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本編
相応しくない私(5)
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キラヤ王国の王族は代々Domを輩出する家系だ。そして、リーデの優しげでいかにも庇護欲を搔き立てられそうな容姿は、Subという第二性を十分に感じさせるものだった。
紹介されたリーデはおっとりと微笑んでジェシカに手を差し出す。
「リーデ・ソニエールがご挨拶申し上げます」
「あ、ジェシカ・ウォグホーンです……」
美しい微笑みに気押されながらも、ジェシカは握手をする。リーデの手は、小さくてふわふわで柔らかかった。それに、やっぱりいい匂いがする。なにもかも、ジェシカとは真逆だ。
(同じ人間でも、こうも違うなんて!)
ジェシカは自分とリーデを比べてひっそり落ち込み、そしてハッとした顔をする。
「リーデ様がレオナルド殿下の婚約者ってことは……」
もしかして幼なじみが王子の婚約者と道ならぬ道に進んでいるのではないか。そんな疑問が芽生え、ジェシカはソワソワとイライアスを見る。イライアスは呆れた顔をした。
「おい、なにか勘違いをしているようだが、俺は王宮までリーデ嬢をお連れしただけだ。最近なにかと物騒だから、レオに頼まれてな」
「あ、ああ、なるほど……」
「まったく、レオは人使いがいつも荒すぎる」
イライアスに凍てつくような冷たい視線を向けられたレオナルドは、全く悪びれることなく肩を竦めた。
リーデは困ったように笑った。
「殿下は過保護です。パーティーくらい、私一人で来ても問題ないと何度行っても、聞いてくださらないのですもの。イライアス様には、ご迷惑をおかけしてしまいました」
「いいんだよリーデ。イライアスは、昔から異常に腕が立つ。使える者はちゃんと有効活用すべきだろう」
「もう、そうやっていつもイライアス様や他の方たちを困らせるじゃないですか。悪い人!」
「リーデのためなら、いくらでも悪くなれるさ。それでも、リーデは俺が悪い奴でも、俺のことを愛してくれるだろう?」
「それは、そうですけれど……」
「それならば、何も問題はないよ」
そう言って、レオナルドは優しくリーデを抱いた。レオナルドとリーデの視線が交わる。どこまでも甘い二人の雰囲気にあてられて、傍から見ていたジェシカは頬を染める。
(わあ、素敵なカップル! いいなぁ……)
先ほどは、イライアスとリーデが並んだ姿を見てお似合いだと思ったが、レオナルドとリーデはその比ではない。並んで見つめあっているだけで、二人だけで完成された一つの世界を作り上げていた。そう思えるほどに、二人の間にはしっかりとした愛と信頼感がある。
ジェシカがうっとりとしていると、レオナルドはふいにイライアスに向かって意味深に口の端を吊り上げた。
「まあ、イライアスならば安心してリーデを任せられるしな。なんたってこの男、もう十年以上一人の女にうじうじと片思いをしてるんだぞ?」
「なっ……」
急に水を向けられたイライアスがあからさまに動揺する。レオナルドは鷹揚に笑った。
「いやはや、たいそう大事にしているらしく手も出せないらしい。傑作だよなぁ! いつもはお高くとまって恋愛には興味がないという顔をしながら、本命にはへっぽことは情けない」
「黙れよレオ!」
顔を真っ赤にさせたイライアスに肩を揺さぶられても、レオナルドはどこ吹く風だ。普段は冷静な男の動揺した姿がよほど面白かったのか、心底おかしそうにクツクツと笑っている。
「殿下、あまりイライアス様をからかってはいけませんよ」
リーデが嫋やかに注意するが、なんとなく語尾が震えている。笑うのを堪えているらしい。
ジェシカはパチパチと目を瞬かせた。
「イライアスが、片思い……?」
イライアスが長年思っている相手がいるなんて、初耳だ。しかし、思えばここまで整った顔をしているのに全く浮いた話一つでてこないのだから、そういう相手がいてもおかしくない。ポーカーフェイスのイライアスのことだから完璧に隠していたのだろう。
その瞬間、ジェシカの胸にずきりと痛む。
(なんで、教えてくれなかったのかしら……)
一時的なパートナーにわざわざ告げる必要はないと判断したのだろうか。
ジェシカは胸元に手を当てた。先ほどから、まるで針でチクチクとつつかれるような不快な胸の痛みがジェシカを苛んでいる。
(……イライアスは好きな人がいるから、この前のプレイだって途中でやめたんだ)
ジェシカの頭の中で、不可解だったことが一つに繋がっていく。好きな人がいるからこそ、ジェシカと繋がるのを避け、そしてダイナミクスの欲に溺れかけたジェシカと距離をとったのだ。
ジェシカはようやく納得した。
結局、イライアスを特別だと思っていたのは、ジェシカだけだったらしい。そして、イライアスはジェシカの想いに気づき、応えられないと思ったからこそ、優しく遠ざけようとしてくれていたのだ。
(私ったら、馬鹿みたい。パートナーに選ばれたからって、イライアスの特別な人になってたんだって思い込んでた)
そう思うと、自分の愚かさに眩暈がした。どうしてこうも察しが悪いのだろう。幼なじみなのだから、イライアスの気持ちに気がつくことだってできたはずなのに。
居ても立っても居られなくなったジェシカは、ピシリと敬礼する。
「……あ、あの、私は仕事がありますので、失礼します! 良い夜をお過ごしください」
「あっ、おい! ジェシカ!」
イライアスがジェシカを呼び止めたものの、ジェシカはそれを無視して逃げるようにその場を去った。
紹介されたリーデはおっとりと微笑んでジェシカに手を差し出す。
「リーデ・ソニエールがご挨拶申し上げます」
「あ、ジェシカ・ウォグホーンです……」
美しい微笑みに気押されながらも、ジェシカは握手をする。リーデの手は、小さくてふわふわで柔らかかった。それに、やっぱりいい匂いがする。なにもかも、ジェシカとは真逆だ。
(同じ人間でも、こうも違うなんて!)
ジェシカは自分とリーデを比べてひっそり落ち込み、そしてハッとした顔をする。
「リーデ様がレオナルド殿下の婚約者ってことは……」
もしかして幼なじみが王子の婚約者と道ならぬ道に進んでいるのではないか。そんな疑問が芽生え、ジェシカはソワソワとイライアスを見る。イライアスは呆れた顔をした。
「おい、なにか勘違いをしているようだが、俺は王宮までリーデ嬢をお連れしただけだ。最近なにかと物騒だから、レオに頼まれてな」
「あ、ああ、なるほど……」
「まったく、レオは人使いがいつも荒すぎる」
イライアスに凍てつくような冷たい視線を向けられたレオナルドは、全く悪びれることなく肩を竦めた。
リーデは困ったように笑った。
「殿下は過保護です。パーティーくらい、私一人で来ても問題ないと何度行っても、聞いてくださらないのですもの。イライアス様には、ご迷惑をおかけしてしまいました」
「いいんだよリーデ。イライアスは、昔から異常に腕が立つ。使える者はちゃんと有効活用すべきだろう」
「もう、そうやっていつもイライアス様や他の方たちを困らせるじゃないですか。悪い人!」
「リーデのためなら、いくらでも悪くなれるさ。それでも、リーデは俺が悪い奴でも、俺のことを愛してくれるだろう?」
「それは、そうですけれど……」
「それならば、何も問題はないよ」
そう言って、レオナルドは優しくリーデを抱いた。レオナルドとリーデの視線が交わる。どこまでも甘い二人の雰囲気にあてられて、傍から見ていたジェシカは頬を染める。
(わあ、素敵なカップル! いいなぁ……)
先ほどは、イライアスとリーデが並んだ姿を見てお似合いだと思ったが、レオナルドとリーデはその比ではない。並んで見つめあっているだけで、二人だけで完成された一つの世界を作り上げていた。そう思えるほどに、二人の間にはしっかりとした愛と信頼感がある。
ジェシカがうっとりとしていると、レオナルドはふいにイライアスに向かって意味深に口の端を吊り上げた。
「まあ、イライアスならば安心してリーデを任せられるしな。なんたってこの男、もう十年以上一人の女にうじうじと片思いをしてるんだぞ?」
「なっ……」
急に水を向けられたイライアスがあからさまに動揺する。レオナルドは鷹揚に笑った。
「いやはや、たいそう大事にしているらしく手も出せないらしい。傑作だよなぁ! いつもはお高くとまって恋愛には興味がないという顔をしながら、本命にはへっぽことは情けない」
「黙れよレオ!」
顔を真っ赤にさせたイライアスに肩を揺さぶられても、レオナルドはどこ吹く風だ。普段は冷静な男の動揺した姿がよほど面白かったのか、心底おかしそうにクツクツと笑っている。
「殿下、あまりイライアス様をからかってはいけませんよ」
リーデが嫋やかに注意するが、なんとなく語尾が震えている。笑うのを堪えているらしい。
ジェシカはパチパチと目を瞬かせた。
「イライアスが、片思い……?」
イライアスが長年思っている相手がいるなんて、初耳だ。しかし、思えばここまで整った顔をしているのに全く浮いた話一つでてこないのだから、そういう相手がいてもおかしくない。ポーカーフェイスのイライアスのことだから完璧に隠していたのだろう。
その瞬間、ジェシカの胸にずきりと痛む。
(なんで、教えてくれなかったのかしら……)
一時的なパートナーにわざわざ告げる必要はないと判断したのだろうか。
ジェシカは胸元に手を当てた。先ほどから、まるで針でチクチクとつつかれるような不快な胸の痛みがジェシカを苛んでいる。
(……イライアスは好きな人がいるから、この前のプレイだって途中でやめたんだ)
ジェシカの頭の中で、不可解だったことが一つに繋がっていく。好きな人がいるからこそ、ジェシカと繋がるのを避け、そしてダイナミクスの欲に溺れかけたジェシカと距離をとったのだ。
ジェシカはようやく納得した。
結局、イライアスを特別だと思っていたのは、ジェシカだけだったらしい。そして、イライアスはジェシカの想いに気づき、応えられないと思ったからこそ、優しく遠ざけようとしてくれていたのだ。
(私ったら、馬鹿みたい。パートナーに選ばれたからって、イライアスの特別な人になってたんだって思い込んでた)
そう思うと、自分の愚かさに眩暈がした。どうしてこうも察しが悪いのだろう。幼なじみなのだから、イライアスの気持ちに気がつくことだってできたはずなのに。
居ても立っても居られなくなったジェシカは、ピシリと敬礼する。
「……あ、あの、私は仕事がありますので、失礼します! 良い夜をお過ごしください」
「あっ、おい! ジェシカ!」
イライアスがジェシカを呼び止めたものの、ジェシカはそれを無視して逃げるようにその場を去った。
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