56 / 96
本編
よそよそしい二人
しおりを挟む
雲一つない晴天の下で今日もいつも通りの王都の一日が始まった。
いつも通り出勤したジェシカが同僚たちと騎士団本部の廊下を歩いていると、目の前から見慣れた黒髪の男が前から歩いてきているのに気が付く。
(あっ、イライアス……)
上背のイライアスはどこにいても目立つ。ジェシカは視線を下げ、気がつかないふりをしてそのままスタスタ歩き続けようとするが、やはり無駄だった。
「ジェシカ、ちょっといいか」
すれ違いざまに呼び止められる。ちらりと見上げると、ポーカーフェイスのイライアスがこちらを見下ろしていた。同僚の騎士たちが「ごゆっくり」と揶揄い混じりにニヤニヤと笑い、その場を去っていく。これから二人が恒例の喧嘩を始めるとでも思っているのだろう。
ジェシカはため息をついて、イライアスと向き合う。
プレイをしないと二人で決めて、すでに一週間が経過していた。夕食も断っているため、こうしてイライアスに向き合うのはハンナの診療所で別れた時以来だ。
騎士団で会うイライアスはいつも通りぶっきらぼうで冷たい顔をしているため、ジェシカの態度も必然的にそっけなく、どこかよそよそしいものになる。
「……なんの用?」
「体調は大丈夫か、聞いておきたかっただけだ」
「全然平気よ。っていうか、絶好調。毎日プレイなんてしなくても良かったのね」
ジェシカは唇を尖らせて、わざと皮肉っぽく言う。だがイライアスは表情を変えずに「そうか」と静かに答えるだけだ。
(もうっ、全然何考えてるかわかんない!)
ジェシカは内心腹が立ってくるが、ここで喧嘩をしてまた同僚たちに囃し立てられるのも癪だ。
一週間プレイをしなくても、ジェシカは今のところ全く問題なく生活できている。時々、「支配してほしい」という欲求が身体の奥で疼く時もあるが、剣を振り回していればそのうち治まるため、特に問題ない。
パートナーになってから、イライアスとはほぼ毎日のようにプレイをしていたため気付かなかったものの、ジェシカは元来そこまでダイナミクスの欲求があるタイプではないようだ。
念のため、かかりつけ医であるハンナには一週間に一度診察してもらっているが、元気そのものだと太鼓判を押してもらっている。
黙っていると、イライアスは小さく息を吐いた。それが、苛立ちのため息なのか、安堵のため息なのかは、冷たい表情から判別できない。
「ケアが必要になれば言ってくれ」
「わかった」
どうやら話というのはこれだけだったらしく、話はぷつんと途切れた。不自然な沈黙が二人の間に流れる。
この前まで、あれほど傍にいたはずなのに、距離を置いた今、交わす言葉も不自然なほどに短い。まるでパートナーになる前に戻ったようだ。こうもあっさり元のよそよそしい仲になってしまうと、なんだか寂しい気もする。しかし、今までが異常だったのだ。
ジェシカは当たり障りのない言葉を返す。
「イライアスこそ、顔色悪いじゃない。目の下のクマとか本当にひどいわよ。ちゃんと休めてる?」
「……ああ」
「それは良かった。じゃあ、私行くから」
「ジェシカ」
通り過ぎようとした瞬間、不意に腕を掴まれた。驚いて顔を上げると、無表情のイライアスがこちらを見下ろしていた。まるで観察でもしているように、冷たい瞳がジェシカの全身を眺めまわす。
「ジェシカ、本当に無理をしてはないか? この前みたいに、変に我慢をしてるんじゃないのか」
「本当に大丈夫だってば。心配しないで」
「……それなら、いいんだ」
イライアスは安心したように表情を和らげる。ようやく見せたイライアス優しい表情に、ジェシカの胸がどくんと高鳴り、彼の足元に跪きたいと衝動的に思う。
(ちょっと、なに考えてるのよ私! 距離を置こうとしてるのに、ダメじゃない!)
自分の気持ちに必死に蓋をしようとするジェシカの顔を、イライアスは覗きこんだ。
「やっぱり顔が赤い気がする。一度、軽くでもケアをしたほうがいいんじゃないか」
「ちょっと、顔が近……っ」
その時、こちらに向かってくる足音が聞こえた。それに気付いたジェシカは、これ幸いとばかりにイライアスから距離を取る。
廊下の曲がり角から現れたのは、騎士団長だった。ひどく慌てた顔をしている。
「おお、ちょうどよかった! お前を指名した緊急依頼が来たため、呼びに行こうと思っていたんだ。今すぐに出発だそうだが、行けるか?」
「あら、またイライアスに貴族令嬢からご指名だわ。人気者は大変ね。ほら、行きなさいよ」
騎士団長が慌てているということは、依頼人がかなり高位の貴族である可能性が高い。そうなると、たいていはイライアス目当てのご令嬢だ。ジェシカはそれが分かっているので、苦笑まじりにイライアスを肘で小突く。
だが、騎士団長はそれを否定した。
「指名はイライアスではない。ジェシカだ」
「えっ、私!? 誰がそんな……」
「フロイトル卿だ」
「ええっ、オリヴェル様!?」
意外な人物の名に、ジェシカは目を見開いた。
いつも通り出勤したジェシカが同僚たちと騎士団本部の廊下を歩いていると、目の前から見慣れた黒髪の男が前から歩いてきているのに気が付く。
(あっ、イライアス……)
上背のイライアスはどこにいても目立つ。ジェシカは視線を下げ、気がつかないふりをしてそのままスタスタ歩き続けようとするが、やはり無駄だった。
「ジェシカ、ちょっといいか」
すれ違いざまに呼び止められる。ちらりと見上げると、ポーカーフェイスのイライアスがこちらを見下ろしていた。同僚の騎士たちが「ごゆっくり」と揶揄い混じりにニヤニヤと笑い、その場を去っていく。これから二人が恒例の喧嘩を始めるとでも思っているのだろう。
ジェシカはため息をついて、イライアスと向き合う。
プレイをしないと二人で決めて、すでに一週間が経過していた。夕食も断っているため、こうしてイライアスに向き合うのはハンナの診療所で別れた時以来だ。
騎士団で会うイライアスはいつも通りぶっきらぼうで冷たい顔をしているため、ジェシカの態度も必然的にそっけなく、どこかよそよそしいものになる。
「……なんの用?」
「体調は大丈夫か、聞いておきたかっただけだ」
「全然平気よ。っていうか、絶好調。毎日プレイなんてしなくても良かったのね」
ジェシカは唇を尖らせて、わざと皮肉っぽく言う。だがイライアスは表情を変えずに「そうか」と静かに答えるだけだ。
(もうっ、全然何考えてるかわかんない!)
ジェシカは内心腹が立ってくるが、ここで喧嘩をしてまた同僚たちに囃し立てられるのも癪だ。
一週間プレイをしなくても、ジェシカは今のところ全く問題なく生活できている。時々、「支配してほしい」という欲求が身体の奥で疼く時もあるが、剣を振り回していればそのうち治まるため、特に問題ない。
パートナーになってから、イライアスとはほぼ毎日のようにプレイをしていたため気付かなかったものの、ジェシカは元来そこまでダイナミクスの欲求があるタイプではないようだ。
念のため、かかりつけ医であるハンナには一週間に一度診察してもらっているが、元気そのものだと太鼓判を押してもらっている。
黙っていると、イライアスは小さく息を吐いた。それが、苛立ちのため息なのか、安堵のため息なのかは、冷たい表情から判別できない。
「ケアが必要になれば言ってくれ」
「わかった」
どうやら話というのはこれだけだったらしく、話はぷつんと途切れた。不自然な沈黙が二人の間に流れる。
この前まで、あれほど傍にいたはずなのに、距離を置いた今、交わす言葉も不自然なほどに短い。まるでパートナーになる前に戻ったようだ。こうもあっさり元のよそよそしい仲になってしまうと、なんだか寂しい気もする。しかし、今までが異常だったのだ。
ジェシカは当たり障りのない言葉を返す。
「イライアスこそ、顔色悪いじゃない。目の下のクマとか本当にひどいわよ。ちゃんと休めてる?」
「……ああ」
「それは良かった。じゃあ、私行くから」
「ジェシカ」
通り過ぎようとした瞬間、不意に腕を掴まれた。驚いて顔を上げると、無表情のイライアスがこちらを見下ろしていた。まるで観察でもしているように、冷たい瞳がジェシカの全身を眺めまわす。
「ジェシカ、本当に無理をしてはないか? この前みたいに、変に我慢をしてるんじゃないのか」
「本当に大丈夫だってば。心配しないで」
「……それなら、いいんだ」
イライアスは安心したように表情を和らげる。ようやく見せたイライアス優しい表情に、ジェシカの胸がどくんと高鳴り、彼の足元に跪きたいと衝動的に思う。
(ちょっと、なに考えてるのよ私! 距離を置こうとしてるのに、ダメじゃない!)
自分の気持ちに必死に蓋をしようとするジェシカの顔を、イライアスは覗きこんだ。
「やっぱり顔が赤い気がする。一度、軽くでもケアをしたほうがいいんじゃないか」
「ちょっと、顔が近……っ」
その時、こちらに向かってくる足音が聞こえた。それに気付いたジェシカは、これ幸いとばかりにイライアスから距離を取る。
廊下の曲がり角から現れたのは、騎士団長だった。ひどく慌てた顔をしている。
「おお、ちょうどよかった! お前を指名した緊急依頼が来たため、呼びに行こうと思っていたんだ。今すぐに出発だそうだが、行けるか?」
「あら、またイライアスに貴族令嬢からご指名だわ。人気者は大変ね。ほら、行きなさいよ」
騎士団長が慌てているということは、依頼人がかなり高位の貴族である可能性が高い。そうなると、たいていはイライアス目当てのご令嬢だ。ジェシカはそれが分かっているので、苦笑まじりにイライアスを肘で小突く。
だが、騎士団長はそれを否定した。
「指名はイライアスではない。ジェシカだ」
「えっ、私!? 誰がそんな……」
「フロイトル卿だ」
「ええっ、オリヴェル様!?」
意外な人物の名に、ジェシカは目を見開いた。
6
お気に入りに追加
345
あなたにおすすめの小説
【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。
※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。
※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。
男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話
mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。
クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。
友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
年上彼氏に気持ちよくなってほしいって 伝えたら実は絶倫で連続イキで泣いてもやめてもらえない話
ぴんく
恋愛
いつもえっちの時はイきすぎてバテちゃうのが密かな悩み。年上彼氏に思い切って、気持ちよくなって欲しいと伝えたら、実は絶倫で
泣いてもやめてくれなくて、連続イキ、潮吹き、クリ責め、が止まらなかったお話です。
愛菜まな
初めての相手は悠貴くん。付き合って一年の間にたくさん気持ちいい事を教わり、敏感な身体になってしまった。いつもイきすぎてバテちゃうのが悩み。
悠貴ゆうき
愛菜の事がだいすきで、どろどろに甘やかしたいと思う反面、愛菜の恥ずかしい事とか、イきすぎて泣いちゃう姿を見たいと思っている。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる