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ヤキモチ
一
しおりを挟む遠くで数人が動き回っている音を聞いた。なにかを話し合う声も。
だから早く起きたいのに、俺の目は一向に覚めない。体が言うことをきかない。
──維新、ごめんね。
もっと、ちゃんとそう言わなきゃなんだ。
あんなに苦しそうで、血もいっぱい出てた。
もしかしたら、病院に運ばれていって、もしかしたら、生死の境をさまよっているかもしれない。
どうしよう。このまま、一生、維新に会えなくなったら。
だって、俺。
俺……。
「まだなにも言ってねえじゃんかよ!」
そう叫んだ自分の声で目が覚めた。
こめかみに伝う涙を、天井を眺めながら拭った。
そこは見慣れない色をしていたけど、この部屋がどこなのか、俺はなんとなくわかっていた。
たぶん、農業部の寮だと思う。
ゆっくりと起き上がり、体にかかっていたタオルケットを掴む。
──維新が血を吐いた。
そのことを思い出し、俺はうなだれ、頭を抱えた。
すると、障子戸が鳴って、だれかが入ってくる気配もあった。
ジョーさんだろうか、奥芝さんだろうか。俺のいる布団のそばへ腰を下ろすような音もした。
「卓、目が覚めたんだな」
声を聞いて顔を上げると、ほっとした表情の維新がいた。
その口元は生々しく腫れ上がっている。けれども、俺が心配するような重傷を負っている感じはなく、ちょっぴり安心した。
「よかった。どこか痛いところはないか?」
「維新っ」
思わず抱きついていた。
痛いところはないかって、本当は俺のセリフなのに、その言葉もほっぽりだして。
「……卓」
「維新、維新っ」
なりふり構わず、維新の胴に巻きつけた腕をぎゅっとした。
俺を落ち着かせるかのように、維新は優しい手つきで、ぽんぽんと背中を叩いてくれた。
涙が溢れて止まらない。
「血が、血が……維新の口からいっぱい出てた。だから、俺のせいで維新が死んだらどうしようって思った」
「口の中切っただけじゃあ、人は死なないだろ」
「でも、でも、いっぱい殴られてた」
「お前が思ってるほど大したことじゃない。ゴルフ部だって、ちゃんと鍛えてるんだ」
維新に肩を掴まれ、それをきっかけに俺は体を離した。
「でも、やっぱりごめん」
「……」
「俺……」
維新がすっと立ち上がった。俺に背を向け、ガシガシと頭を掻く。
手を下げても、イライラした感じでグーパーを繰り返していた。
やっぱり怒っていても仕方ないと思う。あんな目に遭ったんだ。
「一つ、どうしても訊きたいことがある」
維新の出した言葉で、俺は、いまのいままで忘れていたこうなった元凶を思い出した。
黒澤の顔が浮かぶ。
生徒会長の件を吹っかけられさえしなければ、こんなことにはなっていなかったんだ。
それでもって俺も、維新ないしメイジに正直に話していれば、もっと違った道に進めていたんだ。
「維新、あのさ──」
「なんで、またここに来たんだ」
低い、意図して感情を押さえたような維新の声。
「二度と行くなって言ったはずだろ?」
「なんだ、ヤキモチかよ。ガキが」
敷居をすべる障子戸からそんな声が割って入ってきた。大きな体を屈め、ジョーさんが鴨居をくぐる。
維新に視線をやってから鼻で笑うと、ジョーさんは俺の横に腰を下ろした。
「どうだ? 気分は」
「……まあ、フツーです」
そうかそうか、と微笑み、また当たり前のように、ジョーさんは俺の頭を撫でた。
いちいち避けるのも面倒で、されるがままになっていたら、維新に二の腕を掴まれた。
無理やり立たされ、部屋からも引きずり出される。
「維新、ちょっと待てって」
「松!」
俺に構わずずんずんと進む維新の肩を、背後から伸びてきた手が掴んだ。
腕を回して維新は振り払うと、足を止めることなく囲炉裏の部屋へ入った。
「どうもお邪魔しました」
「待て、松。やつらがまだその辺をウロウロしているかもしれない。この時間に出ていくのは危険だ。せめて卓は置いていけ」
「ここに残していくほうがよっぽど危険ですよ。大体、この寮の留守番を、なんで卓に頼んだんですか」
維新はようやく立ち止まり、しばしジョーさんと視線をかち合わせる。
二人に挟まれた俺は、どっちつかずでキョロキョロするしかない。維新の言うことにも一理あるし、ジョーさんの言いたいことに賛成もできる。
「卓に留守番を頼んだのは、たしかにうかつだった。それは素直に謝る。悪かったな、卓」
「……あ、いえ」
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