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本編

諦めきれない初恋 ※イライアス視点 (2)

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 しかし、そんなイライアスに大きな転機が訪れる。
 
 十三歳になった頃、イライアスはひどい頭痛と眩暈、そして身体の火照りを覚えるようになった。典型的なダイナミクスの発現の際の体調不良だ。
 イライアスはDomだと診断された。
 自分が軽蔑していた父と同じDomなのだと知ったイライアスは絶望し、苦悩した。イライアスをもっとも苦しめたのは、蓋をしていた過去の記憶だ。サブドロップを起こして苦しむSubの女と、冷たい目で女を見下ろすDomの父。そして、ダイナミクスによる欲求に抗えないDomの夫を待って不幸になった、Normalの母。

(ジェシカもまた、Normalだ……。もしこのまま一緒に居続ければ、俺はジェシカを不幸にしてしまうんじゃないのか)
 
 Domの欲求は想像を絶するほど凄まじいものだった。
 もともと、ローデ家はDomを輩出する家系で、母の生家もDomが多い。そのため、Domの血が濃いイライアスには、本能的にSubを支配したいという欲求が人一倍強い。
 身体の奥にはいつも飢餓感がくすぶり、抑制剤を飲めば耐えがたいほどの副作用に襲われる。
 認めたくはないものの、常に苛立っていた父の気持ちも今ならわかる。ダイナミクスは、抗えない衝動なのだ。
 
(このままだと、ジェシカを傷つけてしまう……)
 
 イライアスは悩んだ末、ジェシカとの交流を絶つことにした。ジェシカを拒否することは辛くて仕方なかったものの、傷つけるよりかはマシだと何度も自分に言い聞かせた。

 イライアスがDomだと分かると、イライアスの父親がイライアスに王都に来るよう命じた。
 その頃のイライアスの父親の凋落ぶりはひどいものだった。
 あれほどまでに自信に満ち溢れていた身体は萎み、目だけがギラギラと異様な光を放ち、口を開けば愚かな暴言ばかり吐き散らす。強すぎるDomの衝動から屋敷に囲っていたSubたちに逃げられ、自分のダイナミクスをコントロールするために抑制剤を立て続けに服用したせいで、身体はボロボロだった。
 抑制剤の過剰摂取は、Domの寿命を縮める。
 自分の命がもう長くないと悟っていたらしいローデ伯爵は、一人息子のイライアスに伯爵としての仕事を叩き込み、数年後に療養先の病院でひっそりとこの世を去った。
 一方、十六歳でローデ家を継いだイライアスは、持ち前の才覚と手回しでローデ家を難なく支えた。
 父親のコネで遊び相手として選ばれ、そのまま腐れ縁のように交流が続いていた第二王子レオナルドから重用されるようになると、イライアスの立場はさらに確固たるものになった。
 常に婚約話が舞い込むし、ダイナミクスのパートナーになりたがるSubたちもひっきりなしにイライアスを誘惑した。

 しかし、イライアスはそのすべてを断り続けていた。

『イーライ!』
 
 瞼を閉じれば、ジェシカの姿が思い浮かぶ。かつて呼ばれていたあの懐かしいあだ名で呼ばれたいという想いは、ずっと胸の奥底にあった。
 DomであるイライアスがNormalのジェシカと一緒にいるべきではない。頭ではわかっているのに、イライアスはジェシカへの恋情を捨てきれなかった。
 だからこそ、第一騎士団の入団テストのためにジェシカが王都に来ると聞いて、心がざわめいた。

(Domの俺が、Normalのジェシカのそばにいるべきではない……。しかし、見守るくらいだったら……)
 
 イライアスを優秀な右腕として重宝していた第二王子のレオナルドには「俺を見捨てる気か」と大反対されたものの、なんとか「いつか役にたつ時がくる」と説得して、イライアスは厳しい第一騎士団の入団試験を一位でパスした。
 こうして第一騎士団に入ったイライアスは、ジェシカをわざと冷たい態度で遠ざけながらも、未練がましく彼女を眼で追った。
 イライアスに次いで二番目の成績で入団したジェシカは、持ち前のすばしっこさでどんどん頭角を現していった。その上、明るくてさっぱりしたジェシカの性格は、人好きする。だれもがジェシカのことが好きだ。密かにジェシカに熱い視線を注いでる騎士たちも少なくない。当たり前だ。ジェシカはそれだけ魅力的なのだから。
 傍にいるのに触れられない。自分で選んだ道なのに、毎日苦しくてしかたなかった。
 だからこそ、ジェシカがSubになって苦しんでいるのを目の当たりにした時、イライアスはついに自分に都合のいい夢を見ているのかと思った。
 野盗のコマンドでサブドロップしかけたジェシカのアフターケアをした時、これまで適当に欲を発散してきたSubたちとは明らかに違う快感を覚え、その結果、セーフワードも決めずにアフターケアを行ってしまった。Domとして決して褒められた行為ではないが、後悔はしていない。
 震えるジェシカの身体を抱きしめた時、イライアスは「このまま世界が滅んでもいい」とすら思ったのだから。

 その時から、イライアスはジェシカを徹底的に陥落させると決めた。

 Domばかりの騎士団にSubのジェシカが身をおくなんて、飢えたオオカミの群れに子ウサギを放つようなものだ。
 絶対に、他のDomの騎士たちがジェシカがSubだと知る前に、身も心も捧げられるようなパートナーにならなければ。幸いなことに、ジェシカは自分がSubだと周りに公表しない気でいるから、好都合だ。

(もう、我慢する必要はない)

 イライアスは表情に乏しい整った顔貌に淡い微笑みを浮かべ、安らかに眠っている幼なじみの頬に優しくキスを落とした。
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