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農業部
四
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第一、農業を部活動にすること自体が俺には信じられない。なにが楽しくて、青春真っ盛りな高校生が農作業を……。
そう肩をすくめながら、なにげなく辺りを見回す。
眺めは最高だ。すべてが俯瞰で見渡せる。
なんて、のんきに考えてる場合じゃなくて。とどのつまり、この人が部活動で農作業をしてるってことは、あそこにある田んぼも畑も全部……。まあ、他に部員もいるだろうから一人きりでってことはないだろうけど。このルックスで農作業か。やっぱヘンなヒト。
「なに?」
俺がじっと見ていると、ジョーさんは片方の眉を上げ、また上から目線を送ってきた。
「お前、いま農業部を馬鹿にしたろ?」
俺は思い切り首を横に振った。悪い人ではなさそうだけど、どこかクセのある感じだから、これ以上は刺激しないでおこう。
ある程度の距離は常に置きつつ、ここに来るきっかけにもなった犬小屋を俺は見下ろした。
「そういえばミケって……」
「ジョー先輩!」
背後からまた声が飛んできた。おまけに犬の鳴き声も。
「オクシバ」
「先輩、ただいま戻り……あれ?」
ジョーさんがオクシバと呼んだその人も、俺の顔を見るやいなや目を剥いた。
……いや。ジョーさんのときよりも感じ悪ぃな。オクシバは指までさしている。
「ジョー先輩……」
「俺もさっきびっくりしたところでさ。後ろ姿なんてクリソツよ、クリソツ。けどあれだな。顔はマサノリのほうがベッピンだな。気の強いとこは似てんだけど」
「ジョー先輩、悪いですよ」
とか言いつつ笑いを堪えてる辺りがフォローになってねえぞ。オクシバ。
俺は顔をしかめて二人を見た。
大体、ベッピンなんて男に向けて言うもんではない。ちょー迷惑なハナシ。マサノリさんだって、きっとそう思っているに違いない。
「……あ、ジョー先輩」
すると、なにかに気づいたオクシバがジョーさんに耳打ちをした。
徐々に、ジョーさんの目が厳しくなっていく。
「先輩、噂をすれば」
と、オクシバがどこかを指さす。
俺もその先に目をやると、眼下になった道路を一台の車が進んでいた。しかも、さっき登ってきた坂へと入ってくる。
あの車はたぶん、俺を追い越した──。
「オクシバ、この転入生を連れて寮に引っ込んでろ」
「でも」
「大丈夫だ。俺の気持ちは絶対に変わらねえから」
オクシバは大きく頷くと、あのミケだと思われる犬の綱をジョーさんへ渡して、俺の手を取った。
「ちょ、あの」
オクシバから無理やり歩かされる格好となった俺は、ムダな寄り道はこれ以上するつもりもなかったのに、あれよあれよという間に目の前の建物へと入れられようとしていた。
たしか、「寮に」とジョーさんは言っていた。しかし、どう見ても普通の一軒家だ。
「オクシバ! 俺がきのう焼いたアップルパイがまだ残ってるはずだから卓に出してやれ!」
オクシバに背を押され屋内へ踏み入ったとき、そんなジョーさんの声が飛んできた。
アップルパイ? あの人が焼いた?
やっぱちょっと変わってる人だと思っていたら、オクシバが後ろ手に戸を閉めた。
俺は室内へ視線を移して、囲炉裏があることにまず驚いた。家の中なのに足元は土で、隅にかまどまである。天井は天井でめちゃくちゃ高いし、梁が剥き出しである。
一瞬、どこかの時代にタイムスリップしたかのように錯覚した。
オクシバは、天井から吊り下げられてある裸電球を点け、ビーサンを脱いで板間へ上がった。俺を見下ろす。
「きみ、卓っていったよな」
「……なんで、俺の名前」
「なんでって、ジョー先輩がそう呼んでたし」
人のよさそうな屈託のない笑みを浮かべ、オクシバは頭を掻いた。ジョーさんと同じでそこにはタオルが巻かれてあるけど、オクシバは茶色に染めた長髪だ。
「それでは改めまして。俺は、農業部部員で二年の、奥芝重利(おくしばしげとし)。よろしく」
オクシバ……もとい奥芝さんは、二年生の先輩だった。
そう肩をすくめながら、なにげなく辺りを見回す。
眺めは最高だ。すべてが俯瞰で見渡せる。
なんて、のんきに考えてる場合じゃなくて。とどのつまり、この人が部活動で農作業をしてるってことは、あそこにある田んぼも畑も全部……。まあ、他に部員もいるだろうから一人きりでってことはないだろうけど。このルックスで農作業か。やっぱヘンなヒト。
「なに?」
俺がじっと見ていると、ジョーさんは片方の眉を上げ、また上から目線を送ってきた。
「お前、いま農業部を馬鹿にしたろ?」
俺は思い切り首を横に振った。悪い人ではなさそうだけど、どこかクセのある感じだから、これ以上は刺激しないでおこう。
ある程度の距離は常に置きつつ、ここに来るきっかけにもなった犬小屋を俺は見下ろした。
「そういえばミケって……」
「ジョー先輩!」
背後からまた声が飛んできた。おまけに犬の鳴き声も。
「オクシバ」
「先輩、ただいま戻り……あれ?」
ジョーさんがオクシバと呼んだその人も、俺の顔を見るやいなや目を剥いた。
……いや。ジョーさんのときよりも感じ悪ぃな。オクシバは指までさしている。
「ジョー先輩……」
「俺もさっきびっくりしたところでさ。後ろ姿なんてクリソツよ、クリソツ。けどあれだな。顔はマサノリのほうがベッピンだな。気の強いとこは似てんだけど」
「ジョー先輩、悪いですよ」
とか言いつつ笑いを堪えてる辺りがフォローになってねえぞ。オクシバ。
俺は顔をしかめて二人を見た。
大体、ベッピンなんて男に向けて言うもんではない。ちょー迷惑なハナシ。マサノリさんだって、きっとそう思っているに違いない。
「……あ、ジョー先輩」
すると、なにかに気づいたオクシバがジョーさんに耳打ちをした。
徐々に、ジョーさんの目が厳しくなっていく。
「先輩、噂をすれば」
と、オクシバがどこかを指さす。
俺もその先に目をやると、眼下になった道路を一台の車が進んでいた。しかも、さっき登ってきた坂へと入ってくる。
あの車はたぶん、俺を追い越した──。
「オクシバ、この転入生を連れて寮に引っ込んでろ」
「でも」
「大丈夫だ。俺の気持ちは絶対に変わらねえから」
オクシバは大きく頷くと、あのミケだと思われる犬の綱をジョーさんへ渡して、俺の手を取った。
「ちょ、あの」
オクシバから無理やり歩かされる格好となった俺は、ムダな寄り道はこれ以上するつもりもなかったのに、あれよあれよという間に目の前の建物へと入れられようとしていた。
たしか、「寮に」とジョーさんは言っていた。しかし、どう見ても普通の一軒家だ。
「オクシバ! 俺がきのう焼いたアップルパイがまだ残ってるはずだから卓に出してやれ!」
オクシバに背を押され屋内へ踏み入ったとき、そんなジョーさんの声が飛んできた。
アップルパイ? あの人が焼いた?
やっぱちょっと変わってる人だと思っていたら、オクシバが後ろ手に戸を閉めた。
俺は室内へ視線を移して、囲炉裏があることにまず驚いた。家の中なのに足元は土で、隅にかまどまである。天井は天井でめちゃくちゃ高いし、梁が剥き出しである。
一瞬、どこかの時代にタイムスリップしたかのように錯覚した。
オクシバは、天井から吊り下げられてある裸電球を点け、ビーサンを脱いで板間へ上がった。俺を見下ろす。
「きみ、卓っていったよな」
「……なんで、俺の名前」
「なんでって、ジョー先輩がそう呼んでたし」
人のよさそうな屈託のない笑みを浮かべ、オクシバは頭を掻いた。ジョーさんと同じでそこにはタオルが巻かれてあるけど、オクシバは茶色に染めた長髪だ。
「それでは改めまして。俺は、農業部部員で二年の、奥芝重利(おくしばしげとし)。よろしく」
オクシバ……もとい奥芝さんは、二年生の先輩だった。
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