上 下
3 / 5

羞恥心を捨てて

しおりを挟む
 カレンは相変わらず、にこやかにウォーレンの頭を撫でている。

「もしアナタに飼い主が見つからなければ、この城で飼ってあげたいけれど……。陛下は、ワンちゃんはお嫌いかしら。あの方は、いつもしかめ面で動物すべてに興味がなさそうだけど……」

 ――そ、そんなことはないぞ! 犬は好きだ!

 ウォーレンは反論しようと思ったが、やはり口から出るのは「くーん!」という可愛らしい鳴き声だけだ。どこまでも無力である。

「あらあら、なにかしら? なにか言いたいの?」

 カレンはウォーレンに目線をあわせた。犬の姿になったウォーレンを見る美しい瞳は、どこまでも優しい。本当に犬が好きなのだろう。
 カレンがこんなにも犬好きだと、ウォーレンは知らなかった。
 結婚して三年も経つというのに、お互い知らないことが多すぎる。年上である自分が歩みよるべきだと分かっていたのに、忙しさを言い訳にして、ウォーレンはカレンから眼を背け続けた。

 ――こうやってふたりで時間を過ごすことすら、この二年まともにできなかった。改めて向き合うと、カレンはさらに美しく成長したな。いや、昔から抜きん出て美しい娘だったが……。
 
 ウォーレンがじっとカレンを見つめると、カレンは「なにかしら」と、眼を細めて小首をかしげた。よく手入れされたプラチナブロンドの髪が、肩口からさらさらと落ちる。ウォーレンはソワソワと落ち着かない気分になった。

 ――美しいカレンを前にすると、いつもの俺はどうしても素直に話ができない。しかし、犬の姿であれば、それも若干マシ……。このウォーレン三世、せっかくのチャンスを無駄にはしないッ!

 無駄にキリッとした顔をしたウォーレンは、ふいにもたらされたひとときをとりあえずは存分に楽しむことにした。たとえ偽りの姿であっても、カレンが自分に向けている笑顔は本物なのだから。
 ウォーレンは意を決して地面にごろりと寝転がると、カレンに腹を見せた。皇帝としての尊厳はゼロである。人間の姿なら絶対にできないが、この際カレンの笑顔が優先だ。
 ウォーレンの見込み通り、カレンは目を輝かせた。

「まあ! これは俗に言う、ヘソ天というやつですわよね? ワンちゃんがこの上ないリラックスモードのときに見せるという……っ!」

 後光さえ見えるほどの極上の笑顔で、カレンはウォーレンの腹を撫ではじめる。
 
 ――よしよし、カレンは喜んでいるな? 騙しているようで良心は痛むが、こうやってカレンの色々な表情を見られるのは、好ましいことだ。

 ウォーレンの複雑な胸中はいざ知らず、カレンは夢中で犬の姿のウォーレンを愛でつづける。

「白くてフワフワで、とってもかわいいワンちゃんでちゅね。いいこ、いいこ……」

 カレンの長い指がピンとたった耳の根元をクシュクシュと撫でると、ウォーレンの身体になにやらえもいわれぬ快感が体中に広がる。眼がトロンとしてきたウォーレンはブルブルと頭を振った。

 ――ああっ、なんだなんだこの気持ちは……! 動けぬぅ……!

 このままだとぐっすり寝てしまいそうだ。

「あら、ワンちゃんはおねむなのかしら? ほら、お膝の上においで」

 そう言って、カレンは優しく白いモフモフたるウォーレンの頭を膝の上にのせると、首に手を回してぎゅっと抱きしめる。

 ――ウワーッ、カレンに抱きしめられた! 

 驚いたウォーレンは、すっかり可愛らしくなってしまった前脚をパタパタとうごかす。眠気は一気に吹き飛んだ。
 カレンは首あたりのふわふわの毛に顔をうずめ、クスクスと笑う。

「なぜか、懐かしい匂いがするわ。すごく大好きで、とっても落ち着く匂い。アナタはイヤかもしれないけど、このまましばらく抱っこさせてちょうだいな」

 うららかな日差しのもとで、カレンはウォーレンをより一層強く抱きしめる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。

石河 翠
恋愛
長年好きだった片思い相手を、あっさり親友にとられた主人公。 失恋して落ち込んでいた彼女は、偶然の出会いにより、ネイルサロンに足を踏み入れる。 ネイルの力により、前向きになる主人公。さらにイケメン店長とやりとりを重ねるうち、少しずつ自分の気持ちを周囲に伝えていけるようになる。やがて、親友との決別を経て、店長への気持ちを自覚する。 店長との約束を守るためにも、自分の気持ちに正直でありたい。フラれる覚悟で店長に告白をすると、思いがけず甘いキスが返ってきて……。 自分に自信が持てない不器用で真面目なヒロインと、ヒロインに一目惚れしていた、実は執着心の高いヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。 扉絵はphoto ACさまよりお借りしております。

どうしようもない幼馴染が可愛いお話

下菊みこと
恋愛
可愛いけどどうしようもない幼馴染に嫉妬され、誤解を解いたと思ったらなんだかんだでそのまま捕まるお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。 幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。 そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。 けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?! 元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。 他サイトにも投稿しています。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

幼馴染にえっちな相談をしたら、そのままの流れで彼女になってたお話

下菊みこと
恋愛
アホの子が口の悪い幼馴染に捕まるお話。 始まりが始まりなのでアホだなぁと生温い目でご覧ください。 多分R18まではいかないはず。 小説家になろう様でも投稿しています。

最愛のために婚約破棄を望む令嬢は、最愛からの愛を知る

下菊みこと
恋愛
お互いにヤンデレが発覚するお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

処理中です...