26 / 43
奇襲
一
しおりを挟む茶道というものがどれだけ奥深く、千利休や古田織部、小堀遠州がどれだけ偉大だったか。
はっきり言って、それと俺が授業に出られなかったことと、なんの関係があるんだろう。
だだっ広い畳の間に独り正座をさせられ、当てこすりのように時間いっぱいいっぱいに「おもてなし」を受ける。いかにも神経質そうなつり目の講師へ向かい、俺は心の中で舌打ちをした。
ようやく解放されても、足がどうにも変だし、そもそも独りでってところに納得がいかない。
そりゃあさ、維新とメイジが授業に出られなかったのは俺のせいだよ? けど、もう少し情状酌量の余地があってもいいだろ!
と、いまさらな文句を並べ、頬を膨らましたまま、生徒玄関を出る。英国ガーデンをモチーフにした前庭を、脇目も振らずに早足で歩いた。
デカくて太い、二本の柱が建つ校門へと着く。
そこで俺は、前の道路を過ぎていく人に気づいて、ぴたっと足を止めた。舗装された広い道を走っていくその人は、紛れもなく維新だった。
それにしても、とっくにゴルフ部へ行ったはずの維新が、なぜこんなところにいるのか。
一瞬見えた表情に、悔しさみたいなものがにじんでいて、俺はかけるべき言葉の一つも出てこなかった。
そして、維新がやってきた方をなにげに見て、足元が崩れ落ちるほどの衝撃を受けた。
そうなのだ。維新は風見館から走ってきたのだ。
「まさか」
過呼吸になったみたいに、急に息苦しくなった。
さっきの維新の顔は、稀に見る動揺もあった気がする。
一抹の不安とともに、最悪の展開を描いていた俺の目に、今度も信じられない人物が飛び込んできた。
これでもかってくらいに、眼球がむき出しになった。
維新と同様、風見館からやってきただろうその人はマキさんだった。辺りに目を配り、なにかから逃げてくるみたいにして、こちらへ向かってくる。
俺はとっさに校門の柱へと身を隠した。
とそこへ、一台のバイクが近づいてきた。
柱から、そっと顔を覗かせてみる。
「奥芝さんだ……」
カブに乗って颯爽と現れた奥芝さんは、風見館から走ってきたマキさんを見つけると、満面の笑みで近づいていった。
マキさんも、最初こそは表情が堅かったけど、奥芝さんと話すうちに屈託ない笑顔になった。
カブの前カゴに入れてきたヘルメットを奥芝さんが取り、マキさんへと渡す。それを当たり前のように被り、マキさんは後ろの荷台に腰をおろした。
呆然と二人を見送っていた俺は、合点がいかない感じがして首を傾げた。
あのマキさんの、零れそうな笑み。
まなざしも、維新をねぎらったときに見せたのとも違う、甘美さみたいなのがあって、それを奥芝さんは、持ち前の柔和な表情でかっちりと受け止めていた。
マキさんと奥芝さんという組み合わせも、意外だった。
というか、あれは本当にマキさんだったのだろうか。
そう思わずにはいられないほど、ゴルフ部で会ったときとは別人に見えた。
顔の造りも、髪型も、間違いなくあの人だったが。
その辺の疑問も含めて、朝から考えていた段取り通り、俺は農業部へ向かうことにした。
“あそこには二度と行くな"
ふと思い出した言葉も、さっき見た維新の横顔も。
背後を襲ってくる、暴走した妄想も。
すべてを振り切るように、俺は一心不乱にペダルをこいだ。
農業部の前庭にチャリを停め、奥芝さんのカブを探してみたけど、やっぱりなかった。
最悪、あの人でも仕方ねえ。もはやぐずぐずしてられないんだ。
寮の戸を開けると、いきなり怒号が飛んできた。
俺はびっくりして、土間で二の足を踏んだ。
だが、声の主であるジョーさんの姿はない。囲炉裏の向こうから、絶えず荒っぽい声が聞こえる。
「この話は前にもきちんと説明しただろ! お前だって納得したじゃねえか! それなのに、まだ──」
そのあとに流れた沈黙も焼け石に水。相手に掴みかからん勢いのジョーさんの声が大きく響いた。
「いい加減にしろ! あいつがどんな思いでここを離れていったか、お前が一番よくわかってるはずだろ!?」
相手の声は一切しないから電話に向かって叫んでいるんだと思う。
俺は、カンペキ立ち聞き状態。悪いとわかっていても、足が動かなかった。
さらには、次に聞こえた言葉に耳も釘づけになった。
「マサノリ、これ以上意地を張っても、あいつを苦しめるだけだ。お前のためにもならない。──だから、なんでそうなるんだ? 俺はべつにあいつの肩だけを持つわけじゃ──って、おい。マサノリ! くそっ」
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!
慎
BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥
『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。
人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。
そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥
権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥
彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。
――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、
『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
ザ・兄貴っ!
慎
BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は…
平凡という皮を被った非凡であることを!!
実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。
顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴…
けど、その正体は――‥。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる