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身代わり皇女の破滅と始まり

パーティーの壁の花

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 イフレン帝国の誇る王宮のホールは、いちだんと美しく飾られていた。
 巨大なシャンデリアに蝋燭が揺らめき、そここにちりばめられた宝飾品がきらめいている。

(わあ、ナタリーったらすごい張り切ったのねえ)

 オフェリア商会もナタリーからの依頼で、帝国中から集めた色とりどりの花を納品した。中には珍しいものもあったようで、依頼主のナタリーは大変ご満悦だったと聞いている。
 パーティー会場に着いた私は、集まった貴族たちの怪訝そうな視線を無視して、真っ先にナタリーの元へ向かった。
 私の姿に気づいたナタリーは、微笑んで私を抱擁した。

「オフェリア第一皇女、ようこそいらっしゃいました」
「成人おめでとう、ナタリー。そのネックレス、似合っているわ」
「貴女が選んでくれたんだもの。似合って当然でしょう」

 にこやかに会話を交わす私たちに、案の定その場にいた貴族たちからざわめきが起こった。

「あの犬猿の仲と呼ばれていた第一皇女と第四皇女が言葉を交わしたぞ!」
「しかも、先に話しかけたのはあのプライドの高いナタリー様だ」
「最近お二人が仲良くお話している姿が見られるという噂は本当だったらしい……」

 隠そうともしない動揺がパーティー会場に広がり、私は心の中でガッツポーズをする。
 ナタリーに目配せすると、ナタリーもしたり顔で微笑み返してきた。作戦成功だ。
 私たちは表向きにこやかな笑みを浮かべつつ、これ以上ないほど当たり障りのない内容をナタリーと楽しそうに談笑する。

「ナタリーの成人祝の贈り物は、来週中に送るから、楽しみに待っていてね」
「あら、嬉しい! なにかしら。やっぱりオフェリア商会が取り扱っているものなの?」
「もちろん。ナタリーならきっと喜んでくれると思うわ。その時はもちろん、オフェリア商会で買ったって宣伝よろしくね」
「ふふふ、オフェリアったらこんな時もその話ばっかり。もちろん分かってるわ」
「ところで、イサク様はどこにいらっしゃるのかしら? ぜひご挨拶をしておきたいのだけれど」
「お兄様はアマラ様とお話があるみたいで、お話してから来られるって。きっともう少しで来られるはずよ」
「そうなのね。相変わらずお忙しい人だこと」

 オホホ、と笑いつつ、私はちらりとナタリーの後ろの取り巻きたちを見た。全員そろいもそろって唖然とした顔をしている。
 これで、この馬鹿らしい権力争いが当人たち以外の勢力によって引き起こされていると皆んな気づくだろう。
 ひとしきり話をしたあと、シルファーン卿が折を見て、「ナタリー様、そろそろ別の方とのお話をされては……」と割って入ってきたため、私は話を切り上げると、軽く礼をしてさっさと撤退した。
 ここからは自分は壁の一部だと思って、終始大人しくするだけだ。

「ふー、これで今日の業務は終了ってとこね。あのうるさい貴族たちも、いい加減あの権力争いなんて私たちが望んでないことに気づくでしょ」

 パーティー会場の片隅に移動すると、私は後ろに控えていたギルジオに話しかけた。ギルジオも神妙そうな面持ちで頷く。

「話に聞いている当初の目的は達成したようだ。それでは、早く帰るぞ」
「ええっ、ちょっと待ってよ! もうちょっとくらい楽しんじゃダメ? ……ほら、こういうパーティーのたぐいって久しぶりだし、多少は挨拶しておかないといけないかなーって。それに、ほら、ナタリーのスピーチだって聞かなきゃ」
「……どうせお前は第二皇子に会いたいだけだろ」

 ギルジオに図星をつかれた私は、ウッと言葉に詰まる。ギルジオは苦い顔をした。

「あいつはお前の護衛でちょくちょく会いにくるじゃないか。こんな場所で会わなくてもいいだろ」
「でも、こういう時じゃないとイサク様の正装している姿は見られないじゃない」
「見てなんになるんだ」
「目の保養になるのよ!」

 私の必死の訴えに、ギルジオは苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔をしたものの、ナタリーのスピーチまで、という条件で渋々会場に残ることを許してくれた。
 パーティー会場には緩やかなワルツが流れていて、幾人かのきらびやかな男女が手を組んで踊り始めた。巨大なシャンデリアに照らされたダンスホールに、歓声と笑い声のさざめきが響き渡る。

(これだけ見れば、貴族って平和で、本当に楽しそうなんだけどな)

 革命派や貴族派、騎士派の権力争いという問題を抱えているとは思えない。ここにいる貴族なんて、もれなく笑顔の裏に醜い野望や権力への妄執を張り付けているのに。

「……そんなにダンスホールを見て、踊りたいのか? 相手になるが?」

 ぼんやりしていると、急にギルジオがそう言いながら手を差し出してきたので、なにかの聞き間違いかと思った私は、ギルジオの顔をまじまじと見た。

「えっ、相手になるって、なんの……」
「この文脈でダンス以外になにかあるのか」
「……うわあ、聞き間違いじゃなかった」
「なんだその反応は!」
「ギルジオと踊るなんて絶対イヤよ。一回でも足を踏もうものなら、3年くらい根に持って文句を言うでしょ」
「お前の中の俺は、そんなに器量が狭い奴なのか……」

 ギルジオが少し傷ついた顔をしたので、私は小さく笑った。

「冗談よ。……別に、踊りたくてダンスホールを見てたわけじゃないの。あんなに楽しそうな人たちが、心の中ではお互いにいがみ合っているのが不思議だと思っただけ」
「……フォロンの件を境に、権力争いが日に日に激しくなっているのを気にしているんだな」
「まあ、そういうとこ。私がいなかったら、きっと宮廷がまっぷたつに分断されて、貴族たちがいがみ合うことはなかったんじゃないかなって思っちゃうの」
「なんだ、珍しく弱気だな。……そんなの、予想もできなかったことだ。お前が必要以上に気に病むことはないとは思うが」
「……本当に、そう思う?」
「そうだろう。少なくとも、お前は皇女としての務めを立派に果たしている。胸を張ればいい」
「うん。気遣ってくれてありがとう」
「はあ!? 俺は、別に、お前を気遣ったつもりはない! 礼を言われる筋合いは……」
「はいはい、分かってるわよ。私とギルジオの仲じゃない」
「どんな仲だ!」

 ギルジオが真っ赤になって私に噛みついてきたその時、人ごみをかき分けてライムンドがこちらに向かってくるのが見えた。手にはシャンパンが入ったグラスを2つ持っている。

「オフェリア様、公の場なのですから臣下のものとそう親しげに話すのはお止めください。ギルジオも、このような場では、ふさわしい言葉で皇女と話しなさい。どこで誰が話を聞いているのか分からないのだからね」

 ライムンドは私とギルジオに持ってきたグラスを渡しながら、静かに注意した。ギルジオがハッとした顔をして即座に謝る。ライムンドに対してはとにかく従順で素直なのは相変わらずだ。
 私はすぐに対貴族用の笑顔を張り付けて、フン、と鼻を鳴らした。

「別に、この場所であれば誰の目にもつきません。大丈夫だと思いますけれど」
「オフェリア様。その油断が、いつか身を滅ぼす原因になるかもしれないのですよ。……まあ、この話はあとでさせていただきましょうか。アマラ様も到着されましたので、もう少しでナタリー嬢の主催者挨拶が始まります。ここではスピーチが聞こえませんから、どうぞご移動ください」

 ライムンドに促され、私たちは会場の真ん中に移動した。貴族たちも踊るのをやめて、ぞろぞろと集まってきている。
 間もなくして、急に音楽が止まり、ナタリーとアマラ様が壇上に上がってスピーチが始まった。二人の後ろにはイサク様も控えていて、成人を迎えたナタリーを誇らしげに見つめている。
 皆んなの前で話をするナタリーは緊張している様子だったけれど、まだ初々しい第四皇女のスピーチに、会場は和やかな雰囲気に包まれた。

「私は、アマラ様より商会を頂くことになりましたの。オフェリア商会から、ファッション事業を独立させ、ブティックを開店します。成人した王族として、立派に務めを果たしますわ。そして、第一皇女であり、私の友人であるオフェリアが多大なる協力をしてくれましたわ。心からの感謝を申し上げたいと思います」

 ナタリーに紹介され、私は微笑んで礼をした。貴族たちの間に、どよめきとともに拍手が起こる。これで、第一皇女と第四皇女の不仲説はぞんぶんに払しょくできただろう。
 アマラ様も満足そうに大きく頷き、一歩前に出ると両手をあげた。

「私の可愛い姪、ナタリーが成人した。とにかくめでたいな。幸あれ! 私からは以上!」
 
 極めて短いスピーチは相変わらずだ。アマラ様のスピーチに大きな拍手が上がり、ナタリーの後継人である年配の伯爵が慌ててスピーチを引き継いだ。貴族派の宰相である彼は、汗をかきながら慣例通り天気の話題から始まるような長ったらしい話を始める。
 ライムンドは私に耳打ちをした。

「本来はオフェリア様も成人された際に、このように盛大なパーティーを開くべきだったのです」
「お金の無駄でしょ」

 私は軽く嘆息しながら答えた。
 私の成人パーティーは、実は行っていない。ライムンドからできるだけ盛大にやるべきだ、と言われたけれど、私はそれを断ったのだ。
 
「死神皇女の成人パーティーなんて誰も来たがらないでしょう。それに、私の成人を心からお祝いする気のない人たちのためにパーティーを開くなんてまっぴらごめんです」
「しかし、パーティーを主催し、貴族と交流の場を持つことは王族の務めでありますゆえ。今からでも遅くありませんので、何かしらのパーティーの主催しましょう。このような状況ですので、改革派とより強固なつながりを持ち、次期皇帝に選ばれるため土台をしっかり作っておかなければ」

 ライムンドは、まだ私がアマラ様から次期皇帝に任命されそうだ、ということを知らない。私は感情を表に出さないよう、淡々と答えた。

「悪いけれど、改革派には適度に距離を置かわせてもらうわ。私は、イサク様やナタリーと対立しようという意思はありません。この醜い権力争いに、自ら身を投じる気もさらさらないの」
「オフェリア様、聞き分けのないことを言わないでください。貴方は誰よりも貴族らしく振舞う必要があるのです」

 ライムンドが語気を強める。私はスッと目を細めた。

「貴族らしく振舞え、ですって? 貴方の言う貴族らしさとは、権力を握るために徒党を組んで内輪揉めをすることなの? ライムンド、貴女は皇女であるこの私に、そんな愚かな指図する気でいるのかしら」
「……ッ!」

 私の指摘に、ライムンドの柔和な顔が一瞬氷のように冷たい顔になった。私は怯まずライムンドの冷たい瞳を見つめ返す。ライムンドは内心はらわたが煮えくり返るほどイライラしているだろう。しかし、周りには何も知らない貴族たちがいる。あくまで、ライムンドは私のことを皇女として扱わなければならないのだ。
 蚊帳の外で話を聞いていたギルジオが身じろぎする。どちらの肩を持とうか、考えあぐねているようだ。
 しばらく睨みあっていると、まわりの貴族たちがわあっと歓声をあげた。どうやら、後継人の冗長なスピーチがようやく終わったらしい。
 私は手に持っていたグラスに口をつけた。ライムンドと緊迫した会話をしてしまったせいで口のなかがカラカラだ。そういえば、昼から何も飲んでいない。

「話はおしまいです。貴方がなんと言おうと、私の意思は変わりません。絶対……、――うっ、……ゲホッ!!」

 口のなかいっぱいに、何とも言えない味が広がる。喉がひりつき、灼(や)ける様に熱かった。この感覚は、身に覚えがある。
 ガシャン、と耳障りな音をたて、私の足元でグラスが砕け散った。
 私は浅く呼吸をしながら、隣に立つギルジオがシャンパンをもっているほうの手を掴んだ。

「ギルジオ、そのシャンパンを飲んではダメ! 毒が入っているかもしれないもの!」

 私の一言はそう大きな声ではなかったけれど、それでも一瞬にしてパーティー会場が騒然となるには十分だった。
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