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本編

予期せぬ大変身 (2)

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「すごく素敵なドレス……」

 あまりドレスに興味のないジェシカでも、一目で高級品だと分かる、仕立ての良いドレスだった。絹とレースをふんだんに使われていて、ドレスの裾部分には銀糸で精緻なカサブランカの刺繍が施されている。腰のあたりにはオーガンジーのリボンが巻かれ、大人っぽい印象のドレスをより華やかに彩っていた。
 女騎士たちは興奮したようにきゃあきゃあ騒ぐ。
 
「王宮から借りたんだって。これ、ロゼリア・デコルタの新作なのよ!」
「ロゼリ……、えっ、なんて?」
「ロゼリア・デコルタ! 今王都で大人気のブティックよ! 王族御用達で、予約は半年待ちらしいわ」
「へえ~。すごいわね」
「なに他人事みたいに言ってるのよ。これからジェシカが着るんだからね!」
 
 女騎士たちはいっせいにジェシカを取り押さえ、騎士服を脱がせはじめた。当然、ジェシカはじたばたと抵抗する。

「ちょ、ちょっとなにするのよ!」
「脱がせないと、ドレスが着られないでしょ!」
「やだ! 絶対ドレスなんて着ない!」
「子供みたいな駄々こねないの。これも仕事! あと、いつも思ってたけど、ジェシカはオシャレに興味がなさ過ぎ!」

 いくら力が人一倍強いジェシカでも、同僚の女騎士たち数人に囲まれればなす術もない。
 ジェシカは服を剥かれ、コルセットを締められ、あっという間にドレスを着せられた。その上、髪を巻かれ、化粧も施される。靴も、動きやすい編み上げのブーツではなく、華奢なハイヒールだ。

「着せ替え人形みたいで楽しいわぁ」
「ジェシカの髪って、ろくに手入れしてないわりに綺麗よねぇ」
「あっ、口紅は絶対コーラル系にしてほしいわ!」

 各々が持ち込んだらしい各種の化粧道具を駆使して、ジェシカはどんどん貴族令嬢に仕立てあげられていく。
 ここまで来ると、ジェシカも腹をくくるしかない。されるがままになりながら、ジェシカは必死でパーティーのマナーについて思いだしていた。曲がりなりにも子爵家の娘として一通りのマナーは教えてもらったものの、残念ながら忘れている部分もたくさんある。

「うーんと、挨拶の口上ってどうするんだっけ……。なんか小難しい季節の挨拶があったわよね!? あと、パーティーってたしか挨拶するのも順番があったような……」

 ブツブツと呟くジェシカに、女騎士たちは口を揃えて「大丈夫よ」とケラケラ笑う。

「ジェシカって、どんな時でも所作だけはきれいだもの。そういうところだけは、ちゃんと貴族の令嬢なんだなって思うわ」
「所作『だけ』って何よ! 他にもあるでしょ!」

 そんなことを言いあっているうちに、あっという間に女騎士たちはジェシカにドレスを着せ、髪を結い上げ、化粧を施した。胸の部分が多少かぱかぱするハプニングはあったものの、なんとか詰め物で誤魔化す。
 一時間もしないうちに、見事な貴族令嬢が出来上がった。鏡の前に立ったジェシカは感嘆の声をあげる。

「すごい。私じゃないみたい……」

 用意されていたドレスは、ジェシカによく似合っていた。深い臙脂色のドレスが、ジェシカの目鼻立ちがはっきりした顔立ちをよりいっそう美しく引き立てている。一緒に用意されていたアクセサリーも、ジェシカの凜とした美しさをより一層際立たせていた。

「良い仕事したわねえ。さあ、さっさとロビーに行きましょ」

 達成感溢れる顔をした女騎士たちにぐいぐいと押され、ジェシカは部屋を出た。
 すれ違った騎士たちが、一人残らず振り返ってくる。皆、一様に驚いた顔をしていた。イノシシ娘ジェシカの大変身に驚いているのだろう。
 見世物小屋の動物にでもなった気分になって、ジェシカは一刻も早くこの場から立ち去りたくなる。しかし、早足で歩こうにも、慣れないヒールで足元が覚束ない。
 羞恥に耐えながらよろよろと廊下を抜けると、エントランスには一人の長身の男が立っていた。
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