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本編

金猫亭での再会(3)

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 やがて、ウェイターが黄金色のリンゴ酒と赤ワインを運んできた。ジェシカの目の前に置かれたリンゴ酒はとろりと黄金色で、細かい泡が弾けている。芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。オリヴェルは、運ばれたワイングラスを優雅に持ち上げる。
 
「ジェシカ嬢、乾杯しましょう」
「あ、はい、もちろんです!」
 
 赤ワインのグラスを掲げたオリヴェルに合わせて、ジェシカはリンゴ酒が注がれたグラスを持ち上げ、軽くグラスを合わせる。チン、と高い音がグラスから響き、酒場のざわめきに溶けていく。

「……リンゴ酒、気に入ってくれると良いんですが」
「お酒は何でも好きですよ」
 
 ジェシカはにっこりと笑う。実際、酒豪とまではいかないが、酒はそこそこ強い。同僚たちの飲み会でも、ジェシカは最後まで素面でいられるタイプだ。
 オリヴェルはジェシカを見つめながら、にこりと微笑んでワインに口をつける。見惚れるほどに、美しい仕草だ。

(こんなに容姿端麗で、性格も穏やかそうな人は、なかなかいないわ。どうしてオリヴェル様は、わたしのことを気に入ってくれたのかしら)

 内心首を傾げながら、ジェシカはグラスのふちに口をつける。――その瞬間、横から伸びてきた腕がジェシカのグラスを奪いとった。
 
「えっ……」
 
 驚いてそちらに視線を向けると、そこには背の高い男が立っていた。ジェシカのグラスを奪った人物を見て、オリヴェルも驚いた表情を浮かべる。

「イライアス!?」
「そのSubは俺のパートナーだ」

 酒場に急に現れたのはイライアスだった。額にはうっすらと汗が滲み、肩で息をしている。イライアスはオリヴェルに鋭く牽制の視線を送る。その瞬間、空気がグニャリと揺れたような気がして、ジェシカの身体が傾いだ。
 この感覚には覚えがある。イライアスのグレアだ。しかも、かなり強い。

「ちょっと、なにするのよ!」
 
 ジェシカは額を抑えながら、抗議の声を上げる。
 オリヴェルは一瞬口元を歪めたあと、両手を上げて降参のポーズをする。

「……そんなに強く威嚇グレアしないでくださいよ。ジェシカ嬢にも、負担がかかってしまうでしょう」
「パートナーに手を出されようとしているのを、手をこまねいて見ているわけにはいかない」
「大事なSubにちゃんと首輪カラーをして繋いでおかない貴方に責があると思いますが?」
 
 オリヴェルはあくまでも人の良さそうな顔で笑う。しかし、その目は全く笑っていない。むしろ、挑発的な色さえあった。イライアスの纏う雰囲気が一気に冷える。一発触発の雰囲気に、酒場の客たちの視線が集まった。
 ジェシカは立ち上がってイライアスとオリヴェルの間に入る。

「やめて! オリヴェルさんは私の話を聞いてくれただけよ!」
 
 イライアスは鋭く舌打ちをして、オリヴェルを睨みながらもグレアを弱めた。身体中を締め付けるようだった重圧感が弱まり、身体がふわりと軽くなる。
 さすがに異変に気づいた酒場の支配人らしきでっぷりした体形の男が、慌ててこちらに寄ってきた。

「ちょっとお客さん! 困りますよ! 喧嘩ならよそで……」
「騒動を起こしてすまなかった。二階の一部屋を借りたいが、いいな?」

 支配人の男に、イライアスはポケットから出した金貨を握らせる。男は予期せぬ大金を渡されて、目の色を変えて頷いた。

「も、もちろんです! 二階の一番奥の部屋は空いていますので……」
「感謝する。行くぞ、ジェシカ」
 
 イライアスはジェシカの手首を掴んで歩き出す。

「ちょっと、イライアス……」
 
 イライアスを見上げたジェシカは、思わず口を噤んだ。

(なんて顔、してるのよ)
 
 どんな時でも冷静沈着なイライアスの横顔が、ひどく苦しそうに歪んでいる。
 ごゆっくり、という言葉を背中で聞きつつ、無言のイライアスに連れられて、ジェシカは酒場の奥にある薄暗い階段を上がっていった。

◇◆

 イライアスがジェシカを連れて二階にあがったあと、オリヴェルは一人席に残ってワイングラスを傾けていた。やってきたウェイターが、グラスの回収がてらオリヴェルの耳元で小声で囁く。
 
「あの極上のSubのお姉ちゃんをいい感じに口説けたのに、惜しかったですね、フロイトル卿」

 人の悪い笑みを浮かべるウェイターに、オリヴェルは薄い微笑みを唇に浮かべる。
 
「ふふ、お馬鹿さん。あの二階に向かった二人を見ましたか?」
「えっ、まあ……」
「あの二人はパートナーらしいです。でも、そのパートナー関係、いつまで続くやら」

 オリヴェルは眼鏡の奥の目を細めた。
 
「あのイライアス・ローデの大事なパートナーが私のモノになるのは、時間の問題ですよ」
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