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本編
セーフワードって何ですか?(3)
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恭しく手を取り、イライアスはジェシカの指の先にキスをする。その仕草は、さながら恋愛小説の中の騎士が、自らが仕える姫に忠誠を誓うような場面を彷彿とさせた。イライアスの整った顔はさながら本物の王子のようで、ジェシカの胸がざわめく。
優しいキスは指先だけで終わるかと思いきや、イライアスの唇が、柔らかくキスをしながら指先から手首を辿りはじめる。慌てて手を引っ込めようとしたものの、真剣な眼差しに囚われて、ジェシカは指先一つ動かせなくなった。
イライアスはぎゅっとジェシカの手を握り、時間をかけて手首から肘の内側へと啄むようなキスを落としていく。キスをされた場所から、ぴりぴりとした何かが身体を駆け巡り、それが脳髄に届いて思考を鈍麻させていく。薄い皮膚の下の血管が、どくどくと脈打った。息が上がり、呼吸もままならない。
(な、なによ、これ……)
純真なジェシカは、こうして唇で身体を探られたことはただの一度だってない。せいぜい、父親に「ジェシカは可愛すぎて食べたくなる」と頬に連続でキスを食らわされたくらいが関の山だ。
ついに肘の裏を唇で触れられ、くすぐったさに思わず身を竦めると、イライアスはパッとジェシカから身体を離した。
「……すまない、やりすぎたか?」
なにかを堪えるように顰められた眉間の下で、群青色の瞳が探るようにこちらを見ている。どうやら、ジェシカがどこまで接触を許すか試していたらしい。ジェシカは顔を真っ赤にした。
「そ、そういうことはっ、しなくていい……っ! もっとこう、Domらしくコマンドをズバズバ言うとかしてっ!」
「だからそういうのは偏見だといっているだろう。まったくジェシカは、ムードもへったくれもないな……」
呆れたような口調だったが、イライアスはキスをやめる。約束した通りジェシカが嫌がることはしないつもりのようだ。
「これからいくつかコマンドを使わせてもらう。嫌だと思ったり、辛いと思ったらちゃんとセーフワードを使ってくれ。いいな?」
「うん」
驚くほどに素直に頷いてしまったのは、先ほどの先ほどの甘いキスの余韻で頭がぼんやりしていたせいだ。いつものジェシカなら、多少は抵抗したり、憎まれ口を叩いたりするだろう。
「“跪いて”」
低い声で紡がれたコマンドに、身体はすぐに反応した。
ジェシカは自分からベッドを降り、イライアスの足元にぺたんと座る。それだけで胸の奥からたまらない気持ちがこみ上げてくる。彼の命令に従い、褒められたい。身体の芯からすべて捧げ、支配されたい。そんな欲求で頭の中がいっぱいになる。
褒めてほしいと見上げた先で、こちらを見る群青色の瞳と目が合う。
「よくできたな。いい子だ。では、“俺を見て”」
ジェシカは背筋を伸ばしてイライアスを見つめる。イライアスは目を細めた。
「良い子だ、ジェシカ。本当に綺麗な目をしている」
いつもは冷たい目が、プレイの時だけ見たこともないほどに優しく細められる。新緑色の眼が勝手に潤んでいく。
期待通り褒められ、大きな手が頭を撫でた瞬間、身体がふわりと軽くなる。ジェシカを撫でるその手つきはどこまでも優しい。
(うれしい……)
基本的なコマンドに従い、褒められただけで、ジェシカは言いようのない幸福感に包まれる。心の奥底に燻っていた焦燥感が、たちどころに消えていくようだ。
大きな手が、ジェシカの頭を優しく撫でた。
「俺のコマンドに従ってくれてありがとう」
「……イライアスも、嬉しいの?」
「もちろんだ。こうやって命令して、応えてもらうのがDomとしての喜びだからな。ジェシカを支配できて光栄に思っている」
支配、という日常ではあまり耳にしない言葉を聞いた瞬間、ジェシカは喉をコクリと鳴らした。目の前のDomに支配されているという事実が、ジェシカのSubとしての本能を満たしていく。相手がイライアスだという点はいただけないが、この際甘んじて受け入れるしかないだろう。
もっと褒めてほしくて、ジェシカは床に座ったまま、イライアスの脚に頬をころんと寄せる。
「イライアス……」
「うん?」
「私、もっとちゃんとできるのよ?」
上目遣いで、次のコマンドがほしいと暗に告げる。
イライアスは息を呑み、額に手を当てて悩ましげなため息をつく。
「ジェシカのおねだりの破壊力は予想以上にすごいな……。これだけで、頭がおかしくなりそうになる。じゃあ、“こっちを向いて”」
イライアスの腿に頭を預けていたジェシカが、頭を少し動かして目線をイライアスに向ける。
ジェシカの緑色の双眸がイライアスを映した。犬猿の仲の二人がこうして向き合うことは珍しい。イライアスは、なにか痛みを堪えるような不思議な表情になった。
「……小さい頃から、きれいな瞳だと思っていた。ジェシカの瞳は、角度によって少しずつ色が違ってみえるんだ。エメラルドのように濃い緑もあれば、光を浴びた新芽のように淡い色にもなる。深い森の湖畔のようにキラキラ輝く時もあって、見ていて飽きない」
「そんなこと考えてたの?」
「当たり前だろう。ジェシカのすべてを、余すことなく見つめていたんだから」
まるで、イライアスがジェシカをずっと長い間じっと見ていたような言いようだ。
(変なの……)
確かに、イーライと呼んでいた彼なら、そうだったのかもしれない。彼はいつも熱心にジェシカを見つめていた。しかし、騎士団に入ってからのイライアスは、ジェシカとずっと接触を避けていた。時々矢のように鋭い視線を寄こすことはあっても、その視線はすぐにそらされた。
優しいキスは指先だけで終わるかと思いきや、イライアスの唇が、柔らかくキスをしながら指先から手首を辿りはじめる。慌てて手を引っ込めようとしたものの、真剣な眼差しに囚われて、ジェシカは指先一つ動かせなくなった。
イライアスはぎゅっとジェシカの手を握り、時間をかけて手首から肘の内側へと啄むようなキスを落としていく。キスをされた場所から、ぴりぴりとした何かが身体を駆け巡り、それが脳髄に届いて思考を鈍麻させていく。薄い皮膚の下の血管が、どくどくと脈打った。息が上がり、呼吸もままならない。
(な、なによ、これ……)
純真なジェシカは、こうして唇で身体を探られたことはただの一度だってない。せいぜい、父親に「ジェシカは可愛すぎて食べたくなる」と頬に連続でキスを食らわされたくらいが関の山だ。
ついに肘の裏を唇で触れられ、くすぐったさに思わず身を竦めると、イライアスはパッとジェシカから身体を離した。
「……すまない、やりすぎたか?」
なにかを堪えるように顰められた眉間の下で、群青色の瞳が探るようにこちらを見ている。どうやら、ジェシカがどこまで接触を許すか試していたらしい。ジェシカは顔を真っ赤にした。
「そ、そういうことはっ、しなくていい……っ! もっとこう、Domらしくコマンドをズバズバ言うとかしてっ!」
「だからそういうのは偏見だといっているだろう。まったくジェシカは、ムードもへったくれもないな……」
呆れたような口調だったが、イライアスはキスをやめる。約束した通りジェシカが嫌がることはしないつもりのようだ。
「これからいくつかコマンドを使わせてもらう。嫌だと思ったり、辛いと思ったらちゃんとセーフワードを使ってくれ。いいな?」
「うん」
驚くほどに素直に頷いてしまったのは、先ほどの先ほどの甘いキスの余韻で頭がぼんやりしていたせいだ。いつものジェシカなら、多少は抵抗したり、憎まれ口を叩いたりするだろう。
「“跪いて”」
低い声で紡がれたコマンドに、身体はすぐに反応した。
ジェシカは自分からベッドを降り、イライアスの足元にぺたんと座る。それだけで胸の奥からたまらない気持ちがこみ上げてくる。彼の命令に従い、褒められたい。身体の芯からすべて捧げ、支配されたい。そんな欲求で頭の中がいっぱいになる。
褒めてほしいと見上げた先で、こちらを見る群青色の瞳と目が合う。
「よくできたな。いい子だ。では、“俺を見て”」
ジェシカは背筋を伸ばしてイライアスを見つめる。イライアスは目を細めた。
「良い子だ、ジェシカ。本当に綺麗な目をしている」
いつもは冷たい目が、プレイの時だけ見たこともないほどに優しく細められる。新緑色の眼が勝手に潤んでいく。
期待通り褒められ、大きな手が頭を撫でた瞬間、身体がふわりと軽くなる。ジェシカを撫でるその手つきはどこまでも優しい。
(うれしい……)
基本的なコマンドに従い、褒められただけで、ジェシカは言いようのない幸福感に包まれる。心の奥底に燻っていた焦燥感が、たちどころに消えていくようだ。
大きな手が、ジェシカの頭を優しく撫でた。
「俺のコマンドに従ってくれてありがとう」
「……イライアスも、嬉しいの?」
「もちろんだ。こうやって命令して、応えてもらうのがDomとしての喜びだからな。ジェシカを支配できて光栄に思っている」
支配、という日常ではあまり耳にしない言葉を聞いた瞬間、ジェシカは喉をコクリと鳴らした。目の前のDomに支配されているという事実が、ジェシカのSubとしての本能を満たしていく。相手がイライアスだという点はいただけないが、この際甘んじて受け入れるしかないだろう。
もっと褒めてほしくて、ジェシカは床に座ったまま、イライアスの脚に頬をころんと寄せる。
「イライアス……」
「うん?」
「私、もっとちゃんとできるのよ?」
上目遣いで、次のコマンドがほしいと暗に告げる。
イライアスは息を呑み、額に手を当てて悩ましげなため息をつく。
「ジェシカのおねだりの破壊力は予想以上にすごいな……。これだけで、頭がおかしくなりそうになる。じゃあ、“こっちを向いて”」
イライアスの腿に頭を預けていたジェシカが、頭を少し動かして目線をイライアスに向ける。
ジェシカの緑色の双眸がイライアスを映した。犬猿の仲の二人がこうして向き合うことは珍しい。イライアスは、なにか痛みを堪えるような不思議な表情になった。
「……小さい頃から、きれいな瞳だと思っていた。ジェシカの瞳は、角度によって少しずつ色が違ってみえるんだ。エメラルドのように濃い緑もあれば、光を浴びた新芽のように淡い色にもなる。深い森の湖畔のようにキラキラ輝く時もあって、見ていて飽きない」
「そんなこと考えてたの?」
「当たり前だろう。ジェシカのすべてを、余すことなく見つめていたんだから」
まるで、イライアスがジェシカをずっと長い間じっと見ていたような言いようだ。
(変なの……)
確かに、イーライと呼んでいた彼なら、そうだったのかもしれない。彼はいつも熱心にジェシカを見つめていた。しかし、騎士団に入ってからのイライアスは、ジェシカとずっと接触を避けていた。時々矢のように鋭い視線を寄こすことはあっても、その視線はすぐにそらされた。
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