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本編
金猫亭での再会(1)
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ダンに金猫亭のことを教えてもらい、ジェシカは早足で宿舎に戻って着替え、コロンミア通りに向かった。
週末のコロンミア通りは、いつもより人通りが多く、賑わっている。
(イライアスもいないし、今夜がチャンス……! まずは偵察よ!)
着替えたジェシカは若草色のワンピースに、髪をハーフアップにしたフェミニンなスタイルだった。普段化粧っ気のない顔にも薄化粧している。
こういう格好をしていれば、騎士団の同僚たちでも気づかれにくいだろう。一種の変装だ。
街角の金猫亭は、コロンミア通りのちょうど中ほどにある重厚なレンガ造りの三階建ての建物だった。入り口でウェイターにDomかSubかを尋ねられ、Subと答えたジェシカは、淡い水色のリストバンドを渡された。これを腕に巻いておけば、DomとSubかが一目でわかる仕組みらしい。
そこそこ人が入っている酒場を横切り、ジェシカはカウンター近くの席を陣取った。太い柱で隠れている位置にあるため、入り口からは見えない席だ。万が一知り合いが入店してもバレずに店を出ることができる。
ジェシカは頼んだ麦酒を飲みながら、しげしげと薄暗い酒場を観察した。
「ふーん、なるほどね。Subは座っておとなしくしてれば、Domが声をかけてくれるシステムなのね。お互い同意したら、上の階にいってプレイって感じか……」
初心者向けだとダンが言っていた通り、朱い紐を腕に巻いたDom達は、そこまでがっついた様子もない。
さらに観察していると、か弱そうなSubたちはすぐに声をかけられ、Domと共に二階に消えていくことに気づいた。
一方のジェシカはといえば、時々視線を送られる気配はあるものの、まったく話しかけられない。偵察のつもりで酒場にきたジェシカにとっては好都合だが、いささかがっかりしている自分もいる。
(やっぱり私みたいなSubは需要がないってことよね。まあ、確かに私がDomだったら、女騎士は選ばないわ)
ジェシカは自分は自分の手のひらを見る。剣を握るため、あちこちにまめができており、ゴツゴツしている。腕だって、みっちり筋肉が付いていて硬そうだ。
あたりを見回せば、華奢で従順そうなSubが大勢いる。わざわざガサツなジェシカを選ぶ必要はないというわけだ。
ジェシカはひとりため息をつく。
しかし、うっかり新しいパートナーを見つけてしまえば、イライアスにこれまでのように会えなくなる。それはそれで、少し寂しい。だから、これでよかったのかもしれない。
時間をかけてゆっくり飲んでいた麦酒も、気づけばほとんどなくなってしまった。まったく酔いはきていないものの、酒場の雰囲気やシステムはわかった。そして、ジェシカのような気の強そうなSubは、全く相手にされないようだということも。
そろそろ帰ろうとしてウェイターを呼ぼうと片手を上げかけたその時、一人の男がふわりとジェシカの前に現れた。
「あれ? 第一騎士団のジェシカ嬢じゃないですか」
頭上から降ってきた穏やかな声に、ジェシカは弾かれたように顔を上げた。
ジェシカを見下ろしているのは、オリヴェル・フロイトルだった。
「え、オリヴェルさん!? なんでこんなところに?」
「この金猫亭は私の大事な取引先なので、少しビジネスの話をしに。帰ろうとしている矢先に貴女の姿を見つけたんです」
上質そうな上着をふわりとなびかせ、オリヴェルは自然な様子でジェシカの隣に座った。彼の腕には、Domの証しである赤色の腕輪がついている。
「奇遇ですね。こんなところで会うなんて。……これは、運命かもしれないな」
「えっ?」
「なんでもありませんよ。それより、せっかく会えたのだから一緒に一杯どうでしょうか? もちろん、ジェシカ嬢が望むのであれば一杯とは言わず、何杯でもお付き合いしますが」
ざわめきの中でも不思議とよく通るオリヴェルの穏やかで落ち着いた声は、不思議と心を落ち着かせる。ジェシカは、強張っていた身体から力が解けていくのを感じた。
(オリヴェルさんみたいな、すごく優しそうなDomもいるのね)
Domといえば、暴力的な相手ばかりだと思っていた。つくづく、ジェシカは今まで何も知らなかったのだと思い知る。
オリヴェルは小さく首を傾げた。
「それで、貴女がここにいるということは、Domのパートナーをお探しなんですね?」
「え、ええっと、パートナーはいるんです。でも、新たな出会いを探そうと思っていまして。だから、今日はとりあえず様子見のつもりで来ました」
言外に、今夜はプレイをする気はないと告げたが、オリヴェルの穏やかな笑みは崩れなかった。
週末のコロンミア通りは、いつもより人通りが多く、賑わっている。
(イライアスもいないし、今夜がチャンス……! まずは偵察よ!)
着替えたジェシカは若草色のワンピースに、髪をハーフアップにしたフェミニンなスタイルだった。普段化粧っ気のない顔にも薄化粧している。
こういう格好をしていれば、騎士団の同僚たちでも気づかれにくいだろう。一種の変装だ。
街角の金猫亭は、コロンミア通りのちょうど中ほどにある重厚なレンガ造りの三階建ての建物だった。入り口でウェイターにDomかSubかを尋ねられ、Subと答えたジェシカは、淡い水色のリストバンドを渡された。これを腕に巻いておけば、DomとSubかが一目でわかる仕組みらしい。
そこそこ人が入っている酒場を横切り、ジェシカはカウンター近くの席を陣取った。太い柱で隠れている位置にあるため、入り口からは見えない席だ。万が一知り合いが入店してもバレずに店を出ることができる。
ジェシカは頼んだ麦酒を飲みながら、しげしげと薄暗い酒場を観察した。
「ふーん、なるほどね。Subは座っておとなしくしてれば、Domが声をかけてくれるシステムなのね。お互い同意したら、上の階にいってプレイって感じか……」
初心者向けだとダンが言っていた通り、朱い紐を腕に巻いたDom達は、そこまでがっついた様子もない。
さらに観察していると、か弱そうなSubたちはすぐに声をかけられ、Domと共に二階に消えていくことに気づいた。
一方のジェシカはといえば、時々視線を送られる気配はあるものの、まったく話しかけられない。偵察のつもりで酒場にきたジェシカにとっては好都合だが、いささかがっかりしている自分もいる。
(やっぱり私みたいなSubは需要がないってことよね。まあ、確かに私がDomだったら、女騎士は選ばないわ)
ジェシカは自分は自分の手のひらを見る。剣を握るため、あちこちにまめができており、ゴツゴツしている。腕だって、みっちり筋肉が付いていて硬そうだ。
あたりを見回せば、華奢で従順そうなSubが大勢いる。わざわざガサツなジェシカを選ぶ必要はないというわけだ。
ジェシカはひとりため息をつく。
しかし、うっかり新しいパートナーを見つけてしまえば、イライアスにこれまでのように会えなくなる。それはそれで、少し寂しい。だから、これでよかったのかもしれない。
時間をかけてゆっくり飲んでいた麦酒も、気づけばほとんどなくなってしまった。まったく酔いはきていないものの、酒場の雰囲気やシステムはわかった。そして、ジェシカのような気の強そうなSubは、全く相手にされないようだということも。
そろそろ帰ろうとしてウェイターを呼ぼうと片手を上げかけたその時、一人の男がふわりとジェシカの前に現れた。
「あれ? 第一騎士団のジェシカ嬢じゃないですか」
頭上から降ってきた穏やかな声に、ジェシカは弾かれたように顔を上げた。
ジェシカを見下ろしているのは、オリヴェル・フロイトルだった。
「え、オリヴェルさん!? なんでこんなところに?」
「この金猫亭は私の大事な取引先なので、少しビジネスの話をしに。帰ろうとしている矢先に貴女の姿を見つけたんです」
上質そうな上着をふわりとなびかせ、オリヴェルは自然な様子でジェシカの隣に座った。彼の腕には、Domの証しである赤色の腕輪がついている。
「奇遇ですね。こんなところで会うなんて。……これは、運命かもしれないな」
「えっ?」
「なんでもありませんよ。それより、せっかく会えたのだから一緒に一杯どうでしょうか? もちろん、ジェシカ嬢が望むのであれば一杯とは言わず、何杯でもお付き合いしますが」
ざわめきの中でも不思議とよく通るオリヴェルの穏やかで落ち着いた声は、不思議と心を落ち着かせる。ジェシカは、強張っていた身体から力が解けていくのを感じた。
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オリヴェルは小さく首を傾げた。
「それで、貴女がここにいるということは、Domのパートナーをお探しなんですね?」
「え、ええっと、パートナーはいるんです。でも、新たな出会いを探そうと思っていまして。だから、今日はとりあえず様子見のつもりで来ました」
言外に、今夜はプレイをする気はないと告げたが、オリヴェルの穏やかな笑みは崩れなかった。
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