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我慢だけ強いられてきた男が初めて好きな人を抱いた日の夜の話①。賢太side
しおりを挟む「あぁ?酔ってないって…。おい、なんで俺のグラス取るんだよ。賢太の馬鹿ぁ。クソ野郎。このヤリチン!!」
「あーはいはい。じゃあ返すよ。悪かったな、クソ野郎で」
俺の幼なじみが俺を遠慮なくののしる台詞を聞き流して、俺はこっそり用意した同じような味のソフトドリンクを湊の手に握らせた。
俺がヤリチンってどこ情報だよ。
ずっとお前といるのにそんな時間ねぇよ。
俺、もうずっと付き合ってる奴だっていないのに、名誉毀損で訴えてやろうか。
今日20歳の誕生日を迎えて、大学の気の置けない友達とのお祝いの居酒屋の席で、俺の隣で管を巻く幼なじみ。
湊、酒飲ませたらダメだった。
うん、もう絶対どこの席でも俺が飲ませないようにしよう。
悪い奴にあっという間に手篭めにされるに違いない。
『酒は飲んでも飲まれるな』
いや、湊の場合下戸と言っていいから『酒は飲むべし飲むべからず』だな。
後者の意味は『酒はたしなむ程度に飲むのはよいが、現実には飲み過ぎて失敗することが多い。ほどほどにすることは困難であるから、結局は飲まないに越したことはない』だ。
湊は禁酒が望ましい。酒、ダメ、絶対。
「ちょ、賢太、コイツもう絶対潰れんぞ」
湊の左側に座ってる佐藤が心配そうに覗き込んで、湊の顔に触れようとするのをやんわり手で払って、俺のに触んなって心の中で思った。
「佐藤、お前湊にカクテル飲ませたろ?俺がトイレ行ってる間に」
「だってみなっちがビール不味くて舐めただけで飲めないって、しょぼくれてるからさ」
お前が湊をみなっちって呼ばなかったら、俺もう少しお前の事友達として好きになれるんだけど、なんせ馴れ馴れしくてムカつく。
俺の左肩に倒れるように寄りかかってきた湊は、すでに目を閉じて意識が朦朧としている。まずい。
「もうこれはお開きだなぁ。賢太、その状態でみなっちの家送ってくのまずくない?」
湊の家の親は特にうるさくないが、湊にはブラコンの兄、愛斗がいる。
愛斗さんは湊を溺愛してるから、こんな状態で家に連れ帰ったら、話も聞かずに理不尽に俺が殴られるだろう。
「賢太、幼なじみなんだからみなっちの事よろしくな。あーそうだ、お前ん家にみんなで泊まれば良くない?」
「ふざけんな。お前らは終電まだあるんだから帰れ。湊だけ俺が引き取る」
冷たく佐藤を突き放すと、湊がなんかブツブツ言ってるのが聞こえて耳を傾けた。
「路チューとか馬鹿じゃねぇの……胸くそ悪いっつーの……死ねばいいのに……」
物騒な事を呟くのは酒のせいだろうけど、ちょっと何言ってるかわからない。
まぁ俺の事じゃないよな。うん。
…………待てよ、もしかして湊、あのストーカー女と揉めてるとこ見てたとかじゃないよな。
優樹菜だっけ?あいつマジでやばい。
付きまとわれて俺と付き合ってるとか嘘つきまくって、挙句問い詰めたら道の往来で俺にキスしようとしやがった。
すんでのところで避けたけど。
いい加減頭きたから弱み握ってやって、全力で脅してやったら泣いて土下座してた。
大丈夫、法は犯してないからな。ギリギリ。
さて、俺にとって今日は長年待ち続けたすごく大事な日だったんだけど、湊がこれじゃあどうしようもないな。
……告白するのはまた今度だなぁ。
3年前のあの日、部活疲れで部屋でへばって寝てた湊に俺はキスをした。
合意なし。
付き合ってもない。
しかも男同士。
自分が同性でしかも幼なじみを好きだという事実を思春期真っ只中で受け止めきれなくて、俺もそれなりに悩んでた時期があった。
何人か女の子と付き合ってみたり無難に経験もして、それでも湊が好きだと思う気持ちが消えなくて我慢出来なかった。
それを、愛斗さんに見られたんだよ。
そして、その場で部屋から引きずり出されて大説教食らった。
湊は眠りが深くて起きなかったのが救いだ。
「賢太…。俺の大事な可愛い可愛い弟に手を出すなら、それ相応の覚悟を持ってもらうぞ」
「すいません……」
出された条件は2つ。
『湊が20歳になってもまだお前の気持ちが変わらなかったら手を出してもいい。ただし合意なしは不可』
『20歳までに湊から告白してきた場合のみ前倒し可能』
湊が俺を好きだと言ってくれるだけでいいなら、ちょっといけるかもと能天気に思ったし、多少自信はあったんだけど、湊はいつまで経っても俺に告白してくる事はなかった。
女の子と付き合わない湊が、何となく恋愛対象が男である事に気づいていたけど、俺に相談してくる事もなかった。
『俺から告白出来なくさせる事』が愛斗さんの狙いだったんだと気づいた時にはもう手遅れだった。
ブラコンの兄の徹底的なブロックに太刀打ち出来ないまま、俺は無駄にそばにいるだけで手を出せない生活を強いられたんだ。
何とか意識してもらいたかったけど、俺の家は母親が専業主婦だからいつもいて連れ込めないし、湊の家は愛斗さんがいて俺は八方塞がりだった。
だから、安易にも一人暮らししようと決心してバイトに明け暮れたんだ。
やっとの思いで脱出した実家には、大学に通える距離なのに勝手に出てくんだから援助しないと怒られて、生活費はバイトして稼がなきゃいけないのが難だけど。
誰にも邪魔されない空間があれば、俺達の関係も変えられると信じてた。
「大丈夫か?湊。聞こえる?」
タクシーから降りて、ふにゃふにゃでおぼつかない足取りの湊を支えながら俺は話しかける。
「……だいじょーぶぅ。ふふ、ちょっといい気分になってきたぁ」
「よしよし、わかったから。すぐベットに運んでやるから」
やっと湊が俺の部屋に来てくれたけど話が通じるとも思えないし、明日起きてからゆっくり口説くかな…うん。
焦ったって仕方ない。
この日が来るまで指折り数えて待ってたけど、ここまで幼なじみの関係を繋ぎ止めていられただけでも良しとしようと思った。
湊に俺を恋愛の対象として認識させないと何も始まらないからな。
部屋に入って鍵を玄関の壁に掛けて荷物を雑に放り投げると、俺は湊を抱き上げて寝室に向かった。
ほぼ意識のない湊をベットに寝かせて、上着を脱がせてハンガーに掛けてると湊が俺を呼んだ。
「賢太ぁ…?」
「ん?なんだ、湊」
「喉乾いたぁぁ……、みず…」
あまり聞かない湊の甘えた声に、俺はニヤけながら冷蔵庫に入ってたミネラルウォーターを取り出した。
うん、こういう無防備な湊を見れるのもなかなかどうして…。
俺の前だけなら酒、飲んでもいいぞ。
でもどうやって不自然じゃなく言い聞かせたらいいだろうか。なかなか難しい気がする。
「ほら、湊。水だぞ。飲めるか?」
「んー、のめる…ちょーだい」
手に力が入らないみたいだからペットボトルの蓋を開けてやって、水を口元まで持ってくと美味しそうに飲んだ。
まぁ3割くらい口の端からぼたぼたこぼれてんだけど。
「……あーもう、湊…。服が濡れてるっての…。着替え…」
えっろ。何これ、湊のストライプのシャツに水が染みて、乳首が透けて見えるのを凝視する俺も流石に溜まってんのかも。
でも大丈夫。3年間耐えに耐えて湊に手を出さなかった俺ならこんなシチュエーションでも平常心を保てる……はず。
「つめた……、なにすんだよぉ、脱ぐ…」
いいや、ダメかも。
頼むから俺の前で脱ぐのはやめてくれ。
(少し時間を戻して賢太目線でのお話です)
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