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本編
私がSubってマジですか(1)
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瞼に光を感じ、ジェシカが懐かしい夢から目を覚ますと、見慣れた天井が目に入ってきた。
「あれ、いつの間に私の部屋に……」
ジェシカがいたのは、古びた一室。ジェシカがいつも寝泊まりしている、騎士団本部にほど近い宿舎の一室だ。
ベッドに横たえられていた身体を起こすと、くらくらと眩暈がした。風邪をひいた時のように、頭がぼんやりする。ジェシカは頭を振って意識を失った前の記憶を手繰り寄せた。
(えっと、野盗たちに襲われたのを撃退して、身体がおかしくなって、イライアスが路地裏に連れて行ったわよね。それから、イライアスがなんか私がSubだの、パートナーになって支配するだの意味の分からないことを言って……)
どうやら、イライアスの前で気絶してしまったらしい。ということは、ここまで運んだのはイライアスなのだろう。
「ああもう、最悪! イライアスに助けられるなんて、一生の不覚だわ!」
枕ごと頭を抱えてジタバタしたその瞬間、急に部屋のドアがバーンと開いた。
「ジェシカ! 目が覚めたわね!」
部屋に入ってきたのは、第一騎士団の専属医であり、ジェシカの親友でもあるハンナ・ロビンソンだった。明るい茶色の癖毛と、野暮ったい白衣は、彼女のトレードマークだ。
ハンナは、右手に水がなみなみとはいったコップをもち、左手をポケットに突っこんだまま、器用に肘でドアを閉める。
「……ハンナ、おはよう」
「おはよう。良かったわ。頭の方は問題なさそうね。はい、水分補給をしっかりしてちょうだい」
差し出された冷たい水で喉を潤すと、少しだけ気持ちが落ち着くような気がした。
「まったく、任務中に倒れたっていうから、ついに死んだかと思って慌てたのよ! ジェシカは騎士団のイノシシ娘とか呼ばれてるし、ついに敵陣に単身一人で突っ込んじゃったのかと……。ほら、脈を測りたいから左手出して!」
ハンナは怒涛の勢いで喋りながら、テキパキとジェシカの身体中をチェックする。
やがて一通りのチェックが終わったハンナは、ふう、と安堵の息を漏らした。
「体調は大丈夫そうね。すっごく心配したのよ。健康優良児のジェシカが丸二日も目覚めなかったんだから」
「そんなに眠ってたの?」
「そうよ。どれだけ私が心配したと思ってるの? ここまで運んでくれたイライアス様にもお礼言っときなさいよ」
ジェシカは反射的に顔をしかめた。
「ハンナ、聞いて! イライアスが気絶する前に私のことSub呼ばわりしてきたの! 確かにちょっと失敗したけど、だからってそんなイヤミ言わなくても……」
「その件なんだけど」
ハンナは重たげなポケットをゴソゴソとまさぐると、手のひらサイズの濃い緑色の小瓶を取り出した。中にはとろりとした液体が入っている。
「はい、これが抑制剤。足りなくなれば、また処方するから」
「……よ、ヨクセイザイ? なんで?」
ジェシカは目を丸くする。抑制剤とは、DomやSubが自らの欲望を抑えるための薬のはず。Normalのジェシカにとっては縁遠いものだ。
混乱するジェシカを、ハンナはまっすぐ見つめた。
「落ち着いてよく聞いてちょうだい。ジェシカはね、Subだったの」
一瞬、ぎこちない沈黙が流れた。
「はぁ?」
ジェシカの頭のなかに、ハテナマークが大量に浮かぶ。
(わ、私が、Sub? イライアスが言ったことは本当だったってこと……?)
ジェシカはゆっくりパチパチと瞬きをした後、ややあって激しく首を振った。
「絶対違うに決まってる! 私は、第一騎士団の騎士なのよ。支配される側のSubなわけない! 第一、Subってもっとこう、小柄で庇護欲をかきたてられるような人のことを言うんじゃないの?」
「それはSubに対する偏見よ。どんなに力が強い人だってダイナミクスがSubの人はいるの。騎士団にも、何人かSubの騎士はいるでしょう?」
「た、確かにいるけど……」
未だに信じられずに言葉尻を濁すジェシカに、「私はNormalだから一般的なことしか言えないけれど」と一旦断ってから、ハンナは説明を始める。
「ダイナミクスっていうのは、睡眠欲や食欲と同じ。特定の人間が持っている本能的な欲求なのよ。個人の性質とは関係ないわ」
「でも、ダイナミクスが分かるのって14、5歳の時じゃなかった? 私はもう19歳なんだけど」
「きっと、ジェシカは二次性徴が遅れたんだと思う。ジェシカは日常的に騎士の訓練で身体に負荷がかかる運動をするでしょ? 実際に、騎士や肉体労働者階級のダイナミクスの発現が遅いって統計もでてるのよ」
「いやいやいや、でも、まさか私がSubって……」
冗談を言っているのかと思ってジェシカは半笑いでハンナの顔を見つめたものの、ハンナは真剣な顔をしている。冗談を言っているわけではないらしい。
驚きの新事実に、ジェシカはうろたえた。
19年ちかく自分が一般的なNormalだと思い込み、ダイナミクスにまるで関係のない生活をしてきた。急に自分がSubだ、と宣告されても、正直なところ現実味がない。
「あれ、いつの間に私の部屋に……」
ジェシカがいたのは、古びた一室。ジェシカがいつも寝泊まりしている、騎士団本部にほど近い宿舎の一室だ。
ベッドに横たえられていた身体を起こすと、くらくらと眩暈がした。風邪をひいた時のように、頭がぼんやりする。ジェシカは頭を振って意識を失った前の記憶を手繰り寄せた。
(えっと、野盗たちに襲われたのを撃退して、身体がおかしくなって、イライアスが路地裏に連れて行ったわよね。それから、イライアスがなんか私がSubだの、パートナーになって支配するだの意味の分からないことを言って……)
どうやら、イライアスの前で気絶してしまったらしい。ということは、ここまで運んだのはイライアスなのだろう。
「ああもう、最悪! イライアスに助けられるなんて、一生の不覚だわ!」
枕ごと頭を抱えてジタバタしたその瞬間、急に部屋のドアがバーンと開いた。
「ジェシカ! 目が覚めたわね!」
部屋に入ってきたのは、第一騎士団の専属医であり、ジェシカの親友でもあるハンナ・ロビンソンだった。明るい茶色の癖毛と、野暮ったい白衣は、彼女のトレードマークだ。
ハンナは、右手に水がなみなみとはいったコップをもち、左手をポケットに突っこんだまま、器用に肘でドアを閉める。
「……ハンナ、おはよう」
「おはよう。良かったわ。頭の方は問題なさそうね。はい、水分補給をしっかりしてちょうだい」
差し出された冷たい水で喉を潤すと、少しだけ気持ちが落ち着くような気がした。
「まったく、任務中に倒れたっていうから、ついに死んだかと思って慌てたのよ! ジェシカは騎士団のイノシシ娘とか呼ばれてるし、ついに敵陣に単身一人で突っ込んじゃったのかと……。ほら、脈を測りたいから左手出して!」
ハンナは怒涛の勢いで喋りながら、テキパキとジェシカの身体中をチェックする。
やがて一通りのチェックが終わったハンナは、ふう、と安堵の息を漏らした。
「体調は大丈夫そうね。すっごく心配したのよ。健康優良児のジェシカが丸二日も目覚めなかったんだから」
「そんなに眠ってたの?」
「そうよ。どれだけ私が心配したと思ってるの? ここまで運んでくれたイライアス様にもお礼言っときなさいよ」
ジェシカは反射的に顔をしかめた。
「ハンナ、聞いて! イライアスが気絶する前に私のことSub呼ばわりしてきたの! 確かにちょっと失敗したけど、だからってそんなイヤミ言わなくても……」
「その件なんだけど」
ハンナは重たげなポケットをゴソゴソとまさぐると、手のひらサイズの濃い緑色の小瓶を取り出した。中にはとろりとした液体が入っている。
「はい、これが抑制剤。足りなくなれば、また処方するから」
「……よ、ヨクセイザイ? なんで?」
ジェシカは目を丸くする。抑制剤とは、DomやSubが自らの欲望を抑えるための薬のはず。Normalのジェシカにとっては縁遠いものだ。
混乱するジェシカを、ハンナはまっすぐ見つめた。
「落ち着いてよく聞いてちょうだい。ジェシカはね、Subだったの」
一瞬、ぎこちない沈黙が流れた。
「はぁ?」
ジェシカの頭のなかに、ハテナマークが大量に浮かぶ。
(わ、私が、Sub? イライアスが言ったことは本当だったってこと……?)
ジェシカはゆっくりパチパチと瞬きをした後、ややあって激しく首を振った。
「絶対違うに決まってる! 私は、第一騎士団の騎士なのよ。支配される側のSubなわけない! 第一、Subってもっとこう、小柄で庇護欲をかきたてられるような人のことを言うんじゃないの?」
「それはSubに対する偏見よ。どんなに力が強い人だってダイナミクスがSubの人はいるの。騎士団にも、何人かSubの騎士はいるでしょう?」
「た、確かにいるけど……」
未だに信じられずに言葉尻を濁すジェシカに、「私はNormalだから一般的なことしか言えないけれど」と一旦断ってから、ハンナは説明を始める。
「ダイナミクスっていうのは、睡眠欲や食欲と同じ。特定の人間が持っている本能的な欲求なのよ。個人の性質とは関係ないわ」
「でも、ダイナミクスが分かるのって14、5歳の時じゃなかった? 私はもう19歳なんだけど」
「きっと、ジェシカは二次性徴が遅れたんだと思う。ジェシカは日常的に騎士の訓練で身体に負荷がかかる運動をするでしょ? 実際に、騎士や肉体労働者階級のダイナミクスの発現が遅いって統計もでてるのよ」
「いやいやいや、でも、まさか私がSubって……」
冗談を言っているのかと思ってジェシカは半笑いでハンナの顔を見つめたものの、ハンナは真剣な顔をしている。冗談を言っているわけではないらしい。
驚きの新事実に、ジェシカはうろたえた。
19年ちかく自分が一般的なNormalだと思い込み、ダイナミクスにまるで関係のない生活をしてきた。急に自分がSubだ、と宣告されても、正直なところ現実味がない。
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