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本編
翌朝のこと (1)
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瞼に光を感じ、ジェシカは目を開いた。少し青臭いような匂いが鼻につく。薬草の匂いだ。
顔を少し動かすと、薬瓶が整然と並ぶ棚と、医学に関する本が雑然と置かれた机が目に入った。窓から朝の弱い光が差し込んでいる。
「あれ……、ここはハンナの診療所……?」
「ジェシカ、起きたのか! よかった……」
聞き慣れた低い声がして、ジェシカはゆっくりと上体を起こす。傍らには、不安げな表情をしたイライアスが座っていた。眼の下は濃いクマになっている。ジェシカは首を傾げた。
「私、……なんでここにいるの?」
「俺が暴走して、ジェシカをサブドロップさせてしまった。それで、ハンナの診療所に連れて来たんだ」
「サブドロップ……」
頭がぼんやりとしているせいか、イライアスの言っていることがすぐには理解できなかった。しばらくしてから、ようやくジェシカの記憶が蘇ってくる。
(そうだ……。私、イライアスと……)
股の当たりが、じんわりと痛いのに気づいて、ジェシカはハッとする。どうやら、ジェシカは金猫亭で気を失い、イライアスがハンナの診療所に運んでくれたらしい。そして、イライアスはそのまま一睡もせずにそばにいてくれたのだろう。
イライアスは少し寝ぼけまなこのジェシカの顔を、心配そうにのぞき込んだ。
「体調は大丈夫か?」
「少し疲れてるくらい。別に、問題はないわ」
サブドロップしたにしては、そこまで体調が悪いわけではない。若干の疲労感が身体に揺蕩ってはいるものの、野盗にサブドロップさせられた時よりは断然マシだ。
「そうか。良かった……」
ジェシカが答えると、イライアスは安堵の表情を浮かべた。そんなイライアスの顔を直視していられず、ジェシカはそっと視線を逸らす。
「それより、ハンナは?」
「仕事があると言って、ついさっき出て行った。ジェシカの治療は終わってるし、目が覚めたら勝手に出て行っていいそうだ。それより、顔色が悪い。今から、アフターケアを……」
伸ばされた大きな手が肩に触れると、ジェシカの肩が反射的にビクリと震えた。
イライアスはハッとして、伸ばしかけた手をさっと引っ込める。
「あんな真似をされたら、ジェシカが俺のことを怖いと思うのも当然だ」
伏せられた瞳には、自責の念が浮かぶ。ジェシカは激しく首を振った。
「待って、違うの。イライアスは悪くない!」
むしろ、悪いのは自分だ。Domの本能であるSubへの執着心を利用して、心に決めた人がいるイライアスに最低な行為をさせてしまった。
イライアスはジェシカに気遣わせたのだと勘違いしたらしく、悲しげに微笑んだ。
「あんなに酷いことをした俺を庇うなんて、ジェシカは相変わらずお人よしだ」
「そんなんじゃないけど……」
「言い訳になるが、ジェシカであれば、はっきりとセーフワードを言ってくれると思っていたんだ。しかし、よく考えてみれば、ジェシカは度を越えて我慢強い性格だった。……思えば、小さいころジェシカが足をくじいた時も、ジェシカは何も言わなかったくらいだったんだから」
懐かしい話に、ジェシカは驚いた。
ジェシカとイライアスがまだ仲が良かった時、ジェシカはイライアスと屋敷で追いかけっこをしている時にひどく足をくじいてしまった。すぐに足をくじいたと言えば良かったものを、イライアスともっと遊びたくて、ジェシカはくじいた足の痛みを我慢して一日中遊んでしまったのだ。
その晩、ジェシカの足首は信じられないほどパンパンに腫れあがり、両親から大目玉を食らったのは言うまでもない。
懐かしく、そしてありふれた日常の記憶だ。イライアスはすっかり忘れてしまっていると思っていた。
「遊びたくて捻った足を庇うなんて、我ながら馬鹿だったわ」
「それくらい、俺と一緒にいることを楽しんでくれていたんだな。そう思うと、心配する気持ちはあったけど、本音を言うと嬉しかった」
「もう昔の話でしょ。さっさと忘れなさいよ!」
「忘れるわけがない」
思いのほか真剣な声音で、イライアスは返す。
「絶対に忘れない。あの時が、俺の人生の中で一番楽しかった。君にイーライと呼ばれていた、あの時期が」
イライアスの群青色の瞳に、星々が宿る。見惚れるほど美しい瞳は、少年の時のままだ。その目に見つめられると、ジェシカの胸はいやでも高鳴ってしまう。
顔を少し動かすと、薬瓶が整然と並ぶ棚と、医学に関する本が雑然と置かれた机が目に入った。窓から朝の弱い光が差し込んでいる。
「あれ……、ここはハンナの診療所……?」
「ジェシカ、起きたのか! よかった……」
聞き慣れた低い声がして、ジェシカはゆっくりと上体を起こす。傍らには、不安げな表情をしたイライアスが座っていた。眼の下は濃いクマになっている。ジェシカは首を傾げた。
「私、……なんでここにいるの?」
「俺が暴走して、ジェシカをサブドロップさせてしまった。それで、ハンナの診療所に連れて来たんだ」
「サブドロップ……」
頭がぼんやりとしているせいか、イライアスの言っていることがすぐには理解できなかった。しばらくしてから、ようやくジェシカの記憶が蘇ってくる。
(そうだ……。私、イライアスと……)
股の当たりが、じんわりと痛いのに気づいて、ジェシカはハッとする。どうやら、ジェシカは金猫亭で気を失い、イライアスがハンナの診療所に運んでくれたらしい。そして、イライアスはそのまま一睡もせずにそばにいてくれたのだろう。
イライアスは少し寝ぼけまなこのジェシカの顔を、心配そうにのぞき込んだ。
「体調は大丈夫か?」
「少し疲れてるくらい。別に、問題はないわ」
サブドロップしたにしては、そこまで体調が悪いわけではない。若干の疲労感が身体に揺蕩ってはいるものの、野盗にサブドロップさせられた時よりは断然マシだ。
「そうか。良かった……」
ジェシカが答えると、イライアスは安堵の表情を浮かべた。そんなイライアスの顔を直視していられず、ジェシカはそっと視線を逸らす。
「それより、ハンナは?」
「仕事があると言って、ついさっき出て行った。ジェシカの治療は終わってるし、目が覚めたら勝手に出て行っていいそうだ。それより、顔色が悪い。今から、アフターケアを……」
伸ばされた大きな手が肩に触れると、ジェシカの肩が反射的にビクリと震えた。
イライアスはハッとして、伸ばしかけた手をさっと引っ込める。
「あんな真似をされたら、ジェシカが俺のことを怖いと思うのも当然だ」
伏せられた瞳には、自責の念が浮かぶ。ジェシカは激しく首を振った。
「待って、違うの。イライアスは悪くない!」
むしろ、悪いのは自分だ。Domの本能であるSubへの執着心を利用して、心に決めた人がいるイライアスに最低な行為をさせてしまった。
イライアスはジェシカに気遣わせたのだと勘違いしたらしく、悲しげに微笑んだ。
「あんなに酷いことをした俺を庇うなんて、ジェシカは相変わらずお人よしだ」
「そんなんじゃないけど……」
「言い訳になるが、ジェシカであれば、はっきりとセーフワードを言ってくれると思っていたんだ。しかし、よく考えてみれば、ジェシカは度を越えて我慢強い性格だった。……思えば、小さいころジェシカが足をくじいた時も、ジェシカは何も言わなかったくらいだったんだから」
懐かしい話に、ジェシカは驚いた。
ジェシカとイライアスがまだ仲が良かった時、ジェシカはイライアスと屋敷で追いかけっこをしている時にひどく足をくじいてしまった。すぐに足をくじいたと言えば良かったものを、イライアスともっと遊びたくて、ジェシカはくじいた足の痛みを我慢して一日中遊んでしまったのだ。
その晩、ジェシカの足首は信じられないほどパンパンに腫れあがり、両親から大目玉を食らったのは言うまでもない。
懐かしく、そしてありふれた日常の記憶だ。イライアスはすっかり忘れてしまっていると思っていた。
「遊びたくて捻った足を庇うなんて、我ながら馬鹿だったわ」
「それくらい、俺と一緒にいることを楽しんでくれていたんだな。そう思うと、心配する気持ちはあったけど、本音を言うと嬉しかった」
「もう昔の話でしょ。さっさと忘れなさいよ!」
「忘れるわけがない」
思いのほか真剣な声音で、イライアスは返す。
「絶対に忘れない。あの時が、俺の人生の中で一番楽しかった。君にイーライと呼ばれていた、あの時期が」
イライアスの群青色の瞳に、星々が宿る。見惚れるほど美しい瞳は、少年の時のままだ。その目に見つめられると、ジェシカの胸はいやでも高鳴ってしまう。
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