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本編

好きだと言って R(1)

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 身体から力が抜けていくような柔らかいキスは、たちどころにジェシカの心の輪郭を溶かしていく。キスの合間に、節ばった手がジェシカの赤髪を撫でた。手のひらから愛情が伝わるようなその触れ方に、ジェシカは多幸感で包まれていく。
 
「っふ……、や……」

 これまでにないほどに甘いキスに、身体の芯に熱が灯るような感覚に襲われる。

「……っ、ジェシカ……」
 
 ようやく唇を離したイライアスが、うっとりとした声で名前を呼んだ。どこまでも甘美なその声を聞くだけで、頭が奥がじんと痺れるようだ。頬を撫でる手は、どこまでも優しい。

「温かい……。夢じゃないんだな」
 
 切なげな顔でそう呟いたイライアスは、また強くジェシカを抱きしめる。まるで、これが夢ではないと確かめるように。ジェシカも広い背中に腕を伸ばして力いっぱい応えた。互いの心臓の音が聞こえてしまうほど密着すると、イライアスがくぐもった声で呟いた。

「……ずいぶんすれ違ってしまっていたらしい」
「だって、イライアスがパートナーになったのは、幼なじみだからとか、言うから……」
「そうでも言わないと、あの時のジェシカは納得してくれなかっただろう。第一、ジェシカは俺の話なんてまともに聞かない」
「イライアスが悪いのよ! 第一騎士団に入団してから、イライアスはずっと冷たかった。だから、私は嫌われてるんだってずっと思ってたわ」
「嫌ってなんかいない! むしろ、諦めようとしてたんだ。DomとNormalが結婚すれば、ロクなことにならないから……」
「あ……」

 ジェシカはハッとする。
 ローデ伯爵夫婦は、伯爵がDomで夫人がNormalであるということは、ジェシカの母からなんとなく聞いたことがある。そして、二人がダイナミクスの不一致が原因で不仲だったことも。
 イライアスは、両親の不仲を間近で見て育ってきた。だからこそ、Normalのジェシカを遠ざけたのだ。

(そっか、イライアスは自分のお母さんみたいに、私を傷つけちゃうんじゃないかって、怖かったんだ……)

 また一つ彼の優しさを知って、どこまでも深く、自分は愛されていたのだと気づかされる。
 イライアスが、ジェシカの顔を覗き込む。群青色の瞳は、ジェシカがイライアスを「イーライ」と呼んでいた頃から変わらない。
 見つめてくるその瞳だけで、ジェシカの心臓を高鳴らせるには十分だった。
 イライアスがジェシカの額と頬にキスを落とす。離れていた時間を埋めるような優しいキスに、ジェシカはうっとりと目を細めた。
 
「ジェシカ、“俺が好きだと、もう一度言って”」

 三週間ぶりのコマンドは、全身に甘い痺れをもたらした。身体の奥で燻っていた欲望が、堰を切って溢れだす。イライアスに命令されたいと、心が求めている。
 優しい声で囁かれるコマンドに従ってしまえば、イライアスのことしか考えられなくなってしまう。しかし、もう迷う気持ちは微塵もない。
 
「……イライアスが、好き」
 
 イライアスはその群青色の瞳を、甘く蕩けさせた。これまで一度も見たことがないほど、幸福感に溢れた顔をしている。
 
「俺も好きだ。愛している。これ以上ないくらい、大事にすると誓う。さあ、“おいで”」
「うん」
 
 ジェシカはベッドの上にいるイライアスが広げた両手の中に、吸い寄せられるようにすっぽりと納まった。逞しい胸にぎゅっと頭を押し付けると、いつもより速い鼓動が彼の想いを雄弁に伝えてくれる。

(イライアスが喜んでる。うれしい……)

 DomとSubはお互いを満たし合うことによって充足感を得る。ジェシカは、それをたった今実感していた。
 イライアスが嬉しそうにしていると、ジェシカもまた嬉しくなる。心が温かくなり、彼への愛おしい気持ちが溢れて止まらない。
 再びイライアスの腕がジェシカの身体に伸ばされる。強い力で抱きしめられ、そのままベッドへ押し倒された。イライアスはジェシカの額に唇で触れたあと、頬にも口づけを落としていく。その唇は次第に首筋へと下がり始めた。

「んっ……」
 
 濡れた唇が首筋の皮膚が薄い部分に触れた時、ジェシカは鼻にかかった甘い声を漏らす。
 イライアスは、どこか余裕のない手つきでジェシカの首元のボタンを外した。

「ジェシカ……、あの夜のやり直しをさせてくれ。俺は、無理やりジェシカの処女を奪ってしまった。どんなに謝っても、許されることではないと分かっているが……」

 イライアスの眉間に、深い皺が寄る。後悔に満ちた苦渋の表情に、罪悪感に駆られ、ジェシカはイライアスの腕をぎゅっと掴んだ。

「あれは、イライアスが悪かったんじゃない! むしろ、謝らないといけないのは私。ごめんなさい……」
「ジェシカが謝る必要はない!」
「……あのね、はしたないことを言うけれど、本当はずっとイライアスと最後までしたいと思っていたの。でも、イライアスは好きな人がいたって言っていたから、なんだか申し訳なくて。そればかり考えていたら、サブドロップしてしまって……」

 イライアスは驚いたように目を丸くした後、額に手を当てた。深い溜息を吐いた後、ジェシカを真っすぐに見下ろす。切なさの滲んだ眼差しを受け、ジェシカの心臓はドキリと音を立てた。
 
「それは、俺とそういうことをしたいと、望んでいたということか?」
「ええ、そうよ! 恥ずかしいから何度も言わせないで!」

 ジェシカが真っ赤になって頷くと、イライアスは再び深いため息をつく。青白かった頬は、いつの間にかうっすらと上気している。
 長い沈黙の後、イライアスは深いため息をつくと、ジェシカをグイッと抱き寄せた。
 
「ああ、クソ。どこまで俺を喜ばせるつもりなんだよ……! お願いだから、これからはジェシカの望むことは全て言ってくれ。俺は、ジェシカの望むことは全て叶えたいんだ」
 
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