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君がこの手に堕ちるまで。

抱きしめる。3日目、夜。

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「社長、まだ帰ってなかったんですか?」

3時には仕事は片付いていたけど、色々思い悩んでなかなか家に足が向かず4時を過ぎてしまった。

どんな顔をして会ったらいいのかとか、帰って何を話したらいいのかも、こういう感情は久しぶり過ぎてどうしていいかわからないんだ。

「なぁ、五十嵐。この辺に美味しいスイーツ売ってる店ってあるのか?」

俺に声をかけて来たのは、俺の補佐と会社のほとんどの総務を任せてる五十嵐という有能な男だった。

それとなく聞いてみると、意外そうな顔をしてこっちを見てにやっと笑った。

「……社長、甘いの嫌いですよね?」

「いや、嫌いではないぞ。好きでもないけど」

「…お土産ですか。ふーん、彼氏出来ました?」

「いや、出来てない。……それにそこは彼女って言えよ」

「いいじゃないですか。今誰も聞いてませんよ」

俺がゲイだとバレているのはこの会社内では五十嵐だけで、初期から働いてくれてて前の俺の恋人を知っているからだ。

そして五十嵐はそういうのに偏見がない貴重な存在で、たまたまバレたけど人に拡散する事もなくずっと秘密を守ってくれている。

「良かった。直さんと別れて何年経ってもお一人様で、このままずっと立ち直れないのかと思ってました」

「別に引きずってないぞ。腹立つなお前」

ふふふと意味深な笑いをした五十嵐は、スマホで検索してすぐに何軒かピックアップして送ってくれる。

「全部俺も食べた事あって、味は確かな所です。特に一軒目はシュークリームが絶品でしたよ」

甘いのなら何でも好きそうな颯太だけど、シュークリームは似合い過ぎるくらい似合ってて、美味しそうに食べる姿を想像出来たから、そこで賄賂を買って帰ろうと決めた。

「ありがとう。いつも仕事が早くて助かる。流石だな」

「いいから少し早く帰ってちゃんと休んでください。社長は基本働き過ぎなんですよ」

会社を追い出されてそのままスイーツのお店に寄って、数種類のケーキとシュークリームを買った。

それから目についたお店に入って、颯太のサイズに合ったぶかぶかじゃないスウェットや似あいそうな部屋着を数枚購入した。

……これじゃあ出ていって欲しくないって言ってるようなものじゃないか?と自分に呆れた。

家に着くのは5時を回ってしまってもうとっぷり日も暮れたけど、マンションの前まで来ると俺の部屋に灯りがついているだけで何とも言えない気持ちになる。

「おかえりなさい!あれ?思ったより遅かったですね。仕事、忙しかったんですか?」

「……ただいま。遅くなってごめんな。風邪、どうだ?これ、お土産」

「風邪はもう、すっかり全快しました。…あーっ、遼介さんも好きなんですか?めっちゃ美味いですよね!ここのシュークリーム!」

嬉しそうに箱を受け取った颯太の笑顔を見てるだけで、もっと早く帰って来てあげたら良かったと後悔した。

「…この匂い、ハンバーグか?」

部屋の中には美味しそうな料理の匂いがして、部屋に足を踏み入れると色んな所が綺麗に整頓されてる事に気づく。

「洗濯と掃除、頑張ってしました。あと、今日こそリベンジで晩御飯、煮込みハンバーグ作ったんです。遼介さん、今日お酒飲みますか?」

「酒は……今日はいいかな」

「……そうですか。じゃあ、味噌汁あっためますね」

いつも通りに会話をしながら一緒にご飯を食べて、颯太は本当にいつも通りに美味しそうに沢山食べてた。

俺がベランダで一服してる間に颯太がデザートを皿に盛ってくれて、ベランダの窓をトントンと叩いて呼んでくれる。

部屋に戻ると、コーヒーのいい匂いがした。

「んー。迷います……。これ、普通のノーマルなやつと、シュークリームの上にチョコがかかってるやつと、シュークリームのクリームが2種類混じってるやつとあるんですけど、全部美味しいんですよねぇ…」

「ん、全部食えばいいだろ。俺は余ったやつでいいし」

「ダメですよ。遼介さんにも全部食べて欲しい…」

そう言いながら、また台所に持っていって全部半分こにカットして来てソファーの前のテーブルに並べてくれる。

「全部2個ずつあるんだから、カットしなくていいのに」

「いいんです。だって遼介さん、甘いの本当は量食べれないんでしょう?」

颯太の方が少し大きめにカットしてあって、小さい方を盛り付けて俺の前に置いた。

「色んな味を少しずつ楽しんで欲しいんです」

2人で隣り合わせにソファーに座って食べたシュークリームは甘過ぎなくて美味しくて、それよりやっぱり颯太の淹れてくれたコーヒーが抜群に美味しくて癒された。

「美味いな」

「ね?ここのシュークリーム本当に美味しいですよね?」

「いや、お前の淹れてくれたコーヒーがって言ったんだけど」

そう言うと颯太は、なんだか泣きそうになって黙った。

「あの、遼介さん…俺、もう風邪も良くなったし、明日には…」

出て行くって言いそうで、俺は買ってきたショップの袋を颯太の前に置いた。

「え?なんですか?これ」

「開けてみろ。そしてサイズ合わせてみてくれ。合わなかったら交換してくるから」

颯太は袋の中身を取り出して、俺の顔と服を交互に見て不思議そうな顔をした。

「颯太はどんな色でも似合いそうだけど、ベージュとか明るめのグレーがお前の雰囲気に合ってると思って…」

「これ俺に?なんでわざわざ…」

「ん?だって着替えお前全然持ってないだろ?」

颯太は服を見つめたまま黙ってしまって、俺は困って首を傾げた。

「どうした。気に入らなかったか?」

左右に何度も首を振って颯太は絞り出すように言った。

「あの……いいって事ですよね?」

一瞬何を言ってるのか理解出来なかった。

「……俺、ここにいていいって事ですよね?」

昨日の事に触れない方がいいのか迷って避けてたけど、きっと颯太は気にしてるんだとやっと気づいた。

「……颯太。こっち向いて」

覚悟を決めて話し合おうとしてそう言っても颯太はこっちを見ようとしなくて、俺は颯太の手を取って引き寄せた。

「やっぱり、もう一緒のベットに寝るのはやめよう。ごめん」

「……え?な、なんでですか…?」

俺は強めに颯太を抱きしめて耳元で囁いた。

「……お前に触れたくなるから」

決定的なもう戻れない事を言ってしまったような気がした。


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