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本編
相応しくない私(2)
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「これはこれは、あの時の女騎士さんじゃないですか! この前は護衛していただき、ありがとうございました」
「えっ? ええっ……!」
ジェシカは驚いた。
普通であれば、貴族が一介の女騎士に親しげに話しかけるなんてありえない。しかも、オリヴェルはこの国の副宰相だ。雲の上の人と言っても過言ではない。
現に、「オリヴェル様が赤毛の女騎士に話しかけたわ!」「信じられない……」というヒソヒソ声がジェシカの耳にも入ってくる。好奇の視線がグサグサ刺さるようだ。
しかし、オリヴェルは外野の視線を全く気にかける様子もなく、ジェシカに話しかけ続ける。
「先日、ならず者たちの卑劣なコマンドで倒れてしまった貴女のことを、ずっと心配していました。お体は大丈夫ですか?」
「お陰様ですっかり元気です! あの節はお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございませんでした! ずっと謝りたいと思ってたんです」
「ああ、そんなに頭を下げないでください。無事だと分かって安心しました」
オリヴェルは嬉しそうに口元をほころばせた。
「それにしても、貴女の剣の腕は素晴らしかった。複数の男たちを前にしても、一瞬の恐れも迷いもなく向かっていく勇敢さも、剣舞のような剣さばきも、惚れ惚れしました」
「そ、そんなに褒めていただけるなんて、光栄です!」
「お名前を伺っても? また、貴女の腕を見込んで、また護衛を頼みたいと考えているんです」
「ジェシカ・ウォグホーンと申します」
「ウォグホーン? ……ああ、なるほど」
意味深な表情でオリヴェルが頷く。その目には、なにか含みがあるような気がして、ジェシカが首を傾げたその時、エントランスに豪奢な馬車が入ってきた。一斉にその場がざわめく。
周囲の視線を一身に集めながら馬車から降りて来たのは、ローデ伯爵であるイライアスだった。
「ああ、見て! イライアス様よ! 今日も麗しいわ……」
「さすが若くしてローデ伯爵家を継がれただけあるわねえ」
いつもの騎士服ではなく、白を基調としたタキシードに身を包んだ彼は、令嬢たちの視線を一身に集めてもなお、泰然としていた。少し癖のある黒い髪は整えられ、端正な顔立ちをより一層引き立てている。夜会用の豪華な黒い衣装は無駄のない均整のとれたスタイルを際立たせていた。
このエントランスにいる誰よりも、イライアスは輝いている。人々は皆、彼の一挙手一投足に釘付けになっているようだった。
(あんなにかっこいい人が、私のパートナーなんて信じられないわ……。どうして、私なんかを選んだのかしら)
昨日もまた、甘い言葉でジェシカの心を蕩かしたのを思い出し、ジェシカは一人顔を赤くする。なんだか、誇らしいような、恥ずかしいような不思議な気分だ。散々触られて溜まっていった熱が、ジェシカの身の裡で再び火照り出す。
しかし、ここで想定外の事態が起こった。
イライアスの馬車から、美しい令嬢が出てきたのだ。御者の手を借りて優雅にタラップを降りてくる亜麻色の髪の美女に、ジェシカは釘付けになる。
(うわぁ、綺麗な人……! ――って、だ、誰なのよ!? ノトカー家のご令嬢のお誘いは、断ったんじゃなかったの?)
ローデ家の馬車から降りてきた美女は、亜麻色の髪をしていて、その肌は白磁のように白くなめらかだ。目鼻立ちは整っており、口元に浮かんだ微笑みは何とも言えない色香が漂う。透き通った菫色の瞳は、どこか神秘的な輝きを湛えていた。歳はジェシカと同じくらいだろうか。ドレスの上からでもわかるほど細い腰に、華奢な体は庇護欲を唆る。
その美女に向かって、イライアスは当然のように手を伸ばし、エスコートした。
その場にいる人々は皆、うっとりとふたりを見つめることしかできない。王宮を照らす篝火も、輝くような美しい花々も、まるで二人の美しさを引き出すために設えられた舞台のようだ。
イライアスと謎の美女は人々の注目を一身に浴びながら、ジェシカのいるエントランス付近に向かってくる。
「イライアス……」
イライアスが急に手の届かない遠くの人になってしまった気がして、思わずその名前が口から漏れる。吐息に紛れてかき消される程度の小さな声だったはずだ。しかし、イライアスはその声に気づき、くるりとこちらを振り返る。
冷たい群青色の瞳がジェシカを捉え、――そして何気なくふいと逸らされた。
(え……)
イライアスは美女を伴ってゆったりとした足取りで大広間に入っていった。ジェシカはただその後ろ姿を見送るしかない。
まるでそこに何もなかったかのように冷たく逸らされた視線に、ジェシカはショックを受けた。
「えっ? ええっ……!」
ジェシカは驚いた。
普通であれば、貴族が一介の女騎士に親しげに話しかけるなんてありえない。しかも、オリヴェルはこの国の副宰相だ。雲の上の人と言っても過言ではない。
現に、「オリヴェル様が赤毛の女騎士に話しかけたわ!」「信じられない……」というヒソヒソ声がジェシカの耳にも入ってくる。好奇の視線がグサグサ刺さるようだ。
しかし、オリヴェルは外野の視線を全く気にかける様子もなく、ジェシカに話しかけ続ける。
「先日、ならず者たちの卑劣なコマンドで倒れてしまった貴女のことを、ずっと心配していました。お体は大丈夫ですか?」
「お陰様ですっかり元気です! あの節はお見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございませんでした! ずっと謝りたいと思ってたんです」
「ああ、そんなに頭を下げないでください。無事だと分かって安心しました」
オリヴェルは嬉しそうに口元をほころばせた。
「それにしても、貴女の剣の腕は素晴らしかった。複数の男たちを前にしても、一瞬の恐れも迷いもなく向かっていく勇敢さも、剣舞のような剣さばきも、惚れ惚れしました」
「そ、そんなに褒めていただけるなんて、光栄です!」
「お名前を伺っても? また、貴女の腕を見込んで、また護衛を頼みたいと考えているんです」
「ジェシカ・ウォグホーンと申します」
「ウォグホーン? ……ああ、なるほど」
意味深な表情でオリヴェルが頷く。その目には、なにか含みがあるような気がして、ジェシカが首を傾げたその時、エントランスに豪奢な馬車が入ってきた。一斉にその場がざわめく。
周囲の視線を一身に集めながら馬車から降りて来たのは、ローデ伯爵であるイライアスだった。
「ああ、見て! イライアス様よ! 今日も麗しいわ……」
「さすが若くしてローデ伯爵家を継がれただけあるわねえ」
いつもの騎士服ではなく、白を基調としたタキシードに身を包んだ彼は、令嬢たちの視線を一身に集めてもなお、泰然としていた。少し癖のある黒い髪は整えられ、端正な顔立ちをより一層引き立てている。夜会用の豪華な黒い衣装は無駄のない均整のとれたスタイルを際立たせていた。
このエントランスにいる誰よりも、イライアスは輝いている。人々は皆、彼の一挙手一投足に釘付けになっているようだった。
(あんなにかっこいい人が、私のパートナーなんて信じられないわ……。どうして、私なんかを選んだのかしら)
昨日もまた、甘い言葉でジェシカの心を蕩かしたのを思い出し、ジェシカは一人顔を赤くする。なんだか、誇らしいような、恥ずかしいような不思議な気分だ。散々触られて溜まっていった熱が、ジェシカの身の裡で再び火照り出す。
しかし、ここで想定外の事態が起こった。
イライアスの馬車から、美しい令嬢が出てきたのだ。御者の手を借りて優雅にタラップを降りてくる亜麻色の髪の美女に、ジェシカは釘付けになる。
(うわぁ、綺麗な人……! ――って、だ、誰なのよ!? ノトカー家のご令嬢のお誘いは、断ったんじゃなかったの?)
ローデ家の馬車から降りてきた美女は、亜麻色の髪をしていて、その肌は白磁のように白くなめらかだ。目鼻立ちは整っており、口元に浮かんだ微笑みは何とも言えない色香が漂う。透き通った菫色の瞳は、どこか神秘的な輝きを湛えていた。歳はジェシカと同じくらいだろうか。ドレスの上からでもわかるほど細い腰に、華奢な体は庇護欲を唆る。
その美女に向かって、イライアスは当然のように手を伸ばし、エスコートした。
その場にいる人々は皆、うっとりとふたりを見つめることしかできない。王宮を照らす篝火も、輝くような美しい花々も、まるで二人の美しさを引き出すために設えられた舞台のようだ。
イライアスと謎の美女は人々の注目を一身に浴びながら、ジェシカのいるエントランス付近に向かってくる。
「イライアス……」
イライアスが急に手の届かない遠くの人になってしまった気がして、思わずその名前が口から漏れる。吐息に紛れてかき消される程度の小さな声だったはずだ。しかし、イライアスはその声に気づき、くるりとこちらを振り返る。
冷たい群青色の瞳がジェシカを捉え、――そして何気なくふいと逸らされた。
(え……)
イライアスは美女を伴ってゆったりとした足取りで大広間に入っていった。ジェシカはただその後ろ姿を見送るしかない。
まるでそこに何もなかったかのように冷たく逸らされた視線に、ジェシカはショックを受けた。
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