5 / 43
農業部
一
しおりを挟む男のみという環境独特の、うねりのような低い騒ぎ声。繊細さのかけらもない雑音と、食器がぶつかり合う音。
それらを耳にしながら俺は、全国にはいろんな学校があって、ここみたいに食堂を持っているところもあるだろうけど、このフロアの広さ、あの自販機の数、メニューの豊富さに勝るものはないと、ひとりで感心していた。
──そのカレーライスを目の前にするまでは。
「ダメだ。もう食えねえ!」
「だから、うちの学食は、全体的に量が多いって言っただろ?」
メイジが口元に笑みを浮かべながら言った。自分の皿にあるエビフライを箸で掴む。
そのとなりの維新も微かに笑っていて、足を組み替えると、トンカツを頬張った。
「それでもさ、一般的な量ってのがあるよ。しかもやたら辛いし」
俺は、まだ半分は残っているカレーにスプーンを投げ出して、水をゴクゴクと飲み干した。
まるでお盆のようなカレー皿。このテーブルまで持ってくるのに苦労したし、食べても食べても減りやしない。
その上、こんな殺人的辛さだなんて、罰ゲーム以外のなにものでもないだろ。
「あうー……」
と、俺は一声うなった。
夏休みが明けて初日。
俺の転入初日でもあるきょうは、二学期の始業式のみで授業はなかった。
とりあえずクラスのみんなに挨拶して、校舎を案内してもらって終了。
そのあと本当は、寮生でもなければ部活にも入ってない俺は、まっすぐ家に帰らなきゃいけないんだろうけど、そこは理事長の孫の特権ってことで。
ちなみに、メイジと維新と同じクラスになれたのもそれのお陰。……とは、大きな声では言えないな。
「卓は、昔から食が細かったしな」
「そういやそうだったな。中学ンときも、いつまでも給食食ってて、好き嫌い多くて。アメリカから帰ってきたら、ちょっとは成長してるかと思ったのに、相変わらずのサイズで安心したっつうか、びっくりしたっつうか」
メイジがくくっと喉元で笑う。
俺はテーブルを叩いて、ささやかな反論を示した。
「ここは、運動部の人間がほとんどだから、色んな要望を聞いてるうちに、こういう盛りのいいサイズになったらしいんだ」
維新にそう言われて見渡せば、目に入るすべてのものが大盛り。となりのテーブルのマッチョな先輩たちにいたっては、俺と同じカレーがさらにとんでもないことになっていた。
「うげぇ……」
俺は思いっきり舌を出した。お盆カレーを向かいの維新へと押す。
「なんだ」
「やっぱ残すのも悪いじゃん?」
ごめんと手を合わせると、維新はため息を吐いた。その背中を、笑いを噛み殺しながらメイジが叩く。
「しようがない、維新。新参者の卓のためにここは黙って食ってやれ」
空になったお膳をメイジがよけ、そこにお盆カレーを置いた。
そのときだった。あれだけ騒がしかった大食堂が一変、水を打ったように静かになった。
が、それも一瞬で、すぐに元の状態に戻る。
一体なにが起きたのか、あのマッチョな先輩たちを見ても相変わらずカレーをがっついていた。
でも、その後ろ姿がさっきよりも縮こまって見えるのは気のせいだろうか?
俺は首を傾げる。
「──失礼」
すると、俺のとなりの空いていた席にだれかがやってきた。
さっきまではこのテーブルになかった紙束。それを置いたらしい人物は椅子ヘ腰かけると、なぜかこっちに向けてさっと足を組んだ。
まず目がいったのは、その人の胸元についている校章バッジの色。風見原では、夏服である半袖のYシャツにも校章バッジをつけるのが規則になっていて、その色は学年ごとに違う。一年は黄、二年が赤、三年は青だ。
しかしその人は紫のバッジをしていた。
「きみ、きょう転入してきた中野くんだよね? 難関だと評判の編入試験を満点でパスした」
フレームレスの眼鏡にかかる前髪を掻き上げ、その人は俺と視線を合わせた。にっこりと微笑む。
中野くんだよね、まではとくになんとも思わなかった。けど、そのあとにつけ加えた余計な一言が耳に引っかかった。
俺が眉をひそめると同時にその人は視線を外した。今度は維新とメイジに目を向ける。
「マキはどうしてる?」
と訊いて、腕を組んだ。
ちょっと間を置いてからメイジが答える。
「どうって、べつに普通にしてますけど。なにか?」
そのメイジの声はいままでよりも低く、露骨に不愉快を表していた。ズボンのポケットに手を突っ込み、メイジも椅子の背もたれに寄りかかる。
5
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

とある冒険者達の話
灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。
ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。
ほのぼの執着な短いお話です。

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!
慎
BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥
『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。
人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。
そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥
権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥
彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。
――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、
『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
ザ・兄貴っ!
慎
BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は…
平凡という皮を被った非凡であることを!!
実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。
顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴…
けど、その正体は――‥。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる