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本編
オリヴェルの依頼 (1)
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「わぁ、すごーい!」
どこまでも広がる青い海を前に、馬上のジェシカは歓声をあげた。海鳥がキュイキュイと鳴きながら、青い空を横切っていく。各国から来た色とりどりの帆船がずらりと並び、港を彩っていた。
ジェシカの隣で同じく馬に乗っている中性的な美貌の男が目を細める。服は仕立ての良い白いシャツに、上等な上着とズボン。胸元には青いスカーフが海風にはためいている。
「グラセスに来たのは、初めてですか?」
「はい!」
ここグラセスは、この王国の随一の港町だ。ジェシカ達が拠点とする王都からは馬で約半日ほどかかる。
グラセスの要人に大事な荷物を届けたいと、オリヴェル・フロイトルはジェシカに護衛を依頼したのだ。
そうは言っても、王都から港町グラセスの道のりは平たんで、刺客が隠れる場所も限られてくるため、護衛の難易度もそこまで高くない。その上、オリヴェルは話術も巧みで、話していて全く飽きない。気付けば、あっというまにグラセスにたどり着いてしまった。
「ジェシカ嬢に護衛を頼んでよかったです。貴女は可愛らしい反応をするから、一緒にいて楽しい」
お世辞だと分かっているが、「可愛らしい」と言われると、素直なジェシカは照れてしまう。
郊外の馬場に馬を預け、オリヴェルは繁華街に向かって歩き出した。
「一緒に昼ご飯を食べましょう。このグラセスはね、色々な国の料理人たちが集っているから、珍しい料理をたくさん食べられるんですよ」
そう言って、オリヴェルはグラセスで一番高級そうな店に入った。シックな内装は落ち着いた雰囲気で、ウェイターたちも所作がゆったりしていて美しい。
馴染みのある王都の食堂とは明らかに違う雰囲気に、ジェシカは少し落ち着かない気持ちになった。
オリヴェルは慣れた様子で料理を数品頼む。どれも聞き馴染みのない料理ばかりだ。
ウェイターが去っていったあと、オリヴェルは心配そうな顔をしてジェシカを見つめた。
「先日は、大丈夫でしたか?」
「えっ」
「酒場で会った時のイライアス・ローデはほとんどディフェンスに近い状態でしたから、心配していたのですよ」
「ディフェンス……?」
「ああ、ジェシカ嬢はSubになったばかりなのでご存じないのですね。自分が執着するSubに第三者が手を出そうとした際、Domは本能的に攻撃的になってしまうんです。それが、ディフェンス状態です。ああなるとDomは無自覚にグレアを発し、Domだけでなく、Subにまで危害を加える恐れがある」
オリヴェルの説明に、ジェシカは息を呑む。確かに、あの時のイライアスはおかしかった。やたらと攻撃的で、一緒にいたジェシカもグレアにあてられて眩暈を感じたほどだ。
いつもの冷静沈着なイライアスがあれだけ感情を露わにするのは珍しい。
「ディフェンス状態のDomは危険ですから、お気を付けください。……困ったことがあれば、いつでも相談に乗りますからね」
オリヴェルは穏やかな口調で言葉を続けた。無理にあの夜あったことを聞き出すつもりはないらしい。その気遣いが、今はありがたかった。
(やっぱりオリヴェル様は良い人だわ)
オリヴェルからジェシカに直々に依頼があったと騎士団長から聞いたイライアスは、難色を示した。
『あの男は、虫も殺せないような見た目をしておきながら、目的のためなら手段を択ばないところがある。だからこそ、あの若さで副宰相の座まで上り詰めることができた。表向きは温厚な紳士を演じているが、その裏で何を企んでいるか分かったものではない。ジェシカだけで行かせるのは危険だ。俺も一緒に行かせてもらう』
イライアスは声高に反対したものの、ジェシカは強固にそれを断った。
一人で任務をやり遂げられない騎士だと思われたくないという気持ちもあったし、なによりイライアスと一緒だと気まずい雰囲気になるに決まっている。
ジェシカが絶対に譲らない姿勢で粘り、騎士団長の後押しもあって、最終的にイライアスはしぶしぶ同行を諦めた。
(まったく、イライアスったらなにを心配していたんだか)
道中での会話でも感じたが、オリヴェルはやはりかなりの人格者であり、常に紳士的で優しい。イライアスの心配は杞憂に終わりそうだ。
やがて、料理が運ばれてくると、テーブルには色とりどりの料理が並んだ。どの料理もおいしそうで、ジェシカは目を輝かす。
「すごい! おいしそう!」
「どうぞ、召し上がれ」
「ありがとうございます。いただきます」
そう言って、ジェシカはさっそく手前にあった白身魚のカルパッチョを口にした。柑橘系の甘酸っぱいソースが、淡白な白身魚とよく合う。
「んー! おいしい!」
ジェシカは頬っぺたを抑えた。
(いいお店を知ったわ。ちょっと高そうだけど、今度イライアスと一緒に……)
当然のようにパートナーであるイライアスと一緒にくることを思い浮かべ、ジェシカは慌ててその考えを打ち消した。距離を置こうとしているのに、イライアスのことを考えてしまうなんてどうかしている。
しばらく無心で舌鼓を打っていると、ふと視線を感じた。目をあげると、オリヴェルがじっとジェシカを見つめている。
「あ、……なにか、私の顔についていますか?」
上品な味付けのジェノベーゼパスタを頬張っていたジェシカは、唇の端を触る。ソースの類いはついていなさそうだ。オリヴェルは、くすりと笑った。
どこまでも広がる青い海を前に、馬上のジェシカは歓声をあげた。海鳥がキュイキュイと鳴きながら、青い空を横切っていく。各国から来た色とりどりの帆船がずらりと並び、港を彩っていた。
ジェシカの隣で同じく馬に乗っている中性的な美貌の男が目を細める。服は仕立ての良い白いシャツに、上等な上着とズボン。胸元には青いスカーフが海風にはためいている。
「グラセスに来たのは、初めてですか?」
「はい!」
ここグラセスは、この王国の随一の港町だ。ジェシカ達が拠点とする王都からは馬で約半日ほどかかる。
グラセスの要人に大事な荷物を届けたいと、オリヴェル・フロイトルはジェシカに護衛を依頼したのだ。
そうは言っても、王都から港町グラセスの道のりは平たんで、刺客が隠れる場所も限られてくるため、護衛の難易度もそこまで高くない。その上、オリヴェルは話術も巧みで、話していて全く飽きない。気付けば、あっというまにグラセスにたどり着いてしまった。
「ジェシカ嬢に護衛を頼んでよかったです。貴女は可愛らしい反応をするから、一緒にいて楽しい」
お世辞だと分かっているが、「可愛らしい」と言われると、素直なジェシカは照れてしまう。
郊外の馬場に馬を預け、オリヴェルは繁華街に向かって歩き出した。
「一緒に昼ご飯を食べましょう。このグラセスはね、色々な国の料理人たちが集っているから、珍しい料理をたくさん食べられるんですよ」
そう言って、オリヴェルはグラセスで一番高級そうな店に入った。シックな内装は落ち着いた雰囲気で、ウェイターたちも所作がゆったりしていて美しい。
馴染みのある王都の食堂とは明らかに違う雰囲気に、ジェシカは少し落ち着かない気持ちになった。
オリヴェルは慣れた様子で料理を数品頼む。どれも聞き馴染みのない料理ばかりだ。
ウェイターが去っていったあと、オリヴェルは心配そうな顔をしてジェシカを見つめた。
「先日は、大丈夫でしたか?」
「えっ」
「酒場で会った時のイライアス・ローデはほとんどディフェンスに近い状態でしたから、心配していたのですよ」
「ディフェンス……?」
「ああ、ジェシカ嬢はSubになったばかりなのでご存じないのですね。自分が執着するSubに第三者が手を出そうとした際、Domは本能的に攻撃的になってしまうんです。それが、ディフェンス状態です。ああなるとDomは無自覚にグレアを発し、Domだけでなく、Subにまで危害を加える恐れがある」
オリヴェルの説明に、ジェシカは息を呑む。確かに、あの時のイライアスはおかしかった。やたらと攻撃的で、一緒にいたジェシカもグレアにあてられて眩暈を感じたほどだ。
いつもの冷静沈着なイライアスがあれだけ感情を露わにするのは珍しい。
「ディフェンス状態のDomは危険ですから、お気を付けください。……困ったことがあれば、いつでも相談に乗りますからね」
オリヴェルは穏やかな口調で言葉を続けた。無理にあの夜あったことを聞き出すつもりはないらしい。その気遣いが、今はありがたかった。
(やっぱりオリヴェル様は良い人だわ)
オリヴェルからジェシカに直々に依頼があったと騎士団長から聞いたイライアスは、難色を示した。
『あの男は、虫も殺せないような見た目をしておきながら、目的のためなら手段を択ばないところがある。だからこそ、あの若さで副宰相の座まで上り詰めることができた。表向きは温厚な紳士を演じているが、その裏で何を企んでいるか分かったものではない。ジェシカだけで行かせるのは危険だ。俺も一緒に行かせてもらう』
イライアスは声高に反対したものの、ジェシカは強固にそれを断った。
一人で任務をやり遂げられない騎士だと思われたくないという気持ちもあったし、なによりイライアスと一緒だと気まずい雰囲気になるに決まっている。
ジェシカが絶対に譲らない姿勢で粘り、騎士団長の後押しもあって、最終的にイライアスはしぶしぶ同行を諦めた。
(まったく、イライアスったらなにを心配していたんだか)
道中での会話でも感じたが、オリヴェルはやはりかなりの人格者であり、常に紳士的で優しい。イライアスの心配は杞憂に終わりそうだ。
やがて、料理が運ばれてくると、テーブルには色とりどりの料理が並んだ。どの料理もおいしそうで、ジェシカは目を輝かす。
「すごい! おいしそう!」
「どうぞ、召し上がれ」
「ありがとうございます。いただきます」
そう言って、ジェシカはさっそく手前にあった白身魚のカルパッチョを口にした。柑橘系の甘酸っぱいソースが、淡白な白身魚とよく合う。
「んー! おいしい!」
ジェシカは頬っぺたを抑えた。
(いいお店を知ったわ。ちょっと高そうだけど、今度イライアスと一緒に……)
当然のようにパートナーであるイライアスと一緒にくることを思い浮かべ、ジェシカは慌ててその考えを打ち消した。距離を置こうとしているのに、イライアスのことを考えてしまうなんてどうかしている。
しばらく無心で舌鼓を打っていると、ふと視線を感じた。目をあげると、オリヴェルがじっとジェシカを見つめている。
「あ、……なにか、私の顔についていますか?」
上品な味付けのジェノベーゼパスタを頬張っていたジェシカは、唇の端を触る。ソースの類いはついていなさそうだ。オリヴェルは、くすりと笑った。
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