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本編
もう間違えない ※イライアス視点 (1)
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月明かりだけが照らす暗い街を、イライアス・ローデは息を切らして走っていた。胸の中のジェシカは、瞼を閉ざし、真っ青な顔をしている。
腕の中のぐったりした身体が、次第に冷たくなっていくような気がする。イライアスは少しでもその身体を暖めたくて、ぎゅっと抱きしめた。
こんなはずではなかった。
もっと大事にすると決めていた。とびきり甘やかし、自分は決してジェシカを傷つけないと、そして彼女からの愛を勝ち取るのだと、信じて疑っていなかったのだ。
しかし、ジェシカが他のDomと楽しそうに喋っているのを眼にしたその瞬間、イライアスの中で何かが弾けた。それまでのすべてをかなぐり捨ててまで、ジェシカを自分のものにすると決めた。
衝動の根源にあったのは、恐れだ。ジェシカが自分以外の誰かのものになってしまうかもしれないという恐れが、いつも冷静なイライアスを暴走させた。
あの瞬間、イライアスはDomとしての本能に支配された。暴力的な支配欲は、身体の中で荒れ狂い、理性など容易く吹き飛んだ。
そうして欲望のままにコマンドによってジェシカを服従させた瞬間、長く片思いをしていた相手をようやく支配できたという感動で身体が震えた。しかし、今考えればあれは支配などではなく、ただの蹂躙だ。自分の飢餓感のままに、貪り食っただけ。
それが、どれほどジェシカを傷つけたか、考えもせずに。
「ジェシカ、しっかりしてくれ……、ジェシカ……ッ!」
サブドロップしたジェシカを運ぶのはこれが二度目だ。定期的に街を巡回する辻馬車でジェシカを運ぶことも考えたが、待っている時間も惜しかった。
心臓は痛いほどに拍動し、背中には冷たい汗が伝う。サブドロップに陥ってしまったSubは、精神的に深いダメージを負う。ジェシカの身にもなにか起こってしまったのではないかと、胸騒ぎがおさまらない。
イライアスは、第一騎士団の宿舎の近くにあるハンナの診療所の扉を叩いた。ハンナの診療所は診療所と自宅を兼ねており、寝間着にガウンを羽織っただけのハンナがすぐに飛び出してくる。
「どうかしましたか?」
「ハンナ、夜遅くにすまない。ジェシカをサブドロップさせてしまった」
「ええっ、ジェシカが!? 早く中へ!」
ハンナは慌ててイライアスを診療所の中に招き入れる。診療所は暗く静かだったが、通された診療室は暖かい。
診察机の横に据え付けられたベッドに横たえられたジェシカを、ハンナはくまなく診察した。イライアスはただ、呆けたようにその姿を見るしかできなかった。
やがて、診察が終わったハンナはほっと息をつく。
「ジェシカは大丈夫ですよ。サブドロップしたあと、適切なアフターケアを受けられたようですね。今は眠っているだけです。念のため、一晩診療所で様子をみますが、明日の朝には問題なく目が覚めるでしょう」
「よかった……」
イライアス大きく息を吐くと、よろよろと診察室の簡易的な椅子に座る。冷たい手足がみっともなく震えている。どんな危険な任務でも、ここまでの恐怖は感じたことがない。
ハンナは暖炉で暖めていたお茶をマグカップに注ぎ、そっとイライアスに差し出した。
「イライアス様、お茶でもいかがですか? このままだと貴方が倒れてしまいますよ」
「……気遣わせてしまって、すまない」
イライアスはハンナから受け取ったカップをゆっくりと口元に近づける。氷のように冷たかった指先が、少しずつ暖まっていく。
ハンナは、気を利かせてどこからか持ってきたフカフカのブランケットをジェシカにかけた。当のジェシカはベッドの上でスヤスヤと安らかに眠っている。十分温まってきたのか、顔色は先ほどよりだいぶ良くなった。安堵とともに、後悔の念がイライアスの心の中に押し寄せてくる。
腕の中のぐったりした身体が、次第に冷たくなっていくような気がする。イライアスは少しでもその身体を暖めたくて、ぎゅっと抱きしめた。
こんなはずではなかった。
もっと大事にすると決めていた。とびきり甘やかし、自分は決してジェシカを傷つけないと、そして彼女からの愛を勝ち取るのだと、信じて疑っていなかったのだ。
しかし、ジェシカが他のDomと楽しそうに喋っているのを眼にしたその瞬間、イライアスの中で何かが弾けた。それまでのすべてをかなぐり捨ててまで、ジェシカを自分のものにすると決めた。
衝動の根源にあったのは、恐れだ。ジェシカが自分以外の誰かのものになってしまうかもしれないという恐れが、いつも冷静なイライアスを暴走させた。
あの瞬間、イライアスはDomとしての本能に支配された。暴力的な支配欲は、身体の中で荒れ狂い、理性など容易く吹き飛んだ。
そうして欲望のままにコマンドによってジェシカを服従させた瞬間、長く片思いをしていた相手をようやく支配できたという感動で身体が震えた。しかし、今考えればあれは支配などではなく、ただの蹂躙だ。自分の飢餓感のままに、貪り食っただけ。
それが、どれほどジェシカを傷つけたか、考えもせずに。
「ジェシカ、しっかりしてくれ……、ジェシカ……ッ!」
サブドロップしたジェシカを運ぶのはこれが二度目だ。定期的に街を巡回する辻馬車でジェシカを運ぶことも考えたが、待っている時間も惜しかった。
心臓は痛いほどに拍動し、背中には冷たい汗が伝う。サブドロップに陥ってしまったSubは、精神的に深いダメージを負う。ジェシカの身にもなにか起こってしまったのではないかと、胸騒ぎがおさまらない。
イライアスは、第一騎士団の宿舎の近くにあるハンナの診療所の扉を叩いた。ハンナの診療所は診療所と自宅を兼ねており、寝間着にガウンを羽織っただけのハンナがすぐに飛び出してくる。
「どうかしましたか?」
「ハンナ、夜遅くにすまない。ジェシカをサブドロップさせてしまった」
「ええっ、ジェシカが!? 早く中へ!」
ハンナは慌ててイライアスを診療所の中に招き入れる。診療所は暗く静かだったが、通された診療室は暖かい。
診察机の横に据え付けられたベッドに横たえられたジェシカを、ハンナはくまなく診察した。イライアスはただ、呆けたようにその姿を見るしかできなかった。
やがて、診察が終わったハンナはほっと息をつく。
「ジェシカは大丈夫ですよ。サブドロップしたあと、適切なアフターケアを受けられたようですね。今は眠っているだけです。念のため、一晩診療所で様子をみますが、明日の朝には問題なく目が覚めるでしょう」
「よかった……」
イライアス大きく息を吐くと、よろよろと診察室の簡易的な椅子に座る。冷たい手足がみっともなく震えている。どんな危険な任務でも、ここまでの恐怖は感じたことがない。
ハンナは暖炉で暖めていたお茶をマグカップに注ぎ、そっとイライアスに差し出した。
「イライアス様、お茶でもいかがですか? このままだと貴方が倒れてしまいますよ」
「……気遣わせてしまって、すまない」
イライアスはハンナから受け取ったカップをゆっくりと口元に近づける。氷のように冷たかった指先が、少しずつ暖まっていく。
ハンナは、気を利かせてどこからか持ってきたフカフカのブランケットをジェシカにかけた。当のジェシカはベッドの上でスヤスヤと安らかに眠っている。十分温まってきたのか、顔色は先ほどよりだいぶ良くなった。安堵とともに、後悔の念がイライアスの心の中に押し寄せてくる。
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