27 / 43
奇襲
二
しおりを挟む
ほどなくして、廊下をどしどしと進む足音が響いた。
俺がヤバいと思ったときにはもう遅くて、囲炉裏の向こうから姿を現したジョーさんに見つかってしまった。
バッチリと目が合う。
「卓……」
「す、すみません!」
頭を下げてしまってから、それは墓穴を掘る結果になることに、俺は気づいた。
ところがジョーさんは、立ち聞きしていた俺を咎めるどころか、当たり前のようにこの頭を撫でて、土間へと下りてきた。そして、急いでビーサンを突っかけ、俺が開け放っていた戸をすり抜けた。
「卓、ちょうどよかった。留守番頼む」
早口でそう残し、ジョーさんはあろうことか、前庭に停めてきた俺の自転車に跨った。
「ついでにこれも借りてくから」
「ちょ、ちょっと!」
ジョーさんを追いかけて、俺は坂まで走ったが、下るのは思いとどまった。
相手が自転車じゃなくても、きっと追いつけやしない。ムダな体力を使うだけだ。
それに、頼むと言われた以上、ここをほったらかしにもできない。
俺はため息を吐き、カタツムリのごとく、そろそろときびすを返した。
その途中で耳にしたカラスの鳴き声。夕暮れが近いことと、きょうもなにも進展しないことを悟った。
ジョーさんはもしやマサノリさんに会いに行ったのでは──。
俺がそれに気づいたのは、寮のキッチンに落ち着いてからだった。
食卓の椅子へ腰を下ろし、手持ちぶさたから、とりあえず辺り見渡してみる。
カップボードにいくつかある扉の二つほどに、小さなシールが貼ってあった。
俺は椅子を離れ、そのシールを眺めた。下の扉には奥芝さんの名前もある。
ジョーさんのは上にあった。
なるほど、食器類は、ここでは共同のものではないらしい。
二人の場所がやけに離れている気もするけど、ジョーさんを敬っている感じの奥芝さんだから、それもすぐに納得できた。
上下の扉に挟まれた格好で引き出しもある。そこにもシールが貼ってあった。
“真紀&光洋”
そうペンで手書きされてある。
「まきあんど、こう──」
俺は、あのマキさんを思い浮かべ、すぐに首を傾げた。
仮にあの人だとして、なぜ、ゴルフ部の人間の名前がここにあるのだろう?
違うマキさんだったとして、この学校には一体、何人の「マキ」がいるのだろう?
わけがわからない。
首をひねりながら、俺はもう一度、シールに書かれてある名前を見た。そして、ものすごい思い違いをしていたことに気づいた。
あれは、マサノリだ。マキじゃなくて、たぶん「マサノリ」と読むんだ。
それでもって、となりはミツヒロだ。
俺は引き出しを開けてみた。
当たり前だが、そこには食器しか入っていない。しかし、中身を見て確信した。
柄は同じだけど、色は違う。ありとあらゆる食器が二つずつある。
ちょっとしたデジャヴを感じた。
保育所のころ、近所に住んでいた仲良し姉妹も、こんなふうにお揃いの食器を使っていた。
──間違いない。
さっき見かけたマキさんが、前に会ったときと雰囲気が違っていたのは、そういうことだったんだ。あれは、メイドの格好をしていない本来のミツヒロさんなんだ。
引き出しの中身にじっと視線を落としていたら、廊下のほうから大きな物音がした。
何事かと、俺はキッチンを飛び出た。
全身黒ずくめで目出し帽を被った男たちが、土足で廊下を進んでいる。
「まさか、こんなところで再会できるなんてな」
その声を聞いて、あの樹海で昼間に会ったやつらだとわかった。
俺は逃げようと足を出したが、すでに遅かった。捕まってしまってからも、その腕から逃れようと無我夢中で暴れた。
「俺なんか捕まえたって面白くもないだろ! 放せよ!」
「いやいや。とんだめっけもんだ」
後ろからがっちりと抱え込まれ、完全に動きを封じられた。
周りのやつらが持っている金属バットに、俺の目はいった。一気に青ざめる。
そこへ、新たな声が割って入ってきた。
「中野!」
男たちが一斉に振り返った。
「市川……。やっと来たか」
俺の頭上にある口がそう言った。
──イチカワ。
俺の視界を遮る、まさしく「カラス」のような男たちのあいだから、マキさんの姿を見た。
こんな事態でも、まったく怯む様子のない鋭い目つき。
……いや。あれは、格好は違えど、メイドのミツヒロだ。
「みっちゃん!」
奥芝さんもやってきた。光洋さんを庇うように、ずいと前へ出る。
そこで初めて俺の存在に気づいたのか、奥芝さんは目を丸くしていた。
「卓……」
俺の後ろのやつを睨むように強く見据えた奥芝さんを、光洋さんが制した。お前は下がってろと言うように、さらに前へ出る。
一触即発の空気が、俺の心臓をピリピリさせた。
俺がヤバいと思ったときにはもう遅くて、囲炉裏の向こうから姿を現したジョーさんに見つかってしまった。
バッチリと目が合う。
「卓……」
「す、すみません!」
頭を下げてしまってから、それは墓穴を掘る結果になることに、俺は気づいた。
ところがジョーさんは、立ち聞きしていた俺を咎めるどころか、当たり前のようにこの頭を撫でて、土間へと下りてきた。そして、急いでビーサンを突っかけ、俺が開け放っていた戸をすり抜けた。
「卓、ちょうどよかった。留守番頼む」
早口でそう残し、ジョーさんはあろうことか、前庭に停めてきた俺の自転車に跨った。
「ついでにこれも借りてくから」
「ちょ、ちょっと!」
ジョーさんを追いかけて、俺は坂まで走ったが、下るのは思いとどまった。
相手が自転車じゃなくても、きっと追いつけやしない。ムダな体力を使うだけだ。
それに、頼むと言われた以上、ここをほったらかしにもできない。
俺はため息を吐き、カタツムリのごとく、そろそろときびすを返した。
その途中で耳にしたカラスの鳴き声。夕暮れが近いことと、きょうもなにも進展しないことを悟った。
ジョーさんはもしやマサノリさんに会いに行ったのでは──。
俺がそれに気づいたのは、寮のキッチンに落ち着いてからだった。
食卓の椅子へ腰を下ろし、手持ちぶさたから、とりあえず辺り見渡してみる。
カップボードにいくつかある扉の二つほどに、小さなシールが貼ってあった。
俺は椅子を離れ、そのシールを眺めた。下の扉には奥芝さんの名前もある。
ジョーさんのは上にあった。
なるほど、食器類は、ここでは共同のものではないらしい。
二人の場所がやけに離れている気もするけど、ジョーさんを敬っている感じの奥芝さんだから、それもすぐに納得できた。
上下の扉に挟まれた格好で引き出しもある。そこにもシールが貼ってあった。
“真紀&光洋”
そうペンで手書きされてある。
「まきあんど、こう──」
俺は、あのマキさんを思い浮かべ、すぐに首を傾げた。
仮にあの人だとして、なぜ、ゴルフ部の人間の名前がここにあるのだろう?
違うマキさんだったとして、この学校には一体、何人の「マキ」がいるのだろう?
わけがわからない。
首をひねりながら、俺はもう一度、シールに書かれてある名前を見た。そして、ものすごい思い違いをしていたことに気づいた。
あれは、マサノリだ。マキじゃなくて、たぶん「マサノリ」と読むんだ。
それでもって、となりはミツヒロだ。
俺は引き出しを開けてみた。
当たり前だが、そこには食器しか入っていない。しかし、中身を見て確信した。
柄は同じだけど、色は違う。ありとあらゆる食器が二つずつある。
ちょっとしたデジャヴを感じた。
保育所のころ、近所に住んでいた仲良し姉妹も、こんなふうにお揃いの食器を使っていた。
──間違いない。
さっき見かけたマキさんが、前に会ったときと雰囲気が違っていたのは、そういうことだったんだ。あれは、メイドの格好をしていない本来のミツヒロさんなんだ。
引き出しの中身にじっと視線を落としていたら、廊下のほうから大きな物音がした。
何事かと、俺はキッチンを飛び出た。
全身黒ずくめで目出し帽を被った男たちが、土足で廊下を進んでいる。
「まさか、こんなところで再会できるなんてな」
その声を聞いて、あの樹海で昼間に会ったやつらだとわかった。
俺は逃げようと足を出したが、すでに遅かった。捕まってしまってからも、その腕から逃れようと無我夢中で暴れた。
「俺なんか捕まえたって面白くもないだろ! 放せよ!」
「いやいや。とんだめっけもんだ」
後ろからがっちりと抱え込まれ、完全に動きを封じられた。
周りのやつらが持っている金属バットに、俺の目はいった。一気に青ざめる。
そこへ、新たな声が割って入ってきた。
「中野!」
男たちが一斉に振り返った。
「市川……。やっと来たか」
俺の頭上にある口がそう言った。
──イチカワ。
俺の視界を遮る、まさしく「カラス」のような男たちのあいだから、マキさんの姿を見た。
こんな事態でも、まったく怯む様子のない鋭い目つき。
……いや。あれは、格好は違えど、メイドのミツヒロだ。
「みっちゃん!」
奥芝さんもやってきた。光洋さんを庇うように、ずいと前へ出る。
そこで初めて俺の存在に気づいたのか、奥芝さんは目を丸くしていた。
「卓……」
俺の後ろのやつを睨むように強く見据えた奥芝さんを、光洋さんが制した。お前は下がってろと言うように、さらに前へ出る。
一触即発の空気が、俺の心臓をピリピリさせた。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!
慎
BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥
『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。
人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。
そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥
権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥
彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。
――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、
『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ザ・兄貴っ!
慎
BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は…
平凡という皮を被った非凡であることを!!
実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。
顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴…
けど、その正体は――‥。

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる