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ヤキモチ
二
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「だが、松。それとこれとはべつだ。俺は、お前を殴ってでも卓をここに留める。あいつらを甘く見るな」
「……」
維新は目を伏せた。が、すぐに前を見据える。
「なら、俺も今夜ここに泊まります」
「あ? ……俺はかまわないが、事前の届け出なしに他の部寮に泊まるのは規則違反になる」
規則違反という言葉に、はっとして見上げると、維新は珍しくきっちりとした笑顔を作り、俺の肩を叩いた。
「大丈夫だよ、卓」
「なにが。大丈夫なわけあるか」
維新はきょう、俺のせいで大和の授業に出られなかったから、すでにバツが一つついてるんだ。
これ以上、迷惑をかけたくない。
「維新。やっぱダメだ」
俺は首を横に振った。
握られている手首を離そうとしたら、食い下がるようにもっと強く掴まれた。
俺はもう一度首を振った。
「ひとりでも平気だから。お前は自分の寮へ戻れ」
「……」
それでも維新は手を放そうとしなかった。
「維新」
「クロになっても構わない。それで俺のすべてが決まるわけじゃないんだ。それよりも、とにかく卓をここに残していきたくない」
なにを言っても曲がらない視線。こうなったらもう維新を止めることはできない。
だから、今回の件で維新のバッジが変わることになったら、俺のも同じくしてもらおうと決めた。
俺が振り仰ぐと、ジョーさんも諦めたように肩をすくめた。ため息も吐く。
「そっちの部屋はせんぶ空いてるから好きなところを使え。でもな、松。うちの寮はらぶ──」
ジョーさんの声が急に薄くなった。びっくりして後ろを見上げると、眉間のしわを深めている維新が俺の両耳を塞いでいた。
ジョーさんを一瞥したあと、維新は俺の背中を押す。
「なに。なんだよ。どうしたんだよ」
「あの人の言葉は耳に毒だから」
突き当たりを左に折れ、俺と維新は、一番奥の部屋を借りることに決めた。
部屋に入るまえ、ケータイで時間を確認しようと、俺はズボンのポケットを探った。
が、左右とも空。あの一連の騒ぎで、どこかに落としてしまったのかもしれない。
探しへ行こうにも、太陽はとっくに沈んでいる。
「卓」
維新は部屋の電気を点けると、鴨居を避けるように頭を屈め、廊下で佇む俺を呼んだ。
「どうした?」
「ケータイ……。どっかに落としたみたいなんだ」
維新が、「ああ」と声を漏らして、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
見覚えのある白の携帯電話が姿を現す。
「さっきお前が気を失ったとき、抱き上げて運ぼうとしたら、落ちてきた」
「え、だ、抱き……って」
維新は当たり前だというように、お姫さまだっこのジェスチャーをした。
「やっぱり!」
な、なんてことだ。同じ日に、あれを二度もされるなんて……。
だけど、光洋さんのときとは違って、維新の場合は照れくささのほうが大きかった。
いささか乱暴に携帯電話を取る。時間を確認するだけなのに、いらぬボタンを何度も押した。
時刻は八時を回っていた。
「……そういえば、奥芝さんと光洋さんは? ここにいんの?」
「いや」
維新は首を横に振った。
「卓が目を覚ますまでここにいるって、市川さんは言ってたんだけど、奥芝さんが、もう遅いから帰ったほうがいいって送っていった」
その光洋さんも、あいつらにこてんぱんに殴られていたことを思い出した。
「二人にケガは? とくに光洋さんは大変な目にあって……」
「あの人たちなら大丈夫。市川さんはああ見えて、風見原で二番目に強い人だから」
「二番目? ていうか──」
角が光洋さんに吐いていたセリフ。
「ここにはもう独裁者なんていらねえ──」
「お前の片割れは機能してない──」
光洋さんこそが元生徒会長であることは間違いない。マサノリさんと双子だということも。
それならば、なぜジョーさんは俺に嘘を教えたのだろう。
光洋さんはなぜ生徒会長を辞めてしまったのだろう。
やっぱり疑問はたくさん残る。
いつの間にか畳にばかり注いでいた視線を上げ、俺は維新と目を合わせた。
そういえば、この騒動のことを、維新はどこまで知っているんだろう。
「……」
維新は目を伏せた。が、すぐに前を見据える。
「なら、俺も今夜ここに泊まります」
「あ? ……俺はかまわないが、事前の届け出なしに他の部寮に泊まるのは規則違反になる」
規則違反という言葉に、はっとして見上げると、維新は珍しくきっちりとした笑顔を作り、俺の肩を叩いた。
「大丈夫だよ、卓」
「なにが。大丈夫なわけあるか」
維新はきょう、俺のせいで大和の授業に出られなかったから、すでにバツが一つついてるんだ。
これ以上、迷惑をかけたくない。
「維新。やっぱダメだ」
俺は首を横に振った。
握られている手首を離そうとしたら、食い下がるようにもっと強く掴まれた。
俺はもう一度首を振った。
「ひとりでも平気だから。お前は自分の寮へ戻れ」
「……」
それでも維新は手を放そうとしなかった。
「維新」
「クロになっても構わない。それで俺のすべてが決まるわけじゃないんだ。それよりも、とにかく卓をここに残していきたくない」
なにを言っても曲がらない視線。こうなったらもう維新を止めることはできない。
だから、今回の件で維新のバッジが変わることになったら、俺のも同じくしてもらおうと決めた。
俺が振り仰ぐと、ジョーさんも諦めたように肩をすくめた。ため息も吐く。
「そっちの部屋はせんぶ空いてるから好きなところを使え。でもな、松。うちの寮はらぶ──」
ジョーさんの声が急に薄くなった。びっくりして後ろを見上げると、眉間のしわを深めている維新が俺の両耳を塞いでいた。
ジョーさんを一瞥したあと、維新は俺の背中を押す。
「なに。なんだよ。どうしたんだよ」
「あの人の言葉は耳に毒だから」
突き当たりを左に折れ、俺と維新は、一番奥の部屋を借りることに決めた。
部屋に入るまえ、ケータイで時間を確認しようと、俺はズボンのポケットを探った。
が、左右とも空。あの一連の騒ぎで、どこかに落としてしまったのかもしれない。
探しへ行こうにも、太陽はとっくに沈んでいる。
「卓」
維新は部屋の電気を点けると、鴨居を避けるように頭を屈め、廊下で佇む俺を呼んだ。
「どうした?」
「ケータイ……。どっかに落としたみたいなんだ」
維新が、「ああ」と声を漏らして、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
見覚えのある白の携帯電話が姿を現す。
「さっきお前が気を失ったとき、抱き上げて運ぼうとしたら、落ちてきた」
「え、だ、抱き……って」
維新は当たり前だというように、お姫さまだっこのジェスチャーをした。
「やっぱり!」
な、なんてことだ。同じ日に、あれを二度もされるなんて……。
だけど、光洋さんのときとは違って、維新の場合は照れくささのほうが大きかった。
いささか乱暴に携帯電話を取る。時間を確認するだけなのに、いらぬボタンを何度も押した。
時刻は八時を回っていた。
「……そういえば、奥芝さんと光洋さんは? ここにいんの?」
「いや」
維新は首を横に振った。
「卓が目を覚ますまでここにいるって、市川さんは言ってたんだけど、奥芝さんが、もう遅いから帰ったほうがいいって送っていった」
その光洋さんも、あいつらにこてんぱんに殴られていたことを思い出した。
「二人にケガは? とくに光洋さんは大変な目にあって……」
「あの人たちなら大丈夫。市川さんはああ見えて、風見原で二番目に強い人だから」
「二番目? ていうか──」
角が光洋さんに吐いていたセリフ。
「ここにはもう独裁者なんていらねえ──」
「お前の片割れは機能してない──」
光洋さんこそが元生徒会長であることは間違いない。マサノリさんと双子だということも。
それならば、なぜジョーさんは俺に嘘を教えたのだろう。
光洋さんはなぜ生徒会長を辞めてしまったのだろう。
やっぱり疑問はたくさん残る。
いつの間にか畳にばかり注いでいた視線を上げ、俺は維新と目を合わせた。
そういえば、この騒動のことを、維新はどこまで知っているんだろう。
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