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君がこの手に堕ちるまで。

不安な夜。5日目、深夜。

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「美味いけど、兄貴が切った人参デカ過ぎる」

「文句あるなら食うなよ」

「それ俺が切ったんですけど…。こんな小さくても食べられないんですか?晶さん」

3人で食べた夕食は思いの外盛り上がって、颯太も安心したみたいで楽しそうだったけど、泊まりたそうにしてる晶には悪いけど帰ってもらう事にした。

「彼女待ってるんだろ?帰ってやれよ」

「うっ、それを言われると…。こないだも遅くなったら怒ってたんだよな…」

「喧嘩ばっかりしてると取り返しのつかない事になるぞ。大事にしてやれ」

「わかったよ。あ、そーだ。珍しく兄貴の家の冷凍庫にアイス入ってるよな。たくさんあったから、一個食ってもいい?」

その時颯太の顔を伺うと一瞬だけど嫌そうな顔をしてて、俺はそれがおかしくてつい笑ってしまう。

「だーめ。それ、全部颯太のだから」

「い、いや、遼介さん何言ってんですか?一個でも二個でもいいですよ?食べてください、晶さん」

「え?いいの?駄目なの?どっち」

「駄目だっつってんだろ。もう帰れよ、邪魔」

「……ふーん。お邪魔虫は帰りますよー。颯太くんそんなにアイス好きなら今度来る時お土産に買ってくるね」

少し呆れた顔をしながら出て行く晶を2人で玄関で見送った後、颯太はあからさまに不機嫌な様子でソファーに座って膨れっ面をしている。

「アイス大好きなお子ちゃまみたいな印象操作された…」

「だって、颯太嫌そうな顔しただろ?」

「はぁ?してませんよ!!濡れ衣です!」

鼻の穴を膨らませて怒る颯太が可愛い。

「……俺が嫌だったんだよ。アイス減るの」

そう言うと颯太はわかりやすく顔を赤くして黙ってしまって、俺はポンポンと頭を叩いて颯太を風呂に入るように促す。

「風呂入ったらアイス食べる?」

「……食べません」

「拗ねるなよ。食べるだろ?」

「食べない。俺もアイス…減らしたくないから」

まだここにいたいと思ってくれる颯太が可愛くて、うっかり触れそうになって何とか踏みとどまる。

今日は颯太と一緒に寝るのはやめた方が良さそうだと思った。

邪念を払うように、颯太が入った後俺も風呂に浸かって、冷静になろうと水で頭を冷やした。

それなのに颯太は、俺の我慢をまるでわかってないように少し控えめに甘えてくるんだ。

「遼介さん、今日も俺が寝るまではベットにいてくれますか?」

今日は怖い思いもさせただろうし、昨日も出来たんだから断ると颯太は気にするだろう。

本当は今日は焼肉を食べに行って颯太が機嫌が良くなった後に、少し家族の事なんかを聞き出したいと思ってたのに、上手くいかない。

横になった颯太が寒くないように布団をかけ直してあげると、俺も入れと強請られて仕方なく少し離れてベットの端と端に寝る。

「颯太、昼間の不審者の件なんだけど…、2日連続見たのか?顔は覚えてる?写真は撮らなかったのか?」

「そうですよね、写真…っ、撮れば良かったなぁ。テンパっちゃって思いつかなかった…」

「撮るにしたって至近距離からカメラ向けたりするなよ?やるなら距離がある時…例えばベランダからこっそり、本人にわからないように撮るんだ。危険ならやらなくていいから」

「若い男の人で、キャップ被ってたしマスクもしてて顔が見えなくて、多分すれ違ってもわからないかも…」

横を向いて俺の顔を見つめる颯太は、手を伸ばして俺の手に触れた。

「遼介さん、ちょっとだけ手、繋いでたいんですけど…」

そう呟いた颯太はちょっと不安そうで、やっぱり怖かったんだろうと思うとその手をぎゅっと握り返した。

「背は高かったか?何か特徴は?」

「背は遼介さんより少し高いかも知れないけど、あんまりはっきりとは…でも俺よりはかなりおっきかったかも。まぁ誰だって俺よりは大きい人ばっかりですけど」

元気なさそうに自分の背が低いのを気にしてる事を自虐気味に話すから、少し笑ってしまうと颯太はムッとして俺の手を離そうとした。

その手を離さずにぐっと握って引き寄せて、ベットの真ん中で颯太を抱きしめる。

「怖い思いさせてごめんな」

「な、何言ってるんですか?遼介さんが悪いわけじゃないのに…」

「これから1人で外出するのはしばらくやめておこう。窮屈かも知れないけど、買い出しとかは俺が帰りに買って来てもいいし」

颯太をつけるという行為がよくわからないし、危害が及ぶならとても1人では行動させられない。

「そんな。遼介さん仕事疲れてるのに、俺なんて昼間何もしてないんだから不公平でしょ?」

「何もしてなくないだろ?今日も掃除と洗濯してくれたしすごく助かってる。いいからお前は少し俺に甘えろ。な?」

颯太は少しの間考えた後、言いづらそうに口を開く。

「甘えてもいいなら…」

「当たり前だろ。買って来て欲しい物があったらまとめてスマホに送ってくれたらいい」

「そうじゃなくて。あの…」

俺の指に颯太の指が絡められて、俺の胸に顔を埋めて呟く。

「出来れば、一緒に行きたいです」

こうやってあからさまではなく控えめに甘えられるのが、どうやら俺には相当なツボのようだ。

「そっか。2人なら心配ないか…。よし、じゃあ焼肉は家でしようか。明日帰って来たら近くのスーパーに一緒に行こう」

嬉しそうに俺の顔を見上げた颯太は安心したように可愛く笑う。

でも、ずっとこのままじゃいられない。
家に帰しても俺達が連絡を取れるといいんだけど、颯太の家族に俺が家に未成年の颯太を泊めてたってバレたらそれも難しい気がした。

自業自得だけど、やっぱり早く一度帰さなくてはならないだろうな。 

「ごめんなさい、遼介さん。俺…、もうちょっとだけここにいたいんです」

颯太はわかりやすいし真面目で嘘がつけないタイプだと思う。

「ちゃんと家に帰ります。ただ、あともう少しだけ…」

颯太が言い終える前に反射的に、その不安そうな表情を浮かべる颯太のおでこに唇を押し当てた。

抱きしめてるだけなのに颯太の心臓の鼓動が聞こえそうなくらい大きく脈打ってて、それはいい歳した俺の心臓も負けてなくて、聞こえたら少し恥ずかしいなと思った。

そのまま唇を近づけても嫌がらないから塞いで、舌で唇を舐めると少しビクッと身体が震える。

「遼介…さん…?ん…っ、これは、手を出してる…事にならないの…?」

なってるだろうなって心の中で呟いてから、俺は颯太の耳元で囁く。

「嫌だったらちゃんと言って」

「…ううん、嫌じゃないです…」

そのまま舌を入れて颯太の口内を堪能したけど、それだけで止められた俺を褒めたい。

颯太が寝た後すぐにトイレに行って、ソファーに移動して考える。

タイムリミットはあと数日か。
学校だってずっと休んでるんだろうし。
ずっと一緒にいたいけど、未成年の不自由さを痛感する。

大人同士ならすんなり付き合えたのだろうかと思うけど、今の颯太だから可愛いと思う所もあるから微妙な気持ちになる。

それにしても、颯太はそんなに直に似ているだろうか。

直とは別れてから一度も連絡を取っていないけど、元気でやっているのか気になっても連絡先は削除してしまっていた。

未練はないつもりだったけど、晶に言われた事が頭に残ってなかなか寝付けなかった。








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