7 / 43
農業部
三
しおりを挟む
その門の手前で右に曲がる。
ずいぶん先にはなるけれど、目の前に伸びる道路の向こうに大きな建物が見え始めた。道を間違っていなければ、あれがゴルフ部の練習場だ。
よし!
と、ペダルを漕ぐスピードを俄然早める。
そこに後ろから車がやってきた。
片足を道路へついて、その車をやり過ごす。黒光りのしている立派な車だ。トランクがあって、そのフタに「風見原高校専用車」と書かれてあった。
先生用かなと、とくに不思議にも思わず、俺は再びチャリを漕ぎ始めた。
ゴルフ部らしき建物とはべつに左手にずっと見えていた一軒の家。なんだろうと思いつつ前しか見てなかった俺だけど、ふと気づいたことがあった。
その家は、ちょっと引っ込んだ小高いところに建っていて、そこからこの道路まで緩やかな坂が伸びている。前庭の端っこにはなにかの木が列をなして立っている。その一本の根元に、小さな小さな小屋があった。
俺はチャリを止めた。
行こうか行くまいか坂の下で悩んでみたものの、どうしてもあの小屋が気になってチャリを押して登ってみることにした。
坂を一回くねってもうひと踏ん張り。やがてコンクリートの前庭に着き、適当なところにチャリを止めるとあの小屋へ急いだ。
「──ミケ?」
俺の膝上数センチくらいの高さしかない小屋は、下から見たときにまさかと思っていたけど、やっぱり犬小屋だった。
しかし、ペンキで書かれてあるその小屋の主だろう名前を見て、それも疑わしくなってきた。
ミケってフツー、ネコの名前だろ?
どんな犬かとしゃがんで中を覗いてみたが、残念ながらもぬけのカラだった。
「マサノリ!」
そこへ、背後から大きな声が飛んできた。俺はしゃがんだまま、ビクッと肩をすくめた。
声は一段と近くなる。
「マサノリ。ミケならオクシバが散歩に連れてってんぞ」
どうやらだれかと間違えているらしい。腰を上げながら俺が振り返ると、その人は途端に目を剥いた。
「マサノリ……じゃねえのか。つうかお前、見ねえ顔だな」
ガタイのいい長身は真っ黒に日焼けしていた。その両手には土で汚れた軍手、頭にはタオルを巻いている。色落ちの激しいジーンズは長靴にブーツイン。
ダサいのか格好いいのかわからないけど、ピアスやらネックレスやらやたらジャラジャラとついてあるウォレットチェーンやらが、たぶんオシャレさんなのだろうことを物語っていた。
「──おい、ボウズ」
「は?」
俺はボウズじゃねえし。
……ていうか、初対面なのにすごい上から目線なのがめちゃくちゃ気に食わない。俺は眉間にしわを寄せ、改めて目の前を見上げた。
するとその人は、表情を緩めると片方の軍手を外して、俺の頭を撫でくり回してきた。
「なんだ、その顔。可愛い面してずいぶん威勢がいいんだな」
「……」
「勝手に入ってきたのはそっちだろ」
そう言われてはたと気がついた。ここがどんなところかわからないけど、少なくともこの人のテリトリーであるのは間違いない。
「すみません……」
「まさかお前、ミケを見にわざわざここまで来たのか?」
「……というか」
「ん?」
「俺、今日この学校に転入してきたばかりで──」
目の前の人がまた大きく目を見開いた。俺の顔をまじまじと見てまばたきを繰り返す。
はっきり言っていい気分なんてしないこの間。どうしたらいいのかわからなくなる。
そのうち、その人はなにに納得したのか、顎に手を当て、うんうんと頷いていた。もう片方の軍手も取り、二枚重ねてジーンズのバックポケットに突っ込んだ。
「なるほどな。そうか。転入してきたばかりで迷子になったのか」
そう言うといきなり俺の背中を叩いた。手加減なんてまるっきりナシだ。
俺は咳き込みながらなんとか言葉をつむぐ。
「べ、べつに迷子じゃないですよ! ちゃんと目的があってきたんだけど、この犬小屋が見えたから寄り道しただけで……」
「まあまあ。そうムキになりなさんな。始めは大体、迷子になるもんだ」
この人、全然ヒトの話聞いてない……。コンクリートへ向かってそう呟き、俺はちょっと距離を取った。
「……で? 一体ここはなんなんですか」
「なんなんですかって、言ってくれるねえ。迷子の迷子の子猫チャン」
「……」
「だからそういちいち睨むな、新顔。ここはな、農作業を主な活動としている農業部の寮兼作業小屋。そんで俺が部長。みんなにはジョーって呼ばれてる」
「はあ……。ジョー、ですか」
本名なのかニックネームなのか。さらには、農業部という言葉にも首を傾げたくなった。
ずいぶん先にはなるけれど、目の前に伸びる道路の向こうに大きな建物が見え始めた。道を間違っていなければ、あれがゴルフ部の練習場だ。
よし!
と、ペダルを漕ぐスピードを俄然早める。
そこに後ろから車がやってきた。
片足を道路へついて、その車をやり過ごす。黒光りのしている立派な車だ。トランクがあって、そのフタに「風見原高校専用車」と書かれてあった。
先生用かなと、とくに不思議にも思わず、俺は再びチャリを漕ぎ始めた。
ゴルフ部らしき建物とはべつに左手にずっと見えていた一軒の家。なんだろうと思いつつ前しか見てなかった俺だけど、ふと気づいたことがあった。
その家は、ちょっと引っ込んだ小高いところに建っていて、そこからこの道路まで緩やかな坂が伸びている。前庭の端っこにはなにかの木が列をなして立っている。その一本の根元に、小さな小さな小屋があった。
俺はチャリを止めた。
行こうか行くまいか坂の下で悩んでみたものの、どうしてもあの小屋が気になってチャリを押して登ってみることにした。
坂を一回くねってもうひと踏ん張り。やがてコンクリートの前庭に着き、適当なところにチャリを止めるとあの小屋へ急いだ。
「──ミケ?」
俺の膝上数センチくらいの高さしかない小屋は、下から見たときにまさかと思っていたけど、やっぱり犬小屋だった。
しかし、ペンキで書かれてあるその小屋の主だろう名前を見て、それも疑わしくなってきた。
ミケってフツー、ネコの名前だろ?
どんな犬かとしゃがんで中を覗いてみたが、残念ながらもぬけのカラだった。
「マサノリ!」
そこへ、背後から大きな声が飛んできた。俺はしゃがんだまま、ビクッと肩をすくめた。
声は一段と近くなる。
「マサノリ。ミケならオクシバが散歩に連れてってんぞ」
どうやらだれかと間違えているらしい。腰を上げながら俺が振り返ると、その人は途端に目を剥いた。
「マサノリ……じゃねえのか。つうかお前、見ねえ顔だな」
ガタイのいい長身は真っ黒に日焼けしていた。その両手には土で汚れた軍手、頭にはタオルを巻いている。色落ちの激しいジーンズは長靴にブーツイン。
ダサいのか格好いいのかわからないけど、ピアスやらネックレスやらやたらジャラジャラとついてあるウォレットチェーンやらが、たぶんオシャレさんなのだろうことを物語っていた。
「──おい、ボウズ」
「は?」
俺はボウズじゃねえし。
……ていうか、初対面なのにすごい上から目線なのがめちゃくちゃ気に食わない。俺は眉間にしわを寄せ、改めて目の前を見上げた。
するとその人は、表情を緩めると片方の軍手を外して、俺の頭を撫でくり回してきた。
「なんだ、その顔。可愛い面してずいぶん威勢がいいんだな」
「……」
「勝手に入ってきたのはそっちだろ」
そう言われてはたと気がついた。ここがどんなところかわからないけど、少なくともこの人のテリトリーであるのは間違いない。
「すみません……」
「まさかお前、ミケを見にわざわざここまで来たのか?」
「……というか」
「ん?」
「俺、今日この学校に転入してきたばかりで──」
目の前の人がまた大きく目を見開いた。俺の顔をまじまじと見てまばたきを繰り返す。
はっきり言っていい気分なんてしないこの間。どうしたらいいのかわからなくなる。
そのうち、その人はなにに納得したのか、顎に手を当て、うんうんと頷いていた。もう片方の軍手も取り、二枚重ねてジーンズのバックポケットに突っ込んだ。
「なるほどな。そうか。転入してきたばかりで迷子になったのか」
そう言うといきなり俺の背中を叩いた。手加減なんてまるっきりナシだ。
俺は咳き込みながらなんとか言葉をつむぐ。
「べ、べつに迷子じゃないですよ! ちゃんと目的があってきたんだけど、この犬小屋が見えたから寄り道しただけで……」
「まあまあ。そうムキになりなさんな。始めは大体、迷子になるもんだ」
この人、全然ヒトの話聞いてない……。コンクリートへ向かってそう呟き、俺はちょっと距離を取った。
「……で? 一体ここはなんなんですか」
「なんなんですかって、言ってくれるねえ。迷子の迷子の子猫チャン」
「……」
「だからそういちいち睨むな、新顔。ここはな、農作業を主な活動としている農業部の寮兼作業小屋。そんで俺が部長。みんなにはジョーって呼ばれてる」
「はあ……。ジョー、ですか」
本名なのかニックネームなのか。さらには、農業部という言葉にも首を傾げたくなった。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説

とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!
慎
BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥
『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。
人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。
そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥
権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥
彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。
――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、
『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

ザ・兄貴っ!
慎
BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は…
平凡という皮を被った非凡であることを!!
実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。
顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴…
けど、その正体は――‥。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる