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本編
セーフワードって何ですか?(4)
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イライアスはジェシカの林檎のように真っ赤になった頬を触る。相変わらず指先は冷たいのに、触られるたび、ジェシカの身体は火照っていき、身体に震えるような悦楽が走っていく。
「可愛いジェシカ。ずっと、こうしたいと思っていた」
「次の、コマンドは……?」
「そう急かさないでくれ。俺はもっとジェシカを堪能して、甘やかしたいんだ」
優しい指先が、ジェシカの赤髪を梳く。優しい手つきが気持ちがいい。
幼かった頃、イライアスは今と同じようにジェシカの髪を触っていた。あの時はまだお互いのダイナミクスが分かっていなかったものの、もしかしたらあの時から二人のなかにはダイナミクスの片鱗があり、幼い欲求を満たし合っていたのかもしれないと、ジェシカはふと思う。
「本当にきれいな髪だ。沈む寸前の夕陽と同じ色。いつものポニーテール姿も好きだが、髪を下ろすと大人っぽくていい。ジェシカの魅力がまた一段と上がるな」
「ねえ、無理してそんなに褒めなくていいわよ」
「無理をしているように見えるか? どれだけ褒めても、まだ足りないくらいなのに」
いつも皮肉ばかりのイライアスの口から流れるようにスラスラと出てくる美辞麗句に、嫌でも舞い上がってしまう自分がいる。プレイの一環だと分かっているのに、胸底から湧き上がる悦びは止められなかった。
そっと見上げると、イライアスもまた頬を紅潮させていた。その顔は、表情は乏しいのにぞっとするほどの色香を漂わせている。幼なじみの見たことのない一面に、ジェシカは息を詰める。
イライアスはジェシカの髪を一筋すくい、口づけた。
「ジェシカは昔からとても良い匂いがする。花と、太陽と、石鹸の匂いだ。いつまでも、この香りに包まれていたい」
その仕草が先ほどの指先から始まった甘いキスを想起させて、ジェシカは思わず赤面する。ジェシカを触るイライアスの手つきからは、ジェシカを絶対に傷つけないという強い意志と、宝物を扱うような繊細さが伝わってきた。義務感でパートナーとなったと言ったのはイライアスのはずなのに、どうしてここまで優しくするのかがわからない。
「触らせてくれてありがとう。あぁ……、幸せ過ぎて、この時間が永遠に終わってほしくない」
名残惜しそうに撫でる手を止めて、イライアスがぽつりと呟いた。ジェシカは腑に落ちない顔をする。
(私はともかく、イライアスは私を褒めて撫でてるだけなのに……)
不思議に思ったものの、ジェシカがSubとして満たされつつあるのと同じように、イライアスもまたDomとしての本能を満たしているのかもしれない。そう思うと、身体の内側がふわりと浮くような高揚感と共に、もっと命令を聞き、悦ばせたいという欲求が頭をもたげる。
ジェシカの思考を見透かしたように、イライアスの口から次のコマンドが発せられた。
「“おいで”」
イライアスはポンポンと自分の隣を叩く。ここに来いという意味だろう。ジェシカは立ち上がり、ふかふかのベッドの上にあがり、イライアスの傍に座った。
「ありがとう。初めてのプレイなのに、ここまで順調だ。偉かったな。冷たい床に座らせてすまなかった」
「ううん、ぜんぜん」
「良い子だ。でも、嫌なことがあったらちゃんと言ってほしい」
Domのコマンドを拒むと、時によってSubは「支配するDomのコマンドが聞けなかった」と自分を責めてしまう。だからこそ、イライアスは先んじてジェシカが拒否しやすいように気遣ったのだろう。言葉の端々から、冷徹騎士と呼ばれる彼らしからぬ優しさが滲み出る。
(ああ、こんなに優しくされたら、勘違いしそうになる……)
ジェシカはぎゅっと唇を引き結んだ。
結局、イライアスがジェシカに優しくするのは、イライアスがDomだからであり、ジェシカがSubだからだ。DomはSubを支配することに悦びを覚え、SubはDomから支配されることに悦びを覚える。本能的にそういしたいと思ってしまうのだ。イライアスがジェシカに優しくするのは、この後支配しやすくするために違いない。
しかし、それをわかっていても、大切にされていると思うと嬉しくてたまらない。イライアスの支配は、ジェシカのプライドを一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの威力を持っていた。
今だけでも、いい。イライアスに与えられた、この甘美な時間を堪能したい。
イライアスの指先がジェシカの頬を包み込むように撫で、そして首筋に触れる。まだ手のひらで撫でられているだけなのに、まるで全身を愛撫されているかのような錯覚に陥る。なぜか下腹の奥がきゅうっと力が入った。
イライアスに触られた場所も、至近距離で絡む視線も、すべてが熱い。
じわりと肌に汗がにじんで、頭がぼうっとする。その熱に浮かされたまま、もっと命令して欲しいと思った。なんでも聞くから、もっと命令して欲しい。
「イライアス、次の命令は……?」
「ダメだ。少し、ペースが速すぎる。これ以上は、ジェシカの負担になるかもしれないから……」
「イライアスなら、大丈夫。……なんでも言うこと、聞けるから」
口の中で「お願い」と呟く。目に涙の膜が張って、視界が霞む中、イライアスの熱を宿した瞳がふいにぎらりと光った気がした。
「……ジェシカは、人の理性をぶち壊すようなことを平気で言う」
強い感情を抑えるような掠れた低い声が、苦々しく呟く。
火照りがおさまらないジェシカの頬に優しく手を添えて、イライアスは次のコマンドを口にした。
「“キスして”」
「……っ」
急なコマンドに、ジェシカはたじろいだ。それまではただ触れて、褒めるだけだった。それくらいなら、仲のいい友人たちとでもできる行為だ。しかし、キスとなると話は違う。
「可愛いジェシカ。ずっと、こうしたいと思っていた」
「次の、コマンドは……?」
「そう急かさないでくれ。俺はもっとジェシカを堪能して、甘やかしたいんだ」
優しい指先が、ジェシカの赤髪を梳く。優しい手つきが気持ちがいい。
幼かった頃、イライアスは今と同じようにジェシカの髪を触っていた。あの時はまだお互いのダイナミクスが分かっていなかったものの、もしかしたらあの時から二人のなかにはダイナミクスの片鱗があり、幼い欲求を満たし合っていたのかもしれないと、ジェシカはふと思う。
「本当にきれいな髪だ。沈む寸前の夕陽と同じ色。いつものポニーテール姿も好きだが、髪を下ろすと大人っぽくていい。ジェシカの魅力がまた一段と上がるな」
「ねえ、無理してそんなに褒めなくていいわよ」
「無理をしているように見えるか? どれだけ褒めても、まだ足りないくらいなのに」
いつも皮肉ばかりのイライアスの口から流れるようにスラスラと出てくる美辞麗句に、嫌でも舞い上がってしまう自分がいる。プレイの一環だと分かっているのに、胸底から湧き上がる悦びは止められなかった。
そっと見上げると、イライアスもまた頬を紅潮させていた。その顔は、表情は乏しいのにぞっとするほどの色香を漂わせている。幼なじみの見たことのない一面に、ジェシカは息を詰める。
イライアスはジェシカの髪を一筋すくい、口づけた。
「ジェシカは昔からとても良い匂いがする。花と、太陽と、石鹸の匂いだ。いつまでも、この香りに包まれていたい」
その仕草が先ほどの指先から始まった甘いキスを想起させて、ジェシカは思わず赤面する。ジェシカを触るイライアスの手つきからは、ジェシカを絶対に傷つけないという強い意志と、宝物を扱うような繊細さが伝わってきた。義務感でパートナーとなったと言ったのはイライアスのはずなのに、どうしてここまで優しくするのかがわからない。
「触らせてくれてありがとう。あぁ……、幸せ過ぎて、この時間が永遠に終わってほしくない」
名残惜しそうに撫でる手を止めて、イライアスがぽつりと呟いた。ジェシカは腑に落ちない顔をする。
(私はともかく、イライアスは私を褒めて撫でてるだけなのに……)
不思議に思ったものの、ジェシカがSubとして満たされつつあるのと同じように、イライアスもまたDomとしての本能を満たしているのかもしれない。そう思うと、身体の内側がふわりと浮くような高揚感と共に、もっと命令を聞き、悦ばせたいという欲求が頭をもたげる。
ジェシカの思考を見透かしたように、イライアスの口から次のコマンドが発せられた。
「“おいで”」
イライアスはポンポンと自分の隣を叩く。ここに来いという意味だろう。ジェシカは立ち上がり、ふかふかのベッドの上にあがり、イライアスの傍に座った。
「ありがとう。初めてのプレイなのに、ここまで順調だ。偉かったな。冷たい床に座らせてすまなかった」
「ううん、ぜんぜん」
「良い子だ。でも、嫌なことがあったらちゃんと言ってほしい」
Domのコマンドを拒むと、時によってSubは「支配するDomのコマンドが聞けなかった」と自分を責めてしまう。だからこそ、イライアスは先んじてジェシカが拒否しやすいように気遣ったのだろう。言葉の端々から、冷徹騎士と呼ばれる彼らしからぬ優しさが滲み出る。
(ああ、こんなに優しくされたら、勘違いしそうになる……)
ジェシカはぎゅっと唇を引き結んだ。
結局、イライアスがジェシカに優しくするのは、イライアスがDomだからであり、ジェシカがSubだからだ。DomはSubを支配することに悦びを覚え、SubはDomから支配されることに悦びを覚える。本能的にそういしたいと思ってしまうのだ。イライアスがジェシカに優しくするのは、この後支配しやすくするために違いない。
しかし、それをわかっていても、大切にされていると思うと嬉しくてたまらない。イライアスの支配は、ジェシカのプライドを一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの威力を持っていた。
今だけでも、いい。イライアスに与えられた、この甘美な時間を堪能したい。
イライアスの指先がジェシカの頬を包み込むように撫で、そして首筋に触れる。まだ手のひらで撫でられているだけなのに、まるで全身を愛撫されているかのような錯覚に陥る。なぜか下腹の奥がきゅうっと力が入った。
イライアスに触られた場所も、至近距離で絡む視線も、すべてが熱い。
じわりと肌に汗がにじんで、頭がぼうっとする。その熱に浮かされたまま、もっと命令して欲しいと思った。なんでも聞くから、もっと命令して欲しい。
「イライアス、次の命令は……?」
「ダメだ。少し、ペースが速すぎる。これ以上は、ジェシカの負担になるかもしれないから……」
「イライアスなら、大丈夫。……なんでも言うこと、聞けるから」
口の中で「お願い」と呟く。目に涙の膜が張って、視界が霞む中、イライアスの熱を宿した瞳がふいにぎらりと光った気がした。
「……ジェシカは、人の理性をぶち壊すようなことを平気で言う」
強い感情を抑えるような掠れた低い声が、苦々しく呟く。
火照りがおさまらないジェシカの頬に優しく手を添えて、イライアスは次のコマンドを口にした。
「“キスして”」
「……っ」
急なコマンドに、ジェシカはたじろいだ。それまではただ触れて、褒めるだけだった。それくらいなら、仲のいい友人たちとでもできる行為だ。しかし、キスとなると話は違う。
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