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本編

私がSubってマジですか(2)

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 呆然とするジェシカの顔を、ハンナは覗き込む。

「ダイナミクスの発現は一般的に前兆があるとされているわ。一応聞くけど、ここ数週間で顔が火照ったり、手足が震えたりすることはなかった? 不眠とか、風邪みたいな症状とか……」
「確かにあった……」

 むしろ、心当たりがありすぎる。
 口元を押さえ、ハッとした顔をしたジェシカの腕を、ハンナはぽこぽこ叩いた。
 
「もう、バカ! そういう時はすぐに私に相談してよ! なんで相談してくれなかったの?」
「いや、夏風邪だろうし、気合で治るかなって……」
「ジェシカの脳筋! 初めてダイナミクスが発現した時は、誰しも精神的にも肉体的にもすごく不安定になるのよ。特にSubは大変で、適切な処置がなければ、極度の疲労状態に陥ったり、抑うつ状態になったりして、死んじゃうことだってあるのに!」
「ご、ごめんなさい……」
「まったく、昔からそうだけどジェシカは自分のことに鈍感すぎる! その調子でぼんやりしてたら、Domだらけの騎士団じゃ生きていけないわよ! あっという間に支配されて、衣服をひん剥かれてあんなことやこんなことに……」
「ウワーッ! なに想像してるのよ! そ、それはないッ!! 絶対、絶対ないからっ!」

 耳まで真っ赤にしたジェシカは、勢いよく首を振る。

「だって、相手は私よ? いくら私がSubだからって、イノシシ娘のジェシカ・ウォグホーンを襲うような命知らずは、まず騎士団にいないわよ」

 万年二番手という不名誉な地位に甘んじてはいるものの、ジェシカもまた優秀な騎士だ。筋力ではほかの騎士たちよりやや劣るものの、瞬発力や身体のしなやかさは天性のセンスがある。また、野性的な勘が働くため、危機回避能力も群を抜いていた。
 しかし、ハンナは「やれやれ」と言いながら、首を振る。
 
「馬鹿ね、ジェシカ。Subだってわかった以上、今まで通りに暮らせると思っちゃダメ。ジェシカがSubだってわかった瞬間、目の色を変えてジェシカを狙うDomなんていっぱいいると思うわよ」
「私が可愛い? まさか。そんなこと言ってくれるのは近所の肉屋のおじいちゃんだけよ。お孫さんに似てるらしくて」
ちがーうっ! ジェシカはちゃんとドレスを着て、髪を整えれば、誰もが振り向くお姫様になるポテンシャルを持ってるの! っていうか、ジェシカはれっきとした貴族のお嬢様でしょ。本当は舞踏会やお茶会に行くような高貴な人のはずなのに、こんなむさくるしいところで暴漢とか、酔っ払いとかの相手ばっかりして……」

 力説するハンナに、ジェシカは半笑いになった。
 これと言って特徴のない緑色の眼に、オレンジ色に近い赤髪。女性の割には高身長で、女らしい丸みとは無縁の身体には常に痣や生傷が絶えない。並大抵の男たちよりも腕っぷしの強い、勝気な女騎士。そんな女を、誰が好きになるというのだろう。
 それに、ジェシカだって好き好んでむさくるしい騎士団に入ったわけではない。
 祖父の代で没落し、借金の返済のために広かった領土の大半を売り払ってしまったウォグホーン子爵家は、絵にかいたような「名ばかり貴族」だった。残った土地は痩せ、領民たちも少ない。
 父の代でなんとか持ち直したとはいえ、ジェシカも出稼ぎに出なければ、ウォグホーン家の家計は火の車なのだ。実家の屋敷にはまだまだ食べ盛りの双子の弟たちもいる。おかげで、ジェシカは子爵家の娘だが、社交デビューすらしていない。
 そんなジェシカに縁談などあるわけもなく、こうして騎士団の騎士として実家に仕送りをしながら働いている。

「……まあ、とりあえず定期的に抑制剤飲んで、Subだってバレないようにすればいいんでしょ。この騎士団の仕事を辞めるわけにもいかないし」

 月々の抑制剤代もかかるだろうし、毎月の仕送りがやや苦しくなるだろうが、仕事を失うよりマシだ。
 それに、ジェシカ自身も、自分がSubであると周囲に伝える気は毛頭なかった。
 もちろん、ジェシカがSubだと分かったとしても、騎士団の同僚たちが態度を変えることはないだろう。しかし、誇り高い騎士としての矜持から、自分がSub――命令に服従し、庇護されたいという願望をもつ性なのだと知られるのは、強い忌避感があった。
 ハンナは呆れた顔をして大きくため息をつく。

「はあ、ジェシカならそう言うと思ったわ! ダイナミクスは病気じゃないんだから、抑制剤にばかり頼っちゃダメにきまってるでしょ。抑制剤の服用は身体にすごく負担がかかるし、依存性だって高いの。なるべく飲まないようにして。だから、プレイができるDomのパートナーを探してね」
「ええっ、パートナーを探さなきゃダメなの!?」
「安心して。ジェシカみたいな奥手で恋愛オンチな人たちのために、DomとSubをマッチングする国の紹介機関もあるから、そこに紹介してもらえば大丈夫。医師の紹介状があれば、誰だって利用できるのよ。それか、騎士団で適当な人を見繕ってもいいと思う」
「適当な人って、そうあっさり言われても困る!」
「じゃあ、まわりの人から探すことね。イライアス様だってDomでしょ。お家柄もしっかりしてるし、条件としては最高だと思うんだけど」
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