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奇襲
一
しおりを挟む茶道というものがどれだけ奥深く、千利休や古田織部、小堀遠州がどれだけ偉大だったか。
はっきり言って、それと俺が授業に出られなかったことと、なんの関係があるんだろう。
だだっ広い畳の間に独り正座をさせられ、当てこすりのように時間いっぱいいっぱいに「おもてなし」を受ける。いかにも神経質そうなつり目の講師へ向かい、俺は心の中で舌打ちをした。
ようやく解放されても、足がどうにも変だし、そもそも独りでってところに納得がいかない。
そりゃあさ、維新とメイジが授業に出られなかったのは俺のせいだよ? けど、もう少し情状酌量の余地があってもいいだろ!
と、いまさらな文句を並べ、頬を膨らましたまま、生徒玄関を出る。英国ガーデンをモチーフにした前庭を、脇目も振らずに早足で歩いた。
デカくて太い、二本の柱が建つ校門へと着く。
そこで俺は、前の道路を過ぎていく人に気づいて、ぴたっと足を止めた。舗装された広い道を走っていくその人は、紛れもなく維新だった。
それにしても、とっくにゴルフ部へ行ったはずの維新が、なぜこんなところにいるのか。
一瞬見えた表情に、悔しさみたいなものがにじんでいて、俺はかけるべき言葉の一つも出てこなかった。
そして、維新がやってきた方をなにげに見て、足元が崩れ落ちるほどの衝撃を受けた。
そうなのだ。維新は風見館から走ってきたのだ。
「まさか」
過呼吸になったみたいに、急に息苦しくなった。
さっきの維新の顔は、稀に見る動揺もあった気がする。
一抹の不安とともに、最悪の展開を描いていた俺の目に、今度も信じられない人物が飛び込んできた。
これでもかってくらいに、眼球がむき出しになった。
維新と同様、風見館からやってきただろうその人はマキさんだった。辺りに目を配り、なにかから逃げてくるみたいにして、こちらへ向かってくる。
俺はとっさに校門の柱へと身を隠した。
とそこへ、一台のバイクが近づいてきた。
柱から、そっと顔を覗かせてみる。
「奥芝さんだ……」
カブに乗って颯爽と現れた奥芝さんは、風見館から走ってきたマキさんを見つけると、満面の笑みで近づいていった。
マキさんも、最初こそは表情が堅かったけど、奥芝さんと話すうちに屈託ない笑顔になった。
カブの前カゴに入れてきたヘルメットを奥芝さんが取り、マキさんへと渡す。それを当たり前のように被り、マキさんは後ろの荷台に腰をおろした。
呆然と二人を見送っていた俺は、合点がいかない感じがして首を傾げた。
あのマキさんの、零れそうな笑み。
まなざしも、維新をねぎらったときに見せたのとも違う、甘美さみたいなのがあって、それを奥芝さんは、持ち前の柔和な表情でかっちりと受け止めていた。
マキさんと奥芝さんという組み合わせも、意外だった。
というか、あれは本当にマキさんだったのだろうか。
そう思わずにはいられないほど、ゴルフ部で会ったときとは別人に見えた。
顔の造りも、髪型も、間違いなくあの人だったが。
その辺の疑問も含めて、朝から考えていた段取り通り、俺は農業部へ向かうことにした。
“あそこには二度と行くな"
ふと思い出した言葉も、さっき見た維新の横顔も。
背後を襲ってくる、暴走した妄想も。
すべてを振り切るように、俺は一心不乱にペダルをこいだ。
農業部の前庭にチャリを停め、奥芝さんのカブを探してみたけど、やっぱりなかった。
最悪、あの人でも仕方ねえ。もはやぐずぐずしてられないんだ。
寮の戸を開けると、いきなり怒号が飛んできた。
俺はびっくりして、土間で二の足を踏んだ。
だが、声の主であるジョーさんの姿はない。囲炉裏の向こうから、絶えず荒っぽい声が聞こえる。
「この話は前にもきちんと説明しただろ! お前だって納得したじゃねえか! それなのに、まだ──」
そのあとに流れた沈黙も焼け石に水。相手に掴みかからん勢いのジョーさんの声が大きく響いた。
「いい加減にしろ! あいつがどんな思いでここを離れていったか、お前が一番よくわかってるはずだろ!?」
相手の声は一切しないから電話に向かって叫んでいるんだと思う。
俺は、カンペキ立ち聞き状態。悪いとわかっていても、足が動かなかった。
さらには、次に聞こえた言葉に耳も釘づけになった。
「マサノリ、これ以上意地を張っても、あいつを苦しめるだけだ。お前のためにもならない。──だから、なんでそうなるんだ? 俺はべつにあいつの肩だけを持つわけじゃ──って、おい。マサノリ! くそっ」
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