんなの!? あんまりだよお……!」
「サクぴ、泣くのそろそろストップね~? せっかくの化粧落ちるよ? あ、サクぴは、薄化粧だから別に落ちても大丈夫か! あたしが泣いたら秒でアイライン溶けてバケモノになるかんね? 超ウケる~! あ、ヤバ、つけま取れそう~」
サクラの悲痛な声とあまりに真逆の、場違いに明るいエミの声。温度差がひどい。
エミはサクラを慰めているつもりなのだろうが、その場に居合わせた侍従全員が聖女二人のあまりの会話の成り立ってなさ加減に、(このままで、大丈夫だろうか……)と思っていた。この場で唯一聖女にツッコミを入れられる立場のはずのロイは、二人の珍妙なやりとりに慣れているのか、ただ黙ってなりゆきを見守っているだけだ。
エミは、盛りに盛った睫毛をシパシパさせながら、ニカッと微笑んでサクラの肩をポンポンと叩いた。
「ま、あんまり泣いたらロイっぺに心配かけるから、ほどほどにしなね~? なにかあったら連絡よろぴ♡」
じゃ、と言いつつピースサインをバシッと決めると、聖女エミの足元にある魔法陣が光り輝き始める。
「あたし、いっちょ田舎でバイブスあげあげしてくるね~!」
「田舎でバイブスあげあげって、いったい何をする気なのよぉ――ッ!」
聖女サクラの渾身のツッコミは、転移魔法でサンクトハノーシュ王国の辺境の地、ガシュバイフェンに飛んでいったエミの耳には全く届かなかった。
◇◆
芸術と農耕、そして魔法でフォーランシュ大陸最大の王国として長らく栄えてきたサンクトハノーシュは、100年に一度必ず大きな「災禍」が訪れる。
それは飢饉。または疫病。
はたまた魔物の大量発生、伝説の魔物の出現。
すべては、サンクトハノーシュの人々だけの力では、到底対抗できぬ災禍だった。
それゆえに、サンクトハノーシュ王国は、国家が危機に瀕するたびに異世界から「聖女」を召喚してきた。
「聖女」は不思議な存在であり、世界を変えるほどの強い魔力を持つ少女たちであった。そして、聖女たちは幾度も王国を救ってきたのだ。
そして、ビュジ歴5719年の葡萄月――、前回の災いから99年経ち、災いがまた王国を襲った。
フォーランシュ大陸の北方にあるハド共和国が、サンクトハノーシュ王国に宣戦布告したのだ。
宣戦布告の理由は、「サンクトハノーシュ国の使節の肩が、ハド国の兵士の肩にうっかりぶつかったから」というものだった。ほとんどいちゃもんだ。
もちろん、サンクトハノーシュの王は大いに混乱した。
曰く、「こんなん防ぎようがない」と。
しかも、困ったことに500年にわたり周辺諸国と良好な関係を作り上げ、平和を享受してきたサンクトハノーシュ王国は軍備がほとんどなかった。
一方、ハド共和国は戦いにおいて圧倒的に有利だった。半世紀前に大量の魔晶石が採掘される谷が見つかったことで、ハド共和国は財政的に潤っていたのだ。そこで、ハド共和国は密かに軍隊に多くの予算を投資し続けていた。
ハド共和国に急襲を仕掛けられたサンクトハノーシュ王国の国王は、慌てて宮廷の魔導士に命じ、聖女を召喚させた。ほとんど、藁にも縋る思いで。
そして召喚されたのが、日本から召喚された北条桜と長倉恵美と名乗る、二人の聖女だった。
サンクトハノーシュ王国の長い歴史において、二人の聖女が召喚された前例はない。魔導士は少々驚いたものの、首を垂れて二人に願った。
「聖女よ。この国を、どうか救ってください」、と。
そして、二人の聖女は、魔導士に請われた通り、サンクトハノーシュ王国を救う旅に出た。その旅には二人の王子と精鋭たちが集う騎士団も同行した。
エミとサクラは王子たちとともに、サンクトハノーシュ王国中を巡り、人々を救い、ハド共和国の猛者たちから国を守った。
ハド共和国は伝説の聖女たちの登場に屈し、ついに降参してサンクトハノーシュ王国から手を引いた。
かくして、再びサンクトハノーシュ王国に長い平和は訪れる。
聖女たちは「救国の聖女」として、国民から広く愛され、エミは第一王子と、サクラは第二王子と、それぞれ婚約した。
白亜の城でサンクトハノーシュ王国の繁栄のために4人で力を合わせよう、と誓い合ったのは半年前。
このまま物語は特筆すべきこともなく、ハッピーエンドで終わると、誰もが思っていた――……
が、
「やばたん、マジ見渡す限り緑と緑と緑じゃん! マイナスイオンぱねえ~!!」
なんだかんだあって今、救国の聖女エミは、白亜の城から遠く離れた、氷と森の領土、ガシュバイフェンに一人降り立っていた。
サンクトハノーシュ王国に舞い降りた聖女のうちの一人、サクラの悲痛な声が、白亜の城にこだました。
サクラの婚約者であり、第二王子のロイが、気づかわしげにそっとサクラの細い肩を抱く。
泣き崩れるサクラの前には、ギャルがいた。
日に焼けた肌。付けまつげを盛りに盛って、アイメイクはぎらぎらと輝いている。長い爪は目に痛いほどの蛍光色だ。支給されたシスター服はミニスカに改造し、派手な金髪をツインテールにしている。
彼女の名前はエミ。サンクトハノーシュ王国に舞い降りた奇跡の聖女で、うっかりこの世界に異世界転移してしまった、ただのギャルである。
白亜の城の絢爛豪華なエントランスには、大きな魔法陣の上に、今からこの城を発たんとするもう一人の聖女、エミの荷物が置かれている。荷物といってもトランクが一つと小ぶりな白い箱が一つだけ。小ぶりな白い箱は、彼女のメイクボックスだ。
今から婚約者の城に向かおうとしている救国の聖女の荷物としては、あまりに少ない。
しかし、荷物があまりに少ないのには理由があった。第一王子の婚約者としてエミがこの城に住んだのは、たった2ヶ月だけ。しかも、ゴタゴタがあってほとんどモノを増やす暇がなかったのだ。
とにもかくにも、聖女エミは今日この城を出て行く。
しかし、サクラは未だに、エミがこの白亜の城を出て行くのに納得していない。サクラはエミにすがるような目を向けた。
「エミたそ、行かないで! あっさりあの馬鹿王子の命令に従うなんて、絶対間違ってる……ッ! エミたそはなんにも悪いことしてない! しかも、よりにもよってあの偏屈なソーオン伯に嫁がされるなんて、なんなの!? あんまりだよお……!」
「サクぴ、泣くのそろそろストップね~? せっかくの化粧落ちるよ? あ、サクぴは、薄化粧だから別に落ちても大丈夫か! あたしが泣いたら秒でアイライン溶けてバケモノになるかんね? 超ウケる~! あ、ヤバ、つけま取れそう~」
サクラの悲痛な声とあまりに真逆の、場違いに明るいエミの声。温度差がひどい。
エミはサクラを慰めているつもりなのだろうが、その場に居合わせた侍従全員が聖女二人のあまりの会話の成り立ってなさ加減に、(このままで、大丈夫だろうか……)と思っていた。この場で唯一聖女にツッコミを入れられる立場のはずのロイは、二人の珍妙なやりとりに慣れているのか、ただ黙ってなりゆきを見守っているだけだ。
エミは、盛りに盛った睫毛をシパシパさせながら、ニカッと微笑んでサクラの肩をポンポンと叩いた。
「ま、あんまり泣いたらロイっぺに心配かけるから、ほどほどにしなね~? なにかあったら連絡よろぴ♡」
じゃ、と言いつつピースサインをバシッと決めると、聖女エミの足元にある魔法陣が光り輝き始める。
「あたし、いっちょ田舎でバイブスあげあげしてくるね~!」
「田舎でバイブスあげあげって、いったい何をする気なのよぉ――ッ!」
聖女サクラの渾身のツッコミは、転移魔法でサンクトハノーシュ王国の辺境の地、ガシュバイフェンに飛んでいったエミの耳には全く届かなかった。
◇◆
芸術と農耕、そして魔法でフォーランシュ大陸最大の王国として長らく栄えてきたサンクトハノーシュは、100年に一度必ず大きな「災禍」が訪れる。
それは飢饉。または疫病。
はたまた魔物の大量発生、伝説の魔物の出現。
すべては、サンクトハノーシュの人々だけの力では、到底対抗できぬ災禍だった。
それゆえに、サンクトハノーシュ王国は、国家が危機に瀕するたびに異世界から「聖女」を召喚してきた。
「聖女」は不思議な存在であり、世界を変えるほどの強い魔力を持つ少女たちであった。そして、聖女たちは幾度も王国を救ってきたのだ。
そして、ビュジ歴5719年の葡萄月――、前回の災いから99年経ち、災いがまた王国を襲った。
フォーランシュ大陸の北方にあるハド共和国が、サンクトハノーシュ王国に宣戦布告したのだ。
宣戦布告の理由は、「サンクトハノーシュ国の使節の肩が、ハド国の兵士の肩にうっかりぶつかったから」というものだった。ほとんどいちゃもんだ。
もちろん、サンクトハノーシュの王は大いに混乱した。
曰く、「こんなん防ぎようがない」と。
しかも、困ったことに500年にわたり周辺諸国と良好な関係を作り上げ、平和を享受してきたサンクトハノーシュ王国は軍備がほとんどなかった。
一方、ハド共和国は戦いにおいて圧倒的に有利だった。半世紀前に大量の魔晶石が採掘される谷が見つかったことで、ハド共和国は財政的に潤っていたのだ。そこで、ハド共和国は密かに軍隊に多くの予算を投資し続けていた。
ハド共和国に急襲を仕掛けられたサンクトハノーシュ王国の国王は、慌てて宮廷の魔導士に命じ、聖女を召喚させた。ほとんど、藁にも縋る思いで。
そして召喚されたのが、日本から召喚された北条桜と長倉恵美と名乗る、二人の聖女だった。
サンクトハノーシュ王国の長い歴史において、二人の聖女が召喚された前例はない。魔導士は少々驚いたものの、首を垂れて二人に願った。
「聖女よ。この国を、どうか救ってください」、と。
そして、二人の聖女は、魔導士に請われた通り、サンクトハノーシュ王国を救う旅に出た。その旅には二人の王子と精鋭たちが集う騎士団も同行した。
エミとサクラは王子たちとともに、サンクトハノーシュ王国中を巡り、人々を救い、ハド共和国の猛者たちから国を守った。
ハド共和国は伝説の聖女たちの登場に屈し、ついに降参してサンクトハノーシュ王国から手を引いた。
かくして、再びサンクトハノーシュ王国に長い平和は訪れる。
聖女たちは「救国の聖女」として、国民から広く愛され、エミは第一王子と、サクラは第二王子と、それぞれ婚約した。
白亜の城でサンクトハノーシュ王国の繁栄のために4人で力を合わせよう、と誓い合ったのは半年前。
このまま物語は特筆すべきこともなく、ハッピーエンドで終わると、誰もが思っていた――……
が、
「やばたん、マジ見渡す限り緑と緑と緑じゃん! マイナスイオンぱねえ~!!」
なんだかんだあって今、救国の聖女エミは、白亜の城から遠く離れた、氷と森の領土、ガシュバイフェンに一人降り立っていた。
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