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本編

幼馴染の甘い一面 (1)

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 キラヤ王国に、秋の涼しい風が吹き始めた。
 ジェシカが夕方の自主練を終えて第一騎士団の本部に戻ると、イライアスがロビーの壁に背中をもたせかけているのが見えた。少し癖のある髪の下の伏せた目や整った鼻筋は凛々しいのに、引き結ばれた唇はどこか甘い雰囲気が漂っている。
 遠巻きに女騎士たちがイライアスに熱い視線を注いでいた。ただし、彼の近寄りがたい雰囲気から誰も話しかけようとはしない。

(さすが冷徹騎士。今日も人っ子ひとり寄せ付けない孤高の空気をかもし出してるわね……)
 
 幼なじみであるジェシカは気にしないものの、イライアスは貴族という特別な立場もあるせいか、他の騎士とは一線を画する雰囲気がある。その上、仕事にも人一倍厳しいので、とっつきにくいのだろう。

「イライアス、任務は終わったの?」
 
 そう声をかけると、イライアスがパッと目を上げた。群青色の瞳が見開かれ、それから彼は心なしか嬉しそうに目を細める。

「ああ、ちょうど終わったところだ。ジェシカは?」
「自主練が今終わったところ。今から着替える」
「一緒に帰るぞ。俺はここで待ってる」

 当たり前のように言われた言葉に、ジェシカは素直に頷き、ロッカールームへと早足で向かう。
 
 ジェシカがイライアスと仮初のパートナーとなってから三か月が経った。
 仮初のパートナーとは言ったものの、イライアスはほとんど毎日甲斐甲斐しくジェシカとプレイをしている。仕事終わりに本部で落ち合って、イライアスの屋敷で軽いプレイを行い、宿舎に帰る。これがここ最近のルーティーンになりつつあった。
 騎士団長から命令された「定期的なプレイで欲求を発散」とやらを、イライアスは忠実にこなしている。
 
「まったく、真面目で律儀なんだから……」

 誰もいない夕陽のさす廊下で、ジェシカは呟いた。
 プレイは週に一回程度でいいとジェシカは何度も言っているものの、イライアスはまったく聞く耳を持たない。
 イライアスは勤勉で真面目なタイプだ。慇懃無礼で融通が利かない一面もあるものの、基本的には堅実な仕事ぶりで周りからの評価も高い。
 そんな男が「命令だから」という理由でジェシカの世話を焼かせているのをなんとなく申し訳なく思う一方で、ジェシカはイライアスとの時間を心待ちにしていた。
 更衣室に入ってロッカーを開けたところで、誰かが後ろからジェシカの背後からいきなり抱き着いてきた。

「ねえ、ジェシカちゃ~ん♡」
「うわっ」

 ジェシカが驚いて振り返ると、同僚であるヘレンがニヤニヤと笑みを浮かべていた。その隣には、同じく同僚であるアニーとレミリアがいる。三人ともジェシカと年が近く、普段から仲が良い。
 
「びっくりしたぁ。普通に声かけてよ!」
「うふふ、ごめんねぇ♡ そんなことより、私たちに何か隠してない?」

 ヘレンの意味深な笑みに、ジェシカはぎくりとした。

「な、なにかって……?」
「この数か月イライアスと何かあったでしょ。ほら、妙に一緒にいるじゃな~い?」

 ヘレンは人差し指でジェシカの頬をプスプスと差す。
 どうやら、ジェシカとイライアスの仲が急激に良くなったのに目ざとく気付いたようだ。
 ヘレンたちは、好奇心で目を輝かせながらこちらを見ている。いくら勇敢な第一騎士団の女騎士と言えども、中身は普通のゴシップと色恋沙汰に敏感なただの女子である。
 ぐいぐいと迫ってくる女騎士たちを前に、ジェシカは引きつった笑みを浮かべた。
 
「い、いやぁ、私たちも大人だし、いい加減仲良くしようって話になったの。ほら、私たち幼なじみだし!」

 そんな話をしたことはもちろん一度もないが、自分がSubだとバレたくないジェシカは必死だ。

(私がSubだってバレたら、プレイでをしてるっていうのも知られちゃう……! そんなの絶対イヤ!)

 プレイ中のSubは、頭を撫でられ、子供のように褒められ、快楽を与えられる。Subの欲求の満たし方としては普通だが、ジェシカは成人した大人なのに甘やかされている自分を第三者に知られてしまうのは、どうしても恥ずかしいと思ってしまう。
 しかし、困ったことにプレイをやめるという選択肢は選べそうにない。どれだけ恥ずかしい思いをしても、もっと褒められて甘やかされたいと願ってしまうからだ。
 その上、パートナーになったイライアスのプレイはとにかく甘い。ジェシカの意志を尊重し、絶対に無理強いすることもない。職場で会う時の冷たい態度とは一変するため、本当に同一人物かと疑ってしまうほどだ。

『ジェシカの髪は綺麗だ。シルクを触ってるみたいで触っていて気持ちがいい』
『今はどれだけ甘えてもいい。甘えてくれるジェシカは魅力的だよ』

 あの冷徹騎士と呼ばれるイライアスが、とんでもなく甘い言葉を囁いてくるのだから、ジェシカはプレイのたびに新鮮に驚いてしまう。しかし、戸惑うのもプレイの序盤だけで、その後徐々に頭が蜂蜜で浸されたような気持ちになりながら、イライアスに支配されるのだ。
 最近はイライアスからのコマンドも少しずつ過激なものになってきて、素面では決して応じないような命令も多くなってきた。そんなコマンドも、すんなりと従ってしまうから困ったものだ。
 
(あ、あんな情けないことを幼なじみとしてるって思われるなんて、恥ずかしすぎる! みんなに嘘をつくのは申し訳ないけど……)
 
 ジェシカのしどろもどろの嘘に、ヘレンたちはさして疑わずに笑顔で頷いた。

「そうだったの? すごくいいことだと思う。イライアスとジェシカったら、任務中もしょっちゅういがみ合うから本当に心配してたのよ」
「やだ、レミリアは分かってないわねえ。イライアスとジェシカは、喧嘩するほど仲が良いってヤツでしょ」
「それにしても、あんなにかっこいいイライアスと幼なじみなんて、いいわよねえ」

 ヘレンとアニーはうんうん、と揃って頷きあった。

 第一騎士団でもとりわけ優秀で、並みはずれて整った顔をしているイライアスは、いつだって女騎士たちの憧れの的だ。しかし、あまりにも隙が無いため、アプローチできる者は皆無。イライアスはもっぱら観賞用で、手の届かない高嶺の花のような扱いだ。だいたい、冷徹騎士と呼ばれるほど冷ややかで愛想の無い男に、わざわざ告白して玉砕する猛者はいない。
 
「はあ、ジェシカが本当に羨ましい。イライアスとせめて一回でもいいからデートしてみたーい!」
「わかるわかる。でも、私たちなんてイライアスは口説けないわよ。だって、イライアスはあのローデ伯爵家の嫡男なのよ?」
「それもそうよね。社交界では氷の貴公子って呼ばれてきゃあきゃあ言われてるって噂よ。どうせ、いいところのお嬢様と結婚しちゃうわよね~」
「あんなイケメンと結婚できる貴族令嬢は誰なのかしらね」

 シャツに着替えていたジェシカの手が、ぴたりと止まった。
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