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本編
女騎士、屈する(3)
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下町の細い路地を、イライアスは迷いなく進む。やがて辿りついたのは、人気のない路地裏の広場だった。住民たちが使う公共の水飲み場があり、陽の当らない場所に小さなベンチも据えてある。
ジェシカはそっとベンチに降ろされた。自力で座ることもままならず、ベンチの背もたれにぐったりと寄りかかる。息も上がったままだ。イライアスもまた、隣に座る。
「ジェシカ、助けに来るのが遅くなってすまなかった。まさか、こんなことになるなんて」
「別に……、イライアスのせいじゃな、い……」
「辛そうだな。朝から顔色が悪かった。だから、馬車周辺で待機するように行ったのに……」
イライアスの一言に、ジェシカはハッとする。
(私が体調が悪いって、イライアスは気付いてた……? まさか、そんな……)
イライアスとジェシカは犬猿の仲だ。喧嘩の時以外は、目さえ合わせない。そんな彼が、まさかジェシカの体調に気付いていたとは思えなかった。
イライアスは上体を屈めてジェシカの顔を覗きこむ。
「落ち着いて呼吸しろ。鼻から息を吸って、ゆっくり口から吐き出せ」
「む、……りっ……」
当たり前の呼吸すらできないから困っているのだ。ジェシカは潤んだ目でイライアスを睨みつけた。
いろいろ言いたいことはあったが、少し喋るだけで自分の声が頭にガンガンと響き、頭痛がひどくなる一方だ。
はっはっ、と浅い息を繰り返すジェシカを、イライアスは痛ましそうに見つめ、 ジェシカの額に張り付いていた前髪を払った。
「やはり、やるしかないか」
「なに、よ……?」
「……ジェシカ、“俺を見て”」
その瞬間、ジェシカの身体は電流が走ったようにビクリと震えた。この命令には強制力がある。コマンドだ。まるで操り人形のように、ジェシカの瞳は勝手に動いて隣に座るイライアスの瞳を見つめてしまう。
冴え冴えと光る群青色の瞳が、ジェシカを射抜いた。視線を外そうとしたものの、まるで引き込まれるように目が離せない。
イライアスは命令に従ったジェシカに軽く頷いてみせる。
「ちゃんとコマンドが聞けたな。いい子だ」
「ひゃ……っ!?」
その瞬間、ジェシカの身体に得体の知れない悦楽がじわじわと広がった。不快に火照るばかりだった身体に、心地よい熱がふわりと広がる。
(なに、これ……?)
とろんとした目でイライアスを見つめると、イライアスが見つめ返してくる。
圧倒的な支配者を前にするような、そんな感覚に陥った。オオカミに睨まれたウサギのような気分だ。身体がすくんで動けない。そして、信じられないことにジェシカはそれを心地よいと思っていた。
「さっきはDomから急に支配されて驚いただろう。もう怖くない。ほら、“おいで”」
イライアスが両手を広げると、ジェシカはふらふらと吸い寄せられるようにその腕の中に納まった。身体が勝手にイライアスの言うことに従っている。
「ああ、ちゃんとコマンドが聞けたな。偉いぞ。よく頑張ってくれたな」
「ふぁぁん……♡」
イライアスに頭を撫でられたとたん、ジェシカの口からよく分からない嬌声が飛び出した。もちろん、断じてジェシカの意志で出た声ではない。
(なにこれ、なにこれ、なにこれぇ……!?)
大混乱状態ではあるものの、蕩けるような多幸感に包まれた脳が正常に機能せず、思考が追い付かない。
ジェシカは困惑した。憎きライバルから抱きしめられ、嬉しくてたまらないなんて、訳が分からない。それよりも、どうして自分は目の前のいけ好かない男に「支配されたい」などと思っているのだろう?
ひとりパニックになるジェシカをよそに、イライアスは軽々と彼女を抱き上げた。
「心拍数の上昇、発汗に、意識混濁、その他もろもろ……。それはダイナミクス初期発現時の、典型的な症状だ」
「ふぇ……?」
「そして、ジェシカは今、Domである俺のコマンドに従っている。つまり、ダイナミクスがSubだってことだ」
「わたし、が……、Sub……?」
そんな、馬鹿な。
ジェシカの口をパクパクさせたが、もはや掠れたうめき声しか出ない。身体の限界はとっくに超えていたらしい。
ぐったりともたれかかるジェシカの耳元で、イライアスは甘く囁いた。
「なにも問題はない。今日から、俺がジェシカを支配してやるから」
(それだけは絶対に嫌――ッ!!)
辛うじて心の片隅にあった理性的な部分が絶叫する。しかし、ジェシカの身体はもはや全くいうことを聞いてくれない。
大いなる混乱と魔訶不思議な多幸感に包まれながら、ジェシカはついに意識を手放した。
ジェシカはそっとベンチに降ろされた。自力で座ることもままならず、ベンチの背もたれにぐったりと寄りかかる。息も上がったままだ。イライアスもまた、隣に座る。
「ジェシカ、助けに来るのが遅くなってすまなかった。まさか、こんなことになるなんて」
「別に……、イライアスのせいじゃな、い……」
「辛そうだな。朝から顔色が悪かった。だから、馬車周辺で待機するように行ったのに……」
イライアスの一言に、ジェシカはハッとする。
(私が体調が悪いって、イライアスは気付いてた……? まさか、そんな……)
イライアスとジェシカは犬猿の仲だ。喧嘩の時以外は、目さえ合わせない。そんな彼が、まさかジェシカの体調に気付いていたとは思えなかった。
イライアスは上体を屈めてジェシカの顔を覗きこむ。
「落ち着いて呼吸しろ。鼻から息を吸って、ゆっくり口から吐き出せ」
「む、……りっ……」
当たり前の呼吸すらできないから困っているのだ。ジェシカは潤んだ目でイライアスを睨みつけた。
いろいろ言いたいことはあったが、少し喋るだけで自分の声が頭にガンガンと響き、頭痛がひどくなる一方だ。
はっはっ、と浅い息を繰り返すジェシカを、イライアスは痛ましそうに見つめ、 ジェシカの額に張り付いていた前髪を払った。
「やはり、やるしかないか」
「なに、よ……?」
「……ジェシカ、“俺を見て”」
その瞬間、ジェシカの身体は電流が走ったようにビクリと震えた。この命令には強制力がある。コマンドだ。まるで操り人形のように、ジェシカの瞳は勝手に動いて隣に座るイライアスの瞳を見つめてしまう。
冴え冴えと光る群青色の瞳が、ジェシカを射抜いた。視線を外そうとしたものの、まるで引き込まれるように目が離せない。
イライアスは命令に従ったジェシカに軽く頷いてみせる。
「ちゃんとコマンドが聞けたな。いい子だ」
「ひゃ……っ!?」
その瞬間、ジェシカの身体に得体の知れない悦楽がじわじわと広がった。不快に火照るばかりだった身体に、心地よい熱がふわりと広がる。
(なに、これ……?)
とろんとした目でイライアスを見つめると、イライアスが見つめ返してくる。
圧倒的な支配者を前にするような、そんな感覚に陥った。オオカミに睨まれたウサギのような気分だ。身体がすくんで動けない。そして、信じられないことにジェシカはそれを心地よいと思っていた。
「さっきはDomから急に支配されて驚いただろう。もう怖くない。ほら、“おいで”」
イライアスが両手を広げると、ジェシカはふらふらと吸い寄せられるようにその腕の中に納まった。身体が勝手にイライアスの言うことに従っている。
「ああ、ちゃんとコマンドが聞けたな。偉いぞ。よく頑張ってくれたな」
「ふぁぁん……♡」
イライアスに頭を撫でられたとたん、ジェシカの口からよく分からない嬌声が飛び出した。もちろん、断じてジェシカの意志で出た声ではない。
(なにこれ、なにこれ、なにこれぇ……!?)
大混乱状態ではあるものの、蕩けるような多幸感に包まれた脳が正常に機能せず、思考が追い付かない。
ジェシカは困惑した。憎きライバルから抱きしめられ、嬉しくてたまらないなんて、訳が分からない。それよりも、どうして自分は目の前のいけ好かない男に「支配されたい」などと思っているのだろう?
ひとりパニックになるジェシカをよそに、イライアスは軽々と彼女を抱き上げた。
「心拍数の上昇、発汗に、意識混濁、その他もろもろ……。それはダイナミクス初期発現時の、典型的な症状だ」
「ふぇ……?」
「そして、ジェシカは今、Domである俺のコマンドに従っている。つまり、ダイナミクスがSubだってことだ」
「わたし、が……、Sub……?」
そんな、馬鹿な。
ジェシカの口をパクパクさせたが、もはや掠れたうめき声しか出ない。身体の限界はとっくに超えていたらしい。
ぐったりともたれかかるジェシカの耳元で、イライアスは甘く囁いた。
「なにも問題はない。今日から、俺がジェシカを支配してやるから」
(それだけは絶対に嫌――ッ!!)
辛うじて心の片隅にあった理性的な部分が絶叫する。しかし、ジェシカの身体はもはや全くいうことを聞いてくれない。
大いなる混乱と魔訶不思議な多幸感に包まれながら、ジェシカはついに意識を手放した。
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