35 / 43
幼なじみ
四
しおりを挟む
「卓。見回りがすんだら、風見館のヤツらに報告しなきゃならないんだ。覚えとけ」
「……は?」
「奥芝に聞いたんだろ? ここは農業ばかりしているところじゃないって」
「聞きましたけど。そうじゃなくて。覚えとけって、なんでそんなこと俺に……」
「そりゃあ、決まってんだろ」
鼻と鼻がぶつかりそうな位置まで、ジョーさんの顔が近づいてきた。びっくりした俺は、思わず立ち上がった。
「近ぇっての!」
「巻さん」
いつも以上に無表情な維新が、テーブルを叩いて腰を上げた。
「卓は農業部には行きませんよ。というか、行かせません。第一、ここの仕事が卓に務まるわけがないじゃないですか」
やっぱり、そういうつもりでジョーさんは言ったのか。
でも、維新の言い方にもちょっと反論したくなった。……が、一手先を読んで、泣く泣く呑み込んだ。
生徒会の補佐役が務まるとは、自分でも思わない。生徒会長として風見館に入れば、多少なりとも守ってくれるものがありそうだけど、ここはそうもいかなさそう。
それ以前に、ジョーさんと一つ屋根の下、寝食を共にするなんてまっぴらごめんだ。
だから俺は、維新の言葉に思いっきり頷いてみせた。
「飯炊きぐらいいけんだろ」
「俺、料理できないし」
「なんでも一から教えてやるって」
「遠慮しときます」
「卓~」
ジョーさんの手が触れそうになったとき、俺はものすごい力で横に引っ張られた。
そのままの勢いでキッチンを出される。維新が俺をぐいぐい引っ張っていた。
ジョーさんはなぜ俺にこだわるのか。それもよくわからないけど、そのたびに珍しく感情をむき出しにする維新も、なんだか変だった。
夜も更け、俺と維新は交代でお風呂をもらった。
ついでにお泊まりセットももらって、先にお風呂から上がった俺は、パジャマに着替えると、二つの布団のあいだであぐらをかいた。
維新と同じ部屋で寝るなんて、中学の野外活動以来だ。
ただ、あのときは俺たちだけじゃなかったから、二人きりというのは初めてだ。
それに気づくと、急に心臓がドキドキいい出した。
にわかに足音が近づく。障子が開かれ、どきっとした俺は、鴨居をくぐる維新を振り仰いだ。
そして、目をむく。
同じお泊まりセットをもらったのだから、それは仕方ないんだけど、いまどきないペアルックだ。
ものすごく恥ずかしい。
後ろ手で障子を閉めた維新は、俺に背を向け、布団の上であぐらをかいた。
なんとなく間を持ちたくなくて、俺はすぐさま声をかけた。
「あ、あのさ。維新。なんで俺がここにいるってわかった?」
俺に背中を見せたまま、維新は「ああ」と頷いた。
「メイジとホールで打ちっぱなしをしてて、いい時間になったから、後片付けをして寮に戻ったら、見慣れない自転車があったんだ。だれのかと思えば、卓の名前がついてた」
ジョーさんが借りていったやつだ。
「卓がどうして、うちの部の、しかも寮にいるんだろうと、メイジと一緒に寮へ入ったら──」
「ジョーさんがいたんだ」
維新は首を縦に落とした。ようやく体を返し、こっちを向く。
「卓のを借りてきたと言っていた」
「違ぇよ。勝手に乗ってったんだよ」
「それと、寮の留守番を卓に任せてきたとも言っていた」
「マキさんとなにか言い合ってなかった?」
「言い合ってた。そのうち、市川さんが自分の部屋から出てこなくなって、話し合いは平行線になったんだ。長引きそうだったし、卓も困ってるんじゃないかと思って、俺が自転車を返しに行くことになった」
ジョーさんとマキさんの話し合いは、やっぱり光洋さんとのことだったらしい。
それも、一方的にジョーさんが言うだけで、シカトしまくってたマキさんは暖簾に腕押し状態だったと、維新は言った。
「あのとき……維新の姿が見えたとき、すげえ嬉しかった。ケガまでさせてしまって、こんなこと言うのもなんだけど」
「……」
「ほんと、ありがとう」
顔の鬱血や腫れが、さっきよりはマシになっているとはいえ、まだ痛々しい。
だから、直視はできない。
そして、そんな俺を、維新は見逃さなかった。
「卓……」
「もう寝よう」
このまま話を続けていると、また涙が出てきそうだった。ごまかすように、俺は薄い布団の中へ入った。
もう一度、ごめんと口の中で呟く。
すると、なにかを言う小さな声が聞こえた。
俺は布団から顔を出し、まだあぐらをかいたままでいる維新を見た。
「維新、いまなに言って──」
「いや。……ことしは残念ながら間に合わなかったから、来年こそはと思って」
「うん?」
「ホタル。来年は絶対に見に行こう」
思わず体を起こした。
維新は、不得手ながらも、精いっぱいの笑みを見せていた。
「維新……」
ホタルのことなんて、きっと自然消滅していて、すっかり忘れ去られていると思っていた。
風見原に来てからは、ほったらかしにされることもあって、なおさら覚えててくれているとは思っていなかった。
「卓を巻き込ませたくなかった」
「え?」
「黒澤さんが大食堂に現れたとき、すごくいやな予感がした。市川さんのこともいろいろ聞いていたし、俺もメイジも、とにかく卓が変なことに巻き込まれないようにしたかった。いっそなにも教えないほうがいいと思ったんだ。でも、それでさみしい思いや悲しい思いをさせたなら……本当にすまない」
俺は布団を掻いてとなりに移ると、維新を思いっきり抱きしめた。
やっぱり維新は維新だ。あのころと少しも変わっていない。
それが嬉しくて。それで胸がいっぱいで。ただただ、強く抱きしめた。
「……は?」
「奥芝に聞いたんだろ? ここは農業ばかりしているところじゃないって」
「聞きましたけど。そうじゃなくて。覚えとけって、なんでそんなこと俺に……」
「そりゃあ、決まってんだろ」
鼻と鼻がぶつかりそうな位置まで、ジョーさんの顔が近づいてきた。びっくりした俺は、思わず立ち上がった。
「近ぇっての!」
「巻さん」
いつも以上に無表情な維新が、テーブルを叩いて腰を上げた。
「卓は農業部には行きませんよ。というか、行かせません。第一、ここの仕事が卓に務まるわけがないじゃないですか」
やっぱり、そういうつもりでジョーさんは言ったのか。
でも、維新の言い方にもちょっと反論したくなった。……が、一手先を読んで、泣く泣く呑み込んだ。
生徒会の補佐役が務まるとは、自分でも思わない。生徒会長として風見館に入れば、多少なりとも守ってくれるものがありそうだけど、ここはそうもいかなさそう。
それ以前に、ジョーさんと一つ屋根の下、寝食を共にするなんてまっぴらごめんだ。
だから俺は、維新の言葉に思いっきり頷いてみせた。
「飯炊きぐらいいけんだろ」
「俺、料理できないし」
「なんでも一から教えてやるって」
「遠慮しときます」
「卓~」
ジョーさんの手が触れそうになったとき、俺はものすごい力で横に引っ張られた。
そのままの勢いでキッチンを出される。維新が俺をぐいぐい引っ張っていた。
ジョーさんはなぜ俺にこだわるのか。それもよくわからないけど、そのたびに珍しく感情をむき出しにする維新も、なんだか変だった。
夜も更け、俺と維新は交代でお風呂をもらった。
ついでにお泊まりセットももらって、先にお風呂から上がった俺は、パジャマに着替えると、二つの布団のあいだであぐらをかいた。
維新と同じ部屋で寝るなんて、中学の野外活動以来だ。
ただ、あのときは俺たちだけじゃなかったから、二人きりというのは初めてだ。
それに気づくと、急に心臓がドキドキいい出した。
にわかに足音が近づく。障子が開かれ、どきっとした俺は、鴨居をくぐる維新を振り仰いだ。
そして、目をむく。
同じお泊まりセットをもらったのだから、それは仕方ないんだけど、いまどきないペアルックだ。
ものすごく恥ずかしい。
後ろ手で障子を閉めた維新は、俺に背を向け、布団の上であぐらをかいた。
なんとなく間を持ちたくなくて、俺はすぐさま声をかけた。
「あ、あのさ。維新。なんで俺がここにいるってわかった?」
俺に背中を見せたまま、維新は「ああ」と頷いた。
「メイジとホールで打ちっぱなしをしてて、いい時間になったから、後片付けをして寮に戻ったら、見慣れない自転車があったんだ。だれのかと思えば、卓の名前がついてた」
ジョーさんが借りていったやつだ。
「卓がどうして、うちの部の、しかも寮にいるんだろうと、メイジと一緒に寮へ入ったら──」
「ジョーさんがいたんだ」
維新は首を縦に落とした。ようやく体を返し、こっちを向く。
「卓のを借りてきたと言っていた」
「違ぇよ。勝手に乗ってったんだよ」
「それと、寮の留守番を卓に任せてきたとも言っていた」
「マキさんとなにか言い合ってなかった?」
「言い合ってた。そのうち、市川さんが自分の部屋から出てこなくなって、話し合いは平行線になったんだ。長引きそうだったし、卓も困ってるんじゃないかと思って、俺が自転車を返しに行くことになった」
ジョーさんとマキさんの話し合いは、やっぱり光洋さんとのことだったらしい。
それも、一方的にジョーさんが言うだけで、シカトしまくってたマキさんは暖簾に腕押し状態だったと、維新は言った。
「あのとき……維新の姿が見えたとき、すげえ嬉しかった。ケガまでさせてしまって、こんなこと言うのもなんだけど」
「……」
「ほんと、ありがとう」
顔の鬱血や腫れが、さっきよりはマシになっているとはいえ、まだ痛々しい。
だから、直視はできない。
そして、そんな俺を、維新は見逃さなかった。
「卓……」
「もう寝よう」
このまま話を続けていると、また涙が出てきそうだった。ごまかすように、俺は薄い布団の中へ入った。
もう一度、ごめんと口の中で呟く。
すると、なにかを言う小さな声が聞こえた。
俺は布団から顔を出し、まだあぐらをかいたままでいる維新を見た。
「維新、いまなに言って──」
「いや。……ことしは残念ながら間に合わなかったから、来年こそはと思って」
「うん?」
「ホタル。来年は絶対に見に行こう」
思わず体を起こした。
維新は、不得手ながらも、精いっぱいの笑みを見せていた。
「維新……」
ホタルのことなんて、きっと自然消滅していて、すっかり忘れ去られていると思っていた。
風見原に来てからは、ほったらかしにされることもあって、なおさら覚えててくれているとは思っていなかった。
「卓を巻き込ませたくなかった」
「え?」
「黒澤さんが大食堂に現れたとき、すごくいやな予感がした。市川さんのこともいろいろ聞いていたし、俺もメイジも、とにかく卓が変なことに巻き込まれないようにしたかった。いっそなにも教えないほうがいいと思ったんだ。でも、それでさみしい思いや悲しい思いをさせたなら……本当にすまない」
俺は布団を掻いてとなりに移ると、維新を思いっきり抱きしめた。
やっぱり維新は維新だ。あのころと少しも変わっていない。
それが嬉しくて。それで胸がいっぱいで。ただただ、強く抱きしめた。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!
慎
BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥
『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。
人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。
そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥
権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥
彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。
――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、
『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
ザ・兄貴っ!
慎
BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は…
平凡という皮を被った非凡であることを!!
実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。
顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴…
けど、その正体は――‥。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる