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身代わり皇女の故郷と誘拐

瓜二つの少女

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「さあ、こちらにいらっしゃって。わたくし、もう歩けませんの」

 そういうと、ベッドの上に横たわる少女はゆっくりと手招きをした。私が逡巡すると、行け、とばかりにギルジオが私の肩をおしやる。
 ベッドの上に横たわっていたのは、亜麻色の髪をした、私と瓜二つの少女だった。恐らく、背丈も同じくらいだろう。自分が目の前にいるような、そんな錯覚に陥る。目の前の少女も、少し不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「わあ、本当にすごく私たちって似てるわね。双子みたい……」

 思わず口にした言葉に、ギルジオが即座に激高する。

「口を慎め! 先代の皇帝の一人娘、第一皇女オフェリア様の御前だぞ!」

 ギルジオの一喝に、オフェリアは少し驚いた顔をした。

「ギルジオ、あまり怒らないであげて。わたくしたちとは生まれ育った環境や場所が全く違うのですから、これくらいは大目に見なければいけません」
「あ、ああ、そうだな。オフェリアの言うとおりだ。すまない」
「それに、この子には今後とても迷惑をかけることになるのよ? せめて、わたくしだけでも気軽にお話してほしいわ」

 オフェリアにたしなめられて、ギルジオは急にしおらしくなった。どうやらオフェリアには頭が上がらないらしい。
 オフェリアは改めて私と向き合った。
 私と同じとび色の瞳がこちらを見つめる。私とそっくりなその眼は、どこか遠くを見ているように澄んでいた。

「初めまして。わたくしはオフェリア・ジヴォ・ゲルタウスラ・テスタ。この国の第一皇女です。オフェリア、と呼んでね。それから、わたくしにはあなたが話しやすいように話してもよくてよ」
「私は、えっと、コリン・ブリダン。16歳で、バスティガ出身で、両親は鋳造工房を営んでて、それで……」

 私は自己紹介の途中で口を閉じた。横にいるギルジオは額に青筋を浮かべ、鬼のような形相で私を睨んでいたからだ。私の自己紹介がよっぽどお気に召さなかったらしい。
 急に黙った私をいぶかしがるわけでもなく、オフェリアはとび色の瞳を少しすがめた。

「コリン、わたくし、最近目がかすんでよく見えないの。近くでお顔を見せてくださる?」
「うん、わかった」

 私は言われた通りにベッドに近寄り、縁のほうに座る。ギルジオが殺気立ったけれど、オフェリアは自然な動作で近づいた私の手をとった。小枝のように細く、青白い手が私の手を掴む。
 よくよく見ると、薄化粧でごまかしているものの、オフェリアは本当に痩せていた。頬はげっそりとこけ、ネグリジェの襟からのぞく鎖骨は痛々しいくらいにはっきりと浮き上がっている。

(こんなに痩せているのは、病気だから?)

 本人に直接聞くのも気がひけるので、私はこっそりオフェリアのステータスを表示させる。

―――――――――――――――
なまえ:オフェリア・ジヴォ・ゲルタウスラ・テスタ 
とし:18
じょうたい:どく
スキル:なし
ちから:D
すばやさ:D
かしこさ:B
まりょく:B
―――――――――――――――

(状態が毒ってことは、病気じゃなくて、毒で弱っているってこと……?)

 オフェリアは病に命を蝕まれているわけではないらしい。
 私にステータスを盗み見られていることを知らないオフェリアは、透明な瞳で私をじっと見つめている。
 何度見ても、私たちは似ていた。
 年齢は私のほうが二つ下だけど、オフェリアの発育が悪いのか、同い年くらいに見える。

(もしかして、うちの家系って王族とつながりがあったりしたっけ?)

 と、馬鹿なことを頭の隅で考えもしたけれど、実家のブリダン家が貴族だったと聞いたことは一度もないので、本当にたまたま似ているだけなのだろう。他人の空似というやつだ。
 オフェリアはやがて感心したように、上品な仕草で頬に手を当てる。

「本当に似ているのね。まるで鏡を見ているよう」
「さすがに全部が全部似ているわけじゃなくて、髪の毛の色は染めたの。ちょっとまだ違和感があるんだけど。本当は栗色なのよ」
「……そう、だったの」

 穏やかなオフェリアの顔に悲しそうな色がよぎり、何かを言いかけた。けれど、言葉にする前にオフェリアは激しく咳こみはじめ、控えていたメイドたちがバタバタと慌て始める。
 苦しそうに口元をおさえたオフェリアの手に、鮮やかな赤色がじわりとにじんだ。

「ええっ、血を吐いてる!? 大丈夫!?」

 私が慌てて咳き込むオフェリアの背中をさすろうとしたが、ギルジオがそれを引き留める。

「でるぞ。ここにいても邪魔なだけだ」
「でも……」
「オフェリア、詳しい報告はまたあとで。それから、兄上は首都に向かった」

 早口でオフェリアにそれだけ告げ、ギルジオは部屋を後にした。私も、慌てて一礼するとギルジオの後に続く。
 部屋を出る前に何か言いたげに私を見つめるオフェリアと一瞬目があったけれど、すぐに侍女によってぶ厚い扉はバタン、と閉められてしまった。
 ギルジオは重いため息をついた。心配そうな顔をしている。おそらく、オフェリアの具合が相当悪いのだろう。

「……行くぞ、部屋に案内する」
「う、うん……」

 歩き出した広い城の中は、豪華絢爛だけど、どこか薄暗く静かだった。窓の外はどんよりと薄曇りだ。
 私は沈黙に耐えかねて、口を開く。

「オフェリア、良い子だね」
「オフェリア様と呼べ!」
「なによ、本人から呼び捨てしても良いって言われたのに!」

 私の返答に、ギルジオは言葉を詰まらせた。やはりオフェリアの言葉は絶対なのだ。ムッとした顔のまま、ギルジオは嫌味なほど大きなため息をついた。

「優しいオフェリアの言葉を言葉通りに受け取るなど、愚の極み。はこれだから嫌なんだ」
「その下々の民を、皇女の身代わりに仕立てあげようとしてるどこのどなただったかしら」

 嫌味に対して嫌味で応戦されたのに腹を立てたらしいギルジオは私を睨んできた。整った顔に睨まれると、それなりに迫力があるけれど、私は負けじと睨み返す。
 ややあって、ギルジオは再びため息をついた。私は話題を変える。

「……それにしても人がいない城ね」
「召使いは最低限しか雇っていない。人が多ければ多いほど、刺客が入り込みやすくなるからな」

 刺客、という物騒な言葉を聞いて、私は気になっていたことを訊く。

「これは勘なんだけど、もしかしてオフェリアは病気じゃなくて、毒でああなったの……?」
「なぜわかった!? もしかして、お前は毒の知見があるのか!?」

 ギルジオは必死の形相で私に聞いてきた。私はゆっくり首を振る。ギルジオは、心底落胆した顔をして床に視線を落とす。

「……王族は常に命を狙われている。先々代の皇帝も毒殺された。先代皇帝の末の弟君も、小さい頃に毒を盛られて下半身が動かなくなったんだ。王位継承権から程遠かったオフェリアも狙わてれていた。王位継承権から程遠かった先代皇帝の一人娘のことを、疎ましく思っていた連中がいたらしい」
「……解毒剤はないの?」
「あらゆる解毒剤を取り寄せたが無駄に終わった。3年前からずっとオフェリアは弱り続けている」

 そう言って、ギルジオは悔しそうに唇をかむ。

「すべてはシルファーン卿のせいだ」
「シルファーン……?」

 私の問いに答えず、ギルジオは踵をかえす。

「オフェリアの身代わりになるのであれば、せいぜい毒には気をつけろ。まあ、お前は頑丈そうだから、ちょっとやそっとで死にそうもない。その点だけは身代わりとして評価してやってもいい」
「ちょっと、それ、褒めてないでしょ!」

 私は慌ててギルジオの背を追いかける。

(まあ、自称神様からもらったスキルのおかげで全く毒は効かないけどさぁ)

 頑丈さを褒められてもちっともうれしくない。私がむくれると、ギルジオは勝ち誇った顔で笑う。やっぱりこの男はどうも性格が曲がっている気がして仕方がない。
 廊下は相変わらず人の姿はなかった。
 私の部屋はこの城のかなり奥まったところにあるらしく、かなり歩かされる。ギルジオの歩調に遅れまいと小走りで追いかけていたけれど、ふと私は気になっていたことを口に出す。

「工房で言ってた、ギルジオの心に決めた人って、オフェリア?」

 目の前を歩いていたギルジオがいきなり膝から崩れ落ちた。
 面食らった私は慌ててギルジオのもとに走る。

「大丈夫? 結構な勢いで倒れたけど!?」
「……お前、な、なんで!?」

 見上げたギルジオの顔がみるみる真っ赤になる。分かりやすく慌てはじめたギルジオは、ワタワタしながら私を睨みつけた。

「……誰にも言うなよ」

 どうやら図星だったようだ。私は少し苦笑した。

「みんな気付いてると思うけどなぁ。でも、好きって気持ちは伝えてみないと、案外伝わらないものよ」
「黙れ! お前に何が分かる! そもそも、俺は嫡男でもないし、相手は次期皇帝だぞ! 身分が違いすぎる! それに……」
「それに?」
「オフェリアは、兄上ライムンドに思いを寄せている」
「ああ、なるほど」

 やや複雑な人間関係らしい。
 ギルジオは少しむくれた顔をする。いつもの仏頂面が、年相応に見えた。
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