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本編
イノシシ娘は絶好調(4)
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「はい。ウォグホーン子爵からの承認もすでに得ており、パートナー登録も終わっています」
「おお、そうか……。パートナー登録まで完了していれば安心だな」
「ジェシカのことはなにも問題ありませんのでご心配なく。かかりつけ医のハンナ・ロビンソンと連携して、フォローをしていきます」
「ああ、頼んだぞ。ジェシカは騎士団に必要な人材だ。そして、ジェシカ。ダイナミクスは思ったより厄介だということをゆめゆめ忘れるな」
あからさまに安堵の表情を浮かべながら、騎士団長は改めてジェシカに向かいあった。百戦錬磨の重く鋭い瞳が大真面目にこちらを見る。
「日常生活に支障が出る前に定期的にイライアスとプレイをするように。これは命令だ」
「なっ……」
純真なジェシカはボフンと顔を赤らめた。
尊敬する騎士団長に「騎士団にとって必要な人材」と言われたのは、とても誇らしい。しかし、定期的なプレイを幼なじみとやれと命じられるとなると、話は別だ。
(は、恥ずかしすぎる! っていうか、今の騎士団長の話だと良い感じの人を紹介してくれる流れだったじゃない!)
イライアスとの約束では、ジェシカが新たなパートナーを見つければ、パートナーは解消する、という話だったはずだ。それならば、父の旧い友人でもあり、人脈も豊富な騎士団長に話をつないでもらった方が話は早い。
「あ、あのっ! イライアスじゃなくても、もし誰かご紹介いただけるなら――」
「騎士団長、次のお約束のお時間が迫っています。――ジェシカ、イライアス、すまないが退室願いたい」
無情にも急に部屋に入ってきた秘書官が話を中断させ、ふたりに部屋から出るように伝える。どうやら時間切れらしい。
まだ言いたいことが山ほどあったジェシカは狼狽えたものの、イライアスが「行くぞ」と冷たく言い放ったため、仕方なく部屋をあとにする。
パタン、と重厚なドアが閉まったあと、ジェシカは両手で顔を覆い、廊下の壁にもたれかかったままズルズルとしゃがみこんだ。
「ううっ、なんで騎士団長にプレイのことまで口だしされなきゃいけないのよぉ……」
「仕方ないだろう。DomでもSubでも定期的に欲求を発散しなければ、精神的にも肉体的にも影響がある。ジェシカはああでも言われないとプレイをしたがらないと、騎士団長も分かっているんだろう」
「で、でも……」
「自己管理の一環として受け入れろ」
無情にもそれだけ言い放つと、イライアスはさっさと踵を返した。ジェシカものろのろとイライアスのあとを追う。
恥ずかしさのあまり涙目になるジェシカとは対照的に、イライアスは相変わらず冷静だった。騎士団長も大概だが、それを平然と受け入れるイライアスも問題だ。少しはこちらの羞恥心を理解してもらいたい。
(こんな冷血漢がパートナーなんて……)
ジェシカはちらりと隣を歩くイライアスを見る。
怜悧なその横顔は誰もが見惚れるほどに整っている。実際、イライアスは騎士団の女騎士たちには絶大な人気があるのはもちろんのこと、貴族令嬢の中でもかなりモテるらしいと風の噂で聞いている。
絶世の美女であるノトカー家のお嬢様がイライアスにゾッコンだ、とか、男爵家の娘がイライアスに一目惚れをして婚約者と揉めただとか、そういった類の噂は嫌でも耳に入ってくるのだ。
相手であれば選び放題のはずなのに、わざわざ没落貴族の娘であるジェシカをパートナーに選ぶ理由が分らない。
むしろ、こんなガサツな女騎士をパートナーに選んだことで、イライアスの品位が疑われてしまうのではないかとジェシカは不安になる。
イライアスはローデ伯爵だ。彼への悪評は、そのままローデ家の悪評へと繋がってしまう。もっと容姿や家柄が良い相手をパートナーにした方がいいに決まっている。そう思うと、胸の奥がずきりと傷んだ。
(私なんて、傷と痣だらけだし、髪の毛はボサボサだし、生意気で可愛げがないってよく言われるし……)
考えれば考えるほど、先にパートナーを解消したいと言い出すのはイライアスのような気がしてきた。
「……別に、私が嫌だったらそっちからパートナーを解消してくれていいんだからね」
思わず口からついてでた一言に、イライアスが足をピタリと止めた。急に足を止めたイライアスに、ジェシカもつられて足を止める。見上げると、群青色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。あまりに真剣なまなざしに、ジェシカはたじろぐ。
「な、なによ」
「ジェシカ、この際ハッキリ言わせてもらうが、俺からパートナーを解消する気はない」
強い口調で、イライアスは宣言する。驚いて目を丸くするジェシカを、イライアスは素早く抱きすくめ、首元に頭を埋めた。
「んなっ……!?」
ふいに、首筋に鋭い痛みが走る。ゆっくりとイライアスの体温が離れていった。
ジェシカはぽかん、としたあと、首筋に手を当てた。どうやら首筋にキスマークをつけられたらしいと、ジェシカは遅れて気が付く。
「な、な、な、なにすんのよ! 誰かが見てたらどうするの!」
「カラーの代わりだ。多少の虫よけくらいにはなるだろう」
どうやらジェシカがカラーを受け取らなかったのを、イライアスは根に持っていたらしい。イライアスはそれ以上何も言わずに、スタスタと歩き出す。
ジェシカは首元のキスマークのあるあたりを撫でながら、先を歩くイライアスの背中を見上げた。広い背中からは、なんの感情も読み取れない。
「義務感でパートナーになったくせに、カラーを送ってくるわ、それを拒否すれば代わりにキスマークなんかつけるわ! 勝手すぎるでしょ……!」
ゆでだこのように顔を真っ赤にしたジェシカの一言に、イライアスは何も答えなかった。
「おお、そうか……。パートナー登録まで完了していれば安心だな」
「ジェシカのことはなにも問題ありませんのでご心配なく。かかりつけ医のハンナ・ロビンソンと連携して、フォローをしていきます」
「ああ、頼んだぞ。ジェシカは騎士団に必要な人材だ。そして、ジェシカ。ダイナミクスは思ったより厄介だということをゆめゆめ忘れるな」
あからさまに安堵の表情を浮かべながら、騎士団長は改めてジェシカに向かいあった。百戦錬磨の重く鋭い瞳が大真面目にこちらを見る。
「日常生活に支障が出る前に定期的にイライアスとプレイをするように。これは命令だ」
「なっ……」
純真なジェシカはボフンと顔を赤らめた。
尊敬する騎士団長に「騎士団にとって必要な人材」と言われたのは、とても誇らしい。しかし、定期的なプレイを幼なじみとやれと命じられるとなると、話は別だ。
(は、恥ずかしすぎる! っていうか、今の騎士団長の話だと良い感じの人を紹介してくれる流れだったじゃない!)
イライアスとの約束では、ジェシカが新たなパートナーを見つければ、パートナーは解消する、という話だったはずだ。それならば、父の旧い友人でもあり、人脈も豊富な騎士団長に話をつないでもらった方が話は早い。
「あ、あのっ! イライアスじゃなくても、もし誰かご紹介いただけるなら――」
「騎士団長、次のお約束のお時間が迫っています。――ジェシカ、イライアス、すまないが退室願いたい」
無情にも急に部屋に入ってきた秘書官が話を中断させ、ふたりに部屋から出るように伝える。どうやら時間切れらしい。
まだ言いたいことが山ほどあったジェシカは狼狽えたものの、イライアスが「行くぞ」と冷たく言い放ったため、仕方なく部屋をあとにする。
パタン、と重厚なドアが閉まったあと、ジェシカは両手で顔を覆い、廊下の壁にもたれかかったままズルズルとしゃがみこんだ。
「ううっ、なんで騎士団長にプレイのことまで口だしされなきゃいけないのよぉ……」
「仕方ないだろう。DomでもSubでも定期的に欲求を発散しなければ、精神的にも肉体的にも影響がある。ジェシカはああでも言われないとプレイをしたがらないと、騎士団長も分かっているんだろう」
「で、でも……」
「自己管理の一環として受け入れろ」
無情にもそれだけ言い放つと、イライアスはさっさと踵を返した。ジェシカものろのろとイライアスのあとを追う。
恥ずかしさのあまり涙目になるジェシカとは対照的に、イライアスは相変わらず冷静だった。騎士団長も大概だが、それを平然と受け入れるイライアスも問題だ。少しはこちらの羞恥心を理解してもらいたい。
(こんな冷血漢がパートナーなんて……)
ジェシカはちらりと隣を歩くイライアスを見る。
怜悧なその横顔は誰もが見惚れるほどに整っている。実際、イライアスは騎士団の女騎士たちには絶大な人気があるのはもちろんのこと、貴族令嬢の中でもかなりモテるらしいと風の噂で聞いている。
絶世の美女であるノトカー家のお嬢様がイライアスにゾッコンだ、とか、男爵家の娘がイライアスに一目惚れをして婚約者と揉めただとか、そういった類の噂は嫌でも耳に入ってくるのだ。
相手であれば選び放題のはずなのに、わざわざ没落貴族の娘であるジェシカをパートナーに選ぶ理由が分らない。
むしろ、こんなガサツな女騎士をパートナーに選んだことで、イライアスの品位が疑われてしまうのではないかとジェシカは不安になる。
イライアスはローデ伯爵だ。彼への悪評は、そのままローデ家の悪評へと繋がってしまう。もっと容姿や家柄が良い相手をパートナーにした方がいいに決まっている。そう思うと、胸の奥がずきりと傷んだ。
(私なんて、傷と痣だらけだし、髪の毛はボサボサだし、生意気で可愛げがないってよく言われるし……)
考えれば考えるほど、先にパートナーを解消したいと言い出すのはイライアスのような気がしてきた。
「……別に、私が嫌だったらそっちからパートナーを解消してくれていいんだからね」
思わず口からついてでた一言に、イライアスが足をピタリと止めた。急に足を止めたイライアスに、ジェシカもつられて足を止める。見上げると、群青色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。あまりに真剣なまなざしに、ジェシカはたじろぐ。
「な、なによ」
「ジェシカ、この際ハッキリ言わせてもらうが、俺からパートナーを解消する気はない」
強い口調で、イライアスは宣言する。驚いて目を丸くするジェシカを、イライアスは素早く抱きすくめ、首元に頭を埋めた。
「んなっ……!?」
ふいに、首筋に鋭い痛みが走る。ゆっくりとイライアスの体温が離れていった。
ジェシカはぽかん、としたあと、首筋に手を当てた。どうやら首筋にキスマークをつけられたらしいと、ジェシカは遅れて気が付く。
「な、な、な、なにすんのよ! 誰かが見てたらどうするの!」
「カラーの代わりだ。多少の虫よけくらいにはなるだろう」
どうやらジェシカがカラーを受け取らなかったのを、イライアスは根に持っていたらしい。イライアスはそれ以上何も言わずに、スタスタと歩き出す。
ジェシカは首元のキスマークのあるあたりを撫でながら、先を歩くイライアスの背中を見上げた。広い背中からは、なんの感情も読み取れない。
「義務感でパートナーになったくせに、カラーを送ってくるわ、それを拒否すれば代わりにキスマークなんかつけるわ! 勝手すぎるでしょ……!」
ゆでだこのように顔を真っ赤にしたジェシカの一言に、イライアスは何も答えなかった。
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