23 / 43
カラス
二
しおりを挟む
嫌らしく横に伸びた口がとにかく気持ち悪い。
俺はずるずる引っ張られ、草むらの中へと連れていかれた。
「ヤだ! 放せよ! ……ひっ」
腰を落としてなんとか抵抗していると、横の茂みからだれかが割って入ってきた。俺がびっくりしたと同時に男の手が離れ、その反動で背中を着いてしまった。
「大丈夫か?」
わけのわからないまま、とりあえず上体を起こす。すると、だれかが俺の横で膝を折った。
風見館のメイド──もとい、あのミツヒロだった。
胸の膨らみもバッチリメイクもきのう会ったときと同じ。もちろん純白のメイド服も。
違うのは、どこかで見たことのあるような隙のない目つきと、やっぱり男なんだと再認識させられた低い声。
「ミツヒロ……」
「中野。早く立て」
俺をさっき引っ張っていた男はどうしたのかと、腕を引かれながら思った。
そのミツヒロの後ろに大きな影が現れた。
「──カワ……てめえ。そんな変装してまで……」
「ミツヒロ、後ろ!」
俺の声を聞くか聞かないかのタイミングで、ミツヒロは、後ろから伸びてきた男の腕をよけた。俺の手首を取り、鉄砲玉のように勢いよく走り出した。
その後ろで口笛が鳴る。
自慢じゃないけど、俺は走るのが苦手だ。
それなのにミツヒロは、ものすごく足が速いときたもんだ。
俺は思いっきりすっころんだ。
ミツヒロの足も止まる。
「中野」
「ごめん。俺、もう走れない……って、わっ」
急に体が浮いた。
ミツヒロの顔が間近にあって、自分がどういう状態にあるのか、俺は一瞬わからなかった。
どこかの茂みに体を下ろされてからやっと理解できた。
メイドに「お姫さま抱っこ」されたなんて、末代までの恥だ。
ミツヒロは俺とそう背丈も変わらないし、ガタイがいいわけでもない。むしろ華奢なくらいだ。
「ミ、ミツ」
「しっ」
ミツヒロは肩を上下させ、俺の口を手で塞いだ。
俺たちが隠れている茂みの脇を数人の足が行き交う。なにかを叫んでいる声も聞こえた。
心臓が、壊れそうなくらいにドキドキいってる。
だが、ミツヒロが見つけたこの茂みは隠れるのに絶好の場所だったみたいで、ヤツらの気配はすぐにどこかへ消えた。
「はあ……」
俺の口から手を外したミツヒロがあぐらをかいて脱力した。
もちろんメイドの格好のままだ。
靴はさすがにスニーカーだったけど、ヒラヒラのミニスカも、白のハイソも健在で、あれだけいろいろ見せられていても、まだどこかミツヒロが男だとは信じ切れていない自分がいた。
そのミツヒロが不意に顔を上げる。釘づけになっていた俺を見て、ため息を吐いた。
「つうか中野。お前、こんなとこでなにしてたんだ? 大体いま授業中だろ」
「いやいや。ミツヒロこそ、授業サボってこんなとこでなにしてんだよ。だからバッジが──」
「さん、がない」
眉間にしわを寄せたミツヒロが低い声で言った。
「え?」
「だから、俺はセンパイなわけ」
「えっ」
「ミツヒロさん、だろうが」
俺はしばらくミツヒロ……さんの顔を見つめていた。目をしばたたく。
「そ、そうスか。センパイすか」
「で?」
後頭部をがしがしと掻いて、はすにミツヒロさんが見上げてきた。
毛先がかわいらしくカールしているその髪は、カツラのはずなのに、これまた地毛かと思うくらい彼に馴染んでいる。
はっきり言ってどうでもいいことなんだけど、逐一チェックしてしまう自分がいる。
「中野?」
「あ、ええと。俺、いまの時間が大和の授業で、きょうは茶道らしいんですけど、ミツヒロさんもご存じの通り、特別教室に行くにはここを越えないといけなくて──」
「中野」
「はい?」
「お前、教えてもらわなかったんだな」
俺は、もう一度まつげをしばたたいて、ミツヒロさんを見た。
「いいか中野。ここは暗く、人の目にもつきにくい。だから、ああいうやつらのたまり場になってるんだ。一般の生徒はまず避けて通る場所なんだよ」
「はい……」
「たしかに、一年のいる桜舎(おうしゃ)から茶道室へ行くには、ここを通るほうが早い。しかし、安全を考えて中舎(ちゅうしゃ)を通って橘舎(きっしゃ)から出ていく。一応、風見原の常識だ」
ミツヒロさんの言葉を聞きながら、俺は徐々に顔を俯けた。目を伏せ、下唇を噛む。
維新もメイジも、そんなことはちっとも教えてくれなかった。
俺はずるずる引っ張られ、草むらの中へと連れていかれた。
「ヤだ! 放せよ! ……ひっ」
腰を落としてなんとか抵抗していると、横の茂みからだれかが割って入ってきた。俺がびっくりしたと同時に男の手が離れ、その反動で背中を着いてしまった。
「大丈夫か?」
わけのわからないまま、とりあえず上体を起こす。すると、だれかが俺の横で膝を折った。
風見館のメイド──もとい、あのミツヒロだった。
胸の膨らみもバッチリメイクもきのう会ったときと同じ。もちろん純白のメイド服も。
違うのは、どこかで見たことのあるような隙のない目つきと、やっぱり男なんだと再認識させられた低い声。
「ミツヒロ……」
「中野。早く立て」
俺をさっき引っ張っていた男はどうしたのかと、腕を引かれながら思った。
そのミツヒロの後ろに大きな影が現れた。
「──カワ……てめえ。そんな変装してまで……」
「ミツヒロ、後ろ!」
俺の声を聞くか聞かないかのタイミングで、ミツヒロは、後ろから伸びてきた男の腕をよけた。俺の手首を取り、鉄砲玉のように勢いよく走り出した。
その後ろで口笛が鳴る。
自慢じゃないけど、俺は走るのが苦手だ。
それなのにミツヒロは、ものすごく足が速いときたもんだ。
俺は思いっきりすっころんだ。
ミツヒロの足も止まる。
「中野」
「ごめん。俺、もう走れない……って、わっ」
急に体が浮いた。
ミツヒロの顔が間近にあって、自分がどういう状態にあるのか、俺は一瞬わからなかった。
どこかの茂みに体を下ろされてからやっと理解できた。
メイドに「お姫さま抱っこ」されたなんて、末代までの恥だ。
ミツヒロは俺とそう背丈も変わらないし、ガタイがいいわけでもない。むしろ華奢なくらいだ。
「ミ、ミツ」
「しっ」
ミツヒロは肩を上下させ、俺の口を手で塞いだ。
俺たちが隠れている茂みの脇を数人の足が行き交う。なにかを叫んでいる声も聞こえた。
心臓が、壊れそうなくらいにドキドキいってる。
だが、ミツヒロが見つけたこの茂みは隠れるのに絶好の場所だったみたいで、ヤツらの気配はすぐにどこかへ消えた。
「はあ……」
俺の口から手を外したミツヒロがあぐらをかいて脱力した。
もちろんメイドの格好のままだ。
靴はさすがにスニーカーだったけど、ヒラヒラのミニスカも、白のハイソも健在で、あれだけいろいろ見せられていても、まだどこかミツヒロが男だとは信じ切れていない自分がいた。
そのミツヒロが不意に顔を上げる。釘づけになっていた俺を見て、ため息を吐いた。
「つうか中野。お前、こんなとこでなにしてたんだ? 大体いま授業中だろ」
「いやいや。ミツヒロこそ、授業サボってこんなとこでなにしてんだよ。だからバッジが──」
「さん、がない」
眉間にしわを寄せたミツヒロが低い声で言った。
「え?」
「だから、俺はセンパイなわけ」
「えっ」
「ミツヒロさん、だろうが」
俺はしばらくミツヒロ……さんの顔を見つめていた。目をしばたたく。
「そ、そうスか。センパイすか」
「で?」
後頭部をがしがしと掻いて、はすにミツヒロさんが見上げてきた。
毛先がかわいらしくカールしているその髪は、カツラのはずなのに、これまた地毛かと思うくらい彼に馴染んでいる。
はっきり言ってどうでもいいことなんだけど、逐一チェックしてしまう自分がいる。
「中野?」
「あ、ええと。俺、いまの時間が大和の授業で、きょうは茶道らしいんですけど、ミツヒロさんもご存じの通り、特別教室に行くにはここを越えないといけなくて──」
「中野」
「はい?」
「お前、教えてもらわなかったんだな」
俺は、もう一度まつげをしばたたいて、ミツヒロさんを見た。
「いいか中野。ここは暗く、人の目にもつきにくい。だから、ああいうやつらのたまり場になってるんだ。一般の生徒はまず避けて通る場所なんだよ」
「はい……」
「たしかに、一年のいる桜舎(おうしゃ)から茶道室へ行くには、ここを通るほうが早い。しかし、安全を考えて中舎(ちゅうしゃ)を通って橘舎(きっしゃ)から出ていく。一応、風見原の常識だ」
ミツヒロさんの言葉を聞きながら、俺は徐々に顔を俯けた。目を伏せ、下唇を噛む。
維新もメイジも、そんなことはちっとも教えてくれなかった。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!
慎
BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥
『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。
人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。
そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥
権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥
彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。
――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、
『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
ザ・兄貴っ!
慎
BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は…
平凡という皮を被った非凡であることを!!
実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。
顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴…
けど、その正体は――‥。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる