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本編

異変(2)

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 脇腹をさすりながら、ダンは「ちぇ」と唇を尖らせた。

「あーあ、黙ってたらSubが寄ってくるイライアスが羨ましいぜ。あいつはDomだし、貴族だし、おまけにあの顔だろ? どんなSubとも遊び放題なんだろうなぁ……」

 イライラス、という単語に、ジェシカの眉がピクリと動いた。

「……イライアスも、Subを探しに酒場に行ったりするのかしら」
「いやいや、イライアスが行くわけないだろ。高貴な貴族様のDomは、黙っててもSubがわんさか集まってくるもんだ。貴族のDomは、自分の屋敷に何人かSubを侍らせるらしいぜ。……なんだ、気になるのか?」
「べ、別に、そんなことないわよ!」
 
 思いっきりむくれた顔をして即座に否定するジェシカを、ダンはからかうようにニヤニヤと笑う。

「まあ、イライアスのせいでジェシカは万年二番手だもんなぁ。そりゃ弱みの一つや二つ握っておきたくなるよなぁ」
「う、うるさいっ!」
 
 もう一度肘鉄を食らわしてやろうと構えたその時、商館の頑丈な扉のノブが回り、ドアが開け放たれた。長身の男が、中から出てくる。

「お待たせしました。思ったより時間がかかってしまいました」
「お待ちしておりました、オリヴェル様!」

 ジェシカとダンは慌ててお喋りを止め、姿勢を正して敬礼する。
 今日の護衛対象である、キラヤ王国副宰相のオリヴェル・フロイトルは丸眼鏡越しにゆったりと微笑む。二十六歳という若さで副宰相の地位まで上り詰めた彼は、長い銀髪を肩あたりで緩く結った眉目秀麗な人物だった。

「さあ、行きましょうか」
「御意。大通りに馬車を待たせています」

 歩き出すオリヴェルの後に、ジェシカとダンが続いた。
 細い下町の石畳の道を、異国の商人や物売りの女、はしゃぐ子供たちが往き交っている。
 大通りまで数ブロック離れているため、しばらく歩くことになる。依頼はほぼ終わったも同然だと油断しきったダンとは対照的に、ジェシカは周囲への警戒を怠らない。このあたりは市場も近いため人通りも多く、襲撃者が潜むにはおあつらえ向きだ。
 ジェシカの視界の端に、怪しげな影が映ったのは、その時だった。

「ダン、来るわよ。敵襲」
「は? そんなわけ……」

 ダンは、訝しげにジェシカを見る。次の瞬間、白昼の下町の空気が一変した。複数の足音が徐々にこちらへと近づいてくる。ジェシカは愛用している剣を鞘から素早く抜いた。
 
「北北東から四人! 私が前に出るから、ダンはオリヴェル様をお守りして!」
「おおー、さすがイノシシ娘のジェシカ。やっぱり突っ込むなぁ」

 揶揄まじりの口笛を吹いて、ダンも抜刀してオリヴェルを守るように一歩前に出る。オリヴェルは突然のことに驚きながらも、二人の後ろに下がった。
 すぐにジェシカ達の前に四人の男たちが現れた。いずれも、思い思いの武器は持っているものの、訓練された動きではない。薄汚い服装も統一性がなく、一見して野盗だとわかる。ジェシカたちを狙ったのも、たまたま護衛付きの金持ちそうな男を見つけ、脅して金目の物を奪ってやろうと算段しただけだろう。
 男たちは目の前に躍り出たジェシカを見て、下卑た笑いを浮かべた。

「なんだァ、このアマ! 女が一丁前に剣なんて持ちやがって!」
「さっさと金目のモンを寄こしな! そうしたら見逃してやるよ!」

 口々に好き勝手なことをわめきながら、野盗たちはジェシカを取り囲む。各々、精いっぱいの虚勢を張っている。
 ジェシカは小馬鹿にしたように鼻で笑ってみせた。

「第一騎士団の騎士が護衛についているのに襲ってくるなんて、侮られたものね! アンタたち全員、私一人ですぐに方を付けられるわ。さあ、かかってきなさい」

 ジェシカは剣を持っていない左手を伸ばすと、くいくい、と人差し指を動かした。あからさまな挑発に、男たちのこめかみが脈打つ。
 
「クソ、舐めやがって!」
「この生意気な女に、目にものを見せてやれ!」
 
 野太い罵声とともに、野盗たちが剣を抜いて突進してきた。ジェシカはそれを不敵な笑みを浮かべて迎え撃つ。一閃、また一閃。ジェシカの身体が、華麗に舞う。そのたびに野盗たちは剣を振りかざす暇もなく倒れていった。
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